最高裁判所第三小法廷 昭和53年(オ)880号 判決 1981年3月24日
上告人
古谷広子
上告人
古谷美槌
右両名訴訟代理人
椎木緑司
外一名
被上告人
興亜火災海上保険株式会社
右代表者
前谷重夫
右訴訟代理人
樋口文男
外二名
主文
原判決中、上告人らの予備的請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件を広島高等裁判所に差し戻す。上告人らのその余の上告を棄却する。
前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人椎木緑司の上告理由第一点について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人らの被上告人に対する自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)一六条一項による損害賠償額支払の請求権が時効により消滅したものと認めた原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第二点について
原審は、(一)被上告人は保険会社であるところ、訴外橋本アキノとの間で同人所有の普通乗用自動車山五ほ八七八五号につき昭和四五年五月二九日から二年間を保険期間とする自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約を締結した、(二)上告人美槌の妻であり、かつ、上告人広子の母にあたる訴外古谷照子と上告人広子とは、昭和四六年五月六日山口市内の路上において前記自動車に衝突され、右照子は即死し、上告人広子は負傷した、(三)上告人らは、右死亡若しくは負傷により自ら損害を被つた者又は右照子からその死亡による損害賠償請求権を相続した者として、橋本アキノを相手どつて損害賠償請求の訴を提起し、昭和四九年七月二六日その請求を認容する判決の言渡を受け、右判決はその後確定した、(四)橋本アキノが被上告人に対し前記自賠責保険契約に基づいて有する保険金請求権のうち右照子の死亡を原因とするものにつき、上告人広子は一一五万五八六六円の、上告人美槌は五七万七九三三円の各範囲でそれぞれ前記判決を債務名義とする差押及び転付命令を得、右命令は同年一一月二五日被上告人に送達された、との事実関係を確定したうえ、右転付命令に基づき被上告人に対し自賠責保険金の支払を求める上告人らの予備的請求につき、自賠法一五条によれば加害者の自賠責保険金請求権が生ずるためには被保険者たる加害者が被害者に対し賠償額の支払を現実にしたことを要するものとされるところ、橋本アキノにおいて上告人らに被転付債権相当額の支払をしていないことは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、右転付命令は未発生の債権について発せられたものというべく、これによつて当該債権が上告人らに移転するいわれはない、また、転付命令が送達されたからといつて橋本アキノから上告人らに現実の支払がなされたものとはいい難い、との理由により右請求を排斥した。
しかしながら、自賠責保険契約に基づく被保険者の保険金請求権は、被保険者の被害者に対する賠償金の支払を停止条件とする債権であるが、自賠法三条所定の損害賠償請求権を執行債権として右損害賠償義務の履行によつて発生すべき被保険者の自賠責保険金請求権につき転付命令が申請された場合には、転付命令が有効に発せられて執行債権の弁済の効果が生ずるというまさにそのことによつて右停止条件が成就するのであるから、右保険金請求権を券面額ある債権として取り扱い、その被転付適格を肯定すべきものと解するのを相当とする。したがつて、本件の各転付命令における執行債権が被転付債権たる保険金請求権と同じく古谷照子の死亡に基づくものである限り、右各転付命令により右保険金請求権は上告人らに移転し、これと同時に前記の停止条件も成就したものというべきである。右と趣旨を異にする原判決は法令の解釈適用を誤つたものというべく、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決中上告人らの予備的請求に関する部分は破棄を免れない。そして、前記の別件確定判決の既判力は本件の当事者間に及ぶものではないから、右予備的請求については、被転付債権の成立要件たる橋本アキノの上告人らに対する損害賠償債務の成否等につき更に審理を尽くさせる必要があり、このため本件を原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(伊藤正己 環昌一 横井大三 寺田治郎)
上告代理人椎木緑司の上告理由
第一点 <省略>
第二点 原判決は民事訴訟法規、自賠法第一五条等に関する解釈を誤り、審理不尽、理由不備等の違法がある。
一、原判決は理由の二及び三において原告の訴外運行供用者橋本アキノ外一名、運転者吉村百合男等(以下橋本等という)に対する給付訴訟が勝訴確定しても、その既判力が及ぶ根拠のない被告に対して、右確定判決において認容された損害賠償債権を被告との間で直ちに実体上存在するものとして主張することはできず、また、その確定判決の存在を主張立証しただけで原告が橋本らに対する損害賠償債権の取得を主張し得ると解することも採用しない旨判示しているが、それが如何なる趣旨か甚だ不明瞭で納得し難い。
もちろん被告が前記橋本事件に対する確定判決の承継人又は民訴二〇一条に示す既判力の及ぶ者としての主張をなしているものではなく、(それなら本訴をまたず直接承継執行文を得て執行すればよい)本訴が被告に対する自賠法一五条ないし一六条の請求をなすにしてもその前提は同法一一条による橋本らの保有者の損害賠償責任並びに吉村らの運転者としての不法行為責任の発生を要件とし、また金額の計算等はすべて民法の例によるわけであるから、当然本訴請求も前記確定判決に示された債権に従属することは明かである。
右確定判決に示し認容された責任と賠償額は民事訴訟法の手続を経て有権的に認定判断されたものであるから、単なる当事者の主張とは異なり高度の推定力を有し、これを争う被告側において特段の具体的主張立証のなされない限り、同一の事実に対して同一の判断があるべく、原告が先ず確定判決の存在とこれに認容された責任と賠償額の内容を示して被告に対し請求の基礎としたことは当然で、何ら異とするに足りない筈である。
そうして本件において被告は請求原因事実そのものについては特段積極の主張立証はせず、消滅時効の抗弁をもつて争つたに止るのである。
二、第一審判決は「原告ら主張第一、二項の事実は当事者間に争いがない。同第三項の事実は成立に争のない甲第一号証の一と弁論の全趣旨とによつてこれを認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。次いで被告の消滅時効の抗弁について考える」と判示し、請求原因そのものについては問題としていない。請求原因として確定判決に示された判断を内容を採用したことについて文辞が足りなかつたとしたら一言釈明すべきであつて、当事者も問題としていない点をとらえ不意打を喰はすことは妥当でない。この点は明かに審理不尽のそしりを免れない。
また「右確定判決において認容された損害賠償債権を、その存在を認めていない被告との間で直ちに実体上存在するものとして主張することができない」のは何故か。原判決は被保険事故とか損害賠償の基礎事実が確定判決の基礎事実が同一であることの認識を怠つているのではあるまいか。もしそうでないとしたら原告主張事実に対する理解の仕方を異にしているに過ぎず、釈明によつて整理すべきことであつた。
三、原判決も第一審判決同様転付命令による権利取得に対して
「前記法律第一五条によれば、加害者請求権の生ずるためには被保険者たる加害者が被害者への賠償額の支払いを現実になしたことを要するものと解されるところ、アキノにおいて、原告らに右被転付債権相当額の支払いをしていないことは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、右転付命令は未発生の債権について発せられたものというべく、これによつて当該債権が原告らに移転するいわれはない」
と理解判断しているようである。
しかしながら被告と訴外橋本アキノとの間で同女保有の自動車につき自動車損害賠償責任保険契約を締結し、契約により右橋本が被保険者たる地位を有していたことは争のない事実である。
そうすれば同法一五条により支払いして被告に対し加害者請求できる地位と債権を有していたことは明かである。同人は現実の支払いをなすまでは無権限ではなく、保険料を支払い、保険契約上の地位と債権を有していた。そうして保険事故が発生し、被害者に支払うという補充行為をすることによつて被告に保険金を請求し得る地位債権を有していた。
既に任意の自動車保険契約では保険事故の発生と、これによる賠償義務の確定(判決の確定又は示談の成立等)でよいとしている。
四、自賠責保険について特に同法一五条に「自己が支払いをした限度」で保険金の請求をすることができるとした法意は、被害者の二重利得や加害者たる被保険者が保険金を受領しても、その金を被害者に現実に渡さないような場合に発生する混乱を防止し、被害者えの支払いを側面的に確保しようとすることにあると思はれる。けだしこのことだけからすれば被保険者に制限を加え不利な規定でもあることから明かである。
もともと責任保険の保険事故は被害者の損害賠償請求権の発生そのものであるから、被保険者は先に保険金の支払を受けたのち被害者に支払うことも可能であるが、悪意の被保険者が保険金を着服して被害者にこれを支払はないことがあり得るうえ、その被害者が保険会社に直接請求しても保険金の支払いは一事故一回に限られるので、被害者は保険金を受領することができない結果となる。
つまり本条は被害者保護救済の観点から制定されたもので、このような事態の発生を未然に防止しようとする趣旨であり、被害者の請求につき支障となるような趣旨は毛頭ないのである。
木宮高彦著 註釈自動車損害賠償保障法一五条の項一三九頁参照
以上のような観点から、被害者が加害者の保険者に対する前記契約上の地位債権を転付命令によつて取得し、自己が自己に支払いした後保険者たる被告に前記一五条請求することは可能であり、転付される債権が未発生であつたと解する原判決の解釈は失当で違法である。
結局は前記諸手続を経過しても被告に請求される前に支払があつた結果となつていればよいのであつて、それが転付命令の前後であるのを問はないと解すべきである。そう解することが前記一五条の立法趣旨にも合し、被害者保護に徹し得るからである。
五、債権者代位による請求について、原判決は「直接請求の認められる自賠責保険においては右請求は許されないものと解するのが相当であり、又加害者請求権の発生していない本件では代位して行使すべき債権が存在しない訳であつて失当である」旨判示する。
しかし直接請求と加害者請求とは表裏同一の関係ではなく、別々で要件も異るし、被害者としては直接請求しなければならない訳ではなく、被害者は両方の権利を同時に別々に有し、しかも択一でなく併存する。被害者は同時にこの二個の請求権を行使できるが、ただ被害者はこれによつて二重に利得することは許されないから、一方の履行によつて満足された限度において制限されるに止まり、いわば一種の不真正連帯ないしは請求権競合の一場合とみることができる。
金沢理 交通事故と責任保険五三頁以下
最高判昭三九・五・一二民集一八巻四号五八三頁以下
後段の代位して行使すべき債権の内容については前項転付された債権と同様であり、さらにこの方が寛和されて然るべきである。
五、以上のとおり原判決は民事訴訟法規、自賠法第一五条第一六条等に関する解釈を誤り、審理不尽・理由不備等の違法があり、到底破棄を免れない。
なお本論点についても第一点七項末尾に述べたとおり各準備書面記載の事実をそれぞれ援用する。