最高裁判所第三小法廷 昭和54年(オ)336号 判決 1981年6月30日
上告人
株式会社佐渡島
右代表者
下野和男
右訴訟代理人
村林隆一
外九名
被上告人
合名会社平川木材工業所
右代表者
平川寅男
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人村林隆一、同今中利昭、同吉村洋、同角源三、同深井潔、同小泉哲二、同井原紀昭の上告理由第一点について
記録に徴すれば、第一審の訴訟手続に所論の法令違背があるとは認められず、右法令違背があることを前提とする所論理由不備の主張は、その前提を欠き失当である。論旨は、採用することができない。
同第二点について
記録にあらわれた本件訴訟の経緯に徴すれば、第一審及び原審の訴訟手続には審理不尽の違法があるとは認められない。論旨は、採用することができない。
同第三点及び上告代理人原増司、同酒井正之、同佐藤恒雄の上告理由第一点について
原審は、被上告人の長押が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて判断するにあたり、(1) 本件考案の明細書の実用新案登録請求の範囲の項に、「芯材2の正面及び裏側にベニヤ板3、3'を貼合せ、裏面側のベニヤ板3'は裏打材4によつて裏打ちすると共に、表側のベニヤ板3、芯材2の上面及び芯材2と裏打材4の底面をこれらの面に貼着した単板の良質木材5によつて被覆した事を特徴としてなる長押。」と記載されていること、(2) 同明細書の考案の詳細な説明の項に、従来より使用されている長押が「木材を接着剤で積層し集成材となし、その三面(正面、上面、底面)を単板の良質材(檜、杉等)で被覆するようなされていた」ために、温度や湿度の変化により曲り及び割れ目が生じ易いものであつたのに対し、本件考案の長押は、「芯材の正面及び裏面にベニヤ板を貼合せ、裏面側のベニヤ板は裏打材によつて固定し、又正面側のベニヤ板は単板の良質木材によつて被覆すると共に該良質木材で上面及び底面をも一体的に被覆するよう構成している」から、温度や湿度が変化しても割れや曲りが生じることなく、しかも外観も損われずに美麗であると記載されていることは、以上の事実を確定したうえ、右事実に基づいて、本件考案の要点は芯材の表面及び裏面にベニヤ板を貼合せる点にあり、これにより温度や湿度による曲り及び割れを防止する効果を生ずるものであるから、本件考案の長押の芯材は、それ自体ベニヤ板のように温度や湿度に対する耐性を備えているものとは異なり、そのような耐性を備えていない別の部材であると解すべきところ、被上告人の長押は、温度や湿度に対する耐性を備えているベニヤ板を芯材に用いるものであり、更に、本件考案の長押は独立の存在である芯材の両側面にベニヤ板を貼合せて製作するのに対し、被上告人の長押は既製のベニヤ合板をそのまま利用して製作するものであるから、両者は技術的思想を異にするものである、と判断したことは、その判文に照らして明らかである。
ところで、前記原審認定の事実によれば、本件考案の明細書には、集成材を用いる従来の長押には温度や湿度に対する耐性はなかつたが、実用新案登録請求の範囲の項に記載されたとおりの構成をとる本件考案の長押には温度や湿度に対する耐性がある、と記載されているにとどまり、本件考案にいう「芯材2」がどのような材料のものであるかについては記載されていないのであるから、明細書の右記載から本件考案の長押の芯材はべニヤ板のように温度や湿度に対する耐性を備えているものとは異なり、そのような耐性を備えていない別の部材に限るとすることは、困難であるといわなければならない。更に、実用新案法における考案は、物品の形状、構造又は組合せにかかる考案をいうのであつて(実用新案法一条、三条参照)、製造方法は考案の構成たりえないものであるから、考案の技術的範囲は物品の形状等において判定すべきものであり、被上告人の長押が本件考案の技術的範囲に属するか否かの判断にあたつて製造方法の相違を考慮の中に入れることは許されないものというべきである。
以上によれば、前記原審認定の事実に基づき原審が判示するような解釈のもとに、被上告人の長押が本件考案の技術的範囲に属しないと判断することはできないものといわなければならない。
しかしながら、前記原審認定の事実によれば、本件考案において「ベニヤ板」はそれ自体一構成部分をなすものと観念されていることは明らかであるから、ベニヤ板を一構成部分として本件考案と被上告人の長押とを対比してみると、本件考案の長押の本体は、芯材並びに正面及び裏面の各ベニヤ板から構成されているのに対し、被上告人の長押の本体は、ベニヤ板のみから構成されており、本件考案の「芯材2の正面及び裏面にベニヤ板3、3'を貼合せ」るという構成を備えていないものといわざるをえない。したがつて、被上告人の長押は、本件考案とは構造上技術的思想を異にするものであつて、本件考案の技術的範囲に属しないものであり、これと結論を同じくする原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
上告代理人原増司、同酒井正之、同佐藤恒雄の上告理由第二点について
原判文に照らせば、所論の証拠を採用しなかつたことが明らかであるところ、証拠の採否についてはその理由を説示する必要はないから、所論の証拠を採用しなかつた理由を説示しなかつたことが原判決の違法を来すものではなく、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(伊藤正己 環昌一 横井大三 寺田治郎)
上告代理人村林隆一、同今中利昭、同吉村洋、同角源三、同深井潔、同小泉哲二、同井原紀昭の上告理由
第壱点<省略>
第弐点<省略>
第参点 原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな実体法の違反がある。(民事訴訟法第参百九拾四条後段)。
原判決は実用新案法第弐拾六条、特許法第七拾条の解釈・適用を誤り、右の誤りは原判決に影響を及ぼすこと明らかである。
(一) 原判決は、上告人の長押における芯材はそれ自体ではベニヤ板のような温度、湿度に対する耐性を備えていないことを前提としているものといわなければならないとし、その理由として、本件実用新案は芯材の正面及び裏面にベニヤ板を貼り合わせることによつて温度や湿度の変化によつても曲りや割れが生じない長押を作出しようとするものであるからだとしている。
然しながら、甲第弐号証によると、
(イ) 本件考案は、温度及び湿度の変化によつて生ずる曲りや割れを防止した長押を提供するものである。
(ロ) そして、「本考案の実施例を説明すれば……長押1は芯材2、該芯材2の正面及び裏面に適宜の接着材で貼り合せたベニヤ板3、3'……」(右側四行目乃至六行目)と記載し、また、「本考案の長押は以上のような構成を有し、芯材の正面及び裏面にベニヤ板を貼合せ……」(右側拾参、拾四行目)と記載し、
(ハ) 最後に、実用新案登録請求の範囲に、「芯材2の正面及び裏面にベニヤ板3、3'を貼合せ、……」と記載せられているのである。
右によると、甲第弐号証によると、(イ)の目的を達するために本件構成を採用したのであるが、その芯材2について、最初から終りまで、之を限定する記載は一切発見することができない。そして、(イ)のような目的を達成する本件実用新案の構成は、何も第壱要件のみによつて達成しなければならないものではなく、実用新案登録請求の範囲記載のすべての要件を充足することによつて、「温度や湿度が変化しても割れはもちろん曲りも生ずる事なく、而も外観も何も損なわれず美麗である」(右側拾八行目乃至弐拾行目)長押を得ることができるのである。
従つて、芯材2は原判決のように、「それ自体では温度、湿度による耐性を備えていないことを前提とする」ものでなければならないものではないのである。換言すれば、それは「芯材2」であればよく、どのような「芯材2」でなければならないことを何ら定めておらないのである。従つて、之を原判決のように限定して解釈することは許されないことである。そうすると、それは、原判決のようにそれ自体温度、湿度による耐性を備えていないものも含まれるし、また、耐性を備えているものも含まれているのである。蓋し、本件考案の目的を達するために、「芯材2」が温度・湿度による耐性を備えていてはいけない理由はなく、却つて、「芯材2」も、正面及び裏面のべニヤ板3、3'も両方とも温度、湿度による耐性を具えている方が、目的に対して、より良いことは当然である。原判決の甲第弐号証の解釈は、全く概念法学による論理解釈であつて、考案の目的を達成しようとする技術的解釈とは程遠いものであり、而も特許法第七拾条の大原則に違反する違法のものである。
(二) 原判決は、被上告人の長押の本体は、
それ自体がベニヤ板の一種であり、と認定判断しながら、続いて、被上告人の長押はベニヤ板を芯材に用いるものであるとしている。
然しながら、原判決の右の判断は、長押の本体がベニヤ板であつて、その芯材もベニヤ板であるということになり矛盾した判断と言わなければならない。
長押がベニヤ板であれば、芯材はそのうちの壱枚である単板(b')であり、単板は、それ自体では温度、湿度に対する耐性を備えていないものである。そうすると(一)に述べた原判決の見解に従つて、本件実用新案の芯材が、耐性を備えていないものであるとしても、被上告人の芯材もまた、それ自体ではベニヤ板のような温度、湿度に対する耐性を備えていないものであることになる。
(三) 原判決は、独立の存在である芯材の両側面にベニヤ板を貼り合わせて製作する上告人の長押と、ベニヤ合板をそのまま利用して製作する被上告人の長押との間にはやはり異なるものであるとしている。
然しながら、右の判断は、実用新案の芯材が、温度、湿度に対する耐性を有しないことを前提に判断しているがその誤りであることは(一)で述べた通りである。
そもそも、本件実用新案は実用新案登録請求の範囲記載の構造、換言すれば、芯材2とベニヤ板3、3'を貼り合せて、初めて温度、湿度に対する耐性を備えるのであり、被上告人の製品も、五枚のものが壱つの長押となることによつて温度、湿度に対する耐性を備えるものである。従つて、その製作の課題において前者が芯材とベニヤ板、後者がベニヤ合板を利用するといつても、それは製作方法の問題である。実用新案は構造に関する権利であり、その製作方法を問わないのであるから、作出された被上告人の製品が、実用新案の構成要件を充足している以上、それは、実用新案の技術的範囲に属するものであり、原判決は、その製作方法の差異に重点を置き、その構造の同一性に全く考慮を払つていない誤りを犯しているのである。
(四) 被上告人の製品は上告人の有する本件実用新案の技術的範囲に属するものであり、従つて、本件実用新案権を侵害するものである。
(1) 本件考案の第壱要件は、「芯材2の正面及び裏面にベニヤ板3、3'を貼り合わせてなること」である。
イ号の単板b'は考案における芯材2に、表側及び裏側に貼り合わされている単板c'、b"、単板c、bは考案におけるベニヤ板3、3'に該当する。
(2) 本件考案の第弐要件は「裏面側のべニヤ板3'は裏打材4によつて裏打ちしてあること」である。
イ号の断面台形の裏打材dは、本件考案における裏打材4に該当する。
(3) 本件考案の第参要件は、「表側のベニヤ板3、芯材2の上面及び芯材2と裏打材4の底面をこれらの面に貼着した単板の良質木材5で被覆してあること」である。
イ号の柾目の良質な薄層板eは、本件考案における単板の良質木材5に該当する。
従つて、原判決は、この点についても破毀を免れない。
上告代理人原増司、同酒井正之、同佐藤恒雄の上告理由
第一点 原判決には判決に影響を及ぼすこと明白な実体法(実用新案法一条、特許法第七〇条、実用新案法第二六条)の違背(民事訴訟法第三九四条)又は判決の理由に齟齬(同法第三九五条第一項第六号)がある。
一、本件は上告人の有する登録第一〇七八二七八号実用新案権(以下本件実用新案権という。)を被上告人が侵害していることを理由とし、被上告人が製造販売している長押(以下対象物件という。)の製作・販売の差止め及びその廃棄を求めたもので、本件実用新案権の明細書に記載された「実用新案登録請求の範囲」には、「芯材2の正面及び裏面にベニヤ板3、3'を貼合せ、裏面側のベニヤ板3'は裏打材4によつて裏打ちすると共に、表側のベニヤ板3、芯材2の上面及び芯材2と裏打材4の底面をこれらの面に貼着した単板の良質木材5によつて被覆した事を特徴としてなる長押。」と記載されている。
一方対象物件は、「五板合わせ(表側弐枚の単板c、b、中心部単板b'、裏面弐枚の単板c'、b")のラワン合板を有し、該合板の上部および下部をそれぞれ断面三角形および断面台形の裏打材d、d'によつて裏打ちすると共に、右合板の表面、下面および裏打材dの底面を、柾目の良質な薄層単板eによつて被覆してある長押」である。
二、本件における主たるというよりむしろ唯一の争点は、対象物件における「中心部単板b'」が本件登録実用新案における「芯材2」に該当するかどうかにある。
当然のことではあるが、上告人は「イ号物件における単板b'は、本件考案における芯材2に該当する」と主張し、これに対し被上告人は、対象物件は「木材を接着剤で積層して作られたベニヤ板を使用し」たもので「原告の長押と異なり、単板の芯材という概念そのものがない」といい、更に「原告の長押は芯材たる単板の幅が約一二ミリあり、単板はベニヤ板と異なり温度、湿度による弯曲やひび割れ等の変化が大きいので、その防止策として芯材の表・裏面に原告主張3、3'の薄い(約二ミリメートル)ベニヤ板を貼着させているが、厚い芯材の弯曲を防止するには不十分である。」等およそ特許法的感覚からは遠い議論を展開している。
右被上告人の主張に対して、上告人は、「被告は、イ号物件は一板のベニヤ板を使用しているだけであるという。しかし被告の製品が現実に一板のべニヤ板として作られているかどうかは製作の方法の問題であつて、本件考案の要件を充足しているかどうかの問題とは関係がない。けだし実用新案は物品の構造に関する権利であつて、製作方法はこれを問わないものであり、製造方法がどうであれ出来上つた製品が本件考案の要件を具備している以上、それは本件実用新案の技術的範囲に属するものである。」と反駁を加えた。
そして本代理人がこの上告理由書において述べる主要な点もこの反駁と同趣旨のものである。
三、以上当事者の主張に対し原判決は、(このことは後に述べる上告理由第二点にことに深い関係を有するものであるが、)「当裁判所は、当審における弁論及び証拠調の結果をも考慮に加えた結果、控訴人の本件各請求を失当として棄却すべきであるとするものであり、その事実認定及びこれに伴う判断は、原判決の理由説示(中略)の記載と同一であるから、これを引用する。」とし何等原審独自の判断、説示を加えていない。
原判決に引用せられた第一審判決の判断、説示中右に述べた争点に関するものを分説すれば次のとおりである。(傍線<省略>は上告代理人。)
(一) 甲第二号証の「考案の詳細な説明」欄の記述によると、本件実用新案の考案にかかる長押(以下「原告の長押」という。)は、従来より使用されていた長押が「木材を接着剤で積層し集成材となし、その三面(正面、上面、底面)を単板の良質材(檜、杉等)で被覆するようになされていた」ために、温度や湿度の変化により曲り及び割れ目が生じ易いものであつたのに対し、「芯材の正面及び裏面にベニヤ板を貼合せ、裏面側のベニヤ板は裏打材によつて固定し、又正面側のベニヤ板は単板の良質木材によつて被覆すると共に該良質木材で上面及び底面をも一体的に被覆するよう構成している」から、温度や湿度が変化しても割れ目や曲りが生じることはなく、しかも外観も損われずに美麗であるというのである。
(二) 本件考案の要点は、芯材の表面及び裏面にベニヤ板を貼り合わせる点にあり、このことによつて温度や湿度による曲りや割れを防止する効果を生ずるものというべきである。
(三) 別紙図面<省略>表示の長押(以下「被告の長押」という。)の構造についてみるに、裏面に裏打材を付している点及び正面、上面、底面を単板良質材で被覆している点は原告の長押と同じであるが、問題は長押の本体となる部分の構造である。即ち右図面によれば、被告の長押の本体は薄板を五板重ねにした材から成つていることが認められるところ、検乙第一号証の検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、右の材は縦目、横目の材を交互に貼り合わせた厚物合板であることが認められる。
(四) 原告は、右合板のうち中央の板(別紙図面のb')は原告の長押の芯材に該当し、表面の二面(同c、b)及び裏側の二枚(同b"、c')は原告の長押のベニヤ板に該当すると主張し、これに対し、被告は、右合板はそれ自体が厚めのベニヤ板であつて、原告の長押のように単板の芯材という概念そのものがない旨主張する。
そこで、前掲甲第二号証の本件実用新案公報に立ち戻つて考えるに、原告の長押の芯材については格別の記述がなされておらず、それは単材であつても従来の長押のような集積材であつても、いずれも本件考案の範囲に含まれると解すべきである(なるほど、実施例は芯材に単板を用いているようであるが、単板に限られるとする理由もない。)。
(五) しかしながら、前にも記述したように、本件実用新案は芯材の正面及び裏面にベニヤ板を貼り合わせることによつて温度や湿度の変化によつても曲りや割れが生じない長押を作出しようとするものであることは甲第二号証の記載から明らかであり、これは、縦目、横目の薄板を交互に貼り合わせてなるベニヤ板の特質を利用するものにほかならないからであるから、原告の長押における芯材は、それ自体ではベニヤ板のような温度、湿度に対する耐性を備えていないことを前提としているものといわなければならない。これに対し、別紙図面に検乙第一号証の検証結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告の長押の本体は、それ自体が縦目、横目の板を交互に貼り合わせた厚物合板即ちベニヤ板の一種であつて、それは建築資材として一般に市販されているものであることが認められる。即ち、原告の長押は芯材の両側にベニヤ板を貼り合わせるものであるのに対し、被告の長押はベニヤ板を芯材に用いるものであつて、両者は考案の思想を異にし、被告の長押は本件実用新案の技術的範囲の外にあるものというべきである。
(六) 右の点について、原告は、仮に被告の長押が一枚のべニヤ板から作られているとしても、それは製作方法の問題であるにすぎず、問われるべきは構造であつて、完成した製品の構造が同じである以上被告の長押は本件実用新案権の技術的範囲に属する旨主張する。なるほど、別紙図面を単に構造上の観点のみからみるならば、中央のb'が芯材に両側のc、b及びb"、c'はそれぞれベニヤ板に該当するということも、あながちこじつけの論とは言えないかも知れない。しかし、実用新案の制度は、物品の形状、構造又は組合せにかかる技術的思想の創作を保護、奨励することによつて産業の発達に寄与することを目的としているのであつて(実用新案法一条、二条)、この基本的な観点から考えるならば、独立の存在である芯材(それは、ベニヤ板の如く温度、湿度に対する耐性を有しない。)の両側面にベニヤ板を貼り合わせて製作する原告の長押と、既製のベニヤ合板をそのまま利用して製作する被告の長押との間にはやはり構造をも含む技術的思想の上で差異があるといわなければならず、原告の右主張は採用できない。
四、原判決によつて引用せられた第一審判決理由(以下原判決理由と略称する。)には次のような実体法の解釈適用を誤まつた違法がある。
(一) 実用新案権が「物品の形状、構造又は組合せにかかる考案を保護する」ものであることは実用新案法第一条の明言するところであり、登録せられたこの新規の構造と牴触する第三者の製造する物品は、これを製造する方法の如何にかかわらず、実用新案権を侵害するものであることは、実用新案法が特許法と異なり「方法の発明」を保護するものでないことに言及するまでもなく自明の理である。
そして原判決がすでに前項(四)の第二文で正しく判断したように、本件実用新案にあつては「長押の芯材については格別の記述もなされていないものであるから、それは単材であつても従来の長押のような集積材であつても、本件考案の範囲に含まれる。」と解せられるべきは当然である。すなわち、「実用新案登録請求の範囲」において芯材の形状、材質について何等の限定をも付せられていない本件実用新案にあつては、正面及び裏面のベニヤ板によつて保護せられるべき「芯材の要件」は、それ自体は「温度や湿度により曲りや割れを生ずるもの」であるが、正面及び裏面をベニヤ板によつて保護されることによりこれら「曲りや割れを防止する」ことができるものであれば必要にして十分なのである。
してみれば対象物件における「中心部単板b'」はまさに本件登録実用新案における「芯材」そのものである。けだし、それ自体は「温度や湿度により曲りや割れを生ずるもの」であり、「表側二枚の単板c、b、裏面二枚の単板c'、b"を貼合わせることにより、これら「曲りや割れを生ずる」欠点を補正することができるものであつて、前述の必要にして十分な資格を完全に備えたものである。
(二) 原判決は前項(五)の末段において、「被告の長押の本件は、それ自体が縦目、横目の板を交互に貼り合せた厚物合板即ちベニヤ板の一種であり(中略)被告の長押はベニヤ板を芯材に用いるものである。」としている。しかしながら本件事案において原告被告が議論の中心としているのは、対象物件の表裏それぞれ二面のベニヤ板c、b、b"、c'の中間に介在する「中心部単板b'」であつて、それが薄い一枚のベニヤの単板であることは当事者間に争いのないところである。それでこそここに本件の如き係争が生じたので芯材が「一般に市販されているベニヤ板」の如き厚い温度湿度に対する耐性を備えたものであるならば、議論は当然に他の方向に展開したものである筈である。
してみれば原判決は当事者間に争いのない事案の中心課題である対象物件の「中心部単板b'」を何時の間には勝手に本件の場合「c、b、b'、b"、c'で表わされるべきベニヤ板自体」と取り違え、この誤つた前提に立つて判断したもので、この違法のゆえに当然に誤つた結論に導かれたものといわなければならない。
(三) 原判決はついで前項(六)の中段において判示しているように「なるほど別紙図面を単に構造上の観点のみからみるならば、中央のb'が芯材に、両側のc、b及びb"、c'はそれぞれベニヤ板に該当するということも、あながちこじつけの論とは言えないかも知れない。」と説示している。しかしながらこれは「こじつけの論」ではない。これが正論である。これしかない議論である。物品の新規な構造にかかる考案を保護する実用新案法における権利保護の問題は「単に構造上の観点」から見れば足り、外に如何なる観点があるというのであろうか。
(四) しかるに判決はこれについで実用新案の制度は物品の形状、構造又は組合せにかかる技術的思想の創作を保護、奨励することによつて産業の発達に寄与することを目的としているものであつてと誰れでも知つている実用新案法第一条、第二条の規定を記載した後、突如として「この基本的な観点から考えるならば」と何の説明もなく「基本的な観点」なるものを取り出し、原告の長押と被告の長押との間にはやはり技術的思想の上で差違があるといわなければならない。」としている。しかしながら何故実用新案法第一、二条の規定が構造上の観点から見れば「中央のb'が芯材に……該当する」という判断を突如として全く正反対の結論に導くものであろうか。上告代理人には全然理解することができない。
(五) 原判決は最後において「独立の存在である芯材の両側面にベニヤ板を貼り合わせて製作する原告の長押と、既製のベニヤ合板をそのまま利用して製作する被告の長押との間にはやはり構造を含む技術的思想の上で差異があるといわなければならない」としているが、これはまさに物品(長押)の製法に関する問題であつて、無意識ながら結論の基礎をここにおいたと見られる原判決は、本項の冒頭(一)において述べた実用新案法は物品の形状等にかかる考察を保護するものであつてこの物品を製造する方法とは関係のないものであるとの極めて初歩的な理論についての理解を缺したものというの外ない。
(六) 以上述べたところによつて明らかなように原判決はそのいずれを取つても実用新案法の解釈を誤まつた違背があり、この違背は原判決に影響を及ぼすこと明白であり、または判決の理由に齟齬があつて取り消されるべきものである。
第二点<省略>