最高裁判所第三小法廷 昭和54年(オ)337号 判決 1980年4月22日
上告人
田中充豊
上告人
山本茂夫
右両名訴訟代理人
林信一
被上告人
長谷川政春
右訴訟代理人
土井勝三郎
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人林信一の上告理由第一点について
書証の成立の真正についての自白は裁判所を拘束するものではない(最高裁昭和五一年(オ)第一一七四号同五二年四月一五日第二小法廷判決・民集三一巻三号三七一頁)ところ、原審は、これと同旨の見解のもとに、証拠に基づき所論の各書証の成立の真否について認定しており、その認定は肯認することができるから、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第二点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定しない事実に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(環昌一 横井大三 伊藤正己)
上告代理人林信一の上告理由
第一点 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
被上告人は第一審一二回弁論で上告人提出の乙第一号証(地上権設定契約書)乙第二号証(領収書)の成立をいづれも認めていたのであるが、原審第二回弁論で右自白は事実に反しかつ錯誤にもとづくものであるとして撤回した。もち論上告人は右撤回に異議を述べた。
然るところ原判決は、「書証の成立についての自白は、裁判所、当事者に対する拘束力を有しないものと解するのが相当であるから被控訴(被上告・以下同じ)代理人が原審でなした乙第一・二号証の成立についての自白は、それが被控訴代理人の錯誤に基き、かつ事実に反するものであるか否かにかかわらず、撤回されたものである」旨判示した。
然しながら右は民事訴訟法二五七条、三二五条の解釈を誤つた違法あるものである。即ち乙第一号証の記載事実はまさに本件主要事実そのものであり、民訴三二五条によつて一旦その成立が証された以上、同二五七条により「地上権設定契約」は当然に不可争の事実として確定する。乙第一号証がいわゆる処分証書であることからして自明のことである。
然るに原審は右自白は裁判所に対しても、当事者に対しても拘束力を有しないとする。そうであるなら、今日法廷で実践されている書証成立についての認否は、常に裁判所によつてその成立が覆される危険が伴うことゝなり、右認否は無用、茶番となる。況んや当事者に対しても拘束しない、などゝいうことは民訴法三二五条の解釈を全く誤つたものといわなければならない(法学協会雑誌九六巻二号二一三頁以下参照)。
この一点において原判決は破棄さるべきである。
第二点 原判決には法令の解釈につき、判決に影響を及ぼすべき誤りがある。
(1) 原判決は、乙第七号証の一、二(地代金の未払による地上権設定契約通告書及び封筒――いづれも成立に争はない)につき、訴外株式会社苫小牧自動車教習所の代表者らが「乙第七号証の一、二を記載、作成したうえ、生花から被控訴人(〓被告人・以下同じ)の認印を借りて、これを押印し、発信したものであることが認められるから、乙第七号証の一、二の記載から、被控訴人が前掲記の乙第一号証の記載内容を認識したうえで、その被控訴人名義の署名(代署)、押印がなされたものと推認することはできない。」と判示した(原判決理由五)。
(2) また、原判決は右につゞき、「乙第一号証もしくは甲第二九号証の三(登記用委任状)に被控訴人の氏名の代署、被控訴人の印鑑の押印をするについて、たとい被控訴人の承諾を形式的に受けるということがあつたとしても、被控訴人が右各証に記載されている意思表示をしたということはできず、したがつて被控訴人と控訴人田中の間で、前掲記の乙第一号証に記載されている本件土地についての地上権設定契約が成立したことは認められない。」と判示した(原判決理由五)。
(3) しかしながら、右認定は、いづれも意思表示についての解釈を誤つているものである。
(ア) 即ち被上告人は乙七の一、二の作成ならびに上告人田中に対する処置一切を、訴外石田らに一任し、石田らはその委任によつて、直接被上告人の名前を用いて乙七の一、二による意思表示をなしたものである。右のように被上告人は上告人田中に対し、地上権設定契約の存在を承認し、その上で地代不払を理由に契約を解除した文書とみるのが、至極当然のことである。
被上告人の効果意思と代理人の意思表示とが一致しないとしても、そのそごをもつて直ちに上告人田中に対し、地上権設定契約の承認を無効とする、理由にはならない。のみならず上告人田中に対する意思表示の瑕疵は被上告人の代理人である石田らについて定むべきである(民法一〇一条)。
(イ) 乙第一号証、甲第二九号証の三につき、原判決は前述のように「被控訴人の承諾を形式的に受けるということがあつたとしても」と認定した。「形式的に受ける」ということはどういう事実関係をさすのか不分明であるがある文書につきその作成名義人がその代署、代印を何らの留保なしに委せて成立した以上、その文書に記載された処分行為を承認し、これに拘束されるとするのが、自然のことであろう。
(ウ) 以上のように原判決は被上告人が乙第一号証、甲第二九号証の三及び乙第七号証の一、二の作成にあたりなした意思表示の解釈につき、判決に影響を及ぼすことが明らかな誤りをしているというべきである。
(4) してみると、「本件地上権設定契約」は、はじめから不存在なのではなく、せいぜい瑕疵ある契約で無効か、取消かあるいは解除か、いづれにしてもその効力を失われしめる法律行為が必要なのである。被上告人は本訴においてその主張は全くない。してみると本訴請求は棄却されるのが相当なのである。
以上の理由で原判決の破棄を求める。