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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(あ)44号 決定 1980年3月25日

本籍・住居

千葉市矢作町七番地

司法書士

岡田四郎

昭和五年一二月六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五四年一二月三日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人佐藤恒男の上告趣意は、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 環昌一 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己)

○昭和五五年(あ)第四四号所得税法違反被告事件

被告人 岡田四郎

昭和五五年二月二五日

右弁護人 佐藤恒男

最高裁判所第三小法廷 御中

上告趣意書

原判決は刑の量定に誤りがあると思料される。即ち原判決は、被告人に対し懲役刑と罰金刑とを併科したが、以下述べる理由で、被告人には罰金刑のみを科すことが正義に合致すると思料されるので上告に及ぶものである。

一、ほ脱事件は、社会的背景を考察しなければ、正当に処断することができない。

ロツキード事件で具象される政治家・公務員の汚職があり、片や医師優遇措置等による税制の不均衡があり、国民に、納税について義務としての自覚を求めるには、あまりにも社会的背景が悪い今日の社会である。

国民は正直者は損をすると考えている。

被告人が、これら社会的状況下にあつて、納税に関し継続的緊張感を持たなかつたとしても、一種の同情は与えられるべきであり、処罰の限界も存すると思われる。

二、被告人は、妻の証言を待つまでもなく、前科前歴は何一つなく誠実で真面目な人間で、家庭的にも平穏であり、仕事一筋に生きてきた。

この人柄、仕事熱心さが多くの顧客を引きつけ、司法書士として大成した。

司法書士の仕事は、小さな仕事のつみ重ねであり、被告人は朝早くから夜遅くまで働きどおしであつた。

被告人は、この職業を通して社会に貢献してきたものである。

三、本件違反事件により、被告人は別紙納税明細のとおり合計七二、二四〇、五六〇円の差額本税等を納入した。昭和五〇年度の修正所得額は金三三、〇〇七、〇七四円であり、同五一年度のそれは金二七、七三〇、六六一円である。従がつて、所得の大部分は差額本税等のために支払い、且つ本件罰金を支払うことにより、収入を超える経済的制裁を受けることになる。

四、経済的打撃は(罰金が多額に及ぼうと)、被告人が鋭意仕事に従事すれば、いつかは回復するものである。

しかし、被告人から司法書士という資格を剥奪すれば、その回復は不可能になるばかりでなく、家族を含めて社会から抹殺されるといつても過言ではない。

すなわち、司法書士法第四条によれば、禁固刑以上の刑を受けた者は三年間司法書士の資格を有しないことになり、同法六条の二、2項三号によれば三年経過後も司法書士の登録が拒否されるおそれがある。

三年間も資格が停止されれば、被告人は現在の顧客を失ない、事務所等の設備を新に開設する困難が生じ、司法書士としての技術も低下し、事実上復帰は不能となる。

そればかりでなく、登録そのものも拒否される場合があるのである。

五、被告人は改悛し、現在は正しく申告しており、二度と同じ過ちをくり返さないと誓つている。

六、以上述べたように、被告人には罰金刑(その額については、どの程度であろうと不満はない)のみを科するのを妥当とし、懲役刑についてはご寛大な配慮を切にお願いするものであります。

以上

(添付書類省略)

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