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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(オ)1006号 判決 1981年10月30日

上告人

猪野實

上告人

山本幸雄

右両名訴訟代理人

良原栄三

被上告人

岸田次雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人良原栄三の上告理由一について

原審の確定した事実関係のもとにおいて、本件抵当権設定仮登記は表見上消費貸借を原因とするものではあるが、結局上告人山本の意思に基づきその範囲内でされたもので有効であるとした原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同二及び三について

原判決の引用する第一審判決の理由中に確定された事実関係によれば、上告人猪野が本件土地につき代物弁済契約を締結するに際しその主張のような錯誤が存したものといえないことが明らかであり、原審の判断の過程に所論の違法があるとは認められない。論旨は、原審の認定にそわない事実関係を前提にして原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(服部高顯 環昌一 横井大三 伊藤正己 寺田治郎)

上告代理人良原栄三の上告理由

一、被上告人の本件不動産に対する抵当権設定仮登記の原因は債務者山本幸雄との間の昭和四九年七月一日金一〇〇〇万円の金銭消費貸借の昭和四九年八月一〇日設定契約である。

そして、控訴審判決も認定の通り第一債権者被上告人と債務者山本幸雄との間に昭和四九年七月一日金一〇〇〇万円金銭消費貸借契約が全く存在しないこと、第二に昭和四九年八月一〇日に抵当権設定契約の存在しないことは明白である。一〇〇〇万円につき被上告人が物上保証したことによる求償債権であり、上告人山本およびその委任を受けた中川も右求償債権を含めた債権について抵当権設定をする意思を表示し、その被担保債権の表示特定等すべて被上告人に任せていたとみるのが相当であるから、前記仮登記は表見上消費貸借を原因とするものであつても、結局上告人山本の意思に基づきその範囲で有効になされたものというべきであると判断する。ところで上告人山本が池川名義で堺市農協から借用した金銭は左記の通りである。

1昭和四五年二月一八日 金二〇〇万円

2同年同月二四日 金二五〇万円

3同年八月二二日 金四五〇万円

4同年九月二五日 金一〇〇万円

(証乙第一七号証の一ないし四)

被上告人が堺市農協に根抵当権設定契約をしたのは昭和四五年二月九日であつて債権極度額金一〇〇〇万円である(乙第二二ないし二三号証)。

被上告人が物上保証人として堺市農協に金一〇〇〇万円弁済したのは昭和五〇年八月一四日である(乙第二一号証の一ないし五)。

物上保証人の求償債権は弁済ならびに担保権実行により発生するものであるから被上告人の求償債権は昭和五〇年八月一四日に発生したものであつて本件問題の仮登記時(昭和四九年九月五日)には求償債権は未だ発生存在していない。

本件仮登記は登記原因において全く相違するばかりでなく控訴審判決のいう求償債権自体設定時には発生していないものである。

本件仮登記の登記原因自体存在せず且控訴審判決のいう求償債権自体存在しない本件抵当権設定仮登記は無効であつて、これを有効とした控訴審判決は抵当権の法律判断を誤つたものといわざるをえない。

抵当権設定の原因につき事実と重要でない部分において相違するというのであれば条理上有効と判断されることは当然であるが全く存在しない原因をもつて、抵当権を有効とした控訴審判決はこの点においても法律の判断を誤まつたものといわざるをえず、いずれの観点からも破棄されるべきものである。

二、三《省略》

《参考・原判決理由抄》

二 控訴人が本件土地について和歌山地方法務局御坊支局昭和四九年九月五日受付第七五九〇号抵当権設定仮登記を有することは当事者間に争いがなく、<証拠>を綜合すると次の事実が認められる。

被控訴人山本は綿布の晒加工及び鮎の養殖業を営んでいたところ、約二億円の負債を残して昭和四九年八月二三日夜逃げをしたが、その際妻の親戚に当る中川一男に対し債務の整理を頼むこと、本件土地について控訴人に債権額三〇〇〇万円の抵当権を設定すること、及びその登記手続は現地の司法書士上田貞蔵に頼んでほしいこと、更に本件土地の権利証は被控訴人猪野に預けてあることなどを記載した書面(乙第一号証はその写)と共に、自らの印鑑、印鑑証明書、住民票、金庫の鍵等を託していつた。なお被控訴人山本が設定を依頼した右抵当権の被担保債権は、同被控訴人が池川啓蔵名義で堺市農業協同組合から借受けた一〇〇〇万円につき控訴人が物上保証をしたことによる求償債権(この債権の存在については当事者間に争いがない)及び同被控訴人が控訴人に割引いてもらつた手形金債権等で、合計三〇〇〇万円以上存在していた。

そこで中川は控訴人に右書面を示し、同月二四日及び二五日頃被控訴人山本の留守宅に中川、控訴人、その他一部債権者らが集つて善後策を計つたところ、前記抵当権設定に格別異議をとなえる者もなかつたことから、中川は被控訴人山本から託された叙上印鑑及び印鑑証明書等を控訴人に交付して右登記手続を一任した。この間同被控訴人の破綻を知つた債権者らは各自勝手に右被控訴人方に残されていた綿布等動産類を持帰つたりし、一方控訴人猪野を訪ね本件土地の登記済証を引渡すよう求めたが、同被控訴人が言を左右にして応じないため、上田司法書士と相談して先ず仮登記をすることとし、中川から預つた被控訴人山本の印鑑等を用いて控訴人及び同被控訴人名義の委任状(乙第四号証の二)を作成したうえ、同様受取つた印鑑証明書(同号証の三)や住民票を使用して、本件抵当権設定仮登記に及んだ。なお当時本件土地には堺市農業協同組合のための一三〇〇万円の根抵当権、被控訴人猪野のための一八〇〇万円の抵当権が設定されていたところから、控訴人としてはその余剰担保価値を一〇〇〇万円程度と見積り、被担保債権として前記一〇〇〇万円の求償債権をあてることとしたが、原因証書が存在しないこともあつて、前記仮登記は同司法書士の意見に基づき便宜同年七月一日消費貸借一〇〇〇万円に対する同年八月一七日設定契約を登記原因としてなされた。

前出乙第一号証によれば同記載文面中「猪野様とも相談して下さい」「出来れば」の部分が棒線で削られていることが明らかであり、右削除が被控訴人山本によつてなされたことは証拠上いまだ確定し難いものがあるけれども、前記全文を通観するとこれら文言は本件各土地の権利証が被控訴人猪野の手許に残されていたことから注意的に書かれたもので、その有無に拘らず叙上抵当権設定の依頼が同被控訴人の承諾を条件とするものとは考えられず、<反証排斥略>。

右事実によれば本件仮登記は一部その原因契約において真実に符合しない点があるけれども、現実にそれに見合う額の求償債権が存在しており、登記原因記載の消費貸借はこれを目的とするものであつて、被控訴人山本及びその委任を受けた中川も右求償債権を含めた債権について抵当権設定をする意思を表示し、その被担保債権の表示特定等すべて控訴人に任せていたとみるのが相当であるから、前記仮登記は表見上消費貸借を原因とするものであつても、結局同被控訴人の意思に基づきその範囲内で有効になされたものというべきである。

三 被控訴人猪野は相殺による被担保債権の消滅を主張するが、その自働債権の額が前記債権の全額に充たないことは主張自体明らかであるから、抵当権の不可分性によりその余の点について検討するまでもなく右主張は理由がない。

四 そうすると被控訴人猪野の債権者代位に基づく本件抵当権設定仮登記の抹消登記を求める請求は理由がなく、被控訴人山本に対し右仮登記に基づき抵当権設定の本登記手続を求める控訴人の請求は理由がある。

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