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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(オ)17号 判決 1983年6月07日

上告人

チッソ株式会社

右代表者

野木貞雄

右訴訟代理人

村松俊夫

野田純生

加嶋昭男

明石守正

被上告人

後藤孝典

外一四名

右一五名訴訟代理人

崎間昌一郎

被上告人

大原八十八

外一一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人村松俊夫、同野田純生、同加嶋昭男、同明石守正の上告理由第一点(その補足を含む。)について

株主総会決議取消の訴えのような形成の訴えは、法律に規定のある場合に限つて許される訴えであるから、法律の規定する要件を充たす場合には訴えの利益の存するのが通常であるけれども、その後の事情の変化により右利益を喪失するに至る場合のあることは否定しえないところである。しかして、被上告人らの上告人に対する本訴請求は、昭和四五年一一月二八日に開催された上告会社の第四二回定時株主総会における「昭和四五年四月一日より同年九月三〇日に至る第四二期営業報告書、貸借対照表、損益計算書、利益金処分案を原案どおり承認する」旨の本件決議について、その手続に瑕疵があることを理由として取消を求めるものであるところ、その勝訴の判決が確定すれば、右決議は初めに遡つて無効となる結果、営業報告書等の計算書類については総会における承認を欠くことになり、また、右決議に基づく利益処分もその効力を有しないことになつて、法律上再決議が必要となるものというべきであるから、その後に右議案につき再決議がされたなどの特別の事情がない限り、右決議取消を求める訴えの利益が失われることはないものと解するのが相当である。

そこで、叙上の見地に立つて、本件につきかかる特別の事情が存するか否かについて検討する。この点に関し、論旨は、本件決議が取り消されたとしても、右決議ののち第四三期ないし第五四期の各定時株主総会において各期の決算案は承認されて確定しており、右決議取消の効果は、右第四三期ないし第五四期の決算承認決議の効力に影響を及ぼすものではないから、もはや本件決議取消の訴えはその利益を欠くに至つたというのであるが、株主総会における計算書類等の承認決議がその手続に法令違反等があるとして取消されたときは、たとえ計算書類等の内容に違法、不当がない場合であつても、右決議は既往に遡つて無効となり、右計算書類等は未確定となるから、それを前提とする次期以降の計算書類等の記載内容も不確定なものになると解さざるをえず、したがつて、上告会社としては、あらためて取消された期の計算書類等の承認決議を行わなければならないことになるから、所論のような事情をもつて右特別の事情があるということはできない。また、論旨は、修正動議無視の瑕疵は、その後右動議にいう水俣病補償積立金及び水俣病対策積立金以上の額の水俣病の補償金及び対策費が支出され、右動議の目的がすでに達成されているので、右瑕疵は治癒され訴えの利益は失われたというが、被上告人らの上告人に対する本訴請求は、株主の入場制限及び修正動議無視という株主総会決議の手続的瑕疵を主張してその効力の否認を求めるものであるから、右修正動議の内容が後日実現されたということがあつても、そのことをもつて右特別の事情と認めるに足りず、他に右特別の事情を認めるに足る事実関係のない本件においては、訴えの利益を欠くに至つたものと解することはできない。これと同旨の原審の判断は、正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第三点について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件決議には修正動議無視の点に重大な瑕疵があるとした原審の判断は、正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

同第四点及び第五点について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件株主総会招集の手続又はその決議の方法に瑕疵があるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解せず又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第六点について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件決議には重大な瑕疵があつて取り消されるべきものであり、かつ、このような場合には裁量棄却することは相当でないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の各判例は、いずれも事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(安岡滿彦 横井大三 伊藤正己 木戸口久治)

上告代理人村松俊夫、同野田純生、同加嶋昭男、同明石守正の上告理由

第一点 原判決には、本訴において訴の利益があると判断したことにおいて、商法第二四七条の解釈適用の誤りがある。

一、原判決の要旨について

(一) 原判決が、本訴における訴の利益の有無に関して判示するところは、趣旨不明の個所があるが、要約すると以下のとおりである。

(1) 本訴は、上告会社の第四二期営業報告書、貸借対照表、損益計算書、利益金処分案を原案どおり承認した株主総会の決議の取消を求めるものであるが、決議取消によつてその効果は遡り、当初から決議がなかつたと同様の状態になるものと解される(原判決の「理由」中「二 訴の利益について」の1および2、二三枚目・表〜二四枚目・表)。

(2) 計算書類は、その承認が取消されたときは、当然再決議が必要となるものといわねばならない。このような取消によつて未確定の計算書類を基礎にして作成された後続期の計算書類は、その承認決議そのものが適正になされたとしても、依然不確定の要素を含むものであり、現在存する違法状態の解消は会社ひいて株主のために必要であり、またその基本的な利益に合致するものというべきである(同 3、二四枚目・表〜裏)。

(3) 決議の取消と事後処理は本来別個の問題であり、株主の構成が変つているからといつて再決議を不可能とすることはできない。そして本件では後続期に繰越されたとはいうものの利益金の処分がなかつたわけではないのであつて、このことは順次後続期の計算書類の内容に影響を及ぼしており、これが補完されない限り直ちに本件訴の利益を否定することはできない(同 4、二四枚目・裏〜二五枚目・裏)。

(二) 右の判示の論旨は、要するに、計算書類の確定および利益金処分案を承認した決議を取消すべき要件がある以上、その利益金処分案の内容(特に、金銭の社外流出の有無)如何にかかわらず、さらに、後続の営業年度に関する決算議案が承認され、確定されている等のその後の事情の如何にかかわらず、決議取消の訴には常に訴の利益があるものとして上記決議を取消すべきであるとするのであるが、その基本において、決算議案承認の決議の取消は、後続期に関する、すでに確定した決算議案承認決議を、すべて不確定にすると考えるものであつて、とうてい、承服することができないものである。

(三) そしてまた原判決は、右の解釈を前提として被上告人後藤孝典が提出した、計算書類および利益処分案についての修正動議を無視した点に重大な瑕疵があるとして、決議の取消を容認しているものであるが、右の動議の内容が、その後においてすでに実現され、決議取消の利益が失われていることを全く無視している、と言わねばならない。

二、本訴に訴の利益がないこと(その一)

(一) 総会決議取消の訴は形成の訴であり、形成の訴は法律の規定する要件を充たすかぎり、訴の利益を有するのが通常であるが、決議取消の訴については「その後の事情の変化」によりその利益を欠くにいたる場合があることは、すでにいくつかの判例によつて認められ、学説にも異論のないところである(矢沢悖・会社判例百選(新版)七五事件、中野貞一郎・商事法務研究一〇四号四七四頁、竹内昭夫・判批・法学協会雑誌八三巻二号二九五頁、同 八八巻九・一〇号八九三頁、石川明・判批・民商法雑誌六三巻六号八九一頁等)。

判例が認めた具体的事例としては

(1) 株主以外の第三者に、新株引受権を与える旨の株主総会特別決議につき決議取消の訴が係属する間に、その新株の発行が行われてしまつた場合(最高裁昭和三七年一月一九日判決・民集一六巻一号七六頁)。

(2) 新株発行に関する総会の決議に基づき新株がすでに発行された場合(その後は新株発行に関する決議無効確認の訴は確認の利益を欠き提起できない)(最高裁昭和四〇年六月二九日判決・民集一九巻四号一〇四五頁)。

(3) 役員選任の総会決議取消の訴が係属中、その決議によつて選任された役員がすべて任期満了によつて退任してしまつた場合(最高裁昭和四五年四月二日判決・民集二四巻四号二二三頁)等である。

右の判例・学説の考え方に則れば、A総会における決算議案承認の総会決議に対し決議取消の訴が提起されても、その後の事情の変化により、この決議を取消す実益がなくなつてしまつたときは、やはりこの決議の取消を求める訴は訴の利益を失うにいたると考えるほかない。

(二) しかして、決議の成立手続に瑕疵があるとして、決算議案承認の総会決議が取消されたときは、計算書類の内容自体には違法・不当な点はなくても、その取消判決の遡及効によつて、その承認決議は既往に遡つて無効になる、とされているが、取消されたA決算期に続くB、C……決算期の各決算がすでに有効に承認され確定している場合、A決算の承認取消が、B、C……決算承認決議の効力に、どのような影響を及ぼすかが問題となる。この場合、A総会の決算承認決議の取消が確定するまでの間になされたB、C……総会の決算承認決議は、A決議の有効なことを前提とする以上、連鎖的にすべて無効ないし不確定となると考えることは、B、C……総会の決議が有効なことを前提としてなされたあらゆる事項、たとえばB、C……各決算期に関する利益金処分の結果、株主配当、殊に株式による配当がなされ、また法定準備金の積立やその資本組入れによる新株発行がなされた場合等の効力を、すべて根底から覆すこととなり、これは、収拾すべからざる混乱を招き、とうてい採用することのできない見解である、と言うほかない。そのうえ、A期の計算書類の承認決議の成立に瑕疵があるとしても、その計算書類が、内容的に違法であるというわけではないから、次年度のB決算期の計算書類が承認され確定したということは、B期の決算に含まれてA期の決算結果が事実上承認されているもの、と解することもできる。

このように考えると、原則として、A決算承認決議取消の結果は、後継B、C……決算承認決議の効果に影響を及ぼさず、ただ、A決算の利益処分において役員賞与の支給、株主配当金の支払等、金銭の社外流出があるときには、その範囲で、取消の確定した年度の決算において修正処理を行うべきものと解するのが妥当と言わねばならない。そして、この結論は、既往の決算に基づく法律関係を、なるべく簡単かつ安定したものとして、混乱を防ぐを可とする法的要請にも合致することとなる(参照・今井宏・企業会計二七巻九号(昭和五〇年八月一日発行)一四ないし一六頁)。

(三) したがつて、A総会における決算議案承認の決議に対して取消の訴が提起されても、当該決算議案の承認の結果、資産の社外流出がおこなわれることがない場合において、その後のB、C……定時株主総会における決算議案が承認可決され、これに対する決議取消の訴の提起期間が経過して確定したときは、A総会の決算議案についての決議を取消してみても、現在において是正すべきものは何もないから、A総会の決算議案承認の決議取消の訴はその利益を欠くにいたる、と言わねばならない。

(四) 本件においては、本訴の対象となつている第四二期定時株主総会における決算案承認決議があつた後、本訴の進行過程中において、第四三期ないし第五四期の各定時株主総会において、いずれも決算案は承認されて確定した(乙第四九号証の一ないし九、乙第五〇号証の一・二、乙第五一号証の一ないし九、乙第五二号証の一・二、乙第五三号証の一・二)。

そして、本訴の対象となる第四二期の決算案においては、役員の賞与・株主への配当等、金銭の社外流出をともなう内容は全く含まれていなかつた。したがつて、決議取消によつて是正すべきものは何もなく、この点において、本訴における訴の利益は存しないもの、と言うべきである。

(五) 以上、本件において訴の利益のない理由の一つを概説したが、時日の経過にともない会社運営上の手続が進展していつた場合に、前の総会決議取消の訴の利益がなくなる、という事例は決してめずらしいことではない。

それは、株式会社という、すでに発生した法律状態(組織法的、経営的、経理的状態すべてを含む)の上に、それが一応有効なものとして、次の諸々の状況が発生し積み重なつて、動的に進展していく組織において、先行手続の効力を法的に否定することにより、後続する事実に発生する混乱をどの時点まで認めるか、関係各当事者の利益のバランスをどこにおくか、という判断の基準のおきかたに由来することであつて、原判決のように、単純に、取消によつて常に後続の決算がすべて不確定となり、その補完の手続が必要であると解し、したがつて、本件においても訴の利益が存するとするのは不相当な解釈と言わねばならない。なお、右のような決議取消の効果をどう考えるべきかについては、種々の問題の検討を必要とし、右見解は、これらをすべて検討したうえで導かれたものであるが、そのすべてをここに記すことは、あまりに冗長となるので、その詳細については後にまとめてこれを述べることとする(79頁以下)。

三、本訴に訴の利益がないこと(その二)

しかして原判決は、被上告人後藤孝典が提出したという修正動議を無視した点において本件決議には重大な瑕疵がある、として、右決議を取消すべきものとしている。

右の修正動議の内容は、甲第四号証の三によれば、「(1) 貸借対照表剰余金のうち退職給与積立金九八七、〇〇〇、〇〇〇円につき、その内金六四二、三九〇、四四四円を取り崩し、水俣病補償積立金を同額設定する。(2) 利益金処分案につき、当期末処分利益金三三〇、七三五、〇八六円のうち、金三〇〇、〇〇〇、〇〇〇円を水俣病対策積立金として別途積立て残金三〇、七三五、〇八六円を後期繰越金とする。」ということである。

しかして、本件決議における利益金処分案は剰余金の全部を後期繰越金とするものであるが、これは実質的には任意準備金と同様であつて、これをそのまま水俣病の補償金および対策のための支払に充てることができるし、実際にも上告会社は、その後において、利益金処分としての社外流出を行うことなく、他方右の動議にいう水俣病補償積立金および水俣病対策積立金以上の額の水俣病の補償金および対策費(水俣湾汚泥しゆんせつ事業=公害防止事業の負担金)の支出を行つて、右の積立金を積み立てた場合と同一の目的を完了している(乙第二号証の三、乙第五一号証の一ないし九、乙第五〇号証の一、乙第五二号証の一および乙第五三号証の一)。

すなわち、本件決議における後期繰越金は、水俣病補償積立金ないし水俣病対策積立金の名称こそ使用していないが、実質上同一の役割を果たしうるし、現に果たしているのである。したがつて、かりに本件決議を取消したうえ、前記の動議を採択し、可決してみたところで(そのような決議の能否はしばらく措くが)、それは単に形式的のことに過ぎず、実益は全くないといえる。この点からしても、修正動議無視の瑕疵による本件の決議取消の訴は、その後の事情の変更により、訴の利益を失つたものと言わねばならない(同旨・吉田昂・商事法務八五一号・一五頁以下)。

第二点 原判決には、上告会社が本件総会の手続において、被上告人後藤孝典提出の動議を無視した瑕疵があると判断したことにおいて、理由不備、理由齟齬の違法があり、かつ民事訴訟手続におけるクリーンハンドの原則に違反した、法令の違背がある。<以下、省略>

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