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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)1411号 判決 1983年6月07日

上告人

江田昭彦

上告人兼右法定代理人親権者

江田紀昭

上告人兼右法定代理人親権者

江田カヅ子

右三名訴訟代理人

岩成重義

被上告人

北九州市

右代表者市長

谷伍平

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人岩成重義の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認することができ、右事実関係のもとにおいて、被上告人の設置にかかる平野小学校の校長及び担任教諭に所論の注意義務の違反はなく被上告人の国家賠償法一条一項の損害賠償責任は認められないとした原審の判断は、正当であつて、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(伊藤正己 横井大三 木戸口久治 安岡滿彦)

上告代理人岩成重義の上告理由

原判決は経験法則に違背し、判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背があるので破毀を免れないものと思料します。

一、原判決は北九州市の責任について、「教諭がその職務を行うについて、過失により他人に損害を与えたときは、公立小学校の設置者である地方公共団体は、その損害賠償責任を負う」と判示し、「本件は正規の授業時間終了後とはいえ、児童の一部が溝口教諭の許可を受けて、教室内に居残り学習中にそのうちの一名が同級生から負傷させられた場合であるから同教諭において児童に対する前記保護義務を尽していたか、否か、が検討されなければならない」とし、「法律上責任能力を有しない児童といえども、小学校五学年程度の年令に達すれば、既に相当の経験を積んで学校生活にも適応し、相当程度の自律能力、判断能力を備えているものであり、また他方、教育上の見地から、その児童の年令に応じて自主自律の精神を涵養し、自己規律、自己統制能力の向上を図るため、その訓練の機会を設けるべき、積極的な配慮を必要とするものであることはいうまでもないから、同学年の児童を担当する教諭としては、正規の授業終了後、一部児童に居残り自習を許可したことは、もとよりなんら不当な措置ではなく、更にまた、居残り自習を必要としない児童も相当数実在していたからといつて、なんらかの具体的な危険の発生を予測しうべき特段の事情の認められない限り、児童の下校、帰宅をその自主的な判断に委ねるのは、なんら不当な措置ということは出来ない。」として、上告人らの請求を棄却している。

しかしながら、右は経験法則に著しく違背しており、民事訴訟法第三九四条、判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背があるときに、該当すると言うべきである。

二、すなわち、本件発生当時は、上告人江田昭彦、訴外佐々木一朋はいずれも、小学校四年生から五年生になつたばかりの昭和五二年四月一二日のことであり、実質的には四年生終了で、年令も、一〇才にすぎず当然責任能力なく、経験則に照せば精神的、肉体的にも極めて未熟であり、思慮極めて浅薄というべく、原判決の言う「小学校五年程度の年令に達すれば既に相当の経験を積んで学校生活にも適応し、相当程度の自律能力、判断能力を備えている」などとは到底考えられない。

さらに、原判決が「教育上の見地から……、居残り自習許可にあたり具体的危険がない以上、児童の下校帰宅をその自主的判断に委ねることは何ら不当の措置ということは出来ない」としたのも極めて不当である。

本件は居残り自習というも、実質的には当日、四、五校時、図工の課目の時間に「交通安全ポスター」を作成する授業時間の延長としてのポスターの仕上の時間であつて、単なる居残り自習はなかつた。

したがつて、溝口教諭としては上告人昭彦に居残り許可を与える際同クラス員約三分の一程度が出来上つておらず、また同クラス約三分の一程度の人員がポスター仕上とは無関係に残留していたことが認められるのであるから、これらポスター作成に関係のない人員を同教室から退去させて、ポスター作業を円滑、安全に遂行させるべき責任があつた。といわねばならない。

経験則によれば児童は、特に一日の授業終了後は解放感も手伝つて、教室内で遊んだり、いわゆる暴れまわつたりするなどの挙に出ることは我々もかつて経験したところであり、その結果教室のガラスを割つたり、喧嘩をするなどの事態が発生し、場合によりさらに重大な結果が発生することもなしとしない。

特に本件発生時は前述せるごとく、教育時間内ともいうべきもので、同教諭が居残り許可を与え同教室を立去つて約三〇分後に発生したものである。

同教諭としては、前述の措置のほか自己が許可した居残り作業が安全、円滑に遂行されているか、否かを途中において確認する責任がある。

原判決の考方は、本件のような教育の延長上の作業ではない、一般通常の下校時の場合であるならば、或程度首肯出来ないものでもないであろうが、本件とは質的にも異つておるもので、同日に論ぜられないものである。

よつて同教諭ひいては被上告人に責任が認められる本件においては原判決は破毀さるべきものと思料します。

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