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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(行ツ)36号 判決 1985年9月17日

東京都台東区上野一丁目一番一二号

上告人

磐梯観光開発株式会社

右代表者代表取締役

大森国茂

右訴訟代理人弁護士

岸巌

笠井浩二

東京都台東区東上野五丁目五番一五号

被上告人

下谷税務長

小澤康男

右指定代理人

古川悌二

右当事者間の東京高等裁判所昭和五五年(行コ)第五七号法人税の更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五六年一一月一八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岸巌、同笠井浩二の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認することができる。右事実関係のもとにおいて、本件役員退職給与のうち一八〇万円を超える部分の金額が不相当に高額であるとした原審の判断は、これを是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治 裁判官 長島敦)

(昭和五七年(行ツ)第三六号 上告人 磐梯観光開発株式会社)

上告代理人岸巌、笠井浩二の上告理由

第一点 原判決には、法人税法第三六条および同法施行令第七二条の解釈適用を誤った法令違反があり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄さるべきである。

一、原判決および原判決の引用する第一審判決は、退職給与金額の相当性を判断するに当り、法人税法第三六条および同法施行令第七二条の趣旨は、役員に対する退職給与が利益処分たる性格をもつことが多いため、一定の基準以下の部分は必要経費としてその損金算入を認めるが、不相当に高額である場合には、その不相当に高額の部分の金額は損金の額に算入されないこととしている(法人税法第三六条)というところにある、と判示している。

ところで、法人税法施行令第七二条によれば、右不相当に高額な部分とは、「法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員のその法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況などに照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額をこえる場合におけるそのこえる部分の金額をいう」と規定されているが、その判断基準としては、右の三点だけでなく、諸般の事情を勘案して判断すべきことは、会社の事情が千差万別で、それぞれ相異なることからみても当然である。

二、原判決および原判決の引用する第一審決は、右の相当である金額を算定する基準として、

「株式会社政経研究所が、昭和四七年六月二〇日現在で全上場会社一、六〇三社および非上場会社一〇一社を調査したところ、何らかの形で役員退職給与金額の計算の基準を有しているものが六八二社、そのうち右基準を明示したものが二六五社あったが、右二六五社のうち一六五社が退任時の最終報酬月額を基礎として退職金を算出する方式をとっており、さらに、そのうち一五四社が最終報酬月額と在任期間の積に一定の数値を乗じて退職給与金額を算出する方式をとっているのであるから、退職給与金額の損金算入の可否、すなわちその相当性の判断にあたって、原告と同業種、類似規模の法人を抽出し、その功積倍率を基準とすることは、前記法条の趣旨に合致し、合理的であるというべきである。」と判示する。

しかし、右判示で利用する功積倍率を上告人の会社の退職給与金額算定の基礎とすることは、その事業規模や業種の内容が相異することを考慮するとき、不当なものである。即ち、

1 原告会社の本件事業年度の終る昭和四七年九月三〇日頃における株式会社の総数は全国でおよそ九〇万社程と推定されるが、原判決および原判決の引用する第一審判決が認定として証拠に採用した乙第一号証による株式会社政経研究所が昭和四七年六月二〇日現在で調査した株式会社数は僅か一、七〇四社(内上場会社一、六〇三社、非上場会社一〇一社)だけであり、その調査会社数は、当時推定される全国の株式会社数九〇万社のおよそ五〇〇分の一程度の数であって、これらの調査結果を他の会社の基準とすることは、一斑を見て全豹を卜すの誤りを招くから、世人を納得させる調査方法ということができず不当である。

2 しかも、前記調査によるも、最終報酬月額と在任期間の積に一定の数値を乗じて退職給与金を算出する方式をとっているのは、一、七〇四社のうちの一〇パーセントにも満たない一五四社であって、この方式が必ずしも一般に採用されているものと認めることができず、九〇万社にも及ぶ株式会社に対して、一五四社という微々たる会社が採用する所謂功積倍率を利用して、株式会社の役員の退職給与金額の損金算入の可否の基準とすることは著しく客観性を欠くものであり不当であって、明白な誤りである。

3 さらに百歩譲って、乙第一号証で調査対象とした上場会社のような企業にあっては所謂功積倍率を採用することが妥当であると仮定しても、上告人会社に対してまでこの方式を採用することは法人税法施行令第七二条の趣旨に反し不当である。何故なら、上告人は資本金が僅か五〇〇万円であり、事業規模も小さいのに対し、前記調査対象会社は上場会社で資本金三億円以上、非上場会社でもほとんど資本金一億円以上で、事業規模が大きい会社であるとともに、上告人会社の事業内容が不動産会社という特殊性を有しているからである。

即ち、第一に、調査対象会社のような事業規模の大きな会社にあっては、役員個人の貢献度よりも、組織の力によって会社の業積が左右されることが多いが、上告人会社のような事業規模の小さな会社にあっては、組織の力でなく、役員個人の手腕によって会社の業積が左右されることが顕著なことは公知の事実であり、従って、退職役員それぞれに対し、個々的な会社への貢献度を考慮することが必要であるからである。

第二に、上場会社のような事業規模の大きい会社にあっては、事業規模の小さな会社に比較し、役員の月額報酬が高額であることが一般的な傾向である。何故なら、事業規模の大きい会社では、従業員が終身雇用制であり、役員はほとんど数十年勤務した従業員のなかから選任されること、役員の月額報酬は従業員の月額給与に比較し高額であること、事業規模が安定しているため役員報酬にまわせる金員が、役員としてふさわしい高額とすることができる等の理由からである。これに対し、事業規模の小さい中小会社にあっては、役員報酬は比較的低額であって、留保資金は設備投資にまわさざるを得ないこと、役員の企業への勤務期間が一般に短期間で役員の企業への功績度と役員報酬とが必ずしも見合ったものでないこと等を考慮するとき、最終報酬月額を基礎にしたり、あるいは、これを算定の基準にすることは極めて不当である。

第三に、前記調査対象会社とした企業の業種は多種多様であり、製造業等を含む調査対象会社と上告人会社のような不動産業とを一律に論ずることは無理であると考えられる。というのは、不動産業等にあっては、一個の売買物件の金額はかなり高額なものであるが、上場会社のように安定した不動産会社であればともかく、上告人会社のように小さな不動産業者にあっては、毎事業年度安定した収入を得られるとは限らないので、定期的な役員報酬に右の収入額を反映させることができず、一般に役員報酬が低額に押えられているからである。

三、以上に述べたごとく、株式会社の役員の退職給与金額の損金算入の相当性を判断する基準として、原判決および原判決の引用する第一審判決が採用する「功積倍率」は、その調査対象会社が僅少であること、(右調査結果は単に上場会社の一部に「功積倍率」を採用している会社が存在するというだけである)、調査対象会社の規模が大きいこと、その業務内容が多種多様であり、一般的、客観的な基準となり得ないことから、上告人会社のような中小会社に採用することは不当である。

四、次に、原判決および原判決の引用する第一審判決は、「理由」第二項2において、「被告所部係官が麹町、神田、下谷、京橋および豊島の各税務署管内において、原告と同業種の不動産業(建売業、土地売買業)を営み、役員退職の日を含む事業年度末の資本金が五〇〇万円以下の法人について昭和四六年一一月から昭和四七年一二月までの間の役員に対する退職給与の支払状況を調査したところ、役員に対して退職給与の支給があった法人は、調査件数六〇四法人のうち七法人で、支給を受けた役員は一三人であって、その支給状況及び最終報酬月額、勤続年数(六ヶ月以上切上げ)、功積倍率(小数点第二位四捨五入)は別表三記載のとおりであり、功積倍率の平均は一・九、最低は〇・九、最高は三・〇であることが認められる。」と認定している。

右の認定は、次の理由からして客観的な選定基準としては不十分なものである。

第一に、原判決自体が、判示するように、「右比較法人の選定基準は不十分のきらいがないではない(事業規模が類似する法人を抽出するには資本金だけではなく、総資産額、売上金額等も選定の基準とすることが望ましい)」との点がある。昭和四五年七月一日現在、上告人会社の資本金五〇〇万円に近似する資本金一〇〇万円より、一、〇〇〇万円未満の株式会社数は五〇三、九四九社である(注釈会社法補巻、昭和四九年改正、有斐閣三八八頁)のに、乙第一四号証では、そのうち僅か六〇四社だけの調査にすぎず、又、具体的に退職給与の支給を受けた役員は、一三人にすぎないのであるから、客観的な選定基準とはなり得ず、到底世人を納得せしめるものではない。

第二に、原判決は「前掲乙第一四号証によれば、抽出された七法人の期末総資産額および売上金額を原告(上告人)のそれと比較すると前者は〇・六倍(A社)ないし一〇・八倍(G社)、後社は〇・四倍(F社)ないし一一・八倍(G社)であって、ばらつきが大きいものの、これらの金額と功積倍率の大小との間には顕著な相関関係は見出し難い」と判示している。

すなわち、乙第一四号証によって調査した七社についても、ばらつきが大きく、到底客観性のある基準を導き出すことが、不可能であり、乙第一四号証を基準にして功積倍率を算出すること自体である。しかも、乙第一四号証には、調査対象七社が役員退職給与金額の計算の基準を有しているか否か、又、どのような算出方式をとっているかについては何らの記載がなく、単に退職時の役職、勤務時間支給退職金額、最終月額報酬等が記載されているにすぎず、どのような根拠に基づいて支給退職金額を計算したのか、各退職役員の会社への貢献度等については、一切不明である。しかるに、原判決は、「従って少なくとも右比較法人の功積倍率の最高値を基準として退職給与金額の相当性を判断する限りにおいては右選定基準の不十分さの故に右判断の合理性が失なわれるものではない。」と判示する。かかる右判示は、全くの独断であって誤りである。なに故に、比較法人の功積倍率の最高値を基準として退職給与金額の相当性を判断することが合理性を有するのかは理解に苦しむところである。そもそも、功積倍率を利用する方法自体が、一部企業間でしか利用されていない方法であり客観性がない上、前記七法人は功積倍率の利用など一切考慮したことがない(被上告人が勝手に数値を算出しただけのことである)ことから考察しても、右功積倍率を利用する計算方法には妥当性がない。しかも、偶々計算してみた結果の功積倍率の最高値が三・〇というだけのことから、この最高値を利用して「右退職役員の功積倍率の最高三・〇を基準として原告の退職役員に対する退職給与の相当性を判断することは合理的である。」と判断するのは明白な誤りである。功積倍率というような一般には余り利用されていない方式を利用し、しかも税務当局が独自に把握した退職金支給事例を無理に上告人会社に対する役員退職金の数値にあてはめているのは、世人を納得させるものではなく不当である。

現に、本件においても、被上告人は右数値の算定につき、功積倍率三回〇が妥当だという法解釈でありながら、具体的更正処分にあっては、取締役大森保につき、金六〇〇万円――即ち功積倍率三〇・〇、宮内国男につき金四五〇万円――功積倍率三〇・〇、八重畑素弘につき金三〇〇万円――功積倍率三〇・〇、坂本一夫につき金三〇〇万円――功積倍率二〇・〇、というように被上告人が妥当と主張する適正功積倍率をはかるに超える倍率で更正処分をしてきている。このように、功積倍率の使用を更正処分においても参考としていないのに、裁判所がどうして功積倍率に固執するのかは誠に疑問なところである。

五、次に上告人会社の「原告(上告人会社)のように設立直後の法人の場合は役員の貢献の度合が未知であって、それを報酬中に織り込むことは不可能であるから退職金額の算定にあたっては、この点を考慮すべきであるし、また、退職役員の法人設立前の準備活動の結果設立直後から大きな収益をあげたような場合は右準備活動も退職給与額算定の要素とすべきであるから、仮に功積倍率を利用するとしても、その比較にあたっては、原告と同様に設立の日の属する事業年度において多額の利益をあげた法人の功積倍率を採用すべきであると」の主張に対し、

第一審判決は、「退職役員の法人設立前の準備活動は、通常報酬或いは賞与の金額を算定する要素とはなりえても退職給与金額算定の要素とはならないのが通常であるから、功積倍率の比較にあたっては、右準備活動の有無を考慮する必要はないというべきである。」として、不当にも主張自体失当との判示をなしたが、原審判決は、この点について明確なる法的判断をさけ、本件会社においては、設立前の活動が設立後の営業の業績向上に寄与したとする点についても、右各供述部分中には抽象的な供述があるのみで、何ら具体的な供述がなく、他にこれを認めるに足りる証拠がない。」との事実判断をなし、上告人(控訴人)の主張を排斥している。

しかしながら、右事実判断は、以下に述べるように誤っており、不当である。

1 第一に、原判決は、大森国茂・大森保・宮内国男・八重畑素弘・坂本一夫らが、上告人会社設立の準備行為をした点につき、「大森国茂を中心として、不動産会社の設立を企図し、これを念願に置いて行動しながらその時機をうかがっていたにすぎず、通常、新しい会社の設立を企図する者の行動に比較して特に著しい差があるとは認め難く、退職給与額の相当性を決するについて、特に考慮しなければならない程の事情があったものとは認められない。」と判示している。

しかしながら、通例の会社にあっては、設立直後から販売実績を上げるのが困難であるとともに、不動産会社にあっては、事前の広告や情報交換の必要が多く、又、その取引金額の大きいことから取引までに長期間を要することは公知の事実である。

ところで、上告人会社が設立された昭和四六年一一月一五日から昭和四七年九月三〇日までの第一期事業年度の申告所得金額が金二、一九二万三、三二三円であることは、被上告人も認めているところである(第一審判決の請求原因一の1に対する被告の認否二の1および別表一参照)。資本金は僅か金五〇〇万円、従業員数も少なく、かつ事業規模の小さな上告人会社が、設立後最初の事業年度(実質一〇ヶ月半)において、右のように約二、〇〇〇万円もの所得をあげ得たのは、退職役員らの上告人会社設立前の準備活動の結果に負うところが大きいのである。

上告人会社の場合、同種、同業態、同規模の不動産会社に比較して、設立直後から大きな収益を上げることができたのは、約五年間に亘り、退職役員らが上告人会社設立後直ちに大きな収益を上げられるような万全の準備活動(具体的には、第一審での原告の昭和五三年二月二〇日第三準備書面第一第一項四(1)ないし(4)の記載、甲第一〇号証参照)をしていたためである。この点につき、被上告人は、乙第五号証ないし一一号証、および、乙第一六号証ないし二二号証により、上告人会社と取引相当方との折衝時期が短期間であったと主張するもののようであるが、甲第一〇号証で説明するように、不動産の取引にあっては、幾人もの仲介を通じて取引がなされるのが通例であり、上告人会社と取引相手方との折衝時間だけによって、当該物件との関わり合いを判断することは、間違いである。

若し、退職役員らが何等の準備活動をすることなく、上告人会社設立後に、第一歩から営業活動を開始した場合には、相当の期間収益を上げることは不可能もしくは困難であるとともに、前記利益額と同じような収益を上げるには、相当の期間と多額の経費を必要とすることは明白な事実である。

このように設立直後に多大の利益を取得できた上告人会社は、一種の財産的価値を設立に際して取得したものということができる。この一種の財産的価値は、企業が「のれん」を取得するのと同様な意味、即ち「一種ののれん的役割」を果たし企業の収益率を増大させるものである。退職役員らの準備活動と、設立後の上告人会社の大きな収益との間には、顕著な因果関係が存在することは極めて明白である。これは退職役員らの上告人会社の業績に対する貢献の度合いとして、退職金算定の際に考慮されるべき重要な要素の一つである。「のれん」という一種の財産的価値を取得する対価が経費となると同様に、「一種ののれん的役割」を有する退職役員らの準備活動の結果という財産的価値に対価を支払う義務があり、この対価は、本件の場合、退職金として経費性が認められるべきである。

なお、原判決は前述のように、設立前の活動の会社に対する寄与につき、具体的な供述がなく、証拠もないと判示している。しかし、これは誤りであって、第一審での原告の第三準備書面第一第一項(四)(1)ないし(4)、第四準備書面第一の第一項ないし第三項の主張や、甲第一〇号証、さらに第一審での大森国茂の証言、原審での大森保の証言等の総合判断を脱漏していることは明白である。

2 第二に、原判決は、乙第一五号証を根拠として、「磐梯電鉄不動産会社の役員を辞任するに際し、大森国茂は金三、五〇〇万円の退職給与を受けたが、右磐梯電鉄不動産株式会社では、右両名への退職給与名義で給付した金員は、実質は利益の分配であるとの認識から、経理上は役員の退職給付としての処理をせず、税務上もその扱いをしなかった。」と認定している。右乙第一五号証は、訴外柏茂美の供述聴取書であるが、その供述についての具体的裏付けがなく、非常にあいまいな部分が多い。現に、原判決も「大森国茂は、昭和四一年ころ、不動産業を営む会社として設立された東京信販コーポ保証株式会社の登記簿上は代表取締役、事実上常務取締役に就任してその営業活動に従事し、約二年間勤務したのち二、〇〇〇万円の給付を受けて辞任し」と判断しており、訴外柏茂美の「退職に際しては何も出しておりません。」との供述部分については、採用していない。原判決が、右訴外柏茂美の供述部分を、何ら他の証拠の裏付けもないのに、一部につき採用し、一部については不採用とするのか、この点が上告人会社の最も疑問に思われるところである。又、仮りに磐梯電鉄不動産株式会社が、前記両名への退職給与を税法上、退職給与としなかったとしても、第一審の大森国茂の証言や控訴審での大森保の証言、甲第八号証の一を総合して判断すれば、金三、五〇〇万円の金員の実質は、退職給与と判断すべきなのが当然で、原判決が退職給与と認定しなかった理由は世人を納得せしめるものではない。

3 第三に、原判決は、「大森保らは、控訴人(上告人)から独立した方が利益が大きいとの認識から新会社設立を企図し、控訴人の役員を辞任して磐光開発株式会社を設立したが、控訴人代表者大森保との間で、特段に意見の対立があったわけでもなく、右会社設立後も、控訴人との間で、控訴人所有の不動産を、手数料を定めたうえその販売に当っていたことの各事実が認められる」と判示し、さらに「不動産の売買により、短期間に多額の収益とその分配を企図して離合集散がくり返され、控訴会社の設立にも右一連の離合集散のからんでいることが窺われる。」と判示している。

確かに、大森保ら四人の役員が上告人会社をやめて新会社を設立することについての意見の対立はなかった。しかし、その退職金の支払額についての話合いが容易に解決がつかなかったのは、大森国茂や大森保の証言により明らかである。これは、上告人会社の利益を上げることについての各退職役員の貢献度についての話合いがもめたということであり、第一審での原告の昭和五三年二月二〇日付第三準備書面第一の第一項(三)(2)乃至(4)記載のような経過によって、大森保ら四人の退職役員に各金一、五〇〇万円、大森とし子に金六〇〇万円を退職給与金として支給することが決まったのである。大森保ら四名の退職金は、本来上告人会社に対する設立前並びに設立後の貢献度が相異する訳であるから、それぞれ相異すべきなのが当然であるが、同額でないと合意ができなかったことと、貢献度の認定が困難であったため、全員を同額の退職金とする結果が生じたのである。この点をとらえて、原判決が収益の分配と判断するのは邪推にすぎない。

また、上告人会社が退職役員らの設立した磐光開発株式会社と土地委託販売契約(乙第一二号証)を締結した経緯は以下のようなもので、原判決の判示するように、「収益とその分配を企図しての離合集散」が行なわれた訳ではない。即ち、上告人会社は当時群馬県吾妻郡吾妻町大戸所在のオードランド別荘地および茨木県小川町所在のみのり台団地を分譲中であったが、一時に大森保ら役員五名に辞任されたため、右販売業務に重大な支障を生じた。そこで、上告人会社は、右退職役員らが設立した株式会社に前記土地の販売を委託したのであって、右委託販売契約は、上告人会社の代表者から「会社を建てなおす迄協力してくれ」と大森保らに懇請があり締結されたものである。

従って、右委託販売は、あくまでも上告人会社の販売業務の一時的な支障を避けるために行なわれたものであって、委託販売の目的物件は、前述のオードランド別荘地およびみのり台団地に限定されており、また、委託販売期間も昭和四七年八月二六日より同年一二月二〇日までの約四ヶ月間だけと限定されていたのである。偶々、退職役員らが設立した会社が上告人会社と同一営業目的を有する不動産会社であることをとらえて、「収益とその分配を企図しての離合集散」と判断する原判決は、明白な誤りをおかすものである。

以上

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