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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(オ)1362号 判決 1988年3月01日

上告人

倉知喜市郎

右訴訟代理人弁護士

成田薫

成田清

池田桂子

被上告人

亀谷冨貴子

被上告人

小谷花代

被上告人

亀谷巖

右三名訴訟代理人弁護士

小淵連

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人成田薫、同成田清、同池田桂子の上告理由第一点について

原審は、(一) 第一審判決別紙目録一ないし四、七、九、一一、一三の各土地(以下「本件各土地」という。)は、もと分筆前の愛知県小牧市大字大草字七重三六六〇番一の土地の一部をなし、亀谷峰の所有であった、(二) 峰の妻亀谷とfile_15.jpgは、昭和三五年七月ころ、峰の代理人として、野崎峯男に対し、右三六六〇番一の土地を売り渡した(以下「本件売買」という。)が、峰から本件売買に必要な代理権を授与されていなかった、(三) とfile_16.jpgは昭和四四年三月二二日に死亡し、夫である峰及び子である被上告人らが同女の法律上の地位を相続により承継した、(四) 峰は昭和四八年六月一八日に死亡し、被上告人らが同人の法律上の地位を相続により承継した、(五) 本件各土地について、いずれも上告人を権利者とする原判決主文第二項掲記の各登記(以下「本件各登記」という。)がされている、との事実を確定した上、無権代理人が本人を相続した場合に、無権代理行為の追認を拒絶することが信義則上許されないとされるのは、当該無権代理行為を無権代理人自らがしたという点にあるから、自ら無権代理行為をしていない無権代理人の相続人は、その点において無権代理人を相続した本人と変わるところがなく、したがって、無権代理人及び本人をともに相続した者は、相続の時期の先後を問わず、特定物の給付義務に関しては、無権代理人を相続した本人の場合と同様に、信義に反すると認められる特別の事情のない限り、無権代理行為を追認するか否かの選択権及び無権代理人の履行義務についての拒絶権を有しているものと解するのが相当であるとの見解のもとに、本件売買に関して無権代理人であるとfile_17.jpg及び本人である峰をともに相続した被上告人らは、信義に反すると認められる特別の事情のない限り、本人の立場において本件売買の追認を拒絶することができ、また、無権代理人の立場においても本件各土地を含む前記土地の所有権移転義務を負担しないものであり、しかも、右の追認ないし履行拒絶が信義に反すると認められる特別の事情があるということはできず、本件売買が有効となることはないとして、上告人の抗弁を認めず、本件各土地の共有持分権に基づいて本件各登記の抹消登記手続を求める被上告人らの本訴請求を認容すべきものと判断している。

しかしながら、原審の右の判断を是認することはできない。その理由は次のとおりである。

すなわち、無権代理人を本人とともに相続した者がその後更に本人を相続した場合においては、当該相続人は本人の資格で無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく、本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生ずるものと解するのが相当である。けだし、無権代理人が本人を相続した場合においては、本人の資格で無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく、右のような法律上の地位ないし効果を生ずるものと解すべきものであり(大審院大正一五年(オ)第一〇七三号昭和二年三月二二日判決・民集六巻一〇六頁、最高裁昭和三九年(オ)第一二六七号同四〇年六月一八日第二小法廷判決・民集一九巻四号九八六頁参照)、このことは、信義則の見地からみても是認すべきものであるところ(最高裁昭和三五年(オ)第三号同三七年四月二〇日第二小法廷判決・民集一六巻四号九五五頁参照)、無権代理人を相続した者は、無権代理人の法律上の地位を包括的に承継するのであるから、一亘無権代理人を相続した者が、その後本人を相続した場合においても、この理は同様と解すべきであって、自らが無権代理行為をしていないからといって、これを別異に解すべき根拠はなく(大審院昭和一六年(オ)第七二八号同一七年二月二五日判決・民集二一巻一六四頁参照)、更に、無権代理人を相続した者が本人と本人以外の者であった場合においても、本人以外の相続人は、共同相続であるとはいえ、無権代理人の地位を包括的に承継していることに変わりはないから、その後の本人の死亡によって、結局無権代理人の地位を全面的に承継する結果になった以上は、たとえ、同時に本人の地位を承継したものであるとしても、もはや、本人の資格において追認を拒絶する余地はなく、前記の場合と同じく、本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生ずるものと解するのが相当であるからである。

これを本件についてみるに、前記の事実関係によれば、とfile_18.jpgは、峰の無権代理人として、本件各土地を含む前記土地を野崎に売却した後に死亡し、被上告人ら及び峰が同女の無権代理人としての地位を相続により承継したが、その後に峰も死亡したことにより、被上告人らがその地位を相続により承継したというのであるから、前記の説示に照らし、もはや、被上告人らが峰の資格で本件売買の追認を拒絶する余地はなく、本件売買は本人である峰が自ら法律行為をしたと同様の効果を生じたものと解すべきものである。そうすると、これと異なる見解に立って、無権代理行為である本件売買が有効になるものではないとして、上告人の抗弁を排斥し、被上告人らの本訴請求を認容すべきものとした原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかというべきであるから、右違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、以上の見地に立って、上告人の抗弁の当否について、更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すべきである。

よって、その余の論旨に関する判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官長島敦 裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官坂上壽夫)

上告代理人成田薫、同成田清、同池田桂子の上告理由

第一 原判決は、民法一一三条一項、一一七条一項、一条二項、の法令解釈を誤り、かつこれがために判決に影響を及ぼすこと明らかであり、破棄されるべきである。

原判決は「そもそも無権代理人が本人を相続した場合に追認拒絶することが信義則上許されないとされるのは当該無権代理行為を無権代理人自らがなしたという点に存する」とし、最高裁判所昭和三七年四月二〇日第二小法廷判決(民集一六巻四号九五五頁)を引用しつつ、無権代理人を相続した後本人を相続した相続人については、無権代理人を相続した本人と同様、特段の事由のない限り、追認拒絶権の行使を認めるべきものとしている。

しかしながら、原審のこの法的判断は、その引用する最高裁判所昭和三七年四月二〇日判決における「無権代理人が自らなした無権代理行為」という語句に拘泥し、同判決の真意を誤解したものであって、無権代理人が本人を相続した場合に関する一連の判例の流れから食み出し、また他人の物の売買に関する一連の判例との整合性を欠くものである。

以下理由を述べる。

一、右の最高裁判所昭和三七年四月二〇日判決は、本人が無権代理人を相続した場合(以下本人相続型という)の法律関係の擬律に触れた最初の判例である。

そこで、右判例は先ず、傍論で、無権代理人が本人を相続した場合(以下無権代理人相続型という)に言及し、「無権代理人が自らなした無権代理行為につき、本人の資格において追認を拒絶する余地を認めるのは信義に反する」とし、本人相続型においては、右と異なり、「相続人たる本人が被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても何ら信義に反するところはない」とし、「被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により、当然有効になるものではない」と結論づけた。つまり、無権代理人相続型の場合には無権代理行為について追認の拒否を認めず、無権代理行為は当然に有効になるものとし、他方、本人相続型の場合にはもともと本人であるから、本人として有していた追認拒絶権を失ういわれはないとしているのである。かかる場合に本人の追認拒絶権が認められるのは、財産処分行為を本人の意思にかからせるべく、本人を無権代理行為から守るためである。

二、本人相続型に対し、無権代理人相続型の場合については、大審院以来、判例は処分権の取得を理由として無権代理行為の瑕疵が治癒され有効になるものと解している。

すなわち、

(1) 無権代理人相続型についての最初の判例である昭和二年三月二二日大審院判決(民集六巻一〇六頁)は、「無権代理人が本人を相続し本人と代理人との資格が同一人に帰するに至りたる以上、本人が自ら法律行為を為したると同様の法律上の地位を生じたものと解す」べきものとし、その理由は「恰も権利を処分したる者が実際其の目的たる権利を有さざる場合と雖も、其の后、相続その他に因り該処分に該る権利を取得し、処分者たる地位と権利者たる地位とが同一人に帰するに至りたる場合に於て該処分行為が完全なる効力を生ずるものと認めざるべからざると同様なり」としている。

(2) また、昭和九年九月一〇日、大審院判決(民集一三巻一七七七頁)は、無権代理行為当時本人が無能力者のときは無権代理行為は成立しないと主張した上告理由に対して、これを容れず、「無権代理人が本人を相続するときは、本人が自ら法律行為を為したると同一の法律上の地位を生ずる」ものとされ、このことは右(1)の判例によって是認された法理であると述べている。

(3) さらに昭和四〇年六月一八日最高裁判決(民集一九巻四号九八六頁)は、無権代理人が本人の共同相続人の一人であって他の相続人の相続放棄によって単独相続人となった場合であるが、前記(1)の判例に従っている。

三、以上、本人相続型と無権代理人相続型を峻別する論拠は、財産的処分行為を本人の意思にかからしめて、権利を害された本人の保護の必要性にあるというべきところ、本件では、第三者が無権代理人と本人の双方を相続した場合である。

かかる場合について、原判決は、相続の前後を問わず、無権代理人の相続人が本人を相続した場合も本人の相続人が無権代理人を相続した場合も「いずれの相続人の場合も同列に論ずべきものである」としているが、相続の先後関係こそが、双方相続の場合のキーポイントであると言わねばならない。

この点につき、すでに、昭和一七年二月二五日大審院判決(民集二一巻一六四頁)は、双方相続の中でもとりわけ、無権代理人を先きに相続した場合につき、次のように判断している。

傍論において無権代理人相続型の場合に言及したうえ、無権代理人として責を負うべき者が本人の地位についた場合「無権代理行為の追認を為すべきこそ相当なれ、今更追認を拒絶して代理行為の効果を自己に帰属することを回避せんとするが如きは信義則上許さるべきに非ず」と。

すなわち、無権代理人の相続人は無権代理行為を自らなした者ではないが、すでに相続によって無権代理行為について無権代理人と同じ責を負うべき立場にあるから、その後本人を相続することによって追認しうる地位についた以上、無権代理行為を追認するのが当然であるというのである。しかも注目されるのは、この判決が信義則理論に立脚しており、原判決の引用している前記昭和三七年四月二〇日最高裁判決はその判旨を踏襲しているということである。

四、本件事案は原認定によると無権代理であって他人の物の売買ではないが、社会現象として同一である限り、かかる事案が無権代理と他人の物の売買の二つの構成で争われることは周知のとおりである。従って両構成の結論については整合性が得られなければならない。

他人の物の売主を相続して、その後権利者本人を相続した場合についての最高裁判例は見当らない。しかし、昭和五〇年六月一七日大阪高等裁判所判決は、他人の権利の売主を相続した者が、その相続後に他人の権利を取得した事案について、「相続人は、信義則に反しないと認められるような特別の事情のない限り、売主としても履行義務を拒否することができないと解するのが相当である」と判断している。

右高裁判決は、最高裁判所昭和四九年九月四日大法廷判決の事案、すなわち、「他人の権利の売主をその権利者が相続し売主としての履行義務を承継した場合でも、権利者は信義則に反すると認められるような特別の事情のないかぎり、右履行義務を拒否することができる」との事案・判断との相異点・類似点を確認してなされていることは、右高裁判決文により明らかである。

右大阪高裁判決の事案について、本件原審の「自らなした者ではないから」との論理を適用するならば、他人の権利の売主を相続した者は、自ら他人の権利を売った者ではないから、その相続後他人からその権利を取得した場合に履行義務を拒否しても信義則に反することにはならないとしなければ、本件判決との整合性は得られない。

五、原判決は、要するに無権代理人と本人を相続した場合、相続の前後によって結論を異にするのは不当であるとの価値判断から「無権代理人を相続した後、本人を相続した相続人も、本人を相続した後無権代理人を相続した相続人も同列に論すべきである」とし、「無権代理人及び本人をともに相続した相続人に追認拒絶権を認めるのであれば、少なくとも特定物の給付義務に関しては、無権代理人の履行義務についての拒絶権もこれを認めるべきである。けだし、これを反対に解するとすれば、一方で与えたものを他方で奪う結果となり」他方「相手方としても、本人の追認がない以上、無権代理人が本人を相続したという偶然の事情がなければ、本来特定物の給付を受け得なかったのであるから、相続人に履行義務の拒絶権を与えたからといって、不測の不利益を蒙るというわけではない」としている。

なるほど相続の時期は被相続人の死亡という、相続人にとっては如何ともしがたい事情によって決まるものであることは言うまでもないが、相続が包括承継という被相続人の法的地位をそのまま承継するものである以上、被相続人等の死亡の先後関係によって相続人らの法的地位に決定的な影響を与えることは寧ろ当然である。

本件においては、亀谷とくの死亡時(昭和四四年三月二二日)に、とくの子たる被上告人らはとくの無権代理人たる権利義務を相続分で言えば三分の二以上承継していたものであって(昭和五五年民法改正前)、その後の亀谷峰の死亡時(昭和四八年六月一八日)には、本人たる峰の権利義務を承継するとともに、峰自身に帰属していたとくの無権代理人たる権利義務の三分の一の相続分を承継したものである。従って被上告人らは、本人が死亡するという偶然的事情の発生以前に無権代理人としての履行義務を果たすべき地位にあったものであって、仮に本人がその自由な意思に基づきその死亡前に被上告人ら以外の第三者に権利を移転していた場合には、本件土地を取得し得なかったことは勿論であるが、しかし尚無権代理人の履行義務は被上告人らに残るはずである。従って、却って原判決によると、被上告人らが本人を相続したという偶然の事情によって不測の利益を受けることになるものと言わねばならない。

六、結論

以上、本人と無権代理人の双方相続した場合には、相続の先後関係を抜きにしてはその結論を論じられないものであって、無権代理人を相続したものがその後に本人を相続した場合は、無権代理人が本人を相続した場合と同様、履行義務を拒否できないものである。かかる場合には信義則理論を採っても、一一三条一項の適用の余地はないものというべきであり、原判決は民法一一七条一項の解釈を誤り、全く逆の結論を導くに至ったものである。

第二<省略>

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