最高裁判所第三小法廷 昭和60年(あ)313号 決定 1985年5月17日
本店所在地
札幌市東区北三一条東一九丁目一番地四
(登記簿上 札幌市東区北三六条東一〇丁目四九一番地)
被告人
株式会社 東栄美器
右代表者代表取締役
漆原稔
右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和六〇年一月二九日札幌高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人林信一の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治 裁判官 安岡満彦 裁判官 長島敦)
昭和六〇年(あ)第三一三号
○ 上告趣意書
法人税法違反上告事件 被告人 株式会社東栄美器
右代表者代表取締役 漆原稔
右の者に対する表記上告事件につき、弁護人の上告の趣意はつぎのとおりである。
昭和六〇年四月一六日
右弁護人 林信一
最高裁判所第三小法廷 御中
記
量刑不当
原審は被告人会社を罰金二千万円に処した第一審裁判所の宣告刑を量刑相当として維持した。
然しながら右量刑は以下に述べる事情からすれば、重きに過ぎ、甚だ不当であり破棄しなければ著しく正義に反するものと思料する。
一、犯行の態様
1. 動機
ア 被告人法人代表者漆原稔(以下単に漆原という)を本件犯行へと駆りたてたのは、検察官が冒頭陳述第二、1.で述べているように、被告人会社の受信能力を高めるためであった。
被告人会社は昭和五一年の設立以来、日が浅いにかかわらず、漆原の率先力行と社員の困苦に堪えた営業努力により、販売圏は急激に拡張し、業績も倍々と急成長していった。
この拡大成長している企業にとって、設備・運転資金の需要もまた増大していくことは見易い道理である。
金融機関はこの需要に応ずるため、被告人会社及び漆原に担保提供を求める。
しかしながら急成長の企業にとって未だ社内留保の財産はない。そこで、「適正に税金を納めますと、思うように資金が備蓄できず、裏資金をプールできないので、悪いとは思いつつ税金をごまかそうと考えました」ということになった(漆原の検察官調書四項)。
いって見ると、企業成長のための必要悪と短絡的に考えたというのであり、それは企業安定までの一過性のものと考えたのである。
イ 右のように、脱かれた税は、被告人会社の成長及びその従業員のため安定職場の確保ということに、本件犯行の動機があったのであり、逋脱した税額相当の全員を個人の遊興費にあてたり、その消費に充てたものでは全くない。
またその取得した土地、建物はいずれも被告人会社の社屋の敷地、店舗又はその用に充てるものであって(検察官請求番号三七、三八)、いわゆる漆原の個人の財産というものではない。だから本件発覚後これら財産はすべて、会社の資産に載せ、その所有名義も実態に吻合させて、変更(移転登記)しているという(漆原の第一審公判廷における供述)。
2. その方法
逋脱の態様は、稚拙という以外にない。
ア 売上の除外
被告人会社の営業は陶器類の職域訪問販売でユーザーは未婚のOLであり、その単価は一件あたり昭和五六年度は金六九、五八八円、昭和五七年度は金七三、四九八円である(弁三、一個当売上単価)。
従ってその支払はローン提携の割賦払であるため、契約書を作成しなければならない。
年間一万七千乃至二万一千件を超える売買の売上(弁三、売上個数)を、一部除外して計上し、商品の仕入と対応させて過不足なくバランスをとるということは、経理上、不可能といってよいだろう。破綻することは明らかである。だから売上の除外は昭和五五年度で断念している(冒陳別紙1の(1)、1の(2)参照)。
イ 給料等の水増
架空の給与を計上するということは、その対象者から不正のからくりが洩れることは火を見るより明らかである。
実給与と架空給与との差から生ずる諸税、その余の公課がどれ程控除されるかは従業員にとって大きな関心事であり、その不正はたちまち露見するであろうからである。
ウ 右のような不正操作は、はなはだ巧ち性を欠くもので、脱税の計画性、ち密性から程遠く「その方法において悪質」と糾弾するのは酷である。
二、逋脱税額の納付
1. 被告人会社は昭和五三年度分以降の法人税、道・市民税(公訴事実にかかわる昭和五五・五六年度分を含む)合計額金二〇九、一六五、七九〇円(外に市民税延滞金約二五〇万円)を修正申告して、うち金一八〇、八五六、九七三円を納付し、その余の支払方法については、現に国税局と協議中である(弁一、「修正申告書に依る増加税額、納付済税額並びに未納税額一覧表」)。
もっとも右納付済税額のうち金五五、〇四三、四六〇円は、被告人会社振出の約束手形で支払っているのであるが、これは被告人会社の資金繰りに合せて振出したものであり、満期には確実に決済できるという(長縄証人、被告人の供述)。
なお右の事実は原審で取調べた「昭和五九年四月一日以降納付税額、未納税額一覧表」(作成者小倉慧)及び国税還付金充当通知書等により明白である。
2. 右のように被告人会社はその逋脱した税額は、公訴事実の年度分も過年度の分もすべて納付したことになり、結果的には国の税収に対するあな埋めは不足なく填補されたことになる。まことに「不正の財は、帰すべきところに帰属する」のが自然の法理というべきであろう。
3. 被告人会社はこの逋脱額の資金調達のため、これまで裏金としていわゆる匿名でなした預金をとりくずし、あるいは簿外で取得した不動産を担保提供して金融機関から借入をなした。その金融機関等からの借入は、昭和五九年三月末日現在金三三四、五七九、〇八六円となり前年比で金一七〇、七四七、九九一円の激増となっている(弁二、「昭和五七年度・五八年度借入金増減表」)。
4. このような事情からすると罰金二千万円を納付しなければならぬということは、被告人会社の存立を危くするもので、到底負担に堪えうるところではない(原審における被告会社代表者の供述)。
三、再犯の防止措置
1. 代表者漆原の反省
漆原自身、本件を深く反省し、かかる反法行為を二度と繰り返さないことを誓っている。このため本件発覚後、捜査については積極的に協力し、一切を告白していることは前後一二回に亘る供述の態様に徴し明らかであり、かつその反省が真意に出ていることは、第一審及び原審公廷における同人の供述からも十分にうかがえるところである。
2. 再犯防止のための対応策
原審長縄証人は再犯防止のため「商品管理」と「営業日報による従業員の活動状況の把握」を二つの柱にして体制を整のえ、これを支えるのに社長、従業員一体となっての納税の遵法精神の向上をもってする、と証言している。
しかも同証人はすでに被告人会社の税務顧問として、右の項目をすでに実践し、証人も日常これを監視、助言しているという。再犯のおそれは全くない。
四、以上の事情からすると、原審が維持した罰金二千万円は重きに過ぎ、破棄して相当額に減ずべきものと思料され、然らざれば量刑不当で著しく正義に反するところとなる。