最高裁判所第三小法廷 昭和60年(あ)826号 決定 1989年7月04日
主文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中五〇〇日を本刑に算入する。
理由
一上告趣意に対する判断
弁護人由岐和広の上告趣意第一点のうち、被告人に対する取調手続の違法を理由として違憲をいう点は、実質において単なる法令違反の主張であり、被告人の自白の任意性がないことを理由として違憲をいう点は、記録を調べても、自白の任意性を疑うに足りる証跡は認められないから、所論は前提を欠き、同第二点は、事実誤認の主張であって、適法な上告理由に当たらない。
二職権による判断
1 原判決の認定及び記録によると、被告人に対する本件取調べの経緯及び状況は、次のとおりと認められる。
(1) 本件捜査は、昭和五八年二月一日午後八時四八分ころ、当時アパートの被害者方居室が約一〇日間にわたり施錠されたままで被害者の所在も不明である旨の被害者の妹からの訴え出に基づき、警察官が被害者方に赴き、被害者が殺害されているのを発見したことから開始されたものであるが、警察官は、右妹から被害者が一か月ほど前まで被告人と同棲して親密な関係にあった旨聞き込んだので、事案の重大性と緊急性にかんがみ、速やかに被告人から被害者の生前の生活状況や交遊関係を中心に事情を聴取するため、被告人方に赴いて任意同行を求め、これに応じた被告人を同日午後一一時過ぎに平塚警察署に同行した。
(2) 警察官は、まず、被告人から身上関係、被害者と知り合った経緯などについて事情を聴取した後、一名が主になり、他の一名ないし二名が立ち会って、同日午後一一時半過ぎころから本格的な取調べに入り、冒頭被告人に対し本件捜査への協力方を要請したところ、被告人がこれに応じ、「同棲していたので知っていることは何でも申し上げます。何とか早く犯人が捕まるように私もお願いします。」と述べて協力を約したので、夜を徹して取調べを行い、その間、被告人の承諾を得てポリグラフ検査を受けさせたり、被告人が最後に被害者と別れたという日以降の行動について一応の裏付け捜査をしたりしたが、翌二日午前九時半過ぎころに至り、被告人は、被害者方で被害者を殺害しその金品を持ち出した事実について自白を始めた。
(3) そこで、警察官は、その後約一時間にわたって取調べを続けたうえ、午前一一時過ぎころ被告人に犯行の概要を記載した上申書を作成するよう求め、これに応じた被告人は、途中二、三〇分の昼休み時間をはさみ、被害者と知り合ってから殺害するまでの経緯、犯行の動機、方法、犯行後の行動等を詳細に記載した全文六枚半に及ぶ上申書を午後二時ころ書き上げた。
(4) ところが、右上申書の記載及びこの間の被告人の供述は、被害者名義の郵便貯金の払戻しの時期や被害者殺害の方法につきそれまでに警察に判明していた客観的事実とは異なるものであったほか、被害者を殺害する際に同女の金品を強取する意思があったかどうかがはなはだ曖昧なものであったため、警察官は、右の被告人の供述等には虚偽が含まれているものとみて、被告人に対し、その供述するような殺人と窃盗ではなく、強盗殺人の容疑を抱き、その後も取調べを続けたところ、被告人が犯行直前の被害者の態度に憤慨したほか同女の郵便貯金も欲しかったので殺害した旨右強取の意思を有していたことを認める供述をするに至ったことから、更に上申書を作成するよう求め、これに応じた被告人は、午後四時ころから約一時間にわたって、右の旨を具体的に記載した全文一枚余の「私がAを殺した本当の気持」と題する上申書を書いた。
(5) その後警察官は、逮捕状請求の準備に入り、右二通の上申書をも疎明資料に加え、午後七時五〇分当時の被告人の自白内容に即した強盗殺人と窃盗の罪名で逮捕状を請求し、逮捕状の発付を得たうえ、午後九時二五分被告人を逮捕し、その後間もなく当日の被告人に対する取調べを終えた。そして、同月三日午後二時三〇分に検察官送致の手続がとられ、同日勾留請求がなされ、同月四日午前一一時二三分勾留状が執行された。
(6) 被告人は、勾留質問の際に強盗の意思はなかったと弁解した以外は、その後の取調べにおいても終始強盗の意思を有していたことを認める供述をし、一方、同月七日の取調べまでは、前記被害者名義の郵便貯金の払戻しの時期や被害者殺害の方法につき虚偽の供述を続けていたが、同日の取調べにおいてこれらの点を訂正し、その後は公訴事実に沿う自白を維持し、同月二二日、本件につき強盗致死等の罪名で勾留中起訴された。
2 右の事実関係のもとにおいて、昭和五八年二月一日午後一一時過ぎに被告人を平塚警察署に任意同行した後翌二日午後九時二五分に逮捕するまでの間になされた被告人に対する取調べは、刑訴法一九八条に基づく任意捜査として行われたものと認められるところ、任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容されるものである(最高裁昭和五七年(あ)第三〇一号同五九年二月二九日第二小法廷決定・刑集三八巻三号四七九頁参照)。
右の見地から本件任意取調べの適否について勘案するのに、本件任意取調べは、被告人に一睡もさせずに徹夜で行われ、更に被告人が一応の自白をした後もほぼ半日にわたり継続してなされたものであって、一般的に、このような長時間にわたる被疑者に対する取調べは、たとえ任意捜査としてなされるものであっても、被疑者の心身に多大の苦痛、疲労を与えるものであるから、特段の事情がない限り、容易にこれを是認できるものではなく、ことに本件においては、被告人が被害者を殺害したことを認める自白をした段階で速やかに必要な裏付け捜査をしたうえ逮捕手続をとって取調べを中断するなど他にとりうる方途もあったと考えられるのであるから、その適法性を肯認するには慎重を期さなければならない。そして、もし本件取調べが被告人の供述の任意性に疑いを生じさせるようなものであったときには、その取調べを違法とし、その間になされた自白の証拠能力を否定すべきものである。
3 そこで、本件任意取調べについて更に検討するのに、次のような特殊な事情のあったことはこれを認めなければならない。
すなわち、前述のとおり、警察官は、被害者の生前の生活状況等をよく知る参考人として被告人から事情を聴取するため本件取調べを始めたものであり、冒頭被告人から進んで取調べを願う旨の承諾を得ていた。
また、被告人が被害者を殺害した旨の自白を始めたのは、翌朝午前九時半過ぎころであり、その後取調べが長時間に及んだのも、警察官において、逮捕に必要な資料を得る意図のもとに強盗の犯意について自白を強要するため取調べを続け、あるいは逮捕の際の時間制限を免れる意図のもとに任意取調べを装って取調べを続けた結果ではなく、それまでの捜査により既に逮捕に必要な資料はこれを得ていたものの、殺人と窃盗に及んだ旨の被告人の自白が客観的状況と照応せず、虚偽を含んでいると判断されたため、真相は強盗殺人ではないかとの容疑を抱いて取調べを続けた結果であると認められる。
さらに、本件の任意の取調べを通じて、被告人が取調べを拒否して帰宅しようとしたり、休息させてほしいと申し出た形跡はなく、本件の任意の取調べ及びその後の取調べにおいて、警察官の追及を受けながらなお前記郵便貯金の払戻時期など重要な点につき虚偽の供述や弁解を続けるなどの態度を示しており、所論がいうように当時被告人が風邪や眠気のため意識がもうろうとしていたなどの状態にあったものとは認め難い。
4 以上の事情に加え、本件事案の性質、重大性を総合勘案すると、本件取調べは、社会通念上任意捜査として許容される限度を逸脱したものであったとまでは断ずることができず、その際になされた被告人の自白の任意性に疑いを生じさせるようなものであったとも認められない。
5 したがって、本件の任意取調べの際に作成された被告人の上申書、その後の取調べの過程で作成された被告人の上申書、司法警察員及び検察官に対する各供述調書の任意性を肯定し、その証拠能力を認めた第一審判決を是認した原判決に違法があるとはいえない。
三結論
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書、刑法二一条により、主文のとおり決定する。
この決定は、裁判官坂上壽夫の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官坂上壽夫の反対意見は、次のとおりである。
私は、本件取調べが社会通会上任意捜査として許容される限度を逸脱したものであったとまでは断ずることができないとし、その際になされた被告人の自白の任意性に疑いを生じさせるようなものであったとも認められないとする多数意見には、賛成することができない。
多数意見が、本件のような長時間にわたる被疑者に対する取調べは、たとえ任意捜査としてなされるものであっても、特段の事情のない限り容易に是認できるものではないとする点については、全く異論はない。また、本件の任意取調べにおいては、徹夜で取調べをした点について、警察官が取調べの冒頭被告人から進んで取調べを願う旨の承諾を得ていたこととか、自白開始後の取調べが長時間に及んだ点について、警察官が自白を強要し、あるいは令状主義の要請を潜脱するなどの不法な意図のもとに取調べを続けた結果ではなく、事案の真相を解明するため取調べを続けた結果であることなど特殊な事情が認められることも、多数意見が指摘するとおりであろう。
しかしながら、本件の任意取調べは、午後一一時半過ぎころから翌日午後九時二五分に逮捕するまでの約二二時間にわたり、被告人に一睡もさせず、途中二、三〇分程度の休憩を三回位はさんだのみで、ほぼ間断なく行われたというものであって、そのことだけをみても、長きに過ぎるとの感を否めない。
しかも、徹夜の取調べについては、被告人は、その間ポリグラフ検査を受けていることからしても、取調べのかなり早い段階から実質的には被疑者の立場に置かれ、警察官から追及を受けていたのではないかと推測される。そして、被告人は、右のような徹夜の取調べを経た後、午前九時半過ぎころには、客観的状況に照らし不自然な内容であったにせよ、ともかく殺人というそれ自体重大な犯行を自白しているのである。さらに、自白をした後の取調べについては、それが被告人の意思に反して強制されたものであったとまでは認め難いとしても、被告人が積極的に取調べに応じたものではなく、いったん自己の犯行であることを認めたことから、次には強盗の意思はなかったとの主張を受け入れてもらう必要もあって、やむをえず取調べに応ぜざるをえない状態に置かれていたものとみるべきである。
なお、本件任意取調べは、当初参考人に対する事情聴取として始められ、取調べが進むうちに被告人に対する容疑が濃くなってきたものと認められるが、その間に刑訴法一九八条二項の供述拒否権の告知がなされたのかどうか、なされたとしていつなされたのかということが、記録上明らかではない。被疑者に対し供述拒否権を告知することの重要性にかんがみると、本件任意取調べの適法性を判断するに当たっては、本来この点も重要な判断要素となるべきものと考える。
しかし、右の点を措いても、前記の諸事情を考慮すると、本件の長時間、連続的な取調べが被告人の心身に与えた苦痛、疲労の程度は、極めて深刻、重大なものであったと考えられるのであって、遅くとも被告人が殺人と窃盗の自白をした段階で、最小限度の裏付け捜査を遂げて直ちに逮捕手続をとり、取調べを中断して被告人に適当な休息を与えるべきであったと思われる。
そうしてみると、本件任意取調べは、いかに事案が重大であり、被告人に対する容疑も濃く、警察官としては事案の真相を解明する必要があったとしても、また、多数意見が指摘するような特殊な事情があったことを考慮に入れても、許容される限度を超え違法なものであったというほかはなく、そのような取調べの間になされた被告人の自白については、その任意性に疑いがあるものというべきである。
結局、原判決が、本件任意取調べの際になされた自白の任意性に疑いがないとし、さらに、その後の取調べの過程でなされた自白の任意性を検討するに当たって被告人が本件任意取調べの際にした自白の影響を考慮する必要がなく、他に自白の任意性に疑いを挟むべき証跡がないとして、それらの任意性を肯定したのは、本件取調べの状況に関する事実の認定、評価を誤り、ひいては法令の解釈を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。
(裁判長裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己)
弁護人由岐和広の上告趣意(昭和六〇年九月三日付)
第一点
原判決には憲法三一条、三三条、三八条一項、二項の違反(憲法の解釈に誤り)があり、原判決は破棄されなければならない。
(理由)
一、本件捜査過程に於いて、任意捜査の限界を超え憲法三一条、三三条に反する違法捜査が行なわれており、右違法捜査によって得られた供述調書及び供述書(昭和五八年二月八日付け員面、同月一〇日、同月一六日付け検面、被告人作成の上申書三通)は、それだけで排除されるべきなのに、右各供述証拠を根拠として被告人に強盗殺人罪を認定したのは、明らかに、憲法三一条、三三条、三八条一項、二項に反する。
また、右主張がいれられないとしても、右各供述証拠は、警察官らの強制・脅迫・誘導等に基づくか、その影響下に於いて被告人が供述した結果を記載したものであるから憲法三一条、三六条、三八条一項、二項に違反するので、右各供述調書を証拠として被告人に強盗殺人罪を認定することは憲法違反の謗りを免れない。
二、すなわち、原判決は昭和五八年二月一日から翌二日までの被告人に対する取調べの経過及び状況を概略左記のとおり認定している。
1 昭和五八年二月一日午後八時四八分ころ、警察官は被害者の妹の申告に基づき被害者宅を捜索した結果、被害者が殺害されていることを発見
2 同日午後一一時すぎ、事件当時まで被害者と同棲していたとみられる被告人をその自宅から平塚警察署に任意同行した。
3 平塚署に於いて、被告人の身上関係等の事情を聴取した後、同日午後一一時半すぎころから、B警部補及びC巡査部長が担当して被告人に対し本件被疑事実の有無を中心に夜を徹して取調べた。
4 翌午前四時ころから午前五時ころまで約一時間にわたりポリグラフ検査を実施した。
5 同日午前九時半すぎに至って、被告人は被害者を殺害したことを自供し始めた。
6 同日午前一一時すぎころより午後二時ころまでの間に被告人に被害者を殺害した旨の上申書(乙一号証)を作成させた。
7 その後も取調べを続け、午後四時ころより午後五時ころまでの間に、被告人は二通めの上申書(乙二号証)を作成させられた。
8 右上申書作成を受け、取調官は総括報告書を作成し、午後七時五〇分(裁判所受付時刻)逮捕状の発付を受けた。
9 そして、右逮捕令状に基づき午後九時二五分被告人を逮捕し、その後間もなく当日の被告人に対する取調べを終えた。
三、原判決は右事実を認定した上、任意同行という名目で被告人を平塚署に身柄拘束した後、二二時間二五分間(任意同行した日すなわち昭和五八年二月一日早朝からでは何と三六時間あまりの間)一睡も許さず、しかも徹夜で取調べた事実に対し、「被告人に対する取調べ……(は)……強制手段を用いることが許されないのは当然であるが、その取調べは、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度など諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において許容されるものと解すべきである。」として、最判昭和五九年二月二九日を引用している。
更に、原判決は、「被告人は当初から取調べに協力する積極的姿勢を示していたばかりでなく、取調べの途中においても取調べを中断して帰宅ないし休息させてほしいなどと申し出た形跡がない」こと、及び「被告人に対する取調べは、徹夜の取調べという点を除いて、自白の任意性に疑いを生じさせるような方法ないし態様でない」と認定し、被告人の「取調べ当時風邪気味である」との供述を排斥し、被告人の昭和五八年二月六日頃、風邪の治療のため、「外の病院に行った」との供述に対しては判断すらせず合法的な捜査活動であると認定しているのである。
四、しかし、原判決は次の点で誤りを犯しているばかりでなく、明らかに経験則に反する不合理な認定をしている。
原判決の引用する最判昭和五九年二月二九日(いわゆる高輪グリーンマンション・ホステス殺人事件)は、
1 捜査官の手配した「高輪グリーンマンション四〇五号室」に宿泊させていたこと
2 少なくとも、警察の直接的監視下には置かれていなかったこと
を認定した上、被告人に対する取調べは、任意捜査として必ずしも妥当とはいいがたいところがあるものの、任意捜査として許容される限界を越えた違法なものであったとまでは断じ難いとしている。
しかし、本件は
1 午後一一時すぎ平塚警察署に連行し、取調室にて、取調官二名の直接監視下に置かれ、しかも継続して尋問が行なわれていること。途中一〇乃至二〇分程度の休息を三回程度あたえられたにすぎないこと。しかも、右時間中といえども取調官の直接監視化に置かれていた。
2 高輪グリーンマンション殺人事件では、途中、長時間の休息及び睡眠時間が与えられているが、本件では、二月一日午後一一時すぎから翌日の午後九時三〇分ころまで二二時間以上、任意同行当日起床時からでは三六時間以上に亘り被告人に睡眠をとることを許さなかった。
3 少なくとも、被告人が上申書(乙一号証)を作成し、被疑事実が明白となった時点で逮捕令状を求めるべきであるのに、これを求めずなお九時間余りも取調べを続けていること
4 被告人は、「休息乃至帰宅させて欲しい」と言っていないと認定し、右態度をもって任意捜査と認定している点は高輪殺人事件と同じである。しかし、捜査官の前で右のような言動をとることは事実上不可能である。すなわち、仮に帰宅させて欲しいと言えば嫌疑があるから帰宅を要求するのだという捜査官の憶測を惹起する結果になる事は一般社会の常識からみて明白である。このような、一般社会の意識を無視し強弁的に「休息乃至帰宅させて欲しい」と被告人が言わなかったことのみを捕らえて任意捜査の範囲内と断定していることは高輪殺人事件の趣旨を取り違えていると言わざるを得ない。もちろん、弁護人は被告人が捜査の際、「風邪気味で帰宅したい」と言ったと信ずるものであるが、仮に言わなくても言わなかったことだけを取り出し任意捜査か否か決することはできない。
高輪殺人事件では自宅に帰りたくない事情があったからこそ警察署の隣とはいえ、ホテルに泊めたのである。しかし、本件では被告人に自宅に帰りたくない事情は何らなく、もちろん、警察は被告人を「ホテル」に泊まらせるようなこともしなかった。すなわち、高輪殺人事件では、被疑者に帰宅したくない事情があることを考慮し、「帰宅させて欲しい」と言わなかったことをもって任意捜査と認定しているのに対し、本件にはその前提たる「帰宅したくない」事情は全く存しないのである。
以上、1乃至4の点に於いてすら、高輪殺人事件と異なる状況があるにもかかわらず、同列に論じ、「本件事案の性質、重大性を総合勘案すると、被告人に対する前記取調べは、徹夜で行なわれた点に問題がないとはいえないものの、社会通念上任意捜査として許容できる。」としているのは、あまりに具体的事情を無視した判決であり強弁の謗りを免れない。
五、更に被告人の公判廷での証言も違法捜査の実態を裏付ける。第三回公判調書中の被告人の供述部分によれば、「風邪と眠気によって意識が朦朧としていることを訴えても取り上げられることもなかった」、「お前が自供しなくても証拠だけでお前を逮捕できるから、逮捕状が来る前に全部話してしまえというふうに言われました。で、逮捕状が来てから逮捕になると、……不利になる」等としている。
すなわち、前記B、Cより執拗に取調べを受け、二二時間以上取調室に拘束され、右両名の直接監視下に置かれていたのである。
そして、乙三号証の上申書を見れば、被告人が比較的丁寧な文字を書く事がわかるが、乙一、二号証の上申書には誤字脱字が多く、これは紛れもなく前日午前九時頃より二二時間以上の間、一睡もとることを許されず、反復、理詰めの尋問を続けられ、意識が朦朧とした結果、作成させられたものと言うべきである。
以上よりすれば、B・C両名の右取調べをして任意捜査の限界を越えた違法な取調べと評することはきわめて容易であり、右取調べにより採取した証拠には当然任意性を認めることはできない。
また、後述するように、被告人の強盗の故意を認める供述は信用性も全くないのである。
六 結論
よって、被告人の強盗の故意を認めた供述証拠(昭和五八年二月八日付員面、同月一〇日、同月一六日付各検面、被告人作成の上申書)に基づき犯罪事実を認定した原判決は左記のとおり、憲法三一条、三三条、三六条、三八条一項、二項の解釈を誤っているというべきである。
1 本件捜査に於ける任意同行後の取調べは明らかに任意捜査の限界を越えた違法捜査であり、右違法捜査によって得られた供述証拠は排除されるべきである。判例のうちには違法捜査が行なわれても、右違法捜査と供述の間に因果関係がなければ、右供述証拠は排斥されないとするものがある。
しかし、違法捜査を抑制するためには、違法捜査後採取された供述証拠の証拠能力を全て否定すべきである。さもなければ、適正手続を保障した憲法三一条の理念は維持されないからである。また、実際上も、一度虚偽の自供をすれば被疑者も糊塗するように虚偽の自供を重ね、捜査官も当初の供述にそった供述書を取ろうとして、結局、全体として真実に反する被告人の供述が行なわれる結果となるからである。
したがって、違法捜査と供述の間に因果関係を求めるとしても広くとらえ、違法捜査中に採取された供述証拠に基づき捜査が遂行され右供述証拠と同種の供述証拠が更に得られた場合、この新たに得られた供述証拠についても証拠能力がないと言うべきである。
以上よりすれば、昭和五八年二月八日付員面、同月一〇日、同月一六日付各検面、上申書三通は全て排斥されるべきであり、右各証拠に基づき被告人に強盗殺人罪を認定したのは、憲法三一条、三三条、三八条一項、二項に反する。
2 仮に、右主張がいれられないとしても、被告人が、「昭和五八年二月二日午前九時半すぎに至って被害者を殺害したことを自供し始めた」ことによって、他の関係各証拠(例えば、被告人と被害者の同棲関係及び室外より侵入した気配が全くないこと等の状況証拠からみて怨恨であることが明らかであり、第一に被告人が犯人と推測できる)から認定すれば、逮捕に必要な嫌疑「疑うに足りる相当な理由」は充分あると言うべきである。したがって、逮捕令状を要求するか、さもなければ、検察側が言うとおり上申書作成後もなお裏付け捜査が必要ならば、その裏付け捜査中だけでも被疑者に休息を与えるとかして取り調べを回避すべきである。このようにしなければ、任意捜査の名目で実質上逮捕に伴う取調べが続行され、逮捕に伴う被疑者の諸権利は無視され令状主義の精神は骨抜きとなるからである。以上よりすれば、逮捕令状を求めず取調べを続行した一事をとらえても、本件取調べは逮捕の際の手続的要請を潜脱する目的であったことが明白であり、右取調べ方法は逮捕手続の適性を要求した憲法三一条、三三条に違反するというべきである。
よって、右違法取調べにより得られた供述証拠は排斥されるべきであり、右証拠を許容した原判決は破棄を免れない。
3 また、1及び2の主張が入れられないとしても、右違法捜査により、二二時間以上に亘り徹夜で(被告人にとっては三六時間以上も一睡も与えられず)、しかも風邪をひいている中で取調べを続けることは強制・脅迫と評価すべきであり、右取調べによって得られた被告人の上申書二通(証拠番号乙一、二号証)は排除されるべきである。にもかかわらず、右証拠に基づき犯罪事実を認定したことは、任意性なき自白を排除する旨定めた憲法三八条一項、二項はもとより憲法三一条、三六条に違反するというべきである。
第二点<省略>