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最高裁判所第三小法廷 昭和60年(オ)1285号 判決 1990年3月20日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高野裕士、同小川邦保の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。(1) 上告人は、昭和五四年三月二五日、訴外クウェイト・ナショナル銀行(以下「訴外銀行」という。)に対し、上告人が訴外三和物産株式会社(以下「三和物産」という。)から購入する繊維製品(スエード、ポンジー、シャーティング、スーティング)の代金支払いに関する信用状の発行を依頼し、訴外銀行により、通知銀行を東京銀行大阪支店とする、自己宛・取消不能・譲渡可能の本件信用状A(信用状番号〇二-一五四五〇四-四、金額約一〇〇万米ドル)及び信用状B(信用状番号〇二-一五四五〇三-六、金額約一〇〇万米ドル)が開設された。(2) 上告人は、昭和五四年四月五日、金額が約一〇七万六二一〇米ドルに増額された信用状Aを、また、同月二九日、信用状Bの金額一〇〇万米ドルのうち二〇万七六〇〇米ドルを、それぞれ三和物産に譲渡した。(3) 三和物産は本件信用状に基づいて為替手形五通(額面金額合計一二二万六七四二・二五米ドル。以下「本件手形」という。)を振り出し、外国為替公認銀行である被上告人(梅田支店)は、三和物産の委任を受けた三和通商株式会社の買取依頼に基づき、第一審判決添付の別紙記載のとおり、昭和五四年五月二九日から同年六月一一日まで前後五回にわたり、本件手形を本件信用状及び船積書類とともに合計一一八万九九三九・九八米ドルで買い取り、右金額に相当する約二億六〇〇〇万円を支払つた。(4) 被上告人は、本件手形の買取りに際しては、その都度、手形の買取依頼書とともに、本件信用状が添付を要求しているインボイス(送り状)、船荷証券、原産地証明、梱包明細書などの船積書類のほか税関の輸出許可印の押捺された銀行買取用輸出申告書の提出を受けた。(5) 右インボイスには、上告人の注文どおり、商品名スエード、ポンジー、シャーテイング、スーティングを合計一四七万八四二四ヤール、代金合計一二二万六七四二・二五米ドル分を船積みした旨が記載されているところ、右輸出申告書に記載された代金の合計額はインボイスのそれと一致するものの、輸出申告書には、商品名が例えば「ポリエステル製染・白トリコット織物」あるいは「アクリルと綿混合染編物」というように素材中心の品名をもつて英語で記載され、また、数量については、各輸出申告書に記載されたヤール数(長さ)の合計がインボイスの記載の約七分の五ないし一四分の五であり、サイズ(布幅)も同じではない。(6) 本件手形の買取事務を担当した被上告人梅田支店の行員西田晴彦及び中谷英一は、買取りの都度、信用状の要求する船積書類について、それが信用状条件を満足させているか、書類相互間に文面上の不一致がないかを、各書類ごとに慎重に対比照合して確認したほか、輸出申告書と信用状、船積書類との照合も行つたが、この場合は、輸出申告書に通商産業大臣の承認、代金決済方法についての外国為替公認銀行の認証及び税関の許可印があることを確かめたほか、輸出申告書に記載されている商品輸出と信用状取引との間に同一性が認められれば足りるとの観点から、当事者名、信用状番号、代金額について確認したけれども、前記商品名の表示の相違については、通関手続において要求される商品の表示方法が輸出統計品目表に準拠しなければならないことになつている関係上、同一商品であつてもインボイスと輸出申告書とでは表示方法が異なることがあり得るので、右表示の相違にもかかわらず両者は同一商品を表しているものと考え、また、前記ヤール数の相違についても、代金額の合計が一致している以上、前記程度の相違は取引の同一性を否定するものではないと考えて、その対比照合を行わなかつた。

ところで、本件取引当時、貨物を輸出しようとする者は、特定の種類の貨物を特定の地域を仕向地として輸出するときなど昭和五五年政令第二六四号による改正前の輸出貿易管理令一条一項各号に当たる場合には、原則として、通商産業大臣の承認を受けなければならず(外国為替及び外国貿易管理法四八条一項、同令一条)、また、船積み前に、原則として、信用状等の代金決済方法を示す書類及び輸出申告書を外国為替公認銀行に提出して、代金決済方法の適法性についての認証を受けることを要し(同法四九条、同令三条)、右認証を受けたときは、認証にかかる輸出申告書を税関に提出して、その確認(同令五条)を受けるべきものとされていた。そして、同法一二条は、「外国為替公認銀行は、この法律の適用を受ける業務について顧客と取引をしようとするときは、当該取引について、その顧客がこの法律の規定により承認等を受けていること又は承認等を受けることを要しないことを確認した後でなければ、その取引をしてはならない」旨規定しており、外国為替公認銀行が顧客から輸出手形を買い取る場合には、税関の確認にかかる輸出申告書の提出を受けて、当該輸出が同法上の輸出貨物及び仕向地等に関する規制の対象であるか否か、右規制の対象であるときは通商産業大臣の承認を受けているかどうか、また、代金決済方法の適法性につき認証を受けているかどうかを確認すべき義務があるから、その前提として、輸出申告書の記載と当該輸出手形振出の原因となつた輸出取引との間に同一性があることを確認すべき義務があることはいうまでもない。しかし、同条の趣旨は、外国為替管理制度の目的が、対外取引に必然的に伴う外国との間の送金の授受や通貨の売買の局面をとらえてこれを管理しようとするにあり、これらの取引行為が原則として外国為替公認銀行を通じて行われるものとされていることから、取引の当事者が外国為替公認銀行の顧客として現れる段階をとらえて、外国為替公認銀行をして、当該顧客の行おうとしている対外取引が適法なものであるかどうか、所要の手続を経ているかどうかを審査、確認させることにより、為替管理の実効性を確保しようとするにあるものと解するのが相当であつて、右のような確認制度の趣旨・目的に照らすと、外国為替公認銀行の確認義務は、外国為替管理の目的を達するために課された公法上の義務であると解するのが相当であり、信用状取引の当事者に対して負担し、あるいはこれを保護するために課された義務ではないというべきである。したがつて、外国為替公認銀行が仮に右義務に違反したとしても、それが直ちに信用状取引の当事者に対する関係で違法な行為となるものではないというべきである。

また、国際商業会議所が信用状取引に関する国際的取引慣習の解釈基準として作成した「荷為替信用状に関する統一規則及び慣例」(一九七四年改訂版。以下「統一規則」という。)によれば、信用状取引は、それが売買契約に基づくものであつても、これとは別個の取引であつて、銀行は売買契約と何の関係もなく、これによつて何の拘束も受けないものとされ(総則と定義d)、すべての関係当事者は書類の取引を行うものであつて、物品の取引を行うものではなく(八条a)、信用状の発行銀行は、信用状に明記された条件と文面上一致している書類と引換えに輸出手形を買い取つた銀行(以下「買取銀行」という。)に対し、その支払い、引受け等をすべき義務を負うものであり(八条b)、買取銀行は、右書類が真正に成立したものであること及びこれに表示されている物品の品質・数量・実在等については何らの責任も負わないものとされている(九条)。これは、信用状取引といえども輸出取引の当事者である売主・買主間の信頼関係を基礎とするものであり、顧客の依頼に基づき輸出手形を買い取ることによつて売主・買主間の売買代金決済の一部面に関与するにすぎない買取銀行が右書類の真否や内容の真実性について調査、確認することは実際上不可能であるし、その調査、確認を要求することは迅速、円滑な信用状取引を妨げ、ひいては国際的貿易取引の円滑、安全を阻害する結果を招来するおそれがあるため、信用状に明記された条件と文面上一致する書類が添付されていることのみを点検、確認すれば足りるものとすることにより、信用状取引の円滑と安全を図ろうとするにあり、買取銀行が右点検、確認をしている限り、その買取りは正当化され、売買契約上のクレームは専ら売主・買主間で解決されるべきものとされているのである。そうすると、輸出申告書の呈示が信用状条件として明記されていたとは認められない本件の場合には、この観点からも、被上告人に輸出申告書の点検確認義務があつたとすることはできない。

そして、右のような信用状取引の性質、信用状取引における買取銀行の立場を勘案すると、信用状付輸出手形の買取りをした外国為替公認銀行は、契約どおりの商品が船積みされていないことを知りながら敢えて輸出手形の買取りを行つた場合、又は一般に輸出取引の対象となる各種商品の品目・性状・品質等についての専門知識を有しない銀行員の注意をもつてしても輸出申告書の記載等から一見して当該輸出が手形振出の原因となつた輸出取引と別個の取引であることが明らかであるのにこれを看過して手形を買い取つた場合は格別、そうでない場合には、契約どおりの商品が船積みされなかつたのに買主が輸出手形の決済を余儀なくされたとしても、そのことにつき、右買主に対して不法行為による損害賠償責任を負わないものと解するのが相当である。

原審は、以上と同旨の見解に立つて、本件においては、被上告人が契約どおりの商品が船積みされていないことを知りながら本件手形を買い取つたとはいえず、また、輸出申告書及びインボイスの商品名の表示、ヤール数等の不一致のみからは輸出申告書記載の輸出と本件手形にかかる輸出取引とが別個のものであることが一見して明らかであつたとはいえないから、被上告人には上告人に対する損害賠償責任がないものと判断しているのであつて、右判断は、原審の確定した前記事実関係に照らして、是認するに足りる。原判決に所論の違法はなく、所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、結局、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

(裁判長裁判官 坂上寿夫 裁判官 安岡満彦 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫)

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