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最高裁判所第三小法廷 昭和60年(オ)1496号 判決 1989年2月07日

上告人

株式会社大覚

右代表者代表取締役

山 下 覚 史

右訴訟代理人弁護士

篠 田 健 一

被上告人

トート住建株式会社

右代表者代表取締役

森 田 經 朗

右訴訟代理人弁護士

坊 野 善 宏

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人篠田健一の上告理由について

原審は、(1) 被上告人は、昭和五二年一月二六日訴外若代光三郎からその所有の本件土地を建物所有の目的で賃借し、同年四月ころ本件土地上に本件建物を建築してこれを所有し、同年八月一三日所有権移転登記手続をした、(2) 被上告人は、若代の承諾を得て、昭和五四年一一月ころ訴外岩井佳和との間で、同人に対する債務を担保するため本件建物につき譲渡担保契約を締結し、同五七年一月二七日同人に対し代物弁済を登記原因とする所有権移転登記手続をした、(3) 上告人は、昭和五七年八月二八日若代から本件土地を買い受け、同月三〇日所有権移転登記を経由した、(4) 被上告人は、昭和五七年一〇月ころ岩井に対する債務を弁済し、同月二九日錯誤を登記原因として同人に対する所有権移転登記の抹消登記手続をした、との事実を確定した上、右事実関係によれば、上告人がいわゆる背信的悪意者に当たるか否か及び上告人の本件請求が権利濫用となるか否かの点を判断するまでもなく、被上告人は本件土地賃借権を上告人に対抗することができるとして、上告人の本件土地所有権に基づく建物収去土地明渡請求及び賃料相当損害金請求をいずれも棄却すべきものと判断し、これらの請求を棄却した第一審判決に対する上告人の控訴を棄却した。

しかしながら、原審の右判断は是認することができない。けだし、右事実関係によれば、上告人が本件土地につき所有権移転登記を経由した当時、被上告人は、すでに岩井に対し本件建物につき代物弁済を登記原因とする所有権移転登記手続を了し、本件土地上に自己所有名義で登記した建物を有していなかったのであるから、建物保護に関する法律一条の趣旨にかんがみ、本件土地賃借権を第三者である上告人に対抗することができないものというべきであり(最高裁昭和三七年(オ)第一八号同四一年四月二七日大法廷判決・民集二〇巻四号八七〇頁参照)、この理は、岩井に対する右所有権移転登記が同人に対する債務を担保する趣旨のものであり、また、その債務の弁済によりその所有権移転登記の抹消登記手続がされたとしても、抹消登記手続のされた時期が、上告人が本件土地につき所有権移転登記を経由した後である以上、同様であると解すべきである(昭和五二年(オ)第六八〇号同年九月二七日第三小法廷判決・裁判集民事一二一号二九七頁参照)。

したがって、原判決には、建物保護に関する法律一条の解釈を誤った違法があり、この違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、右の違法をいう論旨には理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、上告人がいわゆる背信的悪意者に当たるか否か、上告人の本訴請求が権利濫用となるか否かの点について更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官貞家克己 裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官坂上壽夫)

上告代理人篠田健一の上告理由

原判決は、民法第一七七条、同法第六一二条及び建物保護ニ関スル法律第一条の適用を誤ったもので判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があり、破棄されるべきである。

第一点 原判決は、被上告人が昭和五七年一月二七日付をもって訴外岩井佳和に対し、昭和五四年一一月一一日代物弁済を原因とする本件建物の所有権移転登記を経由したのは、本件建物を同人に対する債務の譲渡担保としたことによるものと認定する。しかし、その認定が正しいとしても、そのことは登記簿上に表れておらず、登記簿上は明確に代物弁済と表示されているのであるから(乙第一号証)、実体的な権利変動と登記とが符合せず、右所有権移転登記が譲渡担保であることを本件土地の譲受人である上告人に対抗し得ないというべきである。従って、民法一七七条の第三者たる上告人との関係では、本件建物の右所有権移転は、代物弁済として、確定的な所有権移転として取り扱わざるを得ないというべきである。又、いわゆる建物保護法第一条の関係では、被上告人は賃借地上に自己名義の登記した建物を有せざることになり、本件土地の賃借権を本件土地の譲受人である上告人に対抗することが出来ないし、右訴外岩井への所有権移転登記が後に錯誤を原因として抹消され、敷地賃借権が被上告人に復帰したとしても、それ以前に上告人の本件土地の所有権移転登記が存在する以上、そのことを上告人に対抗出来ないのである。なお、民法六一二条の関係では、訴外岩井への所有権移転に伴い、本件土地賃借権を無断譲渡したことになる。原判決はこれらの点に法律の適用を誤った違法が存する。

第二点 いわゆる建物保護法は「売買は賃貸借を破る」といった大原則を経済的な弱者保護のために例外的に土地賃借権の対抗力を認めたものである。最判昭和四一年四月二七日民集二〇巻八七〇頁も建物保護法第一条を限定的に解し、子名義の登記に対抗力を認めない立場をとっており、本件の様に明らかに他人名義の登記に対抗力を認めることは右判例に反するものというべきである。原判決は、右最高裁判所の判例を回避するため、譲渡担保構成をとり、建物の所有権の信託的譲渡とともに敷地賃借権の譲渡及び復帰を認め、それに対応して、借地権者と賃借地上の建物の名義人との同一性を認めようとしている。しかし、敷地賃借権は土地そのものの使用を前提とする権利であり、本件のように建物使用状況に変動のない場合に(このことは原判決も認めている。)、敷地賃借権の譲渡や復帰といった権利変動があるとするのは疑問であり、借地法や建物保護法が、現に使用している土地の賃借権を保護するものであることからして、原判決のいう信託的に譲渡されている状態の敷地賃借権を保護する必要はない。従って、建物保護法の関係では、一貫して本件土地賃借権は被上告人にあったものというべく(民法六一二条の関係では別である。)、本件建物が訴外岩井名義であった間は、借地権者と建物の登記名義人は一致せず、右最高裁判所の判例でいう他人名義の登記の状態になっていたのである。故に、原判決にはこの点についても建物保護法第一条の適用を誤る違法がある。又、本件においては被上告人も不動産業者であり、経済的取引においては上告人と対等の立場にあり、弱者保護のための建物保護法をあえて適用して被上告人を勝訴させる必要は無いというべきである。

第三点 本件訴外岩井への所有権移転が、上告人に対しても主張出来る譲渡担保であるとしても、対外的には完全に所有権は右訴外人に移転しており、民法六一二条の賃借権の無断譲渡乃至無断転貸となる。また、建物保護法の関係では、自ら求めて対抗力のない状態を作り出したのであるから、土地賃借人の対抗力を否定すべきである(東京高判昭和三九年一〇月七日下級民集一五巻一〇号二四一二頁)。更に訴外岩井への所有権譲渡の当時(昭和五四年または昭和五七年頃)は、既に仮登記担保契約に関する法律も施行され、あえて、譲渡担保といった方法を取らなくとも、本件建物を担保に入れて金融を得る道は多くあった訳であるから、譲渡担保により建物の所有権名義を他人名義にした者を保護する必要はなく、上告人において他の方法を取ることなく、譲渡担保という方法を選んだ以上、建物名義が変更され、賃借権の対抗力を失うという不利益も甘受すべきである。また、登記原因が代物弁済とされているところから見ても、上告人において譲渡担保でなければ金融を得られないといった事情もないことからして、特に登記上の表示を無視してまで、譲渡担保設定者等の利益を保護すべきではない。この点でも、建物保護法第一条の対抗力を認めた原判決は、法令の適用を誤ったというべきである。

以上いずれの点からいっても、原判決は違法であって、破棄されるべきである。

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