最高裁判所第三小法廷 昭和60年(行ツ)168号 判決 1989年6月20日
上告人
尾造和信
上告人
山中正人
上告人
井地義智
上告人
和田光弘
上告人
坂本英敏
右五名訴訟代理人弁護士
石井将
谷川宮太郎
市川俊司
服部弘昭
鎌形寛之
武子暠文
生井重男
藤原修身
高橋政雄
小川正
山上知裕
被上告人
北九州市長 末吉興一
右当事者間の福岡高等裁判所昭和五七年(行コ)第三一号懲戒処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六〇年六月二七日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人石井将、同谷川宮太郎、同市川俊司、同服部弘昭の上告理由第一点について
地方公務員法三七条一項の規定が憲法二八条に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判決(昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日判決・刑集三〇巻五号一一七八頁)の判示するところであり、また、地方公営企業に勤務する一般職の地方公務員の争議行為等を禁止する地方公営企業労働関係法一一条一項の規定が、同法附則四項の規定により右地方公営企業職員以外の単純な労務に雇用される一般職の地方公務員に準用される場合を含めて、憲法二八条に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判決(昭和四四年(あ)第二五七一号同五二年五月四日判決・刑集三一巻三号一八二頁)の趣旨に徴して明らかである(最高裁昭和五六年(行ツ)第三七号同六三年一二月八日第一小法廷判決・民集四二巻一〇号七三九頁、同昭和五七年(行ツ)第一三一号同六三年一二月九日第二小法廷判決・民集四二巻一〇号八八〇頁参照)。これと同趣旨の原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。
同第二点及び第三点について
地方公務員に懲戒事由がある場合において懲戒権者が裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠き裁量権を濫用したものと認められる場合でないかぎり違法とならないと解するのが相当である。本件において、所論の点に関する原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実及び原審の確定したその余の事実関係のもとにおいて、上告人らに対する本件各懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとまではいえず、懲戒権者に任された裁量権の範囲を超え、これを濫用したものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官伊藤正己、同坂上壽夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。
地方公務員法三七条一項、地方公営企業労働関係法一一条一項の規定の合憲性及び右争議行為禁止規定に違反した者に対する懲戒権の行使について私の考えるところは、最高裁昭和五九年(行ツ)第三六号平成元年四月二五日第三小法廷判決(裁判集民事一五六号登載予定)における私の反対意見及び補足意見の中で述べたとおりである。すなわち、私は、右争議行為禁止規定は法令として合憲であり、このことは、法廷意見の引用する最高裁昭和五二年五月四日大法廷判決(名古屋中郵判決)の提示する四点の論拠、とくに公務員等の職務の停廃は直ちに公務の円滑な運営を阻害し、ひいては公共の利益を損なう可能性が強いという理由により基礎づけることができるものと考えているが、そうであるとしても、右禁止違反に対する制裁措置は、必要な限度を超えないように慎重に決定されなければならず、とくに、争議行為の違法性の程度は、憲法二八条に定める労働基本権の尊重により保護しようとする法益と地方公務員法、地方公営企業労働関係法が職員について争議行為を禁止することによって実現しようとする法益との比較衡量により、両者の要請を調和させる見地から、争議行為の目的、内容、態様、影響、争議行為に至るまでの当局側の対応の仕方などの諸般の事情を勘案して評価すべきであり、懲戒処分を行うかどうか、行うとしていかなる処分を選択するかについては、右争議行為の違法性の程度と均衡を失することのないように決定されなければならないと考えるものである。
原審の確定した事実関係のもとで本件についてみるに、本件争議は、病院の単純労務職員二六六名の減員等の支出節減項目を含む本件財政再建計画、勤務条件の改正に反対しその撤回等を求めて行われたものであり、その目的はおよそ労働組合にとって最も重要なものであって理解できるものではあるが、すでに昭和四二年一二月一五日右財政計画案が市議会で可決されているにもかかわらず争議行為にでたということについては、相当の非難を受けてもやむをえないところである。また、本件争議の態様は、昭和四三年二月二三日及び三月一五日の北九州市職員組合による市役所本庁、各区役所での勤務時間にくい込む職場集会の開催、右両日の北九州市役所労働組合による清掃、学校給食部門での一日の同盟罷業、同年三月二一日から同月二五日にかけての右市職員組合及び市役所労働組合による清掃事務所、市長事務部局、教育委員会での職場離脱(延べ約三八〇〇名が参加する。)、市議会への請願行動、北九州市病院労働組合による同月一六日の二四時間にわたる市立門司病院及び同八幡病院での同盟罷業、同月二九日の右八幡病院の給食部門における一斉休暇闘争、同年四月一日の同病院での委託会社の調理員の入室阻止行動、分限免職処分を受けた元調理員の強行就労であり、右争議により、大量のごみ、し尿の滞貨が生じ、学校給食も簡易給食に切り替えざるをえない事態が生じるなど、市の業務の正常な運営が阻害され、また病院の業務の正常な運営が阻害されたというのであり、それが住民の公共的利益に及ぼした影響は少なくないとみられる。そして、上告人らはいずれも一般行政職員であり、上告人尾造和信は全日本自治団体労働組合福岡県本部副執行委員長、北九州市職員組合の特別執行委員として、本件争議を企画、指導し、また、市の管理職員によるピケ排除の執行を妨害し、執務中の職員に対し争議行為をあおり、そそのかし、ピケを指揮するなどしたものであり、その余の上告人山中正人外三名もそれぞれ右市職員組合等の役員たる地位にあり、本件争議を指導し、あるいはこれに参加しピケ等の積極的行動を行ったものであるというのであり、本件争議の態様、影響、上告人らの地位、役割等に照らしてみると、私の立場に立っても、上告人らに対する本件各懲戒処分が裁量権を濫用したものと判断することはできないと考えられる。
裁判官坂上壽夫の補足意見は、次のとおりである。
私は、地方公務員法三七条一項、地方公営企業労働関係法一一条一項の規定が憲法二八条に違反するものではないとする法廷意見に賛成するものであるが、右争議行為禁止規定を合憲とする論拠については、法廷意見の引用する最高裁昭和五二年五月四日大法廷判決(名古屋中郵判決)が公務員の労働基本権の制限、具体的には公共企業体等労働関係法(昭和六一年法律第九三号による改正前のもの)一七条一項の規定の合憲性に関して説示するところと異なる見解を有している。すなわち、私は、右争議行為禁止規定の合憲性が肯定されるのは、地方公務員の従事する業務は国民全体の利益と関連を有するものであり、現実に地方公務員の罷業、怠業等が国民生活の利益を害し、国民生活に重大な影響を及ぼすおそれがあり、国民全体の利益を擁護するためその争議行為を禁止することもやむをえない措置として是認できるからであると考えている。したがって、争議行為禁止規定に違反する行為の違法性の程度は、国民生活全体の利益と労働基本権を保障することにより実現しようとする法益とを比較衡量し両者を調整する見地から、当該行為が国民生活に及ぼした影響、争議行為をなすに至った経緯、その目的等の事情を考慮して判断することが必要であり、右違反者に対して課せられる制裁としての懲戒処分は、必要な限度を超えないように、当該行為の違法性の程度に応じて慎重に決定されなければならないと考えるのである(最高裁昭和五九年(行ツ)第三六号平成元年四月二五日第三小法廷判決・裁判集民事一五六号登載予定における私の補足意見参照)。
本件についてみると、本件争議行為は、病院職員二六六名を減員するなどの支出節減項目等を含む病院事業及び水道事業に関する財政再建計画、勤務条件の改正に反対して行われたものであり、その目的には酌むべきものがある。しかしながら、一方、右職員の減員等は当時の財政窮迫状態を打開するため緊急に必要なやむをえない措置として計画されたもので、そうすることに相応の根拠があったものであり、右財政計画案はすでに昭和四二年一二月一五日には市議会で可決されていること、勤務条件の改正案は市の行財政の合理化、行政能率の向上を図るため必要な措置として立案されたものであり、当局側が右改正案について誠実に団体交渉を行う義務を尽くさなかったとはいえないことは、原判示のとおりであり、その他、争議として、昭和四三年二月二三日及び三月一五日に市役所本庁、各区役所で関係組合所属の職員による勤務時間にくい込む職場集会が、清掃、学校給食部門で一日の同盟罷業が行われ、また同年三月二一日から同月二五日にかけて清掃事務所、市長事務部局、教育委員会の関係組合所属の職員による職場離脱(延べ約三八〇〇名)、市議会への請願行動が行われ、さらに、同月一六日に市立門司病院及び同八幡病院で二四時間の同盟罷業が、同月二九日に右八幡病院の給食部門で一斉休暇闘争が、同年四月一日に同病院で委託会社の調理員の入室阻止行動、分限免職処分を受けた元調理員の強行就労が行われ、右の各行為はそれぞれ業務の停廃をもたらし、市民生活に相当の影響を及ぼしたこと、また、上告人らはいずれも市の事務吏員であるところ、上告人尾造和信は全日本自治団体労働組合福岡県本部副執行委員長、北九州市職員組合の特別執行委員の地位にあって本件争議を企画、指導し、その余の上告人らもそれぞれ右市職員組合等の役員として、右争議行為を指導し、あるいはこれに参加したものであることなどの諸事情を考慮するときは、私の考え方に立っても、上告人らに対する本件各懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとまではいえず、裁量権を濫用したものとはいえないと思われる。
(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 坂上壽夫)