最高裁判所第三小法廷 昭和60年(行ツ)70号 判決 1986年2月18日
東京都台東区蔵前三丁目一番二号
(送達場所 千葉県八千代市八千代台西八丁目一二番二の一六号)
上告人
株式会社 ナガミネ
右代表者代表取締役
古瀬庄四郎
右訴訟代理人弁護士
渡部晃
榮木忠常
東京都台東区蔵前二丁目八番一二号
浅草税務署長
被上告人
増原繁樹
右指定代理人
亀谷和男
右当事者間の東京高等裁判所昭和五九年(行コ)第四三号行政処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五九年一二月一二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人渡部晃の上告理由について
所論の点に関する原審の判断は、その説示に照らし正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。また、租税特別措置法(昭和五七年法律第八号による改正前のもの)六三条一項の規定が憲法一四条一項に違反するものでないことは、当裁判所昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日大法廷判決(民集九巻三号三三六頁)及び昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決(民集三九巻二号二四七頁)の趣旨に徴し、明らかである。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安岡滿彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 長島敦)
上告代理人渡部晃の上告理由
原判決には憲法解釈の誤り又は判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。
一、原審判決の引用する第一審判決の理由は次のとおり述べる。
「原告は、法人の所得の算定にあつても、所得税法九条一項一〇号と同趣旨の解釈を施すべきであり、倒産した法人の所有する土地に対して担保権が実行されたことによる(あるいはこれと同視できる事情による)当該土地の譲渡利益は非課税と解すべきであると主張する。
しかし、法人であると個人であると問わず、本来、譲渡所得に対する課税は、譲渡時における当該資産の増加益を課税の対象とするものであり、無償譲渡であつても課税所得が発生する余地のある性質のものである(所得税法五九条略)。」(第一審判決八丁)
したがつて、「右増加益が譲渡行為によつて実現した以上は、譲渡利益が発生し、所定の計算の結果所得が存する限り、右譲渡利益が他の債務の弁済に用いられる運命にあつたとしても、これによつて担税能力が左右されることにはならない。」(第一審判決八丁)
即ち原判決は譲渡所得が当該資産譲渡時に増加益の実現した以上、形式的に発生し、右譲渡利益が他の債務の弁済にあてられてもそれは譲渡所得発生後の事情であつて、そのことによつてその課税関係には影響はなく、納税者の担税能力もかわらないというのである。
そして、原判決は個人には、一定の場合に、所得税法九条一項一〇号の特則があるとして次のとおり述べる。
「所得税法九条一項一〇号が『資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合』に、強制換価手続(国税通則法二条一〇号)による譲渡所得を非課税と定めた理由は、法人と異なり個人(所得税法二条一項三号及び五号、五条一、二項参照)に対しては、その最低限度の生活を保障すべき憲法上の要請があり、これを考慮して、一定の合理的な範囲で課税所得とすることを控え、個人の生計維持を図つたものである。」(第一審判決九丁)
そして、以上が個人にのみあてはまる所得税法上、憲法上の論理であるから、法人である原告(上告人)には適用がないとして、原判決は次のとおり述べる。
「控訴人が零細企業であり、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である状況に陥つているとしても、このことによつて法人である原告の本件代物弁済による譲渡利益を非課税所得と解さなければならない条理上の根拠は存在しないといわざるをえない。原告の立論は個人と法人との相違を度外視したものであつて、採用できず、憲法一四条一項、二五条一項の各立法趣旨から、右立論を導くこともできない。」(第一審判決九丁、第二審判決三丁)
二、しかし、担保権実行と同視しうる本件代物弁済において、不動産の「譲渡益」の対象となる価値相当分は根抵当権者に把握されて、いわば、「丸取り」されており、実際、原判決の述べるような当該「譲渡益」について「担税能力」など全くありはしないのである。
そして、倒産零細企業が分離重課税たる五〇〇万円前後の金を払うには、企業主たる代表者の報酬をけずるか、借金をするしかないのである。
倒産企業が借財をするのは容易なことではなく、仮に借り入れることができたとしても、その返済をなすためには、やはり代表者の報酬をけずるしかない。
そうすると、零細企業法人の事業主の生活が困窮するのである。
三、右の如き不都合が生ずるのは土地の短期譲渡における分離重課税の立法態様の広範さに由来するもであり、これは零細企業法人であると、個人であるとを問わない。
担保権実行の場合の換価について個人には所得税法九条一項一〇号の規定があるが、同様の事態に陥る零細法人事業主には、救済すべき、税法上の規定が欠 している。
かかる立法の不備は、何らかの解釈論で埋めるべきである。
四、上告人の如き零細企業法人が倒産して担保権実行される事態にたちいつた場合、所得税法九条一項一〇号の基底にある憲法二五条の最低限度の生活保障の要請ならびに憲法一四条の平等原則から導かれる応能負担の原則から、零細個人企業たる上告人を個人と同視したとしても、何ら租税行政の安定性を侵しはしないし、かえつて、個別の租税法規の形式的適用からくる弊害を除去し、憲法上の要請も満たすことができ、租税法規全体の妥当な解釈運用にも資するものと思われる。
又、実質的にいつてもかかる零細企業法人に対し土地譲渡に対する分離重課税がなされれば前述のとおり当該法人の事業主の生活が困窮するのであるから、この個人事業主の最低生活を保証するのも憲法上の要請ということができる。
そうすると、本件処分は憲法一四条違反で違憲というべきであり、又は本件に限つて、憲法二五条、一四条の要請から、所得税法九条一項一〇号を類推適用すべきであると考える。
五、又、個人零細企業主たる法人が倒産して、担保権を実行された場合、又はこれと同視できる場合に、まず「法人格否認の法理」を適用して而るのちに、所得税法九条一項一〇号を適用をするという論理をとることもできる。
「法人格否認の法理」が従前取引の相手方保護の論理として用いられてきたことは周知の事実である。
しかし、前述の如き憲法上の要請から、担保確実行の場合の課税においては、上告の如き零細個人企業主に「法人格否認の法理」を適用して救済するのが穏当な解釈運用であると思われる。
六、以上のいづれの論理も租税法規の形式的適用から来る不備を解釈で補うものであり、この解釈論で補うことができないとすれば、法人の土地短期譲渡につき、一律に分離重課していて担保権実行の場合の除外規定のない租税特別措置法六三条一項目体が、応能原則違反(憲法一四条違反)であつて無効であると考える。
被上告人の主張する租税回避行為は個別の否認ないし、他の立法措置で対処すべきであり、かかる租税回避行為の存在可能性をもつて右の如き広範な立法態様の不備を正当化することはできないといわなければならない。
七、結び
よつて以上いづれにしても原判決は違法であり、破棄さるべきものである。
以上