最高裁判所第三小法廷 昭和61年(行ツ)7号 判決 1989年3月28日
上告人
有馬フミ子
右訴訟代理人弁護士
莇立明
野田純生
上野雅祥
井上省三
山田秀雄
被上告人
右京税務署長
関稔
右指定代理人
竹本廣一
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人莇立明の上告理由について
上告人がした本件譲渡に係る家屋が租税特別措置法(昭和五七年法律第八号による改正前のもの。以下同じ。)三五条一項にいう「その居住の用に供している家屋」に当たらないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解しないでこれを論難するものであって、採用することができない。
上告代理人野田純生、同上野雅祥の上告理由第一点及び第二点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定しない事実を前提として原判決を論難するものであって、採用することができない。
同第三点について
租税特別措置法三五条一項所定の居住用財産の譲渡所得の特別控除は、個人が自ら居住の用に供している家屋及びその敷地等を譲渡するような場合には、これに代わる居住用財産を取得するのが通常であるなど、一般の資産の譲渡に比して特殊な事情があり、担税力も高くない例が多いこと等を考慮して設けられた特例であり、この趣旨は、同項の現に居住の用に供している家屋等の譲渡に関する部分(以下「前半部分」という。)と居住の用に供されなくなった家屋等の譲渡に関する部分(以下「後半部分」という。)とで何ら変わるものではない。そして、同項の後半部分の規定は、居住用財産を処分しようとする場合に、社会の実情としては、譲渡時まで引き続いて当該家屋に居住することの困難な事情があることが少なくないところから、当該家屋を居住の用に供しなくなったのち一定期間内の譲渡についても、右特別控除を認めることとしたものである。すなわち、右規定は、当該家屋を居住の用に供しなくなったのちの所定期間内の譲渡は、依然社会通念上居住用財産の譲渡といいうるとみて、これにつき右特別控除を認めるものと解される。そうすると、同条の後半部分の規定は、その前半部分の規定と統一的に理解すべきものであって、それと同様に、当該個人が、当該家屋を、譲渡所得の帰属者の立場において、すなわちその所有者として居住の用に供していたことを右特別控除を認めるための要件とするものとみなければならない。したがって、かつて当該家屋を居住の用に供していた個人が、それを居住の用に供しなくなったのちにその所有権を取得した場合には、たとえ同項後半部分の所定期間内にそれを譲渡しても、右特別控除を認める余地はない。このことは、その所有権取得の原因が相続であっても、当該個人自身が所有者として当該家屋を居住の用に供していたことがない以上、異なるところはない。
原審の適法に確定したところによれば、上告人は、本件家屋に夫亡有馬義一とともに居住していたが、昭和五三年四月ころ本件家屋から夫とともに転居してそこに居住しなくなったのち、昭和五四年五月九日夫が死亡したため相続により本件家屋の所有権を取得し、それを昭和五五年一二月二七日他に売り渡した、というのであり、結局、上告人は所有者として本件家屋を居住の用に供していたことがないことになるから、右譲渡につき、租税特別措置法三五条一項後半部分の場合に当たるものとして、同項所定の特別控除を認めることはできないものといわざるをえない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第四点及び第五点について
本件記録によれば、原審の訴訟手続に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官坂上壽夫の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官坂上壽夫の反対意見は、次のとおりである。
私は、上告代理人野田純生、同上野雅祥の上告理由第三点に対する判断において、多数意見と見解を異にし、本件については、租税特別措置法三五条一項後半部分の場合に当たるものとして、同項所定の特別控除を認めるべきであると考えるものである。
同項後半部分の規定が、右特別控除が認められるには、当該個人が所有者として当該家屋を居住の用に供していたことを要するとしているのかどうかは、規定の文言上明確とはいい難いが、この点の解釈については、あえて多数意見に異を唱えるものではない。しかしながら、当該家屋が居住の用に供されなくなったのち相続が介在したときは、所有者として居住の用に供していたという右の要件については、被相続人と、当該家屋を居住の用に供していた相続人とを同一人格として一体としてみるべきであると考えるのである。けだし、仮に、当該家屋が居住の用に供されなくなったのち被相続人が引き続き生存していて、居住の用に供されなくなった日から三年後の年の年末までに当該家屋を譲渡したものとすれば、特別控除が認められたのに、その間にたまたま被相続人が死亡して相続が介在したばかりに、被相続人の生存していた場合の同人に対する課税に比し、相続人が課税上不利益を受けることになるのは不合理であるからである(特に、右の場合、相続人である妻等が当該家屋の取得、維持に実質的に寄与していた事例を想定すれば、特別控除を認めない結論は甚だ不当であるといわざるをえないであろう。)。右のような解釈は、決して政策論ではなく、相続が被相続人の財産的地位の包括的承継であることからして、同項の文理にも必ずしも反しないばかりか、むしろ、個人が居住用財産を処分するような場合には、代替財産を取得するのが通常であるなど特殊な事情があり、担税力も高くない例が多いこと等から特別控除を認めるという、同項の趣旨にいっそう合致するものである。
そして、私のような見解をとっても、特別控除の適用につき、当該家屋が居住の用に供されなくなった日の直前まで当該個人もそれを居住の用に供していたこと、及び当該個人が当該家屋を相続によって取得したことの二つの要件を必要とする限り、適用事例が大きく広がるおそれはない。また、当該家屋の共同相続人中にそれを居住の用に供していた者と供していなかった者とが混在している場合にも、特別控除の適用関係が煩雑になることはなく、前者の持分の譲渡についてのみ特別控除を認めれば足りるだけのことである。
本件においては、上告人は夫とともに本件家屋を居住の用に供していたが、そこから転居後夫の死亡によって本件家屋を相続し、租税特別措置法三五条一項後半部分の所定期間内にそれを他に売り渡したのであるから、上告人と夫とを一体としてみて同項後半部分の場合に当たるものとして、所定の特別控除が認められるべきものである。
(裁判長裁判官安岡滿彦 裁判官伊藤正己 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己)
上告代理人莇立明の上告理由<省略>
上告代理人野田純生、同上野雅祥の上告理由
第一点、第二点<省略>
第三点
措置法第三五条の解釈適用の誤り(その三…相続による申請資格の承継について)
一、居住をやめてから三年後の年末までに譲渡した場合の定め
本条(第一項)本文の後半の文言によると、「当該土地家屋の所有者が譲渡時にその家屋を居住の用にしていない場合であっても、過去にこれに居住したことがあり、かつ居住の用に供しなくった日から三年を経過する日の属する年の一二月三一日までにこれを譲渡した場合には、本条の適用がある」旨を定めている。
二、本件土地建物の場合
1、かりに昭和五三年四月一〇日頃、義一とフミ子が寺戸から物集女に転居して、そのあと寺戸の物件に居住しなくなったとすれば、当時の所有者義一は、この時から寺戸の物件を居住の用に供しなくなったわけである。同人がその後他所に居住しても、その三年後の年末、すなわち昭和五六年一二月末日までに義一がこれを売却すれば、本条の適用があることになる。
2、本件土地建物は、昭和五五年一二月二七日売却された。この時期は右の期間内である。ただ、この時までの間に義一の死亡による相続があって、本件土地建物はその売却のとき義一の相続人であるフミ子の所有となっていた。
三、相続人フミ子についての本条の適用
1、本件土地建物の売却のときまで、義一が生存し義一所有のままこれを三基建設に譲渡しておれば、上記の定めから、この場合本条の適用があることは問題がない。
2、相続人フミ子に所有権が移っていた本事案の場合はどうであろうか。同様に本条の適用があると考えるべきである。何故ならフミ子が本物件を取得したのは、義一の死亡に伴う相続によるものであり、相続は言うまでもなく包括承継であるから、講学上言われる一身専属的な権利義務を除き、被相続人のあらゆる地位、資格を承継するものであり、義一がかつて本件建物に居住していたことから、これを法定の期間内に売却した場合、本条の適用を受けうるという資格は、本件建物所有に伴う地位、資格として、これを相続したフミ子に引継がれると考えるべきである。この点においては、義一、フミ子は人格的に同一と見なしてよい。この地位を一身専属的なものとして、相続の対象から除外する理由は全くない。それは明らかに財産上の地位、権利であるから。
3、このように解さなければ、現実的にも甚だ不合理、不公平な結果を招来する。本事案において、義一がなお生存していたとしても、寺戸における住民からの公害問題の追及は同様になされたであろうし、行政当局の指導も同様であったろうし、昭和五五年末前後頃に本件土地建物を処分して他所へ製造設備を移さなければならなかったことも同様であったであろう。
かりに昭和五五年一二月二七日に売却する事実は代わらないとして、義一所有のままこれを売り、義一がその直後同年一二月三〇日に死亡したとしても、義一は昭和五五年分の所得税の計算においては本条の適用を受け、その利益(三〇〇〇万円の控除を受けたことにより所得税額がそれに対応する額だけ少なくなる利益)は相続人に帰属するが、もし同年一二月二五日に義一が死亡し、予定通り同月二七日の契約により、相続人から買受人に本物件を売ったときには本条の特別控除を受けられないとすれば、全く理屈に合わぬ不公平というほかなく、これを合理的に説明する理由は全く見出しえない。
4、この点の主張は本訴提起前の審査請求手続において、フミ子から主張されている(甲第二号証の一、四頁目の上段)。これに対する大阪国税不服審判所の判断は、この主張の趣旨を誤解したのか、または相続の法的性格を理解していなかったのか、この主張の根本的な点に触れないで、単に「昭和五三年四月一〇日まではフミ子は本物件の所有者ではなかったから本条の適用はない」と、見当違いの結論を下している(同六頁目下方部分)。
四、原審判決の誤り
1、この主張は原審、第一審とも、フミ子の側から明確な法律論としては主張されていない。しかしフミ子側の見解は前記甲第二号証の一にも現われているし、また言うまでもなく、この問題は法律問題であるから、それに該当する事実が明らかになっている以上、裁判所は本条の適用を判断すべきものである。
2、従ってこの法律判断を誤った原判決には、法令の解釈、適用を誤った違法が存するものである。
<以下、省略>