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最高裁判所第三小法廷 昭和62年(オ)526号 判決 1991年4月02日

上告人

丸山正夫

右訴訟代理人弁護士

増渕實

被上告人

川上達雄

右訴訟代理人弁護士

岡村親宜

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

前項の部分につき被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は、被上告人の負担とする。

理由

上告代理人増渕實の上告理由について

一原審は、(一) 被上告人は、昭和五五年三月二〇日、上告人から本件建物の所有権及び本件借地権(本件建物敷地の賃借権)を買い受け、代金六五〇万円を支払った、(二) 本件土地は、南側が幅員六メートルの公道に接し、北側は高さ約4.4メートルの崖に臨む地形となっていた、(三) 本件土地北側の崖は、基部が高さ二メートル弱のコンクリート擁壁で、その上に高さ約2.4メートルの大谷石の擁壁が積み上げられたいわゆる二段腰の構造となっていた、(四) 昭和五六年一〇月二二日、台風に伴う大雨により、右擁壁(以下「本件擁壁」という。)に傾斜、亀裂を生じ、崖上の本件土地の一部に沈下及び傾斜が生じ、構造耐力上及び保安上著しく危険な状態となったため、同年一一月四日、東京都北区長は、本件土地所有者らに対して、本件擁壁の新規築造又は十分な改修補強等、安全上必要な措置を早急に採るよう文書をもって勧告した、(五) そのころ、被上告人も本件土地所有者らに対して同様の申入れをしたが、本件土地所有者らが何らの措置も採らなかったので、被上告人は、本件建物の倒壊の危険を避けるため、やむなく、これを取り壊した、(六) 被上告人は、上告人に対して、昭和五七年七月三一日到達の書面により、民法五七〇条、五六六条一項の規定に基づき本件売買契約を解除する旨の意思表示をした、(七) 本件擁壁がこのような状態となったのは、擁壁に通常設けられるべき水抜き穴が設けられていなかったため、土中に含まれた雨水の圧力が加わり、大谷石の擁壁がこれに耐えきれなかったことによるが、被上告人が本件借地権と本件建物を買い受けた際、本件擁壁の右構造的欠陥について何の説明も受けず、水抜き穴の欠如がこのような重大な結果をもたらすことに全く想到し得なかったことは、通常人として無理からぬことであった、との各事実を適法に確定した上、右事実関係の下において、借地権付建物の買主が当該売買契約当時知らなかった事情によりその土地に建物を維持することが物理的に困難であるということが事後に判明したときは、その借地権には契約上当然に予定された性能を有しない隠れた瑕疵があったものといわざるを得ず、これにより建物所有という所期の目的を達し得ない以上、借地権付建物の買主は、民法五七〇条、五六六条一項により売買契約を解除することができるとして、上告人は被上告人に対して、本件売買代金六五〇万円、本件売買に伴い支出した登記費用及び建物火災保険料の金額の合計額並びにこれに対する昭和五七年一〇月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう命じた。

二しかし、原審の右判断は、これを是認することができない。その理由は、次のとおりである。

すなわち、建物とその敷地の賃借権とが売買の目的とされた場合において、右敷地についてその賃貸人において修繕義務を負担すべき欠陥が右売買契約当時に存したことがその後に判明したとしても、右売買の目的物に隠れた瑕疵があるということはできない。けだし、右の場合において、建物と共に売買の目的とされたものは、建物の敷地そのものではなく、その賃借権であるところ、敷地の面積の不足、敷地に関する法的規制又は賃貸借契約における使用方法の制限等の客観的事由によって賃借権が制約を受けて売買の目的を達することができないときは、建物と共に売買の目的とされた賃借権に瑕疵があると解する余地があるとしても、賃貸人の修繕義務の履行により補完されるべき敷地の欠陥については、賃貸人に対してその修繕を請求すべきものであって、右敷地の欠陥をもって賃貸人に対する債権としての賃借権の欠陥ということはできないから、買主が、売買によって取得した賃借人たる地位に基づいて、賃貸人に対して、右修繕義務の履行を請求し、あるいは賃貸借の目的物に隠れた瑕疵があるとして瑕疵担保責任を追求することは格別、売買の目的物に瑕疵があるということはできないのである。なお、右の理は、債権の売買において、債権の履行を最終的に担保する債務者の資力の欠如が債権の瑕疵に当たらず、売主が当然に債務の履行について担保責任を負担するものではないこと(民法五六九条参照)との対比からしても、明らかである。

これを本件についてみるのに、前記事実関係によれば、本件土地には、本件擁壁の構造的欠陥により賃貸借契約上当然に予定された建物敷地としての性能を有しないという点において、賃貸借の目的物に隠れた瑕疵があったとすることは格別(民法五五九条、五七〇条)、売買の目的物に瑕疵があったものということはできない。

三そうすると、賃貸借の目的物たる土地の瑕疵をもって、建物と共に売買の目的とされた賃借権の瑕疵であるとして、本件売買に民法五七〇条の規定を適用して、その契約の解除を認め、上告人に対して現状回復及び損害賠償の支払を命じた原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この趣旨をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、右説示に徴すれば、被上告人の請求は棄却すべきものであり、これと同旨に出た第一審判決は正当であり、被上告人の控訴は棄却すべきものである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)

上告代理人増渕實の上告理由

第一、原判決の法令適用の誤り

一、原判決は原判決理由二、2において、「借地権は建物の所有を目的として設定される権利であるが、借地権付建物の買主が当該売買契約当時知らなかった事情によりその土地に建物を維持することが物理的に困難であるということが事後に判明したときは、その借地権は契約上当然に予定された性能を有しない隠れた瑕疵があったものといわざるをえず、これにより建物所有という所期の目的を達しえない以上、借地権付建物の買主は、民法五七〇条、五六六条一項により売買契約を解除することができるといわなければならない。」として民法五七〇条、五六六条一項を適用し、本件賃借権付建物の売買契約の解除をみとめている。

然しながら、原判決は右法令の解釈を誤っているものであり、破棄されるべきである。

二、民法五七〇条は、特定売買物における瑕疵担保責任を定めたものである。元来特定物売買における売主の担保責任は義務不履行の効果として認められるものでなく、法律が買主の信頼保護の見地から売主の無過失的責任を認める一種の法定責任である。

従って、買主からすれば売主に債務不履行責任を問えない場合で且、売主以外の者にも責任を問えない場合に買主にとって担保責任の救済をうけ得るものである。

従って、売主が買主に土地を売却した場合、あるいは土地を賃貸した場合に、本件事案の如き土地の崖くずれが生じた場合右買主又は賃借人が民法五七〇条、同五六六条一項にもとづき売主又は賃貸人に瑕疵担保責任を問えることは異論のないところである。

三、このことは原判決摘示の如く「昭和五六年一〇月二二日当地を襲った第二四号台風に伴う大雨により、右擁壁に傾斜、亀裂を生じ崖上の本件土地が沈下し、構造耐力上及び保安上著しく危険な状態となった為、同年十一月四日東京都北区長が本件土地の地主(共有者)である高木義敦ほか十一名に対し、擁壁の新規築造又は十分な改修、補強等安全上必要な措置を早急に講ずるよう文書をもって勧告し、控訴人(被上告人)も地主らに同様の申し入れを為したけれども地主らは何らの措置もとらなかった」(原判決理由二、契約解除の成否1、のうち四頁四行目以降参照)と言う事実からすればまさに賃貸人として賃貸地を契約目的にもとづき賃借人たる被上告人に給付(貸与)すべき賃貸人の債務不履行又は不法行為若しくは、瑕疵担保責任として、賃借人を充分に保護し得るものであり、賃借権の譲渡人である上告人に迄瑕疵担保責任を適用させることは、民法五六六条、五七〇条の解釈を超脱したものと言うべきである。

右擁壁の傾斜、亀裂は上告人が被上告人に建物所有を目的とする賃借権(以下賃借権と言う)付建物を昭和五五年三月二〇日に売却して、被上告人に右建物の所有権移転登記完了後(東京法務局北出張所昭和五五年四月一五日受付第一一六五〇号)被上告人と賃貸人である訴外高木義敦等との間で本件土地の賃貸借契約を一年以上にわたり継続して来ている前記状況のもとで発生していることを考えればなおさらのことである。

四、原判決認定の如き本件賃借地のかくれたる瑕疵が生じたとした場合、本件土地が賃借権の対象となっている賃借地である場合は、前述の如く賃借地の利用の補修、又は瑕疵の問題として、賃貸借契約を支配する賃借人の賃借権、賃貸人の賃貸物の給付義務と言う関係で把握されるべきである。

本件の如き場合、被上告人たる賃借人は上告人から賃借権の譲渡を受けて一年余にわたり、賃貸人と利用関係を継続しているのであるから、賃借人は賃貸人に対して、民法六〇六条にもとづき本件土地の擁壁部分の修繕請求を為し、賃借地の有効利用を確保することが出来、又同七一七条一項にもとづき損害賠償請求権を行使することも出来るし、更には民法五五九条、五七〇条により賃貸人に瑕疵担保責任の追求として同法五六六条に定める権利すら行使することにより、賃借人の権利を充分に保護し得るものである。

五、1、原判決の如く、民法五七〇条、五六六条一項を被上告人に適用した場合、契約解除の効果として、被上告人は原状回復義務を負い売却建物の所有権移転登記手続及び引渡を為すことになる。他方右建物売買は契約に際し、建物所有権を目的とする賃借権譲渡契約をも為している為、建物売買契約解除に伴い、右賃借権が当然に買主から売主に戻ると言えるか否かが問題となる。

蓋し、賃借権譲渡は賃貸人との間では民法六一二条の規定にもとづき別個に承諾手続を必要とするからである。然るに本件契約解除は、賃借権付建物の売買契約解除であるから、建物の所有権が売主に回復することは当然としても当然に賃借権が賃借権の譲渡人(被上告人)に回復することになるとは言えないと解すべきである。蓋し賃借権付建物売買は賃貸人の承諾とは無関係に売主、買主間の問題として為し得るが、それに伴う賃借権の譲渡は賃貸人の承諾を別個に必要とするからである。従って賃貸人の承諾なき賃借権付建物売買は、賃貸人から賃借権の無断譲渡を理由に賃貸借契約を解除され、地上建物を収去する結果になるからである。

2、原判決は「借地権付建物の買主は民法五七〇条、五六六条一項により売買契約を解除出来る(判決理由五枚目表)」旨判断している。然し、右賃借権は債権であっても債権証書等の如きものと異なり、譲渡に際しては、賃貸人の承諾(民法六一二条)を必要とするものである。然るに土地賃借権は建物の売買契約解除により、建物所有権と共に土地賃借権が土地賃借権の譲渡人(建物の売主でもある)に当然に回復するとすれば、譲渡人から譲受人に右賃借権譲渡をする際には、賃貸人の承諾を必要とするにも拘わらず、右契約解除の場合は不必要となり、土地賃貸人の承諾権を無視する結果となり、不合理の結果となる。然も、譲渡人が土地賃借権を譲渡する際土地賃貸人の承諾を得る為、承諾料を支払った場合(本件の場合も承諾料を支払っている)、原判決に従えば原状回復の効果として、譲渡人は土地賃貸人に対して、承諾料の不当利得返還を求め得ることにもなり、土地賃貸人の承諾権を無視した結果になる。

3、しかも、本件事件の場合、被上告人は借地上の建物を上告人に何の連絡も無しに取り毀し、更地にして後、本件賃借権付建物の売買契約解除を為している。然りとすれば建物についての所有権は契約解除の効果として、売主である上告人に回復不能となり、原判決に従えば賃借権のみが回復する結果となり、その不合理は更に著しい結果となる。

4、結局原判決は、土地賃貸人と土地賃借人及び土地賃借権譲渡人の三者の利用関係を考察せず、もっぱら土地賃借権付建物売買の契約解除と言う点のみを重視し、土地賃借権譲渡に伴う民法六一二条の承諾関係を無視して、民法五七〇条、五六六条を適用したもので法令解釈に誤りがあると言うべきである。

六、結論

1、以上の点を綜合すると「建物所有を目的とする土地賃借権」付建物の売買の場合には、

イ、建物自体の瑕疵については民法五七〇条、五六六条の適用は文理解釈として当然適用される。

ロ、賃借権の対象たる借地である土地の物理的又は機能的瑕疵(土地の断層、擁壁の亀裂、欠損等)については、賃貸借契約をめぐる債務不履行、不法行為、瑕疵担保等による賃貸人の責任として賃借人を保護すれば足りる(本件事件については被上告人は東京地方裁判所昭和五七年(ワ)第一五三三一号損害賠償事件により賃貸人を被告として同様の主張を為し請求がみとめられている)。

ハ、建物所有を目的とする土地の賃借権譲渡による譲渡後の借地たる土地の瑕疵は、賃借人、賃貸人との問題として賃貸人の責任を把握すれば足り、譲渡人が責任を負う場合には瑕疵ある土地を悪意で黙秘し、又は瑕疵の不存在若しくは保証して、賃借権譲渡した場合等の悪意の瑕疵担保責任に止めるべきである。

ニ、従って、建物所有を目的とする賃借権付建物の売買における「売買の目的に隠れたる瑕疵」とは、建物の瑕疵に関してのみ適用され賃借権の対象たる借地の利用を妨げる瑕疵は賃貸人との問題であり、譲渡人には原則として適用されず、例外的に売主(譲渡人)に瑕疵担保責任が適用される場合は瑕疵を悪意で黙秘したり、瑕疵の不存在等を保証した場合等の場合に限定されると解すべきである。蓋し、かかる場合には売主の悪意、保証等により契約解除され原状回復の効果として賃借権が譲渡人に再譲渡され、譲渡に伴い譲渡後の譲受人が賃貸人に対する危険負担(承諾の有無)が生じても、悪意、保証等の結果生じる違約として認めざるを得ないと考えられるからである。

ホ、然るに上告人には原判決認定についての借地の擁壁についての瑕疵については、善意であるから、本件瑕疵担保責任を有しないと言うべきである。

第二 <省略>

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