最高裁判所第三小法廷 昭和62年(オ)685号 判決 2007年3月27日
主文
原判決を破棄し、第1審判決を取り消す。
本件を京都地方裁判所に差し戻す。
理由
1 本件は、被上告人が、第1次第1審判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有しているなどとして、本件建物内に居住している上告人らに対し、所有権に基づき、本件建物のうち上告人らの各占有部分の明渡し等を求める事案である。
2 職権をもって検討する。
(1)ア 記録によれば、<1>被上告人は、昭和42年9月6日、京都地方裁判所に本訴を提起したが、その訴状に、原告の表示として「中華民国」と記載し、原告代表者の表示として「中華民国駐日本国特命全権大使」と記載していたこと、<2>第1次第1審において被上告人の訴訟代理人張有忠に訴訟代理権を授与したのは、中華民国駐日本国特命全権大使であったこと、<3>上告人らが、昭和44年2月15日付け準備書面において、被上告人の自称する「中華民国」とは台湾省にいる旧国民党の一部を指称するものと思われるが、これはいかなる意味においても「中華民国」ではなく中国人民によって構成された国家でもない旨主張したのに対し、被上告人は、同月18日付け準備書面において、上記主張事実を否認していること、以上の事実が明らかである。
イ また、<1>「中華民国」が国家としての中国(以下「中国国家」という。)の国名として用いられてきたものであること、<2>本訴提起前の昭和24年には、中華人民共和国政府の支配が中国大陸全域に及ぶものとなり、中華民国政府の支配は台湾島等に限定されるものとなっていたが、我が国政府は、中国国家の政府として中華民国政府を承認し、同政府との間で、昭和27年4月28日、「日本国と中華民国との間の平和条約」を締結したこと、<3>上記のとおり、我が国政府が中国国家の政府として中華民国政府を承認したことから、中国国家の我が国における代表権は、本訴提起当時、中華民国政府から派遣されていた中華民国駐日本国特命全権大使が有していたこと、<4>中華民国政府は、本訴提起当時、自らが中国国家の唯一の政府であると主張していたこと、<5>しかるに、我が国政府は、本件が第1次第1審に係属していた昭和47年9月29日、「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」(以下「日中共同声明」という。)において、中国国家の政府として、中華民国政府に代えて中華人民共和国政府を承認したこと、<6>これに伴って、中国国家の国名が「中華民国」から「中華人民共和国」に変更されたこと、以上の事実は公知の事実である。
ウ ア及びイの各事実に照らすと、本件建物の所有権が現在中国国家以外の権利主体に帰属しているか否かは別として、本件において原告として確定されるべき者は、本訴提起当時、その国名を「中華民国」としていたが、本件が第1次第1審に係属していた昭和47年9月29日の時点で、「中華人民共和国」に国名が変更された中国国家というべきである。
(2)ア 上記のとおり、我が国政府は、本件が第1次第1審に係属していた昭和47年9月29日、日中共同声明において、中国国家の政府として、中華民国政府に代えて中華人民共和国政府を承認したのであるから、これにより、中華民国政府から派遣されていた中華民国駐日本国特命全権大使が有していた中国国家の我が国における代表権が消滅したことは、公知の事実というべきである。
そして、本件のように代表権の消滅が公知の事実である場合には、民訴法37条で準用される同法36条1項所定の通知があったものと同視し、代表権の消滅は、直ちにその効力を生ずると解するのが相当である。なぜなら、上記規定が、法定代理権の消滅について、相手方に通知しなければ、その効力を生じないと定めているのは、訴訟手続の安定性と明確性を確保し、相手方の保護を図る趣旨と解されるところ、上記の場合には、代表権の消滅が直ちにその効力を生ずるとしても、訴訟手続の安定性と明確性は害されず、相手方の保護に欠けるところはないと解されるからである。
また、本件のように、訴訟代理人が外国国家の外交使節から訴訟代理権の授与を受けて訴訟を提起した後に、我が国政府が、当該外国国家の政府として、上記外交使節を派遣していた従前の政府に代えて新たな政府を承認したことによって、上記外交使節の我が国における当該外国国家の代表権が消滅した場合には、民訴法37条、124条2項、同条1項3号の規定にかかわらず、上記代表権の消滅の時点で、訴訟手続は中断すると解するのが相当である。なぜなら、上記規定は、訴訟代理人が選任されているときには、当該訴訟代理人が訴訟の実情に通暁しており、一般にそのまま訴訟を追行させたとしても、当事者の利益を害するおそれがないことから、訴訟手続の中断事由が生じたとしても、訴訟代理権は消滅しないものとして(同法58条1項4号参照)、訴訟手続の中断についての例外を定めたものと解されるところ、上記の場合、従前の政府の承認が取り消されたことにより、従前の政府が上記代表権の発生母体としての根拠を失ったために上記代表権が消滅したのであって、単に代表権のみが消滅した場合とは実質を異にする上、新たに承認された政府が従前の政府と利害の異なる関係にあることは明らかであるので、従前の政府から派遣されていた外交使節からの訴訟代理権の授与しか受けていない訴訟代理人がそのまま訴訟を追行することは、新たな政府が承認された後の上記外国国家の利益を害するおそれがあるというべきだからである。
そうすると、本件の訴訟手続は、民訴法37条、124条1項3号の規定により、第1次第1審に係属していた昭和47年9月29日の時点で中断したものというべきである。
イ しかるに、第1次第1審は、原告として確定されるべき者が台湾島等を支配して事実上の国家形態をとっている者であるとの前提に立って、本件の訴訟手続が上記のとおり中断したことを看過して、本件の審理及び判決をし、その後も、本件の訴訟手続は、原審(第2次控訴審)まで続行されてきたものである。
ウ 以上によれば、本件の訴訟手続は、第1次第1審に係属していた昭和47年9月29日の時点以後、原告として確定されるべき者である中国国家について、訴訟行為をするのに必要な授権を欠いていたものというほかはなく、旧民訴法395条1項4号に該当するものとして、論旨についての判断をするまでもなく、原判決は破棄を免れない。そこで、上記時点に立ち戻って訴訟手続の受継をさせた上で、第1審の審理をやり直させるために、第1審判決を取り消し、本件を第1審に差し戻すこととする。なお、訴訟手続の中断は、中断事由の存在によって法律上当然に生ずるものであり、代表権の有無のような職権探知事項については、裁判所が職権探知によって中断事由の存否を確認することができるのであるから、民訴法319条及び140条(同法313条及び297条により上告審に準用)の規定の趣旨に照らし、上告審において職権探知事項に当たる中断事由が存在することを確認して原判決を破棄するについては、必ずしも口頭弁論を経る必要はないと解するのが相当である(最高裁平成17年(オ)第1451号同18年9月4日第二小法廷判決・裁判集民事221号1頁参照)。おって、前記のとおり、日中共同声明により、中華民国駐日本国特命全権大使が有していた中国国家の我が国における代表権は消滅しており、また、日中共同声明後に被上告人代表者とされた「中華民国財政部国有財産局長」なる者が上記代表権を有しないことは明らかであるから、上記大使及び上記の者は現在において我が国における中国国家の代表者ではない。しかし、本件において被上告人代表者として訴訟行為を行ってきたのは、第1次控訴審の途中までは上記大使、それ以降は上記の者であり、また、弁護士張有忠ほか6名は、上記大使又は上記の者から訴訟代理権の授与を受け、本件において被上告人訴訟代理人として訴訟行為を行っているので、本判決においては、無権限者ではあるが、上記の者を現に被上告人代表者として訴訟行為を行っている者という趣旨で被上告人代表者として記載することとし、また、上記弁護士らを現に被上告人訴訟代理人として訴訟行為を行っている者という趣旨で被上告人訴訟代理人として記載することとする(最高裁昭和42年(オ)第124号同43年3月15日第二小法廷判決・裁判集民事90号723頁、最高裁昭和56年(オ)第1262号同58年4月7日第一小法廷判決・裁判集民事138号525頁参照)。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田宙靖 裁判官 上田豊三 裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫)