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最高裁判所第三小法廷 昭和62年(オ)738号 判決 1988年1月26日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人笠原桂輔、同笠原信輔の上告理由第一について

原審は、(1) 株式会社ヤマガタ(以下「訴外会社」という。)はテントの加工と販売、インテリアの工事と販売を業としていたところ、上告人を含む取締役四名は、昭和五六年三月三一日から資金繰り等の経理部門を取締役山形ふさ子(以下「ふさ子」という。)に一任した、(2) 上告人は、同年六月ころ訴外会社代表取締役山形伍郎に対し取締役の辞任届を提出し、二か月ないし三か月後まで事務引継のため出社していたが、以後訴外会社とは没交渉になり、その後自己の辞任登記が実行されたかどうかを確認するとか、その登記手続を督促するなどの行為を全くしなかつた、(3) ふさ子は、昭和五八年四月ころから山子二郎に対しても資金繰りや約束手形の発行を委ねるようになり、山子は、同月一〇日ころ杉本誠に対して、訴外会社の運転資金五〇〇万円の調達を依頼し、その担保を差し入れるため、訴外会社振出名義の金額五〇〇万円の本件手形を発行して交付したが、入金はされなかつた、(4) 被上告会社代表取締役熊木喜八郎は、同年四月一四日杉本から、本件手形を担保に五〇〇万円の借入れを申し込まれ、これに応じて本件手形を取得し、昭和五九年一月二〇日の満期に支払場所に呈示したが不渡りとなつた、(5) 右熊木は、本件手形を取得した当時、上告人が取締役を辞任していたことを知らなかつた、(6) 訴外会社は同年六月三〇日に倒産した、(7) 訴外会社の倒産当時上告人の辞任登記はされていなかつた、との事実を確定したうえ、取締役を辞任した者が会社による辞任登記のされていない事実を知りながら故意又は過失によりこれを放置し、不実の登記の存在を容認しているような場合にも、右取締役は善意の第三者に対し、商法二六六条ノ三の規定による責任を免れない旨判示して、被上告会社の上告人に対する損害賠償請求を認容すべきものとしている。

しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

株式会社の取締役を辞任した者は、辞任したにもかかわらずなお積極的に取締役として対外的又は内部的な行為をあえてしたとか、登記申請権者である当該株式会社の代表者に対し、辞任登記を申請しないで不実の登記を残存させることにつき明示的に承諾を与えていたなどの特段の事情のない限り、辞任登記が未了であることによりその者が取締役であると信じて当該株式会社と取引した第三者に対しても、商法二六六条ノ三第一項に基づく損害賠償責任を負わないものと解するのが相当である(最高裁昭和三三年(オ)第三七〇号同三七年八月二八日第三小法廷判決・裁判集民事六二号二七三頁、昭和五八年(オ)第六七八号同六二年四月一六日第一小法廷判決・裁判集民事一五〇号登載予定参照)。

しかるに、原審は、前記のとおり判示して、上告人が取締役を辞任した事実を認定しながら右特段の事情が存することについて何らの事実も認定しないで上告人の損害賠償責任を認めたのであるから、原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるので、この点をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件については右特段の事情の存否について更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。

(裁判長裁判官 長島 敦 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 坂上寿夫)

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