最高裁判所第三小法廷 昭和63年(あ)50号 決定 1989年1月27日
本籍
京都市伏見区向島清水町一一番地
住居
京都市伏見区向島清水町二一七番地
無職
笠原正継
昭和二〇年九月二〇日生
右の者に対する相続税法違反、所得税法違反被告事件について、昭和六二年一二月三日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人万代彰郎、同金坂喜好の上告趣意は、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 坂上壽夫)
昭和六三年(あ)第五〇号
○ 上告趣意書
被告人 笠原正継
右の者に対する相続税法違反、所得税法違反被告事件の上告趣意は次のとおりであります。
昭和六三年二月二六日
弁護人 万代彰郎
同 金坂喜好
最高裁判所第三小法廷 御中
記
第一、原判決は明らかに判決に影響を及ぼす法令の適用の誤りがある(刑事訴訟法第四一一条一号)。
一、所得税法第二三八条第一項は「偽りその他不正の行為により所得税を免れ」た場合に成立するものであるが、その要件としては、
(一) 行為者に当該構成要件に該当する事実の認識(故意)があること
(二) また、不正行為と脱税結果との因果関係があること
を充足している必要がある。
しかるに、原判決は第一審判決第一判示の事実(川邊賢造の所得税の逋脱の件)について、被告人の認識していた事実関係はその主張のとおりであること、即ち、「被告人は右川邊から虚偽申告による脱税を依頼された際右譲渡価額を一億一、三〇七万八、〇〇〇円と告げられ、右価格を前提として他の総合課税分をも合わせて算出される税額が三、四四三万九、三〇〇円となるべきところを税額四七一万一、一〇〇円とする虚偽の申告をなしたにすぎず、被告人は右川邊の脱税について右の限度で認識したにすぎない」ことについては「所論のとおりと認められる」としながら、「しかしながら、被告人は川邊から正確な譲渡価格を知らされなかったにせよ架空の経費を計上することによって昭和五八年分の分離課税の長期譲渡所得税額を減じさせることを同人と共謀したことが明らかであるから、右川邊が右の方法の外にも税額を減ずるために譲渡価額を偽ることを既に決意しており、『脱税の依頼をうけた被告人において右の点を知らなかったとしても』、『右各手段による脱税が一括して一個の所得税法違反の罪を構成するものである以上被告人がその全体について共同正犯としての責任を負うことになるのは当然』である。」として、弁護人の主張を排斥する。
しかし、これは、前記所得税法の規定の解釈を誤ったものと言わざるを得ない。すなわち、原判決は(1)実際の所得の認識と(2)正しい税額より少ないことの認識とさえあれば、その金額の多寡は全く不問にする考え方であり、到底受け入れ難いものである。原判決の考え方は、実行正犯は一般的に所得或いはその所得発生の事実を知っておるか、又は、知り得る立場にあることから言えることであって、これを知り得ない場合にまで(共謀共同正犯の場合に顕著である。)、この考え方を適用し、右の結論を導かれることについては、大きな疑問を抱かざるを得ない。
もし、原判決の考え方からすると、いかなる少額でも(例えば一〇〇万円)、脱税の認識・共謀の事実があれば、(共犯が関知しないところで、実行正犯が脱税して)結果的にはどのように巨額(例えば、一〇億円)の所得・税額を脱漏し、且つ、そのことに気付かなかったことが、無理もないような場合においても、「各手段による脱税が一括して一個の所得税法違反の罪を構成するである以上全体について共同正犯としての責任を負うことになるのは当然である」ことになり、不当であることは明らかである。その脱税額についての認識の差によって、被告人の刑責についても、実刑と執行猶予、あるいは罰金額にも大きな差が認められているのは、単なる情状の問題以前に故意(責任)の問題と考えるのが責任についての基本的理論に合致するものである。換言すれば、脱税の認識だけでなく、その量(脱税額)の認識についても、ある程度の幅をもった金額であるにせよ、おおよその認識を必要とすると考えるのが正当であり、従って、本件のように、明確な認識額との差が極端に大きい場合にまで原判決のような考え方を及ぼすことは、やはり、脱税の「故意」の法令解釈を誤っているものと言わざるを得ない。
二、また、仮りに、何がしかの所得、税を免れたことの認識があれば、故意はその認識金額の多寡と無関係にその正当に計算された全税額に及ぶとの考え方に立ったとしても、「不正行為により免れた」こと、即ち、不正行為と当該脱税額とに相当因果関係を有する部分に限って逋脱犯が成立するものであり、一般人の予見ないし予見可能性のある事情を基礎としても知り得ないような場合には、この因果関係は否定されるものである。本件にあっては、川邊賢造が被告人に告げない限り、売買契約書の代金が圧縮されたものであることは到底知り得ないもので、共謀した不正行為との間にはこの因果関係のない部分のあることは明らかであり、この意味でも、原判決は法令(所得税法二三八条一項、刑法六五条一項、六〇条)の解釈を誤っているものである。
三、よって、いずれにしても、藤原税理士が作成していた申告書(未提出)記載の納税額であり且つ被告人が正規税額として認識していた金三、四四三万九、三〇〇円を越える金額については、無罪(一部無罪)であり、これについて逋脱犯の成立を認めた原判決は、法令の適用を誤っており、且つ、その結果は判決に影響を及ぼすことが明らかである。
第二、量刑不当
原判決は、第一審判決が言い渡した懲役刑二年六月の実刑及び一億円の罰金刑の量刑を維持したが、以下にのべるような本件事案の罪質、犯行の態様等諸般の事情に照らすと、刑の量定が甚だしく不当であるから、破棄されるべきである(刑事訴訟法第四一一条二号)。
一、まず、本件共謀による脱税額を一一億円余とすることは、川邊賢造の脱税事件について、第一で述べたとおり誤りであり、また、仮りに右一部無罪が認められないとしても、量刑の事情としては重要な事情である。
二、また、本件脱税の態様、方法は本件の証拠全てにおいて明確であるとおり、何ら巧妙でも、悪質でもない。単に、税務署の同和関係団体に対する甘さに起因し、且つ、それに尽きるものである。本件にあっては、根底には正直者が馬鹿を見るという国民意識を背景に、同和関係団体に対する税務署の姿勢が、そのような意識を助長して、本件犯行を誘発したものである。「同和云々」といった申告が、あたかも、水戸黄門の「葵の紋章の印籠」かの如く、無審査でパスされるということこそ、異常と言わざるを得ず、被告人がこれに乗じたからといって、全て被告人のみが、強く弾劾される性質のものではないと思料する。他の巧妙な脱税事件に比しても、その方法等において違法性・責任が低いものである。
原判決は、量刑を決めるに当たって、このような要素を軽視し、「この種犯行が元来一般納税者の納税意欲を著しく害するものであるうえ」「本件においては他人の納税に関して脱税の請負を繰り返したものであって」脱税額等の巨額さから『犯情は極めて悪質で被告人の刑責は重大であり』とする。しかし、税務署が正しい姿勢をとれば、もっと、早い段階で、あるいは被告人が関与した最初の申告において、その申告の不適正なことを、容易に発見し、適正な指導をして同種方法、態様での申告是認・再犯を容易に防止し得たものである。税務署の職員及びそのOBが一体となって加担するのでなければ、遂行し難い事件であり、申告を受け付ける側も共犯とも言うべきものである。脱税額が多額になったのも、そのような税務署の見て見ぬ振りの姿勢に起因したもので、一回でも、一般納税者と同じ程度の調査をすればもとより、申告書を見ただけでも容易に脱税の事実の判明する申告内容で、その手段・態様は幼稚・明白であり、容易に防げる筈のものである。
なお、被告人は一旦収受した金額の中から、更に、その上部団体・本家ともいうべき、大石忠勝・黒宮の主催する全国同和対策促進協議会京都府連合会関係に上納(これは、支払いの強制を伴うものである)させられておるものがかなり存する。即ち、検察官の取調段階においては、(一)川邊所得税法違反事件関係での報酬利得額約一、三四〇万円を得、(二)また、桝茂光関係で合計約九〇〇万円、松井関係で約九、三〇〇万円、星野関係で約九、八〇〇万円、山田関係で約四、七〇〇万円を得たとされ、合計約二億六、〇〇〇万円の利得を得たとされているが、右(一)の川邊分については、被告人が昭和六一年三月一四日付検面調書でも述べているように、そのなかから、他に金員を足して合計一、四五〇万円を黒宮功に送金し(同調書第四項等)、また、(二)の利得分についても、明確に本件利得分の中からの支出とは断定し難いが、被告人は黒宮らに、昭和五九年二月二八日に一、九七四万円(黒宮宛、弁三号証)、同年三月一五日に四五〇万円(黒宮宛、弁二号証)、昭和六〇年七月一五日に一億円(弁四号証)、同年一二月一二日に全国同和対策促進協議会中央本部(小田政信)宛に五〇〇万円(弁五号証)にそれぞれ支払いをしており、少なくとも、本件での利得の一部がそのように支出されていることに相違はない。
また、利得分のその余の残余も、利益を得て運用するという目的ではなく同和絡みの手形割引等に使用され、被告人の立場として、拒絶出来ず、やむをえず、支出し、且つ、回収できていないものである(なお、手形割引きによる利益は殆ど得ていない)。
よって、被告人が純然たる自己の用途に使用できるという意味での利得は何ら残存していなかったものである。
四、納税義務者との示談、弁済等
被告人は、脱税依頼を受けた納税義務者四名とは、全て示談し、且つ、その示談金額合計金五、〇〇〇万円を弁済しており、この意味でも利得の残余は減少しているものである。しかも、このような被告人の脱税報酬について、税務署の指示どおりの金額約七、七七一万円を所得申告(但し、修正申告)し、且つ、その税額約四、六八六万円を納税済みである。
また、各納税者は修正申告をして、且つ、重加算税を含めて納税を完了しており、現時点での、国家財政に対する侵害は回復されている。
五、被告人は、現在、三協石材の事業に専念し、妻と子供二人の家庭の支柱となって、その生活を支えるべく、真面目な生活をしてきた。然るに、本件事件が新聞に被告人が脱税の元凶のように報道され、何ら責任のない妻子にまで堪え難い非難がなされている。その結果、被告人は妻からは離婚を求められ(現在、離婚調停の申立がなされている)、家庭生活も崩壊の危機に瀕している。
このように、被告人はすでに、十分過ぎるほどの社会的制裁を受けている。
六、現在、何ら利得を残していない被告人にとって、原判決の罰金額は到底支払い困難な金額である。納税義務者以外の共犯に対する罰金の意味は、犯罪者に利得を残させないと言う点に重要な要素がある筈である。然るに、被告人には前述の如く、納税者に対する返還額、自らの脱税報酬の所得税の納税の点も含めると、殆ど利得の残存は見られないものである。
そして、現在は見るべき財産もなく、納付の困難な多額の罰金刑は、被告人にとって懲役刑に等しい打撃を与えることになる。
第三、よって、いずれにしても、原判決(及び第一審判決)の量刑は著しく正義の理念に反するものであると思料するので、原判決を破棄したうえ、懲役刑について、執行猶予とされ、且つ、罰金についても支払可能な限度まで大幅に減額した判決を賜りたくお願い申し上げます。
以上