最高裁判所第三小法廷 昭和63年(オ)1285号 判決 1990年10月16日
静岡県富士市比奈七六〇番地の一
上告人
春日製紙工業株式会社
右代表者代表取締役
久保田元也
右訴訟代理人弁護士
錦徹
北山陽一
右輔佐人弁理士
岩瀬眞治
大阪市東区京橋三丁目六二番地の一
被上告人
ナカバヤシ株式会社
右代表者代表取締役
滝本安克
右当事者間の大阪高等裁判所昭和六〇年(ネ)第一〇九一号差止請求権不存在確認等請求本訴、実用新案権侵害禁止等請求反訴事件について、同裁判所が昭和六三年五月二七日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人錦徹、同北山陽一、上告輔佐人岩瀬眞治の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)
(昭和六三年(オ)第一二八五号 上告人 春日製紙工業株式会社)
上告代理人錦徹、同北山陽一、上告輔佐人岩瀬眞治の上告理由
第一、技術上の説明
本件は、実用新案権の技術的範囲の解釈に関する事案であるので、上告理由を述べるに先立って技術上の説明を行うのを便宜とするであろう。(原判決および原判決が引用する第一審判決にも技術上の背景の説明はなされているが、便宜のため説明する.)
一、従来の技術の問題点
(一)従来の技術として、厚紙に不乾性粘着剤を塗布し、これにフイルムを被覆した写真・スクラップ用台紙は、昭和三〇年代後半頃より商品として存在していた。その構造は概略左図の如きものであり、写真やスクラップをフィルムと台紙の間に挟んで保管するものであった。
<省略>
ところでこの従来技術にあっては、厚紙の上下縁部には粘着剤を塗布していなかった。これは、上下縁部にまで粘着剤を塗布すると、写真・スクラップを添付しようとする際に、フィルムを台紙から剥離することが困難であったためである.すなわち、剥離を容易ならしめるために、上下縁部には粘着剤を塗布しなかったのである.
(二)ところが、右のように厚紙の上下縁部に粘着剤を塗布しないために、従来技術にはつぎのような欠点があった.
イ 台紙の製造過程において、厚紙に不乾性粘着剤を塗布した後に、これを加熱乾燥するのであるが、その際粘着剤を塗布していない上下縁部は塗布した部分に比し過乾燥となるため、台紙が反ったり、波打ったりする傾向があった.
ロ 台紙製造後においても、粘着剤を塗布してない上下縁部には、比較的自由に外気が接し、このため倉庫での保管あるいはアルバムとしての使用などで、相当の期間を経過すると、上下縁部が過乾燥となったり、逆に吸湿することにより、台紙が反ったり波打ったりすることがあり、さらに不乾性粘着剤そのものも、外気や乾湿変化などの影響により、上下縁部に近い部分から順次老化して、粘着力を失う傾向があった.
(三)なお従来技術として、右のような台紙(原判決はこれを「縁部余白型」と称する)のほかに、上下縁部にも中央部と同一の不乾性粘着剤を塗布する台紙もあった(原判決はこれを「全面塗り型」と称する)。本件考案が解決しようとした技術的課題は主として上下縁部に不乾性粘着剤を塗布しないことに伴う右のような欠点であったが、「全面塗り型」の欠点(フィルムを台紙から剥離することの困難性)もあわせて解決しようとするものであった。(但し、「全面塗り型」はその欠点のゆえに、実際に商品化されたものはごく僅かであった。)
二、本件考案による問題点の解決
本件考案は、従来技術(縁部余白型)の右の如き欠点に対処するため、厚紙の上下縁部にも不乾性粘着剤を塗布し、これによって厚紙の乾湿状態が不揃いとなることを避け、かつまた上下縁部に直接外気が接することを避けることをはかったものである。かくして、本件考案による台紙は、従来のものに比べ、台紙が反ったり波打ったりすること、あるいは不乾性着剤が老化することが、はるかに少なくなるという作用効果をおさめたのである。
かつまた上下縁部に塗布する不乾性粘着剤の粘着力を中央部より小さくすることにより、「全面塗り型」の削記欠点にも対処し、フィルムを台紙から容易に剥離することをも可能ならしめたのである。
なお厚紙に塗布した不乾性粘着剤の粘着力を小さくする手段としては、出願当時左のようなものが公知技術であった(原判決一三丁表~裏).
a 水で薄めた粘着剤を塗布する方法
b 粘着剤を薄く塗布する方法
c 老化防止剤を入れた粘着剤を塗布する方法
なおまた、固形成分が同じ粘着剤については、粘着力の大小は塗布量(塗布層の厚さ)によって決まることも公知であった(原判決一三丁表).
第二 本件考案の構成要件
一、本件考案(実用新案登録番号第一、二八九、〇九一号)に関する「実用新案登録請求の範囲」は左記の通りである。
「厚紙に厚紙の上下縁部を除いて不乾性粘着剤を塗布し、該厚紙の上下縁部に粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤を塗布して該厚紙にフィルムを被覆してなる写真.スクラップ用台紙.」
二、本件考案の構成要件
本件考案の構成要件は左記のように分説される(原判決も左記の通り認定している・・原判決の引用する第一審判決二四丁表)。
(A)厚紙に厚紙の上下緑部を除いて不乾性粘着剤を塗布し、
(B)該厚紙の上下緑部に粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤を塗布し、
(C)該厚紙にフィルムを被覆する
(D)写真・スクラップ用台紙.
第三 イ号物件の構造
一、被上告人の製造販売するアルバム台紙(イ号物件)は、源判決の引用する第一審判決の添付目録(一)記載の通りの構造を有する.参照の便宜のため、右の添付目録(一)を左に引用する.
「二つ折りした台紙1の上下縁部2を除き台紙1の上面に不乾性接着剤3を線状に塗布し、その際上下縁部2にも同じ不乾性接着剤3が薄く付着し、該台紙1の上面に透明合成樹脂フィルム4を仮着して成る台紙の綴込み側の重合面に、綴込み部5に連設した連結紙6の端部を挿入し、前記二つ折りに折り重ねた台紙の重合面で挟持するよう接着剤7で同時に接着したアルバム台紙。
図面中8は綴孔を示す。」
イ号図面
<省略>
なお原判決において「粘着剤」と「接着剤」は同意語であり、この上告理由でも同意語として扱う。ただし原判決の判示を引用する場合のほかは、「粘着剤」を用いる。
二、イ号物件の右の構造のうち、
「二つ折りした台紙1の上下縁部2を除き台紙1の上面に不乾性接着剤3を線状に塗布し、その際上下縁部2にも同じ不乾性接着剤3が薄く付着し、・・・」
という冒頭部分が問題であり、上下縁部に中央部と同じ不乾性接着剤が薄く付着しているというイ号物件の構造が、本件考案の前記の構成要件のうちの(B)すなわち、
「該厚紙の上下縁部に粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤を塗布し、」
という構成要件に該当するか否かが、本件における根本的な争点である.原判決は、右の構成要件(B)を特殊な制限を付して解釈し(すなわち本件考案の技術的範囲を狭める限定的解釈をし)、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属することを否定した。
第四 原判決の論理構成
原判決は、左記の論理構成の下に本件考案の構成要件(B)について限定的解釈を行ったのである。
一、実用新案権は排他的独占支配権であるところから、考案は特定のものであることを要し、したがって「構造」についても特定の形状或いは、物理的又は化学的分析により区別できる構造からなる物品相互の機械的有機的結合体(質的又は量的構造でない)でなければならず、右のような構造のもたらす自然法則による作用、或いは結果(状態)は構造たりえない。
二、本件考案において、台紙の「縁部の粘着力が中央部より小さく仕上がっていること」は、問題解決のための手段(「塗布」なる方法又はその構成要素というべき考案)を講じた結果若しくは同結果のもたらす科学的作用の状態の表示であって、前記意味の特定の「物品の構造又は形状」の表示とは解しがたく、この「構造」に該当するものは、右結果を発揮せしめる原因である種々の手段のうちの、特定の物品の機械的結合構成に限られるというべきである。
三、本件考案の明細書の詳細な説明欄においては、台紙中央部と縁部の各粘着剤については、粘着剤固有の粘着力を区別標準として「普通」と「粘着力の小さい」別異の粘着剤として表示していると解釈すべきである.
四、本件考案についての出願経過に照らせば、上告人自身が中央部に塗布する粘着剤と上下縁部に塗布する粘着剤とを、別種の粘着剤とする認識を有していたものと推認される。
五、被上告人が製造販売する台紙(イ号物件)は、台紙中央部に付着する不乾性粘着剤と上下録部に付着する不乾性粘着剤が同一であるから、本件考案の技術的範囲に属さない。
第五 上告理由
第一点 原判決は、本件実用新案権の技術的範囲を判定するについて、原判決自らが認定する本件考案の技術的思想を離れて「実用新案登録請求の範囲」の紀載を限定して解釈した違法があり、この法令違背が判決に影響を及ぼすこと明かである.
一、本件考案は、從来余白部とされていた台紙の上下縁部に、中央部より粘着力の小さい不乾性粘着剤を塗布した点に特徴があるわけであるが、その目的は、上下縁部を余白部とする従来技術の前述したような問題点を解決することにあった.従って本件考案の技術的思想としての新規性・進歩性は、
「台紙の上下縁部にも粘着力を持たせ、かつその粘着力は中央部よりも小さくする」
ことにある。そして上下縁部と中央部それぞれに塗布する不乾性粘着剤の間に、粘着力の差異を生ぜしめる手段方法については、本件考案の技術的思想上何らの限定もないのである.
原判決も本件考案の技術的思想に関し、
「全面塗り型、録部余白型双方の技術上の欠点(問題点)を解決するための手段として、アルバム台紙全面に不乾性粘着剤を塗布しつつ、中央部と縁部の粘着力に差を生ぜしめる方法を講じ、この粘着力の格差作用によって常時の密着性と容易剥離性を確保し、もって前記問題点(欠点)を解消した効率的製造過程と台紙の高品質化の効果を期待したものである」
と判示して、本件考案の技術的思想(ならびにその新規性・進歩性)について正しい認識を示している(原判決一二丁裏)。
二、本件考案の右に述べたような技術的思想からすれば、
<1> 写真・スクラップ用台紙の上下縁部にも不乾性粘着剤を塗布すること、ならびに
<2> 中央部と縁部の粘着力に差を生ぜしめることが本件考案の要旨であって、
「中央部と縁部のそれぞれにどのような材質の不乾性粘着剤を塗布するか」
という、不乾性粘着剤の材質の問題には、本件考案は何らの限定も加えていないことは明かである。
三、しかるに原判決は、本件考案の技術的思想自体についてに前記のように正しい認識を示していながら、本件考案の技術的範囲を判断するに際しては、
「本件考案の構成要件(B)は、上下縁部に、中央部の塗布層の粘着剤と粘着力を区別基準としてそれがより小さい粘着剤の塗布層がある特定の塗布層を意味し、同構成要件(A)と相まって、台紙の中央部と縁部の粘着剤の塗布層が粘着力が前者が大、後者が小なる別種の粘着剤の塗布層の機械的結合からなる台紙表面の『特定の構造』を意味するものと解釈するのが相当である。」
と、あえて材質を限定する解釈(台紙中央部と上下縁部の粘着剤が「同種」である場合には本件実用新案権の技術的範囲に属さない、との解釈)を採用したのである(原判決一八丁裏~一九丁表)。
なお、原判決が「別種」というのは、「不乾性粘着剤の固形成分が異なる」という意味である(原判決一三丁表)。原判決が
「イ号物件の縁部に付着している粘着剤が、中央部のそれと同じ粘着剤であり、したがって粘着力も同じであることは当事者間に争いがない」
と判示するのも(原判決一九丁裏)、イ号物件では縁部に付着している不乾性粘着剤の固形成分が中央部のそれと同一であること、それゆえに不乾性粘着剤の「固有の粘着力」(中央部に厚く縁部に薄く塗布された状態における粘着力ではなく、塗布される前の、不乾性粘着剤それ自体の粘着力)が同一であることを表現しようとしているのである.
原判決の右のような限定解釈は、実用新案の技術的範囲について、実用新案法(およびそれが準用する特許法)の予定しない解釈方法を採用したものであって、その違法なることは明かである.
四、実用新案法第二六条の準用する特許法第七〇条は
「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない。」
と規定している。
また実用新案法第五条第四項(昭和六二年法律第二七号による改正前)は
「実用新案登録請求の範囲には、考案の詳細な説明に記載した考案の構成に欠くことのできない事項のみを記載しなければならない。」
と規定している。
これらの規定によれば、実用新案権の技術的範囲は「実用新案登録請求の範囲」の記載のみによって定めるべきであるように文理上は読めなくもない.しかし「実用新案登録請求の範囲」の記載は、技術的思想を凝縮して表現するために、その記載のみでは具体的に技術的範囲を把握し難い場合がしばしば生ずる。なおまた実務の経験上、「実用新案登録請求の範囲」の記載は、特許庁
の審査を経たものであるにも拘らず、往々にして不明確であったり不完全であったりすることも指摘されている。
そこで、判例・通説は一致して、実用新案の権利範囲を確定するにあたっては、「実用新案登録請求の範囲」の記載のみによることなく、考案の性質、目的また添付図面全般の記載をも勘案して、実質的に考案の要旨を認定すべきである、と解している(最高裁判所昭和三九年八月四日第三小法廷判決、民集一八巻七号一三一九頁等)。
五、この判例・通説の理論の下で、本件実用新案の技術的範囲を定めるならば、原判決の如き限定解釈が出て来ることはあり得ないところである。
(一)まず本件考案の「実用新案登録請求の範囲」の文言中には、台紙中央部と上下縁部のそれぞれに塗布する不乾性粘着剤が「別種」のものである(あるいは「固形成分が異なったものである」)との限定的記載はどこにもなく、これを窺わせるものもない。本件考案の「実用新案登録請求の範囲」の文言からは、台紙中央部と上下縁部のそれぞれに塗布された粘着剤の粘着力に差があるということは読み取れても、粘着剤の材質に関する情報はいっさい読み取れないのである(材質に関する記載がない)。
(二)つぎに、本件明細書の「考案の詳細な説明」の記載によれば、従来の技術、本件考案が解決しようとした課題、および本件考案の作用効果が前記(この上告理由書の「第一、技術上の説明」)のとおりであること、従って本件考案の技術的思想のポイントが、前述の原判決認定(原判決一二丁裏)の通り
「アルバム台紙全面に不乾性粘着剤を塗布しつつ、中央部と縁部の粘着力に差を生ぜしめる方法を講じ、この粘着力の格差作用によって常時の密着性と容易剥離性を確保(する)」
ことにあったことが明らかである。
(三)かくして、判例・通説に従って本件考案の技術的範囲を素直に判定すれば、これを、上下縁部に塗布する不乾性粘着剤と中央部に塗布する不乾性粘着剤とが「別種」(固形成分が異なる)のものに限定する理由は存在しない.
六、原判決も、実用新案の技術的範囲の確定に関する右の判例・通説を知らなかったとは考え難い.原判決が誤った結論に至った実際の原因は、実用新案における「構造」という概念について特殊な固定観念にとらわれた点にあると思われ、それについては上告理由第二点で述べることとする.しかし原点に帰れば、原判決は本件考案の技術的思想を正しく認定しながら、技術的範囲の判定に当たっては技術的思想の一部を除外して限定したのであって、原判決の違法は、まずこの点において指摘されるのである。
七、参考までに本件の第一審判決についての布井要太郎氏の評釈を引用しておく(乙第一七号証・・日本特許協会刊・「特許管理」第三六巻九号一一三三頁以下、以下に引用する部分は一一三六~一一三七頁)。本件考案の技術的範囲を素直に解釈すれば、原判決の如き限定的解釈は不可能であることを、如実に示すものである。
「本件考案の課題は、明細書の記載内容全体を総合して判断すれば、従来の写真・スクラップ用台紙は単に厚紙に上下縁部を除いて、その中央部にのみ不乾性粘着剤を塗布して透明フィルムを仮着被覆しただけであるから、明細書記載のごとき種々の欠点が存在し、本件考案は、これらの欠点を除去するため、厚紙の上下縁部にも、その中央部と同様の不乾性粘着剤を塗布し、ただフィルムの剥離を容易にするために、上下縁部に塗布される不乾性粘着剤は、上下縁部を除いた中央部に塗布される不乾性粘着剤よりその粘着力が小さい不乾性粘着剤を塗布することにより解決した点に、その発明の核心が存在するものであることは明瞭である。
また、実用新案登録請求の範囲の項の文言も、上記解決方法を、そのまま表現したものであり、その表現自体について技術上の不明瞭性は存在しない。すなわち、その文言の技術上の意味内容は、厚紙の上下縁部にその中央部より粘着力が小さい不乾性粘着剤が塗布されていることにより、本件課題を充足する効果を生ぜしめることになるのであり、この場合、粘着力の差のみが技術上問題とされているのであり、不乾性粘着剤の種類が異なるものであるか同種類のものであるかは、本件考案の解決にとり、技術上問題とされてはいないのである。」
この布井氏の論旨の明快さに比べ、原判決の論旨は論理的脈絡がきわめて分かりにくい。上下縁部と中央部の間の「粘着力の格差作用」に本件考案の核心があることを正当に認定しながら、技術的範囲の確定に当たっては不乾性粘着剤の材質を「別種」のものに限定した原判決は、実用新案法の予定しない解釈理論を採用したものであって、その違法は明かである。
第二点 原判決には、実用新案の構成要件の把握に関し、考案の「構造」という概念について実用新案法の解釈を誤った違法があり、この法令違背が判決に影響を及ぼすこと明かである。
一、原判決は、実用新案の構成要件について左の如く判示する。
「実用新案権は排他的独占支配権であるところから、考案は特定のものであることを要し、したがって『構造』についても特定の形状或いは、物理的又は化学的分析により区別できる構造からなる物品相互の機械的有機的結合体(質的又は量的構造でない)でなければならず、右のような構造のもたらす自然法則による作用、或いは結果(状態)は構造たりえない.」(原判決一一丁裏)
「本件考案において、台紙の『縁部の粘着力が中央部より小さく仕上がっていること』は、右問題解決のための手段(『塗布』なる方法又はその構成要素というべき考案)を講じた結果若しくは同結果のもたらす科学的作用の状態の表示であって、前記意味の特定の『物品の構造又は形状』の表示とは解しがたく、この『構造』に該当するものは、右結果を発揮せしめる原因である種々の手段のうちの、特定の物品の機械的結合構成に限られるというべきである。」(原判決一三丁裏~一四丁表)「本件考案の構成要件(B)は、上下縁部に、中央部の塗布層の粘着剤と粘着力を区別基準としてそれがより小さい粘着剤の塗布層がある特定の塗布層を意味し、同構成要件(A)と相まって、台紙の中央部と縁部の粘着剤の塗布層が粘着力が前者が大、後者が小なる別種の粘着剤の塗布層の機械的結合からなる台紙表面の『特定の構造』を意味するものと解釈するのが相当である.」(原判決一八丁裏~一九丁表)
(注 原判決が「右問題」というのは「アルバム台紙の従前の問題点」すなわち前述の「第一 技術上の説明」の「一、従来の技術の問題点」に記載した問題を指す。)
二、原判決の右の判示は、上告人が本件考案の構成について、「本件考案の構成は要するに『縁部に中央部より粘着力の小さい粘着剤が付着している』構造、すなわち縁部の粘着力が中央部のそれより小さく仕上がっていることであって、粘着剤の種類を問わない」
と主張した(原判決五丁表)のに対して、原判決がこれに答えたものである(上告人の右主張を排斥)。原判決は実用新案における考案の「構造」という概念について特異な一般論を立て、この一般論を本件考案に適用して結論を導いたものであることが、右の引用部分から明かである。
三、上告理由第一点で述べた通り、本件考案の技術的思想からすれば、
<1> 写真・スクラップ用台紙の上下縁部にも不乾性粘着材を塗布すること、ならびに
<2> 中央部と縁部の粘着力に差を生ぜしめることが本件考案の要旨であって、
「中央部と縁部のそれぞれにどのような材質の不乾性粘着剤を塗布するか」
という、不乾性粘着剤の材質の問題には、本件考案は何らの限定も加えていないことは明かである。
しかるに原判決は、本件考案の技術的思想自体については正しい認識を示していながら(この点も上告理由第一点で述べた)、本件考案の技術的範囲を判断するに際しては、台紙の中央部に塗布する不乾性粘着剤と縁部に塗布するそれとが「別種」のものであることを要すると、あえて材質を限定する解釈を採用したのである。その論拠として原判決は、前にも引用したように、
「実用新案権は排他的独占支配権であるところから、考案は特定のものであることを要し、したがって『構造』についても特定の形状或いは、物理的又は化学的分析により区別できる構造からなる物品相互の機械的有機的結合体(質的又は量的構造でない)でなければならず、右のような構造のもたらす自然法則による作用、或いは結果(状態)は構造たりえない.」(原判決一一丁裏)
との、実用新案権に関する一般論を立てた.その要点は「構造のもたらす自然法則による作用、あるいは結果(状態)は構造たり得ない」
という点にあるが、この一般論じたい原判決独自の誤った理論である。
しかし叙述の順序として、原判決の一般理論の誤りを理論に即して指摘するのは後で行うこととして、先に、この理論を本件考案に適用した結果がきわめて奇妙なものであることを示しておく。
四、原判決は本件考案に右の原判決の理論を適用して、
「本件考案において、台紙の『縁部の粘着力が中央部より小さく仕上がっていること』は、右問題解決のための手段(『塗布』なる方法又はその構成要素というべき考案)を講じた結果若しくは同結果のもたらす科学的作用の状態の表示であって、前記意味の特定の『物品の構造又は形状』の表示とは解しがたく、この『構造』に該当するものは、右結果を発揮せしめる原因である種々の手段のうちの、特定の物品の機械的結合構成に限られるというべきである.」
と判示する.(これも先に引用した部分である.原判決一三丁裏~一四丁表。)
本件考案の技術的思想である
<1> 写真・スクラップ用台紙の上下縁部にも不乾性粘着剤を塗布すること
<2> 中央部と縁部の粘着力に差を生ぜしめることを、原判決の右の理論の下で考案の構成要件としてどのように表現することが可能であろうか?
「中央部と縁部の粘着力に差があること」は、原判決によれば「結果もしくは結果のもたらす科学的状態の表示」であるから構成要件たり得ない.結局原判決の考え方の下では、粘着力に差を生ぜしめる、あらゆる『構造』を列挙しなければならないことになる。原判決が例示するところによれば、粘着力の格差を生ぜしめる手段としては
イ 台紙の中央部と縁部の塗布形状自体に相違などの特色はないが、両部の粘着剤が各固有の粘着力の点で相違するものが結合している「構造」、
ロ 両部の粘着剤は粘着力の点で同じものであるが塗布層の厚さの形状において中央部が厚く縁部が薄い「形状」、
ハ 両部の粘着剤が同じで塗布の厚さも同じであるが、塗布平面の分布面積において中央部より縁部があらい「形状」、
等がありうるが(原判決一四丁表~裏)、これらをすべて「実用新案登録請求の範囲」中に列挙しないと本件考案の技術的思想を十全に表現することはできないことになる。
しかしこれでは余りにも煩瑣であるばかりか、かえって考案の技術的思想を端的に把握することを妨げることになる。
そもそも考案の構成要件として「粘着力に差がある」という物理的性質を端的に把握することを禁ずる理由は、何ら存在しない。中央部と上下縁部の間に「粘着力に差がある」という性質自体、本件考案を特徴づける、物品(写真・スクラップ用台紙)の「構造」にほかならない.そしてその構造は、本件「実用新案登録請求の範囲」に十全に表現されているのである.
五、つぎに原判決の「構造」に関する一般理論を、理論に即して検討する.
前記の
「構造のもたらす自然法則による作用、あるいは結果(状態)は構造たり得ない」
という原判決の判示は、「構造」と「構造のもたらす結果(状態)」とを峻別し、「構造のもたらす結果(状態)」を実用新案の構成要件から放逐するものである.
しかし、「構造のもたらす結果(状態)」が考案にかかる物品の上に生じたものである限り、そのような結果(状態)は、それ自体によって当該物品を特徴づけることは明かである。本件考案についていえば、粘着力の格差をもたらす「構造」が何であれ、いやしくも写真・スクラップ用台紙の中央部と上下縁部のそれぞれに不乾性粘着剤が塗布され、かつその中央部と上下縁部の粘着力に格差がある限り、その状態(粘着力に格差があるという状態)そのものが物品たる写真・スクラップ用台紙を特徴づけるのである。
そして、新規な技術的思想が物品上に生じた結果(状態)としてあらわれているならば、その結果(状態)こそは物品の「構造」であって、これを考案の構成要件として直接把握することができること(把握すべきであること)も当然といわなければならない。考案の技術的思想を端的に示す物品の「状態」が存在するのに、その「状態」を考案の構成要件とせず、遡ってその「状態」をもたらす「構造」を構成要件として提示しなければならないとするならば、考案を技術的思想に即して端的に把握することは困難となる。
右を要するに、ある「構造」がある「結果(状態)」をもたらす場合において、その「結果(状態)」が物品としての特徴を有し、かつその特徴が考案の技術的思想を表現するならば、その「結果(状態)」それ自体を「構造」として端的に考案の構成要件として把握するのが正しいのである。
六、 なお原判決は、さきに引用したように、
「本件考案において、台紙の『縁部の粘着力が中央部より小さく仕上がっていること』は、・・・
・・・・・・
・・・特定の「物品の構造又は形状」の表示とは解しがたく、・・・」
と判示し(原判決一三丁裏~一四丁表)、「縁部の粘着力が中央部より小さく仕上がっている」という状態によっては物品の構造または形状を特定することはできないと考えているように窺える。
しかし、およそ台紙の中央部にも上下縁部にも不乾性粘着剤を塗布し、その粘着力を台紙中央部を大、上下縁部を小となるように仕上げた写真・スクラップ用台紙は、その仕上がった状態において「特定」の構造を有する物品であることは明かである。さきに引用した布井氏の評釈においても、本件考案の「実用新案登録請求の範囲」の文言の意味内容を
「粘着力の差のみが技術上問題とされているのであり、不乾性粘着剤の種類が異なるものであるか同種類のものであるかは、本件考案の解決にとり、技術上問題とされてはいないのである。」
と、きわめて素直に解釈している(前記引用の末尾部分)。これを見ても、「粘着力に差がある」という仕上がり状態をもって、考案にかかる物品の構造を特定することが可能でありかつまた自然であることは、議論の余地がない.
本件考案の「実用新案登録請求の範囲」の
「厚紙に厚紙の上下縁部を除いて不乾性粘着剤を塗布し、該厚紙の上下縁部に粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤を塗布して」
という文言は、粘着力の格差を生ぜしめる手段として原判決(一四丁表~裏)が例示する、
イ 台紙の中央部と縁部の塗布形状自体に相違などの特色はないが、両部の粘着剤が各固有の粘着力の点で相違するものが結合している「構造」、
ロ 両部の粘着剤は粘着力の点で同じものであるが塗布層の厚さの形状において中央部が厚く縁部が薄い「形状」、
ハ 両部の粘着剤が同じで塗布の厚さも同じであるが、塗布平面の分布面積において中央部より縁部があらい「形状」、等の、すべての構造ないし形状を表現するものであって、しかもなお実用新案の構成要件を特定するに欠けるところはないのである.
七、 以上の通り、原判決は実用新案における考案の「構造」という概念について独自の誤った理論を採用し、これを本件考案に適用して、本件考案の構成要件を不当な限定を付して解釈したものであって、その違法なることは明かである。
第三点 原判決は本件実用新案の出願審査経過における上告人の意思について、経験則に違反して誤った限定的解釈をした違法があり、この違法が判決の結論に影響を及ぼすこと明かである。
一、 原判決は本件考案の出願審査経過に言及し、上告人が補正の過程で自ら実用新案権の権利範囲を限定したものと認定している(原判決一五丁裏~一七丁裏、および原判決の引用する第一審判決二七丁裏~二八丁表)。
二、 本件考案の出願審査経過は原判決七丁裏~八丁表および原判決が引用する第一審判決一五丁裏~一七丁裏の事実摘示のとおりである(原判決一五丁裏で当事者間に争いなき事実とされている)。
いまこれを要約すると、左記の通りである.
<1> 出願時の「実用新案登録請求の範囲」には
「厚紙の上下縁部を除いて不乾性粘着剤を塗布し、該厚紙の上下縁部に薄めた不乾性粘着剤または老化防止剤を入れた不乾性粘着剤を塗布して・・・」
と記載していた(甲第八号証)。
<2> これに対し特許庁は、縁部余白型の考案を記載した公報(実公昭四五-一五五二九、甲第七号証)を引用して本件考案につき拒絶査定通知を発した(甲第九号証)。
<3> そこで上告人は、右の拒絶理由通知の誤りを指摘する意見書を提出し(甲第一0号証)、また明細書中の字句の訂正を行った(甲第一一号証)。
<4> しかし特許庁は本件考案に対し拒絶査定を下した(甲第一二号証)。その理由は
「アルバム台紙に使用する接着剤に老化防止剤を配合することは従来より周知である」
という、またしても全く的外れのものであった。
<5> そこで上告人は審判を請求するとともに、右のような的外れの誤解を回避するため、審判の過程で「粘着剤を薄める」とか「老化防止剤を入れる」といった、粘着力を弱める方法の記載をとりやめ、「実用新案登録請求の範囲」を現在の明細書の通りの表現に改めた(甲第一三号証)。
<6> これによって特許庁は拒絶査定を取り消す旨の審決をし(甲第一五号証)、本件考案を実用新案として登録した.
三、 右のように、本件考案の出願経過は、特許庁の的外れな拒絶理由通知および拒絶査定に対して、上告人が特許庁の誤解を解くために、明細書の表現を改めたことに尽きる.特許庁の誤解とは、左記の通りである.
イ 拒絶理由通知においては、本件考案を縁部余白型の台紙と同一の考案と判断した点
ロ 拒絶査定においては、本件考案を不乾性粘着剤に老化防止剤を配合するという考案に過ぎないと判断した点
上告人は一貫して、本件考案の技術的思想を特許庁審査(審判)担当官に正確に理解して貸うべく努力を重ね、最終的に理解を得て本件実用新案権を付与されたのである.その間において、
「台紙中央部と上下縁部の不乾性粘着剤が『同一』であるか「別種」であるか」
というような論議は一切しておらず、特許庁担当官からもそのような問題提起を受けたことはない。すなわち、上告人は権利範囲を「別種」の不乾性粘着剤を使用する場合だけに限定したことはなく、出願当初の明細書(甲第八号証)に記載のとおり、水で薄めた「同種」の不乾性粘着剤を使用する場合も当然包含している。また一方で特許庁も、「別種」の不乾性粘着剤を使用する場合だけに限定することを、権利付与の条件としたこともないのである。
四、 しかるに原判決は、特許庁が拒絶理由通知および拒絶査定において掲げた理由を全く離れて、証拠に基づかない独断論を展開し、
「補正の経過を経て、本件構成要件記載となった『縁部に粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤を塗布して」と補正した控訴人の意思は、右種々ありうる縁部の構造、形状に関する考案の構造、形状に関する考案構成のうち、中央部の塗布層と塗布粘着剤の属性である固有粘着力を基準として中央部のそれより小さい(これは科学的分析、測定により容易に認識できる区別標識といえる)別種の粘着剤の塗布層の機械的結合からなる構成のアルバム台紙表面の構造に関する考案を選んだものであって、・・・」
と上告人が自らの意思により、わざわざ権利範囲を限定したものと認定している(原判決一七丁表)。
原判決の右判示に先立つ部分(一五丁表~一七丁表)を見ると、右の意思限定の認定の根本には、考案の「構造」に関する原判決の抜き難い独断(上告理由第二点で述べた)が存在することがわかる。
五、 前にも述べたように、原判決は本件考案の技術的思想そのものは正しく認定しているのである。それにもかかわらず原判決は、本件実用新案権の権利範囲を台紙の中央部と上下縁部のそれぞれに塗布する不乾性粘着剤が「別種」のものである場合に限定して解釈するのであるが、その限定が上告人自身の意思によってなされたとする原判決の認定は、こじつけも甚だしいといわなければならない.本件考案の技術的思想が原判決一二丁裏に認定するとおり
「全面塗り型、縁部余白型双方の技術上の欠点(問題点)を解決するための手段として、アルバム台紙全面に不乾性粘着剤を塗布しつつ、中央部と縁部の粘着力に差を生ぜしめる方法を講じ、この粘着力の格差作用によって常時の密着性と容易剥離性を確保」
することにあるのに、この技術的思想を実用新案として権利を取得するに際しては、わざわざ「別種」の不乾性粘着剤を使用する場合のみに限定するなどということは、通常の事態の下では考えられないところである。
原判決は独自の「構造」論に固執するあまり、上告人が自らの意思により権利を限定したものと認定したが、そのような意思限定を認定するには首肯するに足るだけの強力な根拠がなければならない。そのような根拠を示さぬまま漫然と上告人の意思による権利限定を認定した原判決は、明かに経験則違反の違法をおかすものである。
右の理由によっても、原判決は破棄を免れない。
以上