大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和63年(オ)357号 判決 1990年6月05日

主文

原判決を破棄する。

被上告人らの控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人山中靖夫、同樋口雄三、同坂本邦彦の上告理由第一点について

民法一四五条所定の当事者として消滅時効を援用しうる者は、権利の消滅により直接利益を受ける者に限定されるところ(最高裁昭和四五年(オ)第七一九号同四八年一二月一四日第二小法廷判決・民集二七巻一一号一五八六頁参照)、売買予約に基づく所有権移転請求権保全仮登記の経由された不動産につき抵当権の設定を受け、その登記を経由した者は、予約完結権が行使されると、いわゆる仮登記の順位保全効により、仮登記に基づく所有権移転の本登記手続につき承諾義務を負い、結局は抵当権設定登記を抹消される関係にあり(不動産登記法一〇五条、一四六条一項)、その反面、予約完結権が消滅すれば抵当権を全うすることができる地位にあるというべきであるから、予約完結権の消滅によって直接利益を受ける者に当たり、その消滅時効を援用することができるものと解するのが相当である。これと見解を異にする大審院の判例(大審院昭和八年(オ)第一七二三号同九年五月二日判決・民集一三巻六七〇頁)は変更すべきものである。

本件において原審の適法に確定したところによれば、(一) 原判決添付の物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)はもと小田惣次郎の所有であったが、同人は、昭和三五年一一月一〇日、入江佐一との間において本件土地につき売買の予約(以下「本件売買予約」という。)をし、翌一一日、福岡法務局大牟田出張所受付第六四一五号をもって同人のため所有権移転請求権保全仮登記(以下「本件仮登記」という。)を経由した、(二) 小田惣次郎は昭和四一年一〇月二五日死亡し、小田繁雄が本件土地の所有権を相続により取得したが、同人も昭和五八年一月一〇日死亡したため、小田民子外五名が本件土地の所有権を相続により取得し、他方、入江佐一も昭和五〇年七月二八日死亡したため、その相続人である被上告人らが同人の権利義務を承継した、(三) 上告人は、昭和五五年六月二六日、株式会社住全に対し四七五〇万円を利息年九・五パーセント、損害金年一八・二五パーセントの約で貸し付け、右貸金債権を担保するため、右同日、小田繁雄との間で本件土地につき抵当権設定契約を締結し、昭和六一年四月一七日福岡法務局大牟田出張所受付第四四六四号をもってその旨の抵当権設定登記を経由した、(四) 本件売買予約締結後、これに基づく予約完結権が行使されないまま一〇年が経過し、上告人は、本訴において、右予約完結権の消滅時効を援用した、というのである。してみると、上告人は、本件売買予約に基づく予約完結権の消滅により直接利益を受ける者に当たり、右予約完結権の消滅時効を援用することができるものというべきである。したがって、上告人は右予約完結権の消滅により直接利益を受ける者に当たらないからその消滅時効を援用することは許されないと判断した原判決には、民法一四五条の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前記事実関係によれば、右予約完結権は上告人の時効援用により消滅したというべきであるから、被上告人らに対し本件仮登記の抹消登記手続を求める上告人の本訴請求は理由があり、これを認容した第一審判決は相当であって、被上告人らの控訴は棄却を免れない。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 坂上寿夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例