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最高裁判所第三小法廷 昭和63年(行ツ)124号 判決 1990年9月18日

リヒテンシュタイン国バルツァース

上告人

アルバテックス・アクチェンゲゼルシャフト

右代表者

アグネス・シュラー

右訴訟代理人弁理士

杉村暁秀

杉村興作

梅本政夫

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 植松敏

右当事者間の東京高等裁判所昭和六〇年(行ケ)第一六〇号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年一月二一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人杉村興作の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄)

(昭和六三年(行ツ)第一二四号 上告人 アルバテックス・アクチエン・ゲゼルシャフト)

上告代理人杉村興作の上告理由

一、審決取消訴訟、昭和六〇年(行ケ)第一六〇号事件は、本件特許出願の第一発明について、第一引用例 アメリカ特許(甲第三号証)、第二引用例

ドイツ特許(甲第四号証)の各記載事項より当業者が必要に応じて容易に推考し得るものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない、とした特許庁の審決の取消しを求めたものである。

二、東京高等裁判所における審理の経緯は次の通りである。 (数字は年月日を示す。)

六〇・九・一九 訴状提出

六〇・一〇・四 原告第一回準備書面提出

六一・三・一五 原告第二回準備書面提出

六一・四・三 第一回準備手続

六一・七・五 原告第三回準備書面提出

六一・七・一五 第二回準備手続

六一・九・二〇 原告第四回準備書面提出

六一・一〇・二 第三回準備手続

六一・一二・一一 原告第五回準備書面提出

六一・一二・一八 第四回準備手続

六二・三・一〇 原告第六回準備書面提出

六二・三・一九 第五回準備手続

六二・五・一九 被告第一回準備書面提出

六二・五・二六 第六回準備手続

六二・九・一七 第七回準備手続

六二・一〇・二〇 第八回準備手続

六二・一二・一七 第九回準備手続(審理終結)

六三・一・二一 判決言渡

三、上告人の主張する違法事由

上告人(原審原告)は、右審理の各経緯において、全く「異質」の技術間の対比により本発明を推考容易とし、特許法第二九条第二項を適用して本願の拒絶審決を支持した、原判決の違法性を主張することにある。このことに関し、もっとも端的にその理由を開陳しているのが昭和六一年七月五日差出しの原告第三回準備書面である。

この内容を反復して記載すると次の如くである。

「本件審決の違法理由(第三回準備書面)

一、本件審決は次の点において判断を誤った違法のものである。

(1) すなわち本件審決は本願の第一番目の発明と第一引用例に記載された装置を比較した上で、本願発明では「ストラップがスレーのレース面に平行なほぼ水平な面内に配置され、案内部材は各別にスレーに取付けられていてスレーのレース面より突出し、スレーのレース面下側にスレーに衝接していて前記案内部材を取外し可能に固定する手段を設けるようにしている」のに対して、引用例記載の装置では「ストラップがほぼ垂直な面内に配置され、案内部材がリードキャップに下方に向って配設されている」点で相違していると認定し、これらの相違点については「ストラップを水平な面内に配置することは普通に知られていること」また第二引用例には「有杼織機において複数の案内指片をレース面から突出するようにスレーに取付けること」および「案内腕をリードキャップに各別に取外し可能として固着すること」が記載されており、これらの技術手段を無杼織機に転用することは当業者に容易に実施できることであるから、上記相違点は、周知の技術事項および第二引用例記載の技術事項から当業者が必要に応じて容易に推考し得るものということができると結論した。

(2) しかしながら第一引用例、第二引用例とも本願発明とは対象とする織機の型式を異にしている。

まず本願発明はストラップを水平配置とした高速運転する無杼織機であるが、第一引用例はストラップを垂直配置とした無杼織機であり、第二引用例はシャトルを走行させる有杼織機である。

従って夫々の織機に備えた案内装置は夫々の機種に独特の構成配置をとるべきである。一般的に他の機種の案内装置の構成配置を他の機種の案内装置としてそのまま適用することはできない。他機種に設けた案内装置の技術手段の転用にはそれ相応の設計変更を必要とし、相当の考案力を必要とするのが普通である。

(3) 次に各案内装置の構成についてみれば、本発明の無杼織機は高速織機として運転するスレー構造を備えるものであり、そのために経糸の下糸上を水平配置として動くストラップを正確に案内すると共に経糸の接触摩擦を最小とする必要がある。

このため案内部材はストラップの少なくとも一端側縁に接触してこの端側縁で案内させる。案内部材を一端側縁に設けた場合他端側縁は第二、四図(本願明細書添付図面)に示す如くおさにより案内させる。両端側縁を案内部材で案内させてもよい(第三、五図)。

何れにしてもストラップの両端側縁が案内されると共にストラップは自重のみによって経糸の下糸に接触するため糸の摩耗も最小限度にされ、ストラップの左右への位置ずれも防止される。

(4) 第一引用例の無杼織機はスーラップを垂直配置とした型式であり、これはストラップの送りホイールを水平配置とすることができるため織機全体を小形にできる利点があるがストラップの案内部材(ガイドフィンガ94)はリードキャップ32から下方(ストラップの上側面近くまで延在させ、その下端部分96はブロック90の通過ができるようにおさ28から一定距離離す必要がある。このためストラップの上側面の一部が案内部材94の下端部分96で案内されるだけであり、ストラップの下側面は片側が全く案内されない状態にあり、しかも案内部材を取付けたリードキャップ32はスレーの上部構造としてかなりの重量を付加するため高速運転に適さない。

(5) 次に第二引用例は無杼織機とは基本的に異なった構造作用を有する有杼織機であり、シャトルdをガイドフィンガqとアーム25により案内する。このシャトルは高速運転で確実に案内するために頂面をアーム25、下部側面の溝rをガイドフィンガq、反対側面をリード(おさc)により案内され、経糸の下糸とは接触せずリブ付シャトルレース上を走行する。

(6) このように本願発明、第一、第二引用例の案内装置は夫々の機種に応じた具体的構成配置をもち、夫々の目的を達成するようになっている。

従って一機種の案内装置の技術手段を他機種に転用することは必ずしも容易に実施できることではない。しかも本件の場合は第二引用例の異機種のシャトルの頂面の案内装置と下側面の案内装置の二つの技術手段から設計変更を加えて本願発明の一つの案内装置を構成するのであるからこれらの両技術手段の転用は容易であると安易に結論するのは正当でない。

(7) また本願発明の案内装置はストラップを水平に配置した型式の無杼織機において高速運転でストラップを正確に案内でき、経糸の下糸の摩耗が少なく、案内部材の交換が著しく容易である等の大きな利点がある。

従って第一、第二引用例に示す公知技術手段からの転用が容易であれば当然本願発明の案内装置は既に実施されている筈である。これが実施されていないのは前記転用が容易に実施できなかったと推定することができる。かかる事情についても審理の上転用が容易であるか否かについての結論を出すべきである。

(8) 従って公知の技術手段を無杼織機に転用することは当業者に容易に実施できることと安易に認定した点には論理の飛躍があり、審理不尽、理由不備の違法がある。」

四、上告人は、右の如き主張は当業者にとってはきわめて当然のことであり、無杼織機と有杼織機との技術を親類扱いにして互いに対比することなどの暴論は当然認められないものと信じて疑わないところであった。

然るところ、本事件の原審担当判事は原審原告代理人の主張に全く耳をかさないといえる態度で本件の審理に臨み、終始専らほとんど一人で発言をし、強圧的態度でもって原審原告主張の陳述を認めず、これを留保させて、次の如くの主張であるとして原告主張の変更を命じた。

五 裁判官により変更された原審原告の主張

「原告主張を要約すると、第一引用例及び第二引用例の技術内容が審決認定のとおりであること、本願発明と第一引用例、第二引用例との一致点、並びに相違点はいずれも認めるが、本願発明の判断をするにあたり、本願発明と第一引用例記載のものは「技術課題」が異なり、従ってそれを解決するための「構成」をも相違するものであるから、右相違点につき、第一引用例と第二引用例を適用しても本願発明を得ることは、当業者が容易に想到し得ないのに係わらず、これを容易と認定したのは違法である。」

上告人にとって、このような主張の変更は全く不本意のものであったが、裁判官は原審原告に殆ど発言の余地を与えず、強圧的にこのような趣旨の主張に変更をさせたものである。

すなわち、原審原告は従来の有杼織機と無杼織機とは「杼」すなわち、「シャトル」が織機の生命であるためその有無により全く「別異」の技術となると主張しているのに対し、裁判官は単に「技術課題」が異なると誘導したもので、原審原告としては、両者はあくまで分野を異にするので「別異」あるいは「異質」の技術に属し、従ってその間の対比は全く無意味であり、これを無視して特許法第二九条第二項を適用したのは法例の適用に誤りがあると主張したのを、かく改変したものである。

六、上告理由の第一点

原判決は、準備手続において裁判官によって歪曲された上告人の主張を基にしてなされたもので、裁判の公正を欠くため違法であって破棄されるべきである。

七、上告理由第二点

特許法第二九条第二項の解釈において同種の技術の対比をもって進歩性を判断すべきであるのに、全く別異異種の技術の対比により推考容易としたのは違法であり、原判決は破棄されるべきである。

右の点に関し、同種の技術分野の範囲において発明の進歩性の判断をすべきものとしている判決例があるので、参考までに例示する。「焼結体中に多数の線状の細孔を形成せしめる焼結フィルターの製造方法の発明において、線材の配列方法はフィルターの製造に関するものであって、その技術が特定の分野に限定されるのに対し、引用例の記載が鉄粉末焼結軸受に給油孔を作る方法およびガスタービン翼材に通孔を形成する方法である場合、右発明の構成が示唆されているものとはいえず、引用例記載のものからは予測しえない顕著な効果を奏するというべきで、右発明は引用例ないし公知の技術から容易に想到できるものでないとするのが相当である。

(昭和五五年四月三〇日東高民一三判、昭和五一年(行ケ)一三三号)」

「コンタクトレンズを製造する方法の発明に対し、第一引用例には右発明と同一の技術的思想が開示されているとすることはできず、第二引用例の記載は親水性重合体の機械的加工に関する右発明とはきわめて関連性がとぼしく、第三引用例の技術は、顕微鏡用の生物学的標本をつくるための超薄型切片を製造する技術に関するもので技術分野を異にし、親水性架橋重合体薄片それ自体を得ることを目的とするものではないから、異なった技術とみるべきで、第四引用例が、ハードコンタクトレンズの製造方法に関する発明であってソフトコンタクトレンズの材料への転用を想到することができないと認められる場合、右発明は容易に発明できたとは認められないとした審決の判断は正当である。

(昭和五九年三月一五日東高民六判、昭和五五年(行ケ)二四五号)」

以上

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