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最高裁判所第三小法廷 昭和63年(行ツ)152号 判決 1990年6月05日

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人丸山隆寛の上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  上告人は、歯科医を業とする者であるが、昭和五四年分の所得税につき、昭和五五年三月一五日付で、被上告人に対し、総所得金額を九四〇万六八五五円、税額を一一三万六九〇〇円とする確定申告をした。右確定申告において、上告人は、歯科医業に係る事業所得金額を算定するに当たり、社会保険診療報酬を二五〇三万六二四一円、その必要経費につき租税特別措置法(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。以下「措置法」という。)二六条一項の規定を適用して一八〇二万五五四九円、自由診療収入を一〇〇六万一〇〇〇円、その必要経費を七五一万五五五二円として計算していた。

2  上告人が社会保険診療報酬の必要経費につき措置法二六条一項の規定を適用して確定申告をしたのは、次のような事情によるものであった。すなわち、上告人は、同項を適用して確定申告をするかどうかを判断するに当たり、社会保険診療報酬を得るために実際に要した経費の額(以下「実額経費」という。)を算出し、これと同項に基づいて算出した経費(以下「概算経費」という。)とを比較したのであるが、まず実額経費を算出するため、診療経費総額を自由診療収入分と社会保険診療報酬分に振り分ける計算過程において、診療総収入に対する自由診療収入の割合を出し、これを診療経費総額に乗じて自由診療収入分の必要経費を算出し、これを診療経費総額から差し引いて実額経費を算出すべきところ、誤って社会保険診療報酬に対する自由診療収入の割合を出し、これを診療経費総額に乗じて自由診療収入分の必要経費を算出し、これを診療経費総額から差し引いて実額経費を算出したため、自由診療収入分の必要経費を正しく計算した場合よりも多額に(すなわち、五三七万七七八二円となるべきところを七五一万五五五二円と)、実額経費を正しく計算した場合よりも少額に(すなわち、一九四八万八五〇八円となるべきところを一七三五万〇七三八円と)算出した。そして、右一七三五万〇七三八円と概算経費一八〇二万五五四九円とを比較し、後者を有利であると判断したため、社会保険診療報酬の必要経費として同項の規定を適用して確定申告をしていたものである。

3  その後、上告人は、右確定申告には自由診療収入の計上漏れがあったこともあって、昭和五六年七月二五日付で、被上告人に対し、総所得金額を一〇六四万六一九六円、税額を一四一万六七〇〇円とする修正申告をした。右修正申告において、上告人は、確定申告に係る自由診療収入に七三万一〇〇〇円を加えるとともに、自由診療収入分の必要経費についての計算の誤りを正してこれを五六〇万一五〇二円に減額し、他方、社会保険診療報酬の必要経費としては実額経費一九二六万四七八八円を計上した(したがって、事業所得の必要経費の合計は、確定申告においては二五五四万一一〇一円であったのが、修正申告においては二四八六万六二九〇円とされた。)。

4  これに対し、被上告人は、昭和五七年一月二〇日付で、上告人に対し、総所得金額を一一八八万五四三五円、税額を一九〇万一四〇〇円とする更正処分及び税額を二万四二〇〇円とする過少申告加算税の賦課決定処分(以下これらを「本件課税処分」という。)をした。本件課税処分は、上告人の修正申告のうち、社会保険診療報酬の必要経費を実額経費(一九二六万四七八八円)から概算経費(一八〇二万五五四九円)に改めたものである(したがって、事業所得の必要経費の合計は、二三六二万七〇五一円とされた。)。

二  原審は、右事実関係のもとにおいて、上告人が確定申告において社会保険診療報酬の必要経費として概算経費を選択した場合には、その後修正申告においてこれを実額経費に変更することは許されないから、本件課税処分は適法であるとして、同処分を取り消した第一審判決を取り消して、上告人の請求を棄却した。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

措置法二六条一項は、医師又は歯科医師が社会保険診療報酬を有する場合において、事業所得金額の計算上、右報酬に係る必要経費としては、所得税法三七条一項等に基づく実額経費によることなく、右報酬に一定の標準率を乗じて算出する概算経費とする旨を規定し、措置法二六条三項は、同条一項の規定は、確定申告に同項の規定により事業所得金額を計算した旨の記載がない場合には、適用しないと規定している。したがって、納税者である医師又は歯科医師が確定申告書において同項の規定により事業所得金額を計算した旨の記載をしていない場合でない限り、換言すれば、納税者である医師又は歯科医師が確定申告書において同項の規定により事業所得金額を計算した旨の記載をしている場合(すなわち、概算経費選択の意思表示をしいてる場合)には、同項が適用され、概算経費が事業所得金額の計算上控除されるべき社会保険診療報酬の必要経費となるのである。そして、この場合、実額経費の金額が概算経費の金額を上回っているかそれとも下回っているかということは、同項の適用を左右するものではなく、仮に実額経費の金額が概算経費の金額を上回っている場合でも、右概算経費が国税に関する法律の規定に基づく社会保険診療報酬の必要経費となるのである(最高裁昭和六〇年(行ツ)第八一号同六二年一一月一〇日第三小法廷判決・裁判集民事一五二号一五五頁参照)。

しかしながら、歯科医師の事業所得金額の計算上その診療総収入から控除されるべき必要経費は、自由診療収入の必要経費と社会保険診療報酬の必要経費との合計額であるところ、本件においては、診療経費総額を自由診療収入分と社会保険診療報酬分に振り分ける計算過程において、診療総収入に対する自由診療収入の割合を出し、これを診療経費総額に乗じて自由診療収入分の必要経費を算出し、これを診療経費総額から差し引いて社会保険診療報酬の実際の必要経費(実額経費)を算出すべきところ、誤って社会保険診療報酬に対する自由診療収入の割合を出し、これを診療経費総額に乗じて自由診療収入分の必要経費を算出し、これを診療経費総額から差し引いて実額経費を算出したため、自由診療収入分の必要経費を正しく計算した場合よりも多額に、実額経費を正しく計算した場合よりも少額に算出してしまい、そのため右実額経費よりも概算経費の方が有利であると判断して概算経費選択の意思表示をしたというのであるから(なお、本件記録によれば、右の誤りは本件確定申告書に添付された書類上明らかである。)、右概算経費選択の意思表示は錯誤に基づくものであり、上告人の事業所得金額の計算上その診療総収入から控除されるべき必要経費の計算には誤りがあったというべきである。

ところで、国税通則法一九条一項一号によれば、確定申告に係る税額に不足額があるときは修正申告をすることができるところ、本件においては、確定申告に係る自由診療収入の必要経費の計算の誤りを正せば、必然的に事業所得金額が増加し、確定申告に係る税額に不足額が生ずることになるため、修正申告をすることができる場合に当たることになる。そして、右修正申告をするに当たり、修正申告の要件を充たす限りにおいては(すなわち、確定申告に係る税額を増加させる限りにおいては)、確定申告における必要経費の計算の誤りを是正する一環として、錯誤に基づく概算経費選択の意思表示を撤回し、所得税法三七条一項等に基づき実額経費を社会保険診療報酬の必要経費として計上する事ができると解するのが相当である。本件修正申告において、上告人は、自由診療収入の必要経費を確定申告に係る七五一万五五五二円から五六〇万一五〇二円に減額し、社会保険診療報酬の必要経費を実額経費である一九二六万四七八八円に改め、確定申告に係る必要経費の総額二五五四万一一〇一円を二四八六万六二九〇円に減額したものであるから、税額を増加させるものであり、修正申告の要件を充たし、概算経費選択の意思表示の撤回が有効になされたものとして、本件修正申告は適法というべきである。

したがって、本件修正申告における概算経費選択の意思表示の撤回を認めず、自由診療収入の必要経費については修正申告による金額としながら、社会保険診療報酬の必要経費については確定申告における概算経費の金額とすべきであるとした本件課税処分は違法であるところ、これを適法であるとした原判決には、法律の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に述べたところからすれば、本件課税処分の取消しを求める上告人の本訴請求は正当として認容すべきものであるから、これと同旨の第一審判決は正当であり、被上告人の控訴は理由がないものとして、これを棄却すべきである。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 安岡滿彦 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫)

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