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最高裁判所第三小法廷 昭和63年(行ツ)37号 判決 1991年4月23日

上告人

八木二郎

右訴訟代理人弁理士

江口俊夫

被上告人

遠山産業株式会社

右代表者代表取締役

北野誠良

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人江口俊夫の上告理由について

商標登録の不使用取消審判で審理の対象となるのは、その審判請求の登録前三年以内における登録商標の使用の事実の存否であるが、その審決取消訴訟においては、右事実の立証は事実審の口頭弁論終結時に至るまで許されるものと解するのが相当である。商標法五〇条二項本文は、商標登録の不使用取消審判の請求があった場合において、被請求人である商標権者が登録商標の使用の事実を証明しなければ、商標登録は取消しを免れない旨規定しているが、これは、登録商標の使用の事実をもって商標登録の取消しを免れるための要件とし、その存否の判断資料の収集につき商標権者にも責任の一端を分担させ、もって右審判における審判官の職権による証拠調べの負担を軽減させたものであり、商標権者が審決時において右使用の事実を証明したことをもって、右取消しを免れるための要件としたものではないと解されるから、右条項の規定をもってしても、前記判断を左右するものではない。

原審の適法に確定した事実によれば、本件では、被上告人が有する本件商標権について上告人が商標法五〇条一項に基づく不使用取消審判を請求したのに対し、被上告人が審判において本件登録商標の使用の事実を何ら立証しなかったことから、請求どおり本件商標登録を取り消す旨の審決があったというのであり、被上告人がこの審決の取消しを求めて本訴を提起したところ、原審は、右使用の事実が証明されたとして、審決を取り消したものである。そして、前記判断に照らしてみれば、所論の点に関する原審の判断は正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例も、右判断と抵触するものではない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官坂上壽夫の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官坂上壽夫の反対意見は、次のとおりである。

私は、多数意見が、商標登録の不使用取消審判請求についてした審決の取消訴訟においては、登録商標の使用の事実の立証は、事実審の口頭弁論終結に至るまで許されるものと解するのが相当である、として本件審決を取り消した原判決を支持すべきものとされることに賛同することができない。

多数意見は、商標法五〇条二項本文について、「これは、登録商標の使用の事実をもって商標登録の取消しを免れるための要件とし、その存否の判断資料の収集につき商標権者にも責任の一端を分担させ、もって右審判における審判官の職権による証拠調べの負担を軽減させたものであり、商標権者が審決時において右使用の事実を証明したことをもって、右取消しを免れるための要件としたものではないと解される」という。登録商標を使用しない者に商標権という排他独占的な権利を与えておく必要はないという点からすれば、「登録商標の使用の事実をもって商標登録の取消しを免れるための要件」とするものであると解するというのは理解できることではあるが、そのことの故に、何らの制限もなしに登録商標の使用の事実の立証は事実審の口頭弁論終結に至るまで許される、とすることには疑問を呈せざるを得ない。商標法五〇条二項本文が「前項の審判の請求があった場合においては、……登録商標……の使用をしていることを被請求人が証明しない限り、商標権者は、その指定商品に係る商標登録の取消しを免れない。」と、わが国の法体系上も例の少ない要件を定めたのは、商標権の保護と活用、特に長期の不使用による休眠商標権の排除に資するためであり、多数意見のいうところの「登録商標の使用の事実をもって商標登録の取消しを免れるための要件とし、その存否の判断資料の収集につき商標権者にも責任の一端を分担させ、もって右審判における審判官の職権による証拠調べの負担を軽減させたものである」のは、商標行政(審判)の円滑な施行のため、同項の被請求人に自己の権利を守るための誠実な対応を求めるものに外ならない。商標権者は、商標法二五条に基づき登録商標の使用を専有するという特典を与えられ、かたわらその使用の事実を最もよく知り又は知り得る立場にあって、容易に使用事実の証明をすることのできる者であるから、商標法五〇条一項に基づく不使用取消審判の請求があった場合には、被請求人(商標権者)は、自らの権利を守り商標登録の取消しを免れるためには、取消しの処分をなすべきか否かを決める審判において、前記要件にかかる登録商標使用の事実について証明することを要するとしたのが、商標法五〇条二項本文の法意であると思われ、かりにも、被請求人が審判において立証はおろか、応答すらしないというような場合にも、取消訴訟の事実審の口頭弁論終結まで新たな立証が許されるというような解釈は採るべきではない。

ところが、本件では、被上告人が有する本件商標登録について、上告人が商標法五〇条一項に基づく不使用取消審判を請求したのに対し、被請求人である被上告人が、審判において商標法五〇条二項の要件につき何ら主張、立証しなかったことから、請求どおり本件商標登録を取り消す旨の審決があったというのである。正に、法が商標登録の取消しを免れようとする被請求人に求めた対応を全く欠いたものである。かかる被請求人(被上告人)の権利を擁護する必要はないと思われ、処分の取消しを求める訴訟における一般原則に従って、原審において立証を許すべき事案であるとは考えられない。しかるに、原審は、新たに本件登録商標の使用の事実についての立証を許し、登録商標の使用の事実が証明されたとして、本件審決を取り消したもので、原判決には、法令の解釈適用を誤り判決に影響を及ぼすことの明らかな違法があるといわねばならない。論旨は、理由があり、原判決は破棄を免れず、本訴請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)

上告代理人江口俊夫の上告理由

原判決には、法律の適用を誤り、最高裁判所の判例(昭和四二年(行ツ)第二八号判決)に違反した違法がある。第一点 審決取消訴訟は、特許庁が行った審決に違法性があるかどうかを判断するものであるから、審決時において本件商標の使用の証明がなされたかどうかを判断すべきである。

しかるに、原審は審決までに本件商標の使用証明がなされなかった事実を看過し、審決後の審決取消訴訟係属中になされた本件商標の使用証明を採用したのであるから、この点において法律の適用を誤まり、また、最高裁判所の判例(昭和四二年(行ツ)第二八号判決)にも違反しているというべきである。

右最高裁判所の判例の要旨は次の通りである。

「上記に述べたような、法が定めた特許に関する処分に対する不服制度及び審判手続の構造と性格に照らすときは、特許無効の抗告審判の審決に対する取消の訴においてその違法が争われる場合には、専ら当該審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされるべきものであり、それ以外の無効原因については、上記訴訟においてこれを審決の違法事由として主張し、裁判所の判断を求めることを許さないとするのが法の趣旨であると解すべきである。」

………中略………

「以上の次第であるから、審決の取消訴訟においては、抗告審判の手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないものといわなければならない。この見解に反する当裁判所の従前の判例(最高裁昭和三三年オ第五六七号同三五年一二月二〇日第三小法廷判決・民集一四巻一四号三一〇三頁、同昭和三九年(行ツ)第六二号同四三年四月四日第一小法廷判決・民集二二巻四号八一六頁)はこれを変更すべきものである。」

………中略………

「以上の見解に立って本件をみると、上告人が本上告理由において原審がこれにつき審理判断しなかった違法があると主張する諸事実のあるものは、本件審決が審理判断した無効原因条項とは別個の条項に関するものであり、またその他はいずれも、法一条違反に関するものであるが、本件審決が無効原因として認めた公知事実とは別個の公知事実の主張であるから、原審が、本件審決の適否につき、そこで審理判断されていない別個の無効原因であるこれらの事実の主張を考慮すべきでないとしたのは正当であり、原判決には所論の違法はなく、論旨は採用することができない。」

右最高裁判所の判例は特許無効の抗告審判の審決に対する取消訴訟に関するものであるが、審決の手続きにおいて審理判断されなかった無効原因は主張することができず、また、新たな証拠の提出も採用すべきでないことは商標取消審判の審決に対する審決取消訴訟においてもいい得ることである。

したがって、原審は、審決後に提出された登録商標の使用の証明を採用した点において最高裁判所の判例に違反した違法があるというべきである。

第二点 商標法五〇条第二項で、「商標登録の取消を免れない」ということは、「使用していないものとみなす」のとは異なっている。

したがって、使用の事実が客観的に存在していても被請求人が使用の事実を証明しない場合には、取消審判の請求は成り立たないとすることができる。

また、「審判官は、その商標登録を取り消すべき旨の審決をしなければならない」としなかったのは、審判が対審構造をとっていること及び証明することは取消審判の実体要件であることを考慮した実体面から規定したことによるものであって、東京高等裁判所における審決取消訴訟の段階で、使用に関する新たな証拠を提出して裁判を求めることができることまでをも意味するものではない。

むしろ、「前項の審判の請求があった場合においては……被請求人が証明しない限り」と規定しているのは、この証明は、審判の段階で被請求人が審判官に対して証明することを要求しているのであって、審決取消訴訟の段階では当該事実について新たな証拠を提出することを許さない趣旨である。

もっとも、審決の取消訴訟においては、裁判所は、審決等を直接の対象として、審決の取消権しかもたず、実質的には一審級省略する形式をとっていること、さらに、審判の構造、性質等から、その審理の範囲は審決の理由に示された事実に限られると解する場合には、商標法第五〇条第二項の規定をまつまでもなく、審決取消審判訴訟の段階では、登録商標の使用に関する新たな証拠を提出して裁判を求めることはできないと解されるのである。

第三点 原審は、審判手続きでは職権探知主義が採用されているから、審判官は職権により本件商標が使用されていたかどうかを探知すべきであったと判示している。

たしかに審判の審理は、訴訟における弁論主義と異なり、原則的に職権探知主義によって進められるべきであるとされている。

しかしながら、この職権審理主義には一定の限界が存している。すなわち、審理の円滑な進行を妨げない限度においての職権探知主義である。

審判請求書の送達を受けたにも拘らず答弁書の提出を怠った者、あるいは答弁書を提出した被請求人が数年を経過しても使用の証明をしない場合にまで、職権探知主義を採用する必要があるかどうか甚だ疑問であるといわざるを得ない。

商標法の究極の目的は他の法律と同様に国民の利益を護ることにあるとされているが、答弁書の提出を怠った者に再三再四尋問書を送達し、たとえば十年近くなるまで答弁書の提出を待つか、あるいは審判官が商標権者の所在地まで出張して使用の事実の有無を探知していたのでは、審判の審理は著しく停滞し、その結果、国民の利益は害されることになる。

このように審判における職権探知主義には審理の遅延を招かない限度で許容されるべきであるから、原審が説示するような職権探知主義が容認されるときは審判制度の崩壊に繋がることになり、昭和五〇年法律第四六号による法五〇条の改正の効果は殆どあがらないことになる。

わが国における取消審判の請求事件は次の通り膨大な数(先進各国の数倍)のものとなっており、審判全体の未処理件数は累増の一途を辿っている。

昭和五七年 一、一八七件

昭和五八年 一、一〇八件

昭和五九年 一、〇〇三件

昭和六〇年 九七〇件

もし、原審のような職権探知主義が行われると、この未処理件数は著しく増加し、他の事件の円滑な進行が妨げられる結果、国民の利益は害されることになる。また、審決取消訴訟の件数も飛躍的に増加するため、訴訟の遅延を招き、この点からみても国民の利益は護られなくなるものと解される。

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