最高裁判所第三小法廷 昭和63年(行ツ)86号 判決 1991年9月17日
上告人
モンテカチニ・エヂソン・エス・ピイ・エイ
右代表者
ルイシ・コッテイ
右訴訟代理人弁護士
入山実
同弁理士
阿形明
被上告人
特許庁長官
深沢亘
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人入山実、同阿形明の上告理由第一点について
特許法六四条は、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があった後に願書に添付した明細書又は図面について補正することができる場合及びその要件を定めた規定であるが、同条一項にいう「願書に添附した明細書又は図面」とは、右決定謄本送達後の当該補正の時点における明細書又は図面と解すべきであって、右補正が同項ただし書の要件を具備するか否かも、その時点における明細書及び図面の記載を基準として判断されるべきものである。
これを本件についてみるのに、上告人の本件補正の時点における明細書及び図面は、出願時のそれとは異なる出願公告時のものであるところ、原審は、右出願公告時の明細書及び図面の記載を基準として同項ただし書の要件の存否を判断した上で、上告人の本件補正を却下した審査官の決定に誤りはないとし、本願発明の要旨を出願公告時の明細書の特許請求の範囲の記載を基礎として認定した。原審の右認定判断は、正当である。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
同第二点及び第三点について
原審は、(一) 本願発明の活性マグネシウム・ハライドの構成と、先願発明の金属ハライドの粒子の構成との間に相違は認められない、(二) 先願発明の明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌すると、同明細書の特許請求の範囲に「オレフィンの重合若しくは共重合用触媒」と記載された触媒の構成は、その特許請求の範囲に記載された方法で製造される担体付遷移金属触媒成分に、有機金属化合物成分を一緒にした構成を意味するものであると解することができる、(三) そうすると、先願発明には、その特許請求の範囲に記載された方法に従って製造した触媒成分に有機金属化合物成分を一緒にするだけで得られるオレフィンの重合若しくは共重合反応用触媒成分の製法も包含されているものというべきであるとした上で、いずれの点よりするも本願発明は先願発明と同一であると判断した。原審の右認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤庄市郎 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄)
上告代理人入山実、同阿形明の上告理由
第一点 原判決は、特許庁が特許法第六四条第一項に違背して、特許出願人である上告人の補正を却下した決定を維持した点において、違法である。
特許法第六四条第一項が特許出願人に対して補正をすることができるとした補正の対象は、「願書に添付した明細書又は図面」である。「願書に添付した明細書又は図面」について、次に掲げる事項、すなわち
一 特許請求の範囲の減縮
二 誤記の訂正
三 明瞭でない記載の釈明
を目的とするものに限って、補正をすることができるとしたものであって、その趣旨は、出願審査及び特許付与の対象となる発明の範囲は、出願当初に出願人が特定した限度とし、これを逸脱して、発明の要旨を変更し、あるいは特許請求の範囲を拡張するがごときことは許さないとしたものである。したがって、補正の許否を決定する基準は、どこまでも「願書に添付した明細書又は図面」であり、たとえその後の経過において、別の補正がなされ、それに基いて出願公告がなされた経緯があったとしても、事実として出願に際し、願書に添付して提出された明細書又は図面の内容を変更するものではない。
これについて、原判決の判示は、次のとおりである。
「しかしながら、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達後の補正が、特許法第六四条第一項ただし書の要件を具備するかどうかについては、出願公告時の明細書及び図面の記載を基準として判断すべきであり、右送達前に既に適法な補正がなされている場合において、右補正がなされる前の明細書及び図面である出願当初の明細書及び図面の記載をも参酌すべきでないことは、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達時における明細書及び図面の記載が、右補正によって適法に補正されたものとなっている以上、当然のことであるといわなければならない。」(原判決書二九丁裏六行目から三〇丁表四行目まで)
しかし、かかる解釈は、そもそも特許法第六四条第一項が、「出願公告をすべき決定の謄本の送達があった後」の補正の許否について定めたものであるにかかわらず、その補正の対象として、「願書に添付した明細書又は図面」を掲げ、「出願公告時の明細書又は図面」とも、「出願公告をすべき旨の決定の謄本送達時における明細書又は図面」ともしていないことの明文に背反するものであり、同条項の法意を無視して、特許出願人に許された補正の自由に理由のない制限を加え、その結果発明の保護に欠けるところのある不当の解釈であるといわなくてはならない。
原判決は、ひっきょう、特許法第六四条第一項の適用を誤まり、したがって上告人の出願発明の構成要件を欠落して判断した点において、違法であり、破棄を免れないものというべきである。
第二点、第三点<省略>