大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和25(オ)50 判決

主 文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理 由

第 一 点

原判決は、当事者間に成立した東調布警察署の生活相談所における本件家屋明渡

しに関する調停の内容について、被上告人は昭和二一年五月一日迄に移転先の家屋

が見付かつたなら本件家屋を明渡すということであったと判断したものである。こ

れに対し上告人は、生活相談に持ち込みながら原判決が判示するような、それまで

の交渉と少しも進歩しない内容の調停などに同意するはずはないから、原判決の判

断は実験則に反すると主張する。しかし、生活相談に持出したとしても必ずしも上

告人が希望するような条件で調停が成立するとはいえないし、調停不調にするより

は不満足ながらも一応調停を成立せしめた方がよいという考えから、調停が成立す

る場合もあり得ることであるから、原判決の所論判断は何等経験則に反するもので

はない。論旨はさらに、移転先の家屋が見付かつたなら移転するというような条件

附の約束は、条件の成就が賃借人たる被上告人の意思にのみかかることになるから、

法律知識ある警察官が左様な調停をするはずがないと主張する。しかし、所論生活

相談所の係りD巡査は、調停について強制力を有しないし、上告人において被上告

人が無条件に昭和二一年五月一日迄に明渡すことを希望したとしても、被上告人が

これに応じなければ調停は成立しないわけであり、判示の如く右期限迄に移転先の

家屋が見付かつたなら明渡すというのであれば、明渡促進の効果が全然無いわけで

はないから調停不調にするよりも右の如き条件で一応調停を成立せしめるというこ

とはあり得ないことではない。従つて原判決が、右生活相談所の調停内容は判示の

如き条件附きであると判断したとしても、実験則に反するところはない。なお、証

- 1 -

拠の収捨は原審の自由に決し得るところであるので、D巡査の証言を採用しないで、

被上告本人の供述並びに被上告人の妻の証言を採用したとしても、所論のような違

法はない。そして同一人の一審における供述と、二審における供述との間に著しい

差異のある場合は、二審の供述は虚偽であるという実験則は存在しないから、一審

における被上告人の供述と、二審における同人の供述との間に所論の如き差異があ

るとしても、二審における被上告人の供述は虚偽であるとはいい得ない。従つて原

判決は所論の如き違法はなく論旨は理由がない。

第 二 点

被上告人の口頭弁論における主張は、所論の如く一致しない点があり、且つ口頭

弁論期日における被告人本人の供述と、同人が提出した準備書面との間に所論の如

き不一致の点があるとしても、その為め被上告人本人の供述が、所論の如く全然証

拠価値が無に帰するとはいえない。又証人Eの証言が伝聞証言であるからとて、こ

れを証拠に採用することは少しもさしつかえがない。そして証拠の取捨判断は原審

の自由に決し得るところであるから、被上告人の妻Eの証言と被上告人本人の供述

とにより判示事実を認定したことは何等法則に反するものではない。従つて原判決

は所論の如き法則違反はなく、論旨は理由がない。

第 三 点

昭和二一年一月頃東調布警察署生活相談所D巡察の調停で、同年五月一日限り被

上告人は本件家屋を明渡す約束が成立したということは、上告人が主張するに止り

被上告人が無条件に右主張を認めたものでないことは記録上明らかである。原判決

においては、第一審証人F、同Gの証言並びに原審証人Hの証言により、所論明渡

問題につき同年五月一日迄の期間を定め、一応相談がまとまつた旨を判示している

ことは判文上明白であるが、然し原判決は被上告人本人の各供述と証人Eの証言に

より、右明渡期限を昭和二一年五月一日限りと定めたのも、他に家をさがして若し

- 2 -

移転先の家屋があつたら同日までに明渡す旨を承諾したに止り、移転先の家屋の有

無にかかわらず、本件賃貸借を解除し明渡しをなすべき旨の承諾を与えたことはな

いと説示していることもまた明らかであり、原判決の説示は理路整然として何等所

論の如き齟齬のあるものではない。従つて論旨は理由がない。

第 四 点

上告人は、原審において、東調布警察署生活相談所において成立した本件家屋明

渡調停は、被上告人が条件成就をさまたげた為め条件は成就したものと看做され、

その為め本件賃貸借契約は消滅した旨の主張をした形跡は記録上認められない。さ

れば、原審において、本件賃貸借は、所論条件成就により消滅した旨を判断しない

としても何等の違法はないばかりでなく、原判決理由において、被上告人はその後

極力移転先を探すも異常な住宅難の為め適当な移転先はなく今日に至れる事実を看

取するに十分であると判示し、所論移転先を探さないという上告人の主張を採用し

ないのである。従つて移転先を探さない為め所論条件は成就したと主張する論旨は、

原審の事実認定を非難することに当り採用するを得ない。

第 五 点

所論原判決の判示は、上告人がその居住家屋を強制疎開で取毀されることになつ

た為め、差当り移転先に窮した趣旨を認定したものと解せられるし、原判決挙示の

証拠によればこれを認めるに十分であり、且つ、上告人が本件口頭弁論に於て本件

家屋明渡しを求めるに至つた事情は、居住家屋が強制疎開により家族の居住に窮し

た為めであること述べていることは、本件記録上明らかであるから、この点につき

原判決が、上告人の主張しない事実を、証拠に基かないで認定した違法があるとは

いえない。従つて論旨は理由がない。

第 六 点

原審において、東調布警察署生活相談所において昭和二一年五月一日迄に移転先

- 3 -

の家屋が見付かれば被上告人は本件家屋を明渡すことに一応相談がまとまつたと認

定したとしても、其為め直ちに本件賃貸借の合意解約がなされた事実を認定したこ

とにはならないことは判文の文理解釈上極めて明白である。されば、原判決が所論

のように「合意解除を肯認せしむる事実はこれを認めることは出来ない」と判示し

たとしても、何等理由に齟齬あるものではない。論旨は結局原審と異る見解を立て

原審の事実認定を非難することに帰着し採用に値しない。

第 七 点

原判決は、被上告人は昭和二一年五月一日迄に移転先の家屋が見付かつたら同日

までに本件家屋を明渡すことを承諾したに止り、移転先の家屋の有無にかかわらず

本件家屋賃貸借契約を解除して明渡しをなすことを承諾したことは無いと認定し、

さらに進んで、その後極力移転先を探しても異常な住宅難の為め適当な移転先は無

く今日に至つたと説明して、今なお賃貸借契約は存績し、上告人の本件家屋明渡請

求は当を得ない旨を判示したもので、少しも所論のような曖昧摸糊な点はない。従

つて所論の如き理由不備はない。

第 八 点

原判決は、理路整然しかも極めて明白であつて、所論の如さ万物相関の原理、因

果の法則を無視したとか、信義の原則に反すると認むべき点は記録上認められない

ばかりでなく、採証法則に反すると認むべき点もない。論旨は原審と異る独自の見

解に基いて原判決を非難するにすぎない。従つて論旨は採用に値しない。

第 九 点

本件家屋階下四畳半一室についての所論原判決事実摘示記載の上告人の主張が、

所論の趣旨であるとするも、右主張は弁論の全趣旨より見て被上告人において、こ

れを争つているものと認むべきのみならず、本件記録に徴するに、上告人は原審に

おいて、昭和二〇年四月上旬成立した合意解除か、同二一年一月中成立した調停に

- 4 -

よる合意解除のみを主張すると述べていることが明らかであるから、原判決が所論

四畳半一室につき昭和二〇年三月中成立したとする所論合意解除の事実について判

断をしなかつたからといつて、原判決には判断遺脱の違法はない。

よつて民訴第四〇一条第八九条九五条により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見である。

最高裁判所第三小法廷

裁判長裁判官 長 谷 川 太 一 郎

裁判官 井 上 登

裁判官 島 保

裁判官 河 村 又 介

裁判官 穂 積 重 遠

- 5 -

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!