最高裁判所第三小法廷 昭和31(あ)2944 判決
主 文
原判決を破棄する。
本件を札幌高等裁判所に差し戻す。
理 由
被告人及び弁護人鈴木義広の各上告趣意は、末尾添付の書面記載のとおりである。
第一審判決は罪となるべき事実として、「被告人はA大学B学部を卒業後、a郡
b町c中学校に体育担当の助教諭として勤務し、肩書住居において妻と共に居住し
ていた者であるところ、昭和三二年一月六日午後二時頃より自宅外数ケ所で同僚な
どと相当量の飲酒を重ね酩酊の上、当日の当番にあたつていた同僚に替わり、学校
宿直の勤務につき、同日午後一一時三〇分頃、前記中学校に行つたが、たまたま当
夜同町字cd号c中学校教員住宅に住む同僚のCが不在であることを聞き知つてい
たところから、留守居中の同人の妻D(当二四年)を姦淫しようと考え、自己着用
のジヤンバーを同夜宿直室にあつた野球用ユニホーム上衣(昭和三二年領第三五号
の一)に着替え、又同じく同所にあつたタオル(前同号の二)を頭に巻き、更に同
校運動具保管器具庫より野球バツト一本を持ち出し、同月七日午前零時過頃前記C
方に赴き、施錠のない同家裏口から屋内に侵入し、長靴(前同号の三)履きのまま
同家奥六畳間に至り、折柄子供と共に就寝していた前記Dの布団の上に乗りかかり、
その気配に目を覚ました同女に対しいきなり所携の野球バツトで前頭部を一回殴打
する等の暴行を加え、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が直ちに起き上つて
大声で助けを求めたので、その反抗を抑圧するため、更に同バツトで同女の後頭部
を数回殴打し、ついで同女の左前頭部を一回強打した外、背中、腰部等を乱打する
などの暴行を加え、因つて同女に対し左顱頂部裂傷等全治まで約一ケ月を要する傷
害を与えたが、姦淫の目的を遂げず逃走したものである。なお、被告人は右犯行当
時飲酒酩酊のため心神耗弱の状態にあつたものである。」との住居侵入、強姦致傷
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の事実を認定し、その証拠として多数の証拠の標目を挙示している。そして第二審
判決もまた、原判決(第一審判決)挙示の証拠を綜合すると、被告人に強姦の犯意
のあつたことを優に認定することができるとして第一審判決を支持したのである。
しかし、第一審判決挙示の証拠を仔細に検討してみても挙示の証拠によつて認め
られる被告人の当夜の行動、即ち認定のような服装で被害者D方に侵入し長靴履き
のまま奥六畳間に就寝中の同女の布団の上に乗りかかり目を覚ました同女をいきな
り所携の野球のバツトで殴打しその後も数回同女を乱打して傷害を与えた所為が、
強姦の犯意に基づくものであるとの事実を認めるべき証拠は遂にこれを発見するこ
とができないのである。そして、本件において被告人と被害者の夫Cとは職場の同
僚で、Cが旅行不在中であることを被告人が知つていたこと、被告人と被害者とも
平素から怨恨、痴情等の関係はなく、また物盗りの業とも考えられないということ
等から、直ちに強姦の犯意を推認することはでき難い。そうとすれば、その認定事
実と証拠との間に理由不備の違法ある第一審判決を支持した原判決は法令の解釈適
用を誤つた違法あるに帰し、右違法は判決に影響を及ぼすものというべく、これを
破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
よつて論旨に対して判断するまでもなく、刑訴四一一条一号、四一三条に従い、
裁判官垂水克己の後記補足意見あるほか全員一致の意見で主文のとり判決する。
裁判官垂水克己の補足意見は次のとおりである。
原審が支持した第一審判決挙示の証拠だけで被告人に判示強姦の犯意があつた事
実を認めることは無理であつて経験則に違反する、従つて右犯意があつたとする認
定事実については証拠を欠く理由不備があるというほかないと考える。被告人が判
示日時知合の同僚の妻D方に赴いて侵入し同女の布団の上に乗りかかつたのはどう
いう気持からであつたか、殊に姦淫の意思からであつたかの点は、当時被告人が心
神喪失の酩酊状態にあつたためか否かの点をしばらく別としても、挙示の証拠では
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明確でない。判示状況の下で、野球服、長靴のいでたちのまま布団の上に乗りかか
り同女が眼を覚ますや(もし強姦の意思があつたなら被告人は同女が眼を覚ますこ
とを当然予期した筈である)いきなり野球バツトで同女の頭部を殴り続いて判示の
ように乱打し傷害を与えるという所為は特別の事情が示されない限り経験則上強姦
の犯意に副わず、その犯意の遂行として受け取れないように思われる。
本件公判には検察官吉河光貞が出席した。
昭和三三年六月二四日
最高裁判所第三小法廷
裁判長裁判官 島 保
裁判官 河 村 又 介
裁判官 垂 水 克 己
裁判官 高 橋 潔
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