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最高裁判所第二小法廷 平成元年(オ)1209号 判決 1991年3月22日

上告人

新井成俊

株式会社新井総業

右代表者代表取締役

宮岡教行

右両名訴訟代理人弁護士

阿部幸孝

被上告人

株式会社和光ホーム

右代表者代表取締役

青井勇二

右訴訟代理人弁護士

金子利夫

吉野庄三

主文

一  原判決中上告人株式会社新井総業に対する建物明渡請求に関する部分を破棄し、右部分につき第一審判決を取り消す。

右請求中被上告人の黒田喜久榮に代位する明渡請求及び抵当権に基づく明渡請求をいずれも棄却する。

上告人株式会社新井総業のその余の上告を却下する。

二  上告人新井成俊の本件上告を却下する。

三  上告人株式会社新井総業と被上告人との間では、訴訟の総費用は、これを二分し、その一を同上告人の、その余を被上告人の負担とし、上告人新井成俊と被上告人との間では、上告費用は同上告人の負担とする。

理由

上告代理人阿部幸孝の上告理由について

一原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  黒田喜久榮(以下「黒田」という。)は、昭和五九年七月二九日株式会社エスコリース(以下「エスコリース」という。)から二五七〇万円を借り受け、同年八月一〇日右借受金の支払を担保するため、自己の所有する第一審判決添付物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)、同目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)に抵当権を設定し、同日右抵当権設定登記が経由された(以下「本件抵当権」という。)。

2  黒田は、昭和六〇年四月二二日ころ利川彰(以下「利川」という。)に対し、本件土地、建物を期間三年の約定で賃貸し、同年一〇月一四日第一審判決添付登記目録(一)、(七)記載の賃借権設定仮登記が経由され、また、同年八月二七日ころ徳山博昭(以下「徳山」という。)に対し、同じく本件土地、建物を期間三年の約定で賃貸し、同年一〇月一四日同目録(二)、(八)記載の賃借権設定仮登記が経由された(以下「本件各短期賃貸借」という。)。

3  利川及び徳山は、同年一二月五日ころ各自の賃借した本件土地、建物を上告人新井成俊(以下「上告人新井」という。)に対し、いずれも期間三年の約定で転貸し、同月一一日利川から上告人新井に対する前記登記目録(三)、(九)記載の仮登記賃借権移転の付記登記及び徳山から上告人新井に対する同目録(四)、(一〇)記載の仮登記賃借権移転の付記登記が経由された。

4  上告人新井は、昭和六一年三月二〇日ころその転借した本件土地、建物を上告人株式会社新井総業(以下「上告人新井総業」という。)に対し、期間三年の約定で転貸し、同月二七日上告人新井から上告人新井総業に対する前記登記目録(五)、(六)、(一一)、(一二)記載の仮登記賃借権移転の付記登記が経由され、本件建物は現在上告人新井総業が占有している。

5  被上告人は、昭和六〇年一一月一五日黒田の連帯保証人として、エスコリースに対し、黒田の前記借受金の残元金二五三〇万四五四三円及びこれに対する利息、損害金を支払い、本件抵当権移転の付記登記が経由された。

6  本件抵当権の実行に係る大阪地方裁判所昭和六一年(ケ)第一三五七号不動産競売事件における本件土地、建物の鑑定評価額は一〇二七万円であるが、本件各短期賃貸借が付着することを前提にすると八二〇万円であって、本件各短期賃貸借の存在は抵当権者である被上告人に損害を及ぼすことになる。

二被上告人は、第一審において、黒田と利川及び徳山とを共同被告として、民法三九五条ただし書に基づき、本件各短期賃貸借の解除を求めると共に、その解除を命ずる判決の確定を条件に、本件抵当権に基づく妨害排除請求として、上告人らに対して前記仮登記賃借権移転の付記登記の抹消登記手続及び上告人新井総業に対して本件建物の明渡しを求め、第一審は、本件各短期賃貸借の解除を命じた上、被上告人の上告人らに対する右請求を認容したところ、上告人らが第一審判決に対して控訴を申し立て、被上告人は、原審において、本件建物の明渡請求につき、第一審における本件抵当権に基づく妨害排除請求として明渡しを求める訴え(以下「物上請求」という。)と選択的に、本件抵当権の被担保債権を保全するため、債務者である黒田の上告人新井総業に対する本件建物の所有権に基づく返還請求権を代位行使して明渡しを求める訴え(以下「代位請求」という。)を追加し、原審は、被上告人の上告人らに対する抹消登記手続及び上告人新井総業に対する代位請求を認容すべきものと判断して、右抹消登記請求及び物上請求を認容した第一審判決に対する上告人らの控訴を棄却している。

三しかしながら、本件建物の明渡請求に関する原審の判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

1  抵当権は、設定者が占有を移さないで債権の担保に供した不動産につき、他の債権者に優先して自己の債権の弁済を受ける担保権であって、抵当不動産を占有する権原を包含するものではなく、抵当不動産の占有はその所有者にゆだねられているのである。そして、その所有者が自ら占有し又は第三者に賃貸するなどして抵当不動産を占有している場合のみならず、第三者が何ら権原なくして抵当不動産を占有している場合においても、抵当権者は、抵当不動産の占有関係について干渉し得る余地はないのであって、第三者が抵当不動産を権原により占有し又は不法に占有しているというだけでは、抵当権が侵害されるわけではない。

2 いわゆる短期賃貸借が抵当権者に損害を及ぼすものとして民法三九五ただし書の規定により解除された場合も、右と同様に解すべきものであって、抵当権者は、短期賃貸借ないしこれを基礎とする転貸借に基づき抵当不動産を占有する賃借人ないし転借人(以下「賃借人等」という。)に対し、当該不動産の明渡しを求め得るものではないと解するのが相当である。けだし、民法三九五条ただし書による短期賃貸借の解除は、その短期賃貸借の内容(賃料の額又は前払の有無、敷金又は保証金の有無、その額等)により、これを抵当権者に対抗し得るものとすれば、抵当権者に損害を及ぼすこととなる場合に認められるのであって、短期賃貸借に基づく抵当不動産の占有それ自体が抵当不動産の担保価値を減少させ、抵当権者に損害を及ぼすものとして認められているものではなく(もし、そうだとすれば、そもそも短期賃貸借すべてが解除し得るものとなり、短期賃貸借の制度そのものを否定することとなる。)、短期賃貸借の解除の効力は、解除判決によって、以後、賃借人等の抵当不動産の占有権原を抵当権者に対する関係のみならず、設定者に対する関係においても消滅させるものであるが、同条ただし書の趣旨は、右にとどまり、更に進んで、抵当不動産の占有関係について干渉する権原を有しない抵当権者に対し、賃借人等の占有を排除し得る権原を付与するものではないからである。そのことは、抵当権者に対抗し得ない、民法六〇二条に定められた期間を超える賃貸借(抵当権者の解除権が認められなくても、当然抵当権者に対抗し得ず、抵当権の実行により消滅する賃借権)に基づき抵当不動産を占有する賃借人等又は不法占有者に対し、抵当権者にその占有を排除し得る権原が付与されなくても、その抵当権の実行の場合の抵当不動産の買受人が、民事執行法八三条(一八八条により準用される場合を含む。)による引渡命令又は訴えによる判決に基づき、その占有を排除することができることによって、結局抵当不動産の担保価値の保存、したがって抵当権者の保護が図られているものと観念されていることと対比しても、見やすいところである。以上、要するに、民法三九五条ただし書の規定は、本来抵当権者に対抗し得る短期賃貸借で抵当権者に損害を及ぼすものを解除することによって抵当権者に対抗し得ない賃貸借ないしは不法占有と同様の占有権原のないものとすることに尽きるのであって、それ以上に、抵当権者に賃借人等の占有を排除する権原を付与するものではなく(もし、抵当権者に短期賃貸借の解除により占有排除の権原が認められるのであれば、均衡上抵当権者に本来対抗し得ない賃貸借又は不法占有の場合にも同様の権原が認められても然るべきであるが、その認め得ないことはいうまでもない。)、前記の引渡命令又は訴えによる判決に基づく占有の排除を可能ならしめるためのものにとどまるのである。

3 したがって、抵当権者は、短期賃貸借が解除された後、賃借人等が抵当不動産の占有を継続していても、抵当権に基づく妨害排除請求として、その占有の排除を求め得るものでないことはもちろん、賃借人等の占有それ自体が抵当不動産の担保価値を減少させるものでない以上、抵当権者が、これによって担保価値が減少するものとしてその被担保債権を保全するため、債務者たる所有者の所有権に基づく返還請求権を代位行使して、その明渡しを求めることも、その前提を欠くのであって、これを是認することができない。

4  これを本件についてみるに、上告人新井総業は、利川及び徳山の本件各短期賃貸借を基礎として本件土地、建物を転借した上告人新井との間の前記転貸借契約に基づき本件建物を占有しているところ、民法三九五条ただし書に基づく本件各短期賃貸借の解除により上告人新井総業の本件建物の占有権原は消滅するに至るが、被上告人が、物上請求として、又は代位請求として、上告人新井総業に対し、本件建物の明渡しを求め得るものではないというほかない。

5  以上と異なり、被上告人の代位請求を認容すべきものとした上、被上告人の物上請求を認容した第一審判決に対する上告人新井総業の控訴を棄却した原審の判断は、抵当権の効力ないし民法三九五条ただし書の解釈を誤った違法があり、右違法は、原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、本件建物の明渡請求に関する部分については、原判決は破棄を免れず、第一審判決は取り消されるべきである。そして、以上説示したところによれば、被上告人の上告人新井総業に対する代位請求及び物上請求はいずれも棄却すべきものである。

6  なお、上告人らは、原判決中抹消登記手続請求に係る部分について、上告理由を記載した書面を提出しない。

よって、民訴法四〇八条一号、三九九条ノ三、三九六条、三八六条、九六条、九五条、八九条、九二条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官香川保一 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平)

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