大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成10年(あ)100号 1998年3月27日

本籍

三重県桑名市南魚町一〇二八番地

住居

同 三重郡菰野町大字菰野八四八〇-七

無職

古村豊治

昭和七年五月二六日生

右の者に対する法人税法違反、所得税法違反被告事件について、平成一〇年一月八日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人三浦和人の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博)

上告趣意書

被告人 古村豊治

右の者に対する平成一〇年(あ)第一〇〇号所得税法違反等被告事件について、上告の趣意は左記のとおりである。

平成一〇年三月六日

右弁護人 三浦和人

最高裁判所第二小法廷 御中

第一、控訴審判決は左記のとおり憲法に違反している。

一、憲法第三〇条に違反している。

憲法第三〇条には国民の納税の義務を定めてあり、納税の義務は所得税法、法人税法等の税に関する諸法によって定められている。

納税義務がどの所得や資産に対し、どのように発生し課税されるかその程度内容については立法政策上の問題であり、かつ部分的には行政上の問題であることは当然である。

しかしながら、憲法は実質的な所得や財産が現実に発生し存在していることを前提にしており、収入や資産の存在を前提に義務を課しているものである。

従って下位法規の所得税法も法人税法も、当然のことであるが実質的に所得や資産の存在を前提に課税している。

右憲法の定め、及び所得税法、法人税法の定めにより、形式上の諸手続によって形式上は課税されない行為であっても、実質的な所得が存在すれば租税を回避する行為があったと判断され課税される場合が少なくない。

かかる実質課税の原則は憲法第三〇条の定めから導き出される結論である。

従って逆に形式的には納税義務が発生しているような場合でも、実質的な所得が発生していないような場合では、逆に納税義務は発生しないと解するのが憲法第三〇条の正しい解釈であり、かつ所得税法、法人税法の正しい適用である。

二、本件の場合一、二審判決は上告人が長期所有土地の譲渡所得一億一一六九万三九八〇円であったにもかかわらず、金五一六九万三九八〇円である旨の虚偽の申告をしていた旨認定している

しかしながら本件では次のような事情がある。

1、昭和五一年頃郵便局跡地を行政指導で、公的駐車場にするため新設立の桑寿商業開発が一億六〇〇〇万円で買収した。

2、昭和五三年頃桑寿と殆ど同一メンバーで寿町商店街振興組合設立し、県、国より年利息の建設資金約四億円借入し、立体化した(大成建設)。

3、平成に入り行政指導で再開発の為、桑寿の株主を一本にまとめる必要が生じ、左記のように各人から桑名商業開発株式会社が買い取った。資金約四億円は桑名信用金庫から桑寿所有の駐車場底地を担保として借り入れた。

〔桑寿商業開発株式会社名簿〕

<省略>

4、右株式の譲渡については、各株主とも譲渡所得税を支払っている。(株価を時価相当の倍額で計算譲渡したため。)

この段階で不動産の値上がり分は株価に反映され、値上がり分の利益を既に株主の譲渡益として税を支払っていることになる。

5、土地売却に至る行政指導

被告人経営会社の公的融資について平成元年頃国の会計検査院の検査を受けているが、平成三年、四年と国、県への公的資金の返済が二~三年滞った為、「売却してでも返済するように」と県の中小企業開発指導課係長より再三にわたり強い指導を受け、最終的には平成五年中に、という厳令で、当時社長であった被告人も東奔西走したが、買い受け相手がなく、遂に隣の中部電力に売ることになり、株式全部の売却で譲渡益なくして売却する予定が、その点での中部電力の協力がなく又国、県の再三再四の督促のため時間的余裕もなく、土地のみの売却となった。

三、株式の譲渡で、本件土地を売却しておれば所得はなく課税されることはなかった。又株式の譲渡でなく土地のみの譲渡としても、会社の資産は零となり、株式の価格も零となり、株主である上告人は所得も残らないのである。

右次第で、上告人には何ら実質的利益、実質的な所得の発生がないにもかかわらず、株式の譲渡はなく、土地そのものの譲渡となってしまったため、形式上の納税義務が発生したことになったのである。

既に一、二審で審理されて明白となっているように上告人には何らの実質的な所得が直接、間接にも発生していない。

所得が発生していない以上、納税の実質的義務は発生せず、かつ刑法上の責任を負う実質的な理由は存在しない。

従って、本件につき所得税法、法人税法違反の責任を上告人に問うことそれ自体が間違いである。

第二、憲法第一四条及び同第二五条に違反している。

上告人は高額の負債をかかえ現在破産手続中である(一、二審判決時も同様の状態であった。)。

一、二審での各証拠も上告人が破産の状態にあり、かつ上告人が所得を現金なり有価証券で隠し持っているような状態になく、又所得を浪費したような事実もないことを明らかにしている。

本来罰金等財産刑は犯人に実質的な所得を残さないとの経済的な面での戒めを課すためであり、犯罪者の身体の拘束を目的とした懲役なり禁固刑といった身体刑とは目的や性格を異にしている刑である。

上告人にとって、何らの実質上の利益の発生しない前述行為に対し、実質的な金員の強制徴収は憲法第一四条及び第二五条の基本権の侵害である。

しかも上告人の場合、土地の売却に代えて、株式全部の譲渡であれば譲受金額での売却であるため何らの課税はされず、かつ何らの実質的な租税回避行為ともならなかったものであって、実質的な所得の有無については裁判上異議なく存在しなかったことについて争いはない。

かかる実質的な利益、実質的な所得がなく、かつ上告人が破産状態で生活にも事欠く状態であるにもかかわらず金二五〇〇万円もの高額の罰金は憲法第二五条の生存権的基本権の侵害である。

第四、結論

以上の次第で上告人に金二五〇〇万円もの罰金刑を課するとする原審判決は憲法の解釈を誤り、税法の解釈適用を誤っており、取消を免れないものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例