最高裁判所第二小法廷 平成10年(オ)2190号 判決 2002年11月22日
上告人
A
同法定代理人親権者
B
同訴訟代理人弁護士
雪田樹理
同
越尾邦仁
同
真継寛子
同
寺沢勝子
同
島尾恵理
同
小山操子
被上告人
国
同代表者法務大臣
森山眞弓
同指定代理人
近藤健一
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
第1 上告代理人雪田樹理、同越尾邦仁、同真継寛子、同寺沢勝子、同島尾恵理、同小山操子の上告理由のうち、国籍法(以下「法」という。)二条一号の憲法一四条違反をいう部分について
1 本件は、法律上の婚姻関係のない日本国民である父とフィリピン国籍を有する母との間に出生した上告人が、出生の約二年九箇月余り後に父から認知されたことにより、出生の時にさかのぼって日本国籍を取得したと主張して、被上告人に対し、日本国籍を有することの確認及び日本国籍を有する者として扱われなかったことによる慰謝料の支払を求める事案である。
論旨は、原判決が法二条一号の適用において認知のそ及効を否定したのは、嫡出子と非嫡出子との間で、また、胎児認知された非嫡出子と出生後に認知された非嫡出子との間で、日本国籍の取得について不当な差別をするものであり、憲法一四条に違反するというものである。
2 憲法一〇条は、「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」と規定している。これは、国籍は国家の構成員の資格であり、元来、何人が自国の国籍を有する国民であるかを決定することは、国家の固有の権限に属するものであり、国籍の得喪に関する要件をどのように定めるかは、それぞれの国の歴史的事情、伝統、環境等の要因によって左右されるところが大きいところから、日本国籍の得喪に関する要件をどのように定めるかを法律にゆだねる趣旨であると解される。このようにして定められた国籍の得喪に関する法律要件における区別が、憲法一四条一項に違反するかどうかは、その区別が合理的な根拠に基づくものということができるかどうかによって判断すべきである。なぜなら、この規定は、法の下の平等を定めているが、絶対的平等を保障したものではなく、合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって、法的取扱いにおける区別が合理的な根拠に基づくものである限り、何らこの規定に違反するものではないからである(最高裁昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁、最高裁平成三年(ク)第一四三号同七年七月五日大法廷決定・民集四九巻七号一七八九頁)。
3 法二条一号は、日本国籍の生来的な取得についていわゆる父母両系血統主義を採用したものであるが、単なる人間の生物学的出自を示す血統を絶対視するものではなく、子の出生時に日本人の父又は母と法律上の親子関係があることをもって我が国と密接な関係があるとして国籍を付与しようとするものである。そして、生来的な国籍の取得はできる限り子の出生時に確定的に決定されることが望ましいところ、出生後に認知されるか否かは出生の時点では未確定であるから、法二条一号が、子が日本人の父から出生後に認知されたことにより出生時にさかのぼって法律上の父子関係が存在するものとは認めず、出生後の認知だけでは日本国籍の生来的な取得を認めないものとしていることには、合理的根拠があるというべきである。
以上によれば、法二条一号は憲法一四条一項に違反するものではない。このように解すべきことは、前記大法廷の判例の趣旨に徴して明らかである。論旨は採用することができない。
第2 同上告理由のうち法三条の憲法一四条違反をいう部分について
論旨は、嫡出子と非嫡出子との間で国籍の伝来的な取得の取扱いに差異を設ける法三条は憲法一四条に違反するというものである。しかし、仮に法三条の規定の全部又は一部が違憲無効であるとしても、日本国籍の生来的な取得を主張する上告人の請求が基礎づけられるものではないから、論旨は、原判決の結論に影響しない事項についての違憲を主張するものにすぎず、採用することができない。
第3 その余の上告理由について
その余の上告理由は、違憲をいうが、その実質は単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって、民訴法三一二条一項及び二項に規定する事由のいずれにも該当しない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官亀山継夫の補足意見、裁判官梶谷玄、同滝井繁男の補足意見がある。
裁判官亀山継夫の補足意見は、次のとおりである。
法三条の合憲法は原判決の結論に影響しないので、詳論は差し控えるが、私は、法二条一号が日本人の父から胎児認知された非嫡出子に国籍の生来的取得を認めていることとの対比において、法三条が認知に加えて「父母の婚姻」を国籍の伝来的取得の要件としたことの合理性には疑問を持っており、その点が結論に影響する事件においては、これを問題とせざるを得ないと考えるものである。
裁判官梶谷玄、同滝井繁男の補足意見は、次のとおりである。
法廷意見は、法三条が憲法一四条に違反するという上告理由について、結論に影響しないものとして、憲法判断を示さなかったが、事柄の重要性にかんがみ、この点についての私たちの考えを明らかにしておきたい。
日本人を母とする非嫡出子は、法律上の母子関係が出生によって当然生ずるとされている結果、法二条一号によって当然日本国籍を取得するのに対し、同じ日本人を親としながら、日本人を父とする非嫡出子は、その父から胎児認知を受けた場合は別として、出生後認知を受けたというだけでは、法二条一号の要件はもとより、法三条の要件も満たさないので、日本国籍を取得することができないのである。
この点に関し、原判決は、法は、親子関係を通じて我が国と密接な結合関係が生ずる場合に国籍を付与するという基本的立場に立っているとした上、親子関係を通じて我が国と密接な結合関係が生ずるのは、子が日本国民の家族に包含されることによって日本社会の構成員になることによるものであるから、日本国民の嫡出子については、当該日本国民が父であるか母であるかを問わず、日本国籍を付与するのが適当であるが、非嫡出子の場合は、婚姻家族に属していない子であり、あらゆる場合に嫡出子と同様の実質的結合関係が生ずるとはいい難いという。そして、婚外の父子関係は、通常母子関係に比較して実質的な結合関係が希薄であり、また、父が胎児認知する場合と生後認知する場合とでは、一般的に実質的な父子関係の結合の度合いが異なるところ、法は、親子関係の差異に着目し、親子関係が希薄な場合の国籍取得について、段階的に一定の制約を設けたものと解することができ、このような法の基本的立場は、立法政策上合理性を欠くとはいえず、簡易帰化等の補完的な制度をも考慮すると、法が一部の非嫡出子について取扱いに区別を設けたことに合理的な根拠があるというのである。
しかしながら、私たちは、以上の立論に、法三条が父母の婚姻をも国籍取得の要件としたことの合理性を見いだすことは困難であると考える。
親子関係を通じて我が国と密接な関係を生ずるという場合に国籍を付与するという基本的立場を採るならば、そのことは合理性を持っていると考える。しかしながら、法は、そのような立場を国籍取得の要件を定める上で必ずしも貫徹していない。
確かに、子が婚姻家族に属しているということは、その親子関係を通じて我が国との密接な関係の存在をうかがわせる大きな要素とはいえる。しかしながら、今日、国際化が進み、価値観が多様化して家族の生活の態様も一様ではなく、それに応じて子供との関係も様々な変容を受けており、婚姻という外形を採ったかどうかということによってその緊密さを判断することは必ずしも現実には符合せず、親が婚姻しているかどうかによってその子が国籍を取得することができるかどうかに差異を設けることに格別の合理性を見いだすことは困難である。
しかも、その父母が婚姻関係にない場合でも、母が日本人であれば、その子は常に日本国籍を取得することを容認しているのであるから、法自身、婚姻という外形を、国籍取得の要件を考える上で必ずしも重要な意味を持つものではない、という立場を採っていると解される。そして、法二条一号によれば、日本人を父とする非嫡出子であっても、父から胎児認知を受ければ、一律に日本国籍を取得するのであって、そこでは親子の実質的結合関係は全く問題にされてはいない。さらに、父子関係と母子関係の実質に一般的に差異があるとしても、それは多分に従来の家庭において父親と母親の果たしてきた役割によることが多いのであって、本来的なものとみ得るかどうかは疑問であり、むしろ、今日、家庭における父親と母親の役割も変わりつつある中で、そのことは国籍取得の要件に差異を設ける合理的な根拠とはならないと考える。
他方、国籍の取得は、基本的人権の保障を受ける上で重大な意味を持つものであって、本来、日本人を親として生まれてきた子供は、等しく日本国籍を持つことを期待しているものというべきであり、その期待はできる限り満たされるべきである。特に、嫡出子と非嫡出子とで異なる扱いをすることの合理性に対する疑問が様々な形で高まっているのであって、両親がその後婚姻したかどうかといった自らの力によって決することのできないことによって差を設けるべきではない。既に、我が国が昭和五四年に批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約二四条や、平成六年に批准した児童の権利に関する条約二条にも、児童が出生によっていかなる差別も受けない、との趣旨の規定があることも看過してはならない。
また、我が国のように国籍の取得において血統主義を採る場合、一定の年齢に達するまでは、所定の手続の下に認知による伝来的な国籍取得を認めることによる実際上の不都合が大きいとは考えられず、これを認める立法例も少なくないのである。そして、国籍取得はできる限り確定的に決定されることが望ましいという浮動性防止の要請は、国籍取得の効果を過去にさかのぼらせない法三条においては、問題とならない。
これらのことを考え合わせれば、国籍は国家の構成員の資格を定めるものであり、国籍を取得させるかどうかについての要件を定めることは国家の固有の権限に属し、立法の広い裁量があることを肯定しても、法三条が準正を非嫡出子の国籍取得の要件とした部分は、日本人を父とする非嫡出子に限って、その両親が出生後婚姻をしない限り、帰化手続によらなければ日本国籍を取得することができないという非嫡出子の一部に対する差別をもたらすこととなるが、このような差別はその立法目的に照らし、十分な合理性を持つものというのは困難であり、憲法一四条一項に反する疑いが極めて濃いと考える。
(裁判長裁判官・北川弘治、裁判官・福田博、裁判官・亀山継夫、裁判官・梶谷玄、裁判官・滝井繁男)