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最高裁判所第二小法廷 平成10年(受)153号 判決 1999年4月16日

上告人

小野薬品工業株式会社

右代表者代表取締役

上野利雄

右訴訟代理人弁護士

高坂敬三

夏住要一郎

鳥山半六

岩本安昭

阿多博文

田辺陽一

被上告人

京都薬品工業株式会社

右代表者代表取締役

北尾和彦

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高坂敬三、同夏住要一郎、同鳥山半六、同岩本安昭、同阿多博文、同田辺陽一の上告受理申立て理由について

一  本件訴訟は、化学物質及びそれを有効成分とする医薬品についての特許権を有していた上告人が、被上告人において、右特許発明に係る医薬品と有効成分、分量、用法、用量、効能、効果等が同一の医薬品(以下「被告製剤」という。)につき薬事法一四条所定の製造承認申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うため、右特許権の存続期間中に被告製剤を生産し、使用した行為が右特許権の侵害に当たるとして、被告製剤の販売の差止め及び損害賠償を請求するものである。これに対し、被上告人は、右行為が特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たること等を理由に、上告人の特許権を侵害したものではないと主張している。

二 ある者が化学物質又はそれを有効成分とする医薬品についての特許権を有する場合において、第三者が、特許権の存続期間終了後に特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じくする医薬品(以下「後発医薬品」という。)を製造して販売することを目的として、その製造につき薬事法一四条所定の承認申請をするため、特許権の存続期間中に、特許発明の技術的範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し、これを使用して右申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことは、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり、特許権の侵害とはならないものと解するのが相当である。

その理由は次のとおりである。

1  特許制度は、発明を公開した者に対し、一定の期間その利用についての独占的な権利を付与することによって発明を奨励するとともに、第三者に対しても、この公開された発明を利用する機会を与え、もって産業の発達に寄与しようとするものである。このことからすれば、特許権の存続期間が終了した後は、何人でも自由にその発明を利用することができ、それによって社会一般が広く益されるようにすることが、特許制度の根幹の一つであるということができる。

2  薬事法は、医薬品の製造について、その安全性等を確保するため、あらかじめ厚生大臣の承認を得るべきものとしているが、その承認を申請するには、各種の試験を行った上、試験成績に関する資料等を申請書に添付しなければならないとされている。後発医薬品についても、その製造の承認を申請するためには、あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要する点では同様であって、その試験のためには、特許権者の特許発明の技術的範囲に属する化学物質ないし医薬品を生産し、使用する必要がある。もし特許法上、右試験が特許法六九条一項にいう「試験」に当たらないと解し、特許権存続期間中は右生産等を行えないものとすると、特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となる。この結果は、前示特許制度の根幹に反するものというべきである。

3  他方、第三者が、特許権存続期間中に、薬事法に基づく製造承認申請のための試験に必要な範囲を超えて、同期間終了後に譲渡する後発医薬品を生産し、又はその成分とするため特許発明に係る化学物質を生産・使用することは、特許権を侵害するものとして許されないと解すべきである。そして、そう解する限り、特許権者にとっては、特許権存続期間中の特許発明の独占的実施による利益は確保されるのであって、もしこれを、同期間中は後発医薬品の製造承認申請に必要な試験のための右生産等をも排除し得るものと解すると、特許権の存続期間を相当期間延長するのと同様の結果となるが、これは特許権者に付与すべき利益として特許法が想定するところを超えるものといわなければならない。

三  以上のとおりであるから、原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の被上告人の行為は特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たると解すべきであって、上告人の特許権を侵害したものということはできない。原審の判断は、結論において正当である。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであり、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河合伸一 裁判官福田博 裁判官北川弘治 裁判官亀山継夫)

上告代理人高坂敬三、同夏住要一郎、同鳥山半六、同岩本安昭、同阿多博文、同田辺陽一の上告受理申立て理由

原判決は法令(特許法第六九条一項)の解釈に関する重要な事項を含むものであり、原判決の解釈は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるから破棄されるべきである。

第一 法令の解釈に関する重要な事項を含むことについて

一 民事訴訟法第三一八条一項は、上告受理要件として「当該事件が法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる」ことを挙げているが、「法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる」場合とは、同項が「原判決に最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある」ことを例として挙げていることからも明らかなように、最高裁判所が法の解釈・適用の統一という観点から、法令解釈について実質的な判断を提示する必要がある事項をいい、具体的には右のような判例違反のケースの他、従来まで最高裁判所の判例がない法律解釈問題につき最高裁判所の判断を提示する必要のあるケースも含まれると考えられ、本件は正にこのケースにあたるものである。

二 本件の事案の概要は以下のとおりである。すなわち、上告人兼上告受理申立人(以下、上告人という)は医薬品に関する物質発明及び用途発明(以下、本件特許発明という)に関して特許権(以下、本件特許権という)を有していたところ、被上告人兼相手方(以下、被上告人という)は本件特許発明の技術的範囲に属する製剤(以下、被上告人製剤という)を、本件特許権の存続期間満了後に販売することを目的として、被上告人製剤の製造承認申請のために本件特許権の存続期間中に各種実験を行うなどして本件特許発明を実施したため(以下、本件実施行為という)、上告人は特許権侵害を理由に損害賠償を請求しているものである。

これに対し、原判決は、特許法第六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」とは、「あくまで広く科学技術の進展に資するもの、あるいはそれを目的とするものでなければならないというべき」であり、「薬剤の規格や製剤化技術等製薬に関する幅広い技術的・基礎的検討を経て、それが蓄積されることにより、将来にわたる製薬技術進歩の基礎となりうる各種知見や情報が得られるのであり、その点において、広く科学技術の進展に寄与しているものというべきである」として、本件実施行為は同項の「試験又は研究」に該当し、特許侵害にはならないと判示している。

しかしながら、同項の「試験又は研究」の範囲については、後述の第二、三、記載のとおり、技術の進歩を目的とし、しかもその技術の進歩も当該特許発明自体に関するものに限られると解釈されるべきであるところ、現在、全国各地で争われている同種事件において、後発医薬品の製造承認申請のための各種実験行為は、右解釈に沿って「試験又は研究」にあたらないとする裁判例も多く存在する一方で、原判決のように「試験又は研究」の範囲を広く解し、特許権侵害にあたらないとする裁判例も散見され、議論が錯綜しているところである。しかしながら、この特許法第六九条一項にいう「試験又は研究」の範囲については未だ最高裁判所の判断がなされておらず、法解釈の統一を図るために最高裁判所が判断を示すべき事項であり、上告受理要件が存在することは明らかである。

第二 特許法第六九条一項の「試験又は研究」について

一 特許法第六九条一項の沿革

特許法第六九条一項は、その前身は、大正一〇年の改正により設けられた旧第三六条にあり、したがってその趣旨を理解するには、大正一〇年改正において同条が設置された経緯に遡って考察することを要する。

旧第三六条は、大正一〇年二月二三日に、第四四回帝国議会衆議院第一読会に、「特許法改正法律案(政府提出)」として提出された次の案に原案(原文はカタカナ)がある。

「第三六条 特許権の効力は左の各号の一に該当するものに及はす

一 研究又は試験の為にする特許発明の実施

二 単に帝国内を通過するに過きさる運輸具又は其の装置

三 特許出願の際より帝国内に在る物又は第一号の実施に依り製作したる物」

その後、衆議院の委員会質疑における本条をめぐる質疑において、清瀬一郎委員が、第三号の「第一号の実施に依り製作したる物」の箇所に関して、強い異論を提起し、研究又は試験のための実施が完了したならば、研究又は試験として完結すべきであり、実施により生産した物を売却したり引き続いて使用することまで認めることは、弊害を生じるとして削除すべきである旨を主張したところ、その後、小委員会において、この部分を削除することとし、その結果、削除された修正案を衆議院が可決し、さらに貴族院においても可決し成立したものである。右の清瀬一郎委員の批判に対する馬場政府委員の「第一号の実施に依り製作したる物」を売却又は使用できないとすれば、せっかく研究又は試験をしても非常な損害を生じることになり、実質的に研究又は試験を認めないことになってしまうとの反論は正面から否定されたのである。

このように大正一〇年の改正法案についての審議の状況に照らすと、特許権の効力は、「研究又は試験の為にする特許発明の実施」には及ばないが、それは「研究又は試験の為にする特許発明の実施」の範囲を超えてはならず、とりわけ政府提出の原案に関する馬場政府委員の答弁においても、「一つの発明を研究に名を藉りて長くのべつに使っていることは研究の範囲を超越して居るもので、三六条第一項の適用を受けないと思ひます」と明言している。さらに、研究又は試験の実施により生産した物を販売等により使用することまで許容するものではなく、したがって、これらに対しては特許権の効力が及ぶことが明らかにされたものと解するのが相当である。

二 特許法第六九条一項の趣旨

特許法第六八条は、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」と定め、特許権に排他的かつ独占的な支配権を与えているが、特許権についても種々の事情から制限を設ける必要がある場合がある。これは同じく絶対的な支配権である所有権について制限が設けられる理由と類似している(民法第二編第三章第一節)。

特許法第六九条一項は、右の制限を定める条文の一つであるが、制限が必要とされる趣旨は同法の目的から考えられるべき事は当然である。すなわち、同法第一条は特許法の目的を定めているが、同法の他の条文は全てこの目的に帰一するものであり、同法第六九条一項の解釈にあたっても同法第一条の目的に照らして判断されるべきなのである。

同法第一条は「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定し、新しい技術を公開した者に対して、その代償として一定の期間、一定の条件の下に特許権という独占的な権利を付与し、他方、第三者に対してはこの公開された発明を利用する機会を与えることにより、技術の進歩ひいては産業の発達を図ろうとするものである。

ところで同法第六九条一項は、同法第六八条の例外として、同法第一条の趣旨に基づき「発明の保護」と「発明の利用」との間に調和を求めつつ、特許法の目的である産業の発達を図ろうとしている。ここで特許法が「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に特許権の効力が及ばないこととしたのは、試験又は研究がもともと特許に係る物の生産、使用、譲渡等を目的とするものではなく、技術を次の段階に進歩せしめることを目的とするものであり、特許権の効力をこのような実施にまで及ばしめることは、却って技術の進歩を阻害することになるという理由に基づくものである。

三 特許法第六九条一項の「試験又は研究」の範囲について

右のような特許法第六九条一項の趣旨からして、「試験又は研究」の範囲については「発明の保護」と「発明の利用」を調和させ、産業の発達を図るとの視点から考察されるべきである。その意味から、第一に、何を試験・目的の対象にするのか、すなわち特許発明それ自体が試験・研究の対象であるのか、それとも特許発明とは無関係の技術を発達させるための手段として用いられる試験・研究であるのか、という対象による限定が問題となる。第二に、何のための試験・研究であるのか、すなわち目的による限定が問題となる。この二つの側面からの限界を以下において考察する。

1 対象による限定

ドイツ特許法一一条二号は、試験を目的とする行為について特許権の効力が及ばないことを規定しているが、これはヨーロッパ共同体特許法三一条と整合させるために、一九八〇年に創設されたものである。このドイツ特許法の規定は、我が国の特許法第六九条一項と類似の規定であるが、日本の特許法の規定と異なっているところは、「特許発明の対象に関する試験を目的とする行為」につき特許権の効力が及ばないと限定している点である。すなわち、ドイツ特許法においては他の対象に関する試験に特許発明を用いることは許されず、他の発明を開発するために特許にかかる物又は方法を利用することは、特許権に抵触するものであり、特許権侵害にならない試験・研究に該当するためには、特許発明それ自体が試験対象であることが要件とされているのである。

このような試験・研究を、特許発明それ自体を対象とするものに限定するというドイツ法の考え方は、我が国においても当然に認められるべきものである。すなわち、発明が特許を受けるためには新規性を有すること(特許法第二九条)、例えば物質発明においては新規の物質、用途発明においては新規の用途であることが要求されている。特許発明はかかる新規性を有するからこそ「発明の利用」を図ることにより技術の進歩が見込まれるのであり、特許法は、特許権者に発明の公開を義務づけ、特許権の存続期間満了後に利用されることにより新たな物質や新たな用途等を広く世の中にもたらし、技術の進歩ひいては産業の発達を達成しようとしているのである。よって、同法第一条が予定している「発明の利用」による技術の進歩とは、あくまでも当該特許発明それ自体、すなわち物質発明においては当該物質、用途発明においては当該用途が利用されること自体に関するものを指していると考えられる。そして、前述のとおり、同法第六九条一項は、同法第一条の「発明の保護」と「発明の利用」の調和を立法的に解決しようとしたものであり、「試験又は研究」は「発明の利用」の一態様と考えられるのであるから、「試験又は研究」は、特許発明それ自体に関する技術の進歩が図られるものを予定しているのである。

現在では、研究開発が大規模に行われ、試験・研究の量もそれに伴って増大するに至っている。このような状況の下で、特許発明とは無関係な新技術の進歩を図るための試験・研究について、「発明の保護」を犠牲にしてまで特許発明の利用を認めることは、あまりにも特許権者の保護をないがしろにするものと言わざるを得ない。

2 目的による限定

(一) 前述のとおり、特許法が技術の進歩ひいては産業の発達を目的としている以上、特許法第六九条一項により許容される「試験又は研究」も技術の進歩を目的としているものに限られるべきである。而して技術の進歩を目的とする試験・研究の態様は、次の三種類に分類することができる。

① 特許性調査

特許発明又は出願公告された発明について、新規性、技術的進歩性の有無を調査するために行われる試験で、その結果によっては、無効審判の請求又は異議申立を可能とする。特許要件を具備していない技術に独占権を与えることは特許制度の目的に反するものであり、無効審判(特許法第一二三条)を通じて過誤登録特許を無効とすることに繋がる調査は、本来特許性のない発明が特許されることを防ぐという意味で、技術の進歩に結びつく性質のものと言える。

② 機能調査

特許発明が実施可能であるか、明細書記載の通りの効果を有するか、場合によっては副作用等の副次的影響を生ずるか否か等を調査するものである。この試験はさらにその特許発明のもたらす経済的利益・不利益、その実施に要するコスト等の確定をも含む。その結果によって、実施許諾を受ける可能性が明らかになる場合もある。特許法は発明の開示を登録要件としており、特許発明の技術の内容が当業者に理解されることを前提としているから、このような調査によって技術内容を確認・理解をし、特許発明のもつ技術的知見の範囲を拡げ、後述の改良・発展への道を開くものである点で、法の目的に合致するものである。

③ 改良・発展を目的とする試験

いかに画期的な発明であろうとも、基本発明だけではその技術の恩恵を社会は十分に享受しえず、多くの場合、優れた改良発明があってはじめて基本発明の価値が発揮される(例えば、超伝導、液晶)。社会の技術水準を向上させ産業の発達に寄与するという特許法の目的に鑑みると、開示された特許発明を基礎として改良を加える行為は奨励されるべきものである。したがって、かかる改良を目的とした試験・研究に伴う実施は特許権の効力の範囲外とすべきである。

(二) 販売等の目的のための試験・研究

試験・研究のためにする実施行為により生産された物を販売等により使用することが許されざることは、第二、一で述べた大正一〇年における旧第三六条の制定経緯からも明らかである。

さらに、右の制定経緯からすれば、販売等を目的として試験・研究を行うとしても、そもそも当該販売等の行為自体が特許権侵害になるのであるから、そのような目的のもとに試験・研究に名を借りて特許発明を実施するとしても、当該実施は特許法第六九条一項の「試験又は研究」に該当しないことは明らかである。すなわち、同項の「試験又は研究」とは、技術の進歩を目的とする実施行為によって生産された物を販売等には利用しないという自己完結的行為を指すのであり、そのような自己完結的行為にとどまらず、更に販売等を目的とする場合には、当該実施行為は最早「試験又は研究」には該当しないのである。

第三 原判決について

一 原判決は、特許法第六九条の一項の「試験又は研究」の範囲について以下のとおり論じている。

「特許法は、『特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。』(六八条本文)と定めて、特許権の独占的効力を保障する一方で、『特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。』(六九条一項)として、特許権の効力に制限を設けているが、右のような制限を設けた趣旨は、特許権という私益の保護による発明の奨励と、発明の利用による科学技術の進展という公益との調和を立法的に解決しようとしたものであるから、右にいう『試験又は研究のため』の実施とはあくまで広く科学技術の進展に資するもの、あるいはそれを目的とするものでなければならないというべきである。

したがって、右の『試験又は研究のためにする特許発明の実施』が規定の文言上は何らの制限も付されていないからといって、試験又は研究に名を藉りて、特許期間満了を見越した将来の販売を目的として事前に特許製品の製造・備蓄等を行うことが許されないことはいうまでもない。

しかし、『試験又は研究』は、その本来の性格上、結果が直ちに一定の成果として現われそれが直接科学技術の進展に寄与するとは限らず、むしろ、当該特許発明を多面的に検査分析することによって将来の科学技術の進展の基礎となるべき資料が得られるに止まって、いわば間接的に科学技術の進展に寄与するにすぎないことも多いものと考えられるから、成果が直接具体的な形で現れた場合のみを『試験又は研究』に当たるものと解すべきではない。」

そして、原判決は、本件実施行為が「試験又は研究」にあたるか否かにつき、以下のとおり論じている。

「先発品と同等もしくはそれ以上の規格を達成するには、独自の規格を設定し、かつ、その試験方法を考案しなければならず、また、医薬品の有効成分をヒトの体内に安全かつ有効に吸収させるために不可欠な製剤化技術に関しても、枢要な部分が先発医薬品メーカーの企業秘密として開示されていないため、後発医薬品の製造者は、製剤化技術を独自に開発し、①製剤の処方②製剤の製造工程・製造方法 ③主薬と製剤の品質、規格及びその試験方法④生物学的同等性試験における血中分析の分析方法等について自ら製造基準や試験方法を設定考案したうえで、先発医薬品と同等もしくはそれ以上の品質、有効性、安全性を達成しなければならない(弁論の全趣旨)。

このように、後発医薬品の規格や製剤化に関する製造基準や試験方法は、いわば後発医薬品メーカーのノウハウといえる分野として、製剤の溶解性、吸収性、服用の便宜性についての試験研究を踏まえて、先発医薬品の成分・効能に相応しい製剤の型、用量、用法に関する技術上の知見を得ることができるのであるから、後発医薬品の製造承認申請のためにする各種試験等は、それが新規発明や利用発明に直結する性格の技術研究でないために、直ちに製剤技術に関する新たな改良進歩が得られない場合であっても、薬剤の規格や製剤化技術等製薬に関する幅広い技術的・基礎的検討を経て、それが蓄積されることにより、将来にわたる製薬技術進歩の基礎となりうる各種知見や情報が得られるのであり、その点において、広く科学技術の進展に寄与しているものというべきである。

してみれば、特許権の存続期間満了後に後発医薬品の製造承認申請をする目的で、存続期間内に後発医薬品につき薬事法所定の各種試験を行うことは、特許法第六九条一項にいう『試験又は研究のためにする特許発明の実施』に当たるものと認めるのが相当である。」

二 しかしながら、原判決は以下に述べる点からして、特許法第六九条一項の解釈につき、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるから破棄されるべきである。

1(一) 原判決は、「『試験又は研究のため』とはあくまで広く科学技術の進展に資するもの、あるいはそれを目的とするものでなければならない」として、科学技術の進展の目的との主観的要件がなくとも、結果的に科学技術の進展に資するものであれば、「試験又は研究」にあたるとしている。

しかしながら、特許法第六九条一項の「ためにする」との文言は「〜の目的をもって」という意味であるし、「試験」又は「研究」とは物事の性質・性能を知るために調査を行い、事実を明らかにしたり理論を打ち立てたりするという、当初から何らかの目的を持って行うものを指すのであるから、同項の文言のみからしても同項が主観的要件を課していることは明らかである。

また、前述のとおり、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に特許権の効力が及ばないこととしたのは、「試験又は研究」がもともと特許に係る物の生産、使用、譲渡等を目的とするものではなく、技術を次の段階に進歩せしめることを目的とするものであり、特許権の効力をこのような実施にまで及ばしめることは却って技術の進歩を阻害することになるという理由に基づいている。すなわち、技術の進歩を目的とする試験又は研究は、特許法の目的である産業の発達につながる可能性があることから、たとえ当該試験又は研究が失敗し、産業の発達に資することがなくとも、特許法の目的を実現させようとした行為を評価して、特許権侵害には該当しないとし、そのような目的を有する試験又は研究にチャレンジすることを特許法が奨励したものと考えられる。よって、特許法により奨励され、評価されるべきはかかる特許法の目的を図るべく行動した者であり、特許法の目的を考えもしなかったが、幸運にも「広く科学技術の進展に資する」との結果が得られた者であるはずがない。

(二) さらに、排他的独占的権利である特許権を侵害することは、特許法の根幹を否定する行為であり、同法は、侵害者に対しては差止請求、損害賠償請求を認めるなど、厳しい制裁をもって臨んでいる。被上告人は特許権の存続期間満了後に被上告人製剤を販売するとの専ら経済的な目的をもって、本件実施行為に及んだものであることは明らかであり、本件実施行為が「広く科学技術の進展に資する」か否かなど全く考えもしなかったはずである。むしろ、従前からの学説・判例からすれば、「試験又は研究」には該当しないとの認識であったと考えられる。現に、幾つかの後発品メーカーは上告人の警告によって、特許権の侵害を認め、販売を自制しているのでありかかる被上告人の法軽視的な態度は強く非難されるべきであって、本件実施行為が「広く科学技術の進展に資する」との側面を有していたとしても(なお、本件実施行為が「広く科学技術の進展に資する」面があるとの点については、上告人としては承服できないことを付言しておく)、その事ゆえに被上告人のかかる法軽視的な態度が不問にされるいわれはない。

被上告人は、本件特許権の存続期間満了直後から被上告人製剤を販売することを目的として、まさに、唯その目的遂行の為のワンステップである製造承認申請のために本件実施行為に至ったのであり、技術の進歩など全く目的にはしていない。現に被上告人から、具体的な試験・研究の目的・成果は何一つ主張・立証されていない。まさに裁判所の独断以外の何物でもない。よって、本件実施行為は「試験又は研究」に当たらないというべきである。

因みに学説においては、主観的要件の必要性の有無はあまり論じられていないが、これは主観的要件が必要であることがむしろ当然のことと考えられてきたからである。

2(一) 原判決は「薬剤の規格や製剤化技術等製薬に関する幅広い技術的・基礎的検討を経て、それが蓄積されることにより、将来にわたる製薬技術進歩の基礎となりうる各種知見や情報が得られるのであり、その点において、広く科学技術の進展に寄与しているというべきである」と判示している。

しかしながら、前述のとおり、特許法第六九条一項の「試験又は研究」とは当該特許発明に関する技術の進歩を目的とするもの、すなわち、本件のような物質発明及び用途発明においては、本件特許発明であるメシル酸カモスタットの物質及び膵臓疾患治療との用途に関する技術の進歩を目的とするものをいうのであり、原判決の解釈は余りに広きに過ぎ、殆ど限定が無いというに等しいものである。少なくとも、メシル酸カモスタットから派生して新たな物質を作り出せるか、或いはメシル酸カモスタットを膵臓疾患治療以外の用途に使用できるかを確認するための実施行為に限定されるべきであろう。

本件特許発明そのものとは全く無関係な薬品の製薬技術に関する進展など、本件特許発明に関する「試験又は研究」による技術の進歩としては全く予定しておらず、仮に本件実施行為により右のような技術の進歩が図れるとしてもそれは本件特許発明に関する「試験又は研究」にはおよそ該当し得ないのである。

言うまでもなく製剤技術の進歩は、本件特許発明をわざわざ利用しなくとも十分可能なはずであり、本件特許発明の保護を犠牲にしてまで、製剤技術の進歩を優先させる必要性など全くないのである。

原判決の論理は、およそ製薬メーカーにおける製品開発のあり様を全く理解しない、観念の世界でのいわば机上の空論に過ぎないのである。

(二) また、原判決は「製薬技術の基礎となりうる」各種知見等が得られればよい、すなわち技術の進歩につながる可能性がある実施行為であれば「試験又は研究」にあたるとするようである。

しかしながら、原判決は被上告人の本件実施行為によって、どのような知見が得られ、どのような技術の進歩につながる可能性があったというのか、何ら論証していない。これ又机上の空論という外ない。当該特許発明そのものとは無関係に、技術の進歩の可能性だけで「試験又は研究」に該当するとなれば、あらゆる実施行為がこれに該当することになり、広きに過ぎることは明らかである。なぜなら、特許発明を実施すれば、偶然にも何らかの知見が得られる可能性はあるのであるから、この意味ではほとんどの実施行為について技術の進歩の可能性があり、「試験又は研究」となってしまうからである。現に原判決のスタンスは可能性さえあれば、結果は必要としていないとしている。これでは「発明の保護」と「発明の利用」の調整を図ろうとした特許法第六九条一項の趣旨が没却されてしまうことは明らかである。

(三) さらに、原判決は本件実施行為を個別に検討することなく、「後発医薬品の規格や製剤化に関する製造基準や試験方法は、いわば後発品メーカーのノウハウともいえる分野として」「それが蓄積されることにより」技術の進歩の可能性があるとしている。この論旨そのものが甚だ理解し難いのであるが、仮に、主観的要件は不要であるとしても「試験又は研究」にあたるか否かは、個別具体的な実施行為により技術の進歩が図られたか否かを検討すべきであり、将来的にノウハウが「蓄積される」か否かなどという全く未知のことを考慮にいれるべきではない。

3 原判決は「『試験又は研究のためにする特許発明の実施』が規定の文言上は何らの制限も付されていないからといって、試験又は研究に名を藉りて、特許期間満了を見越した将来の販売を目的として事前に特許製品の製造・備蓄等を行うことが許されないことはいうまでもない。」と判示する。

本件において、被上告人は、本来であれば、本件特許権の存続期間満了後から承認申請のための各種実験を行い製造承認申請を行うべきところを(存続期間満了後、販売が可能になるまで約二年半を要する)、存続期間満了直後から販売することを目的として早期に製造承認申請を行うべく本件実施行為に至ったのであるから、本件実施行為により生産された物そのものではないにせよ、販売を目的としてなされたものということができる。よって、本件実施行為は、「試験又は研究」に該当しないことは明らかである。

4(一) 原判決は、上告人の「新薬の開発には多大の労力、長年月及び膨大な費用を必要とするものであり、かつ、新薬開発の成功率も著しく低いうえ、当該新薬について特許権を取得しても、薬事法による厚生大臣の製造許可を得るのに相当長時間を要し、その間特許期間が浸食される。これに対し、後発メーカーが後発医薬品を製造販売するには、開発のリスクもなく、必要な費用も僅かであるうえ、新薬の特許期間満了に照準を合わせ、新薬の特許期間中に厚生大臣の製造承認取得のための各種準備行為をなすことを許容することは著しく不公正である」との主張に対し、「特許期間の浸食については、昭和六二年の特許法改正により、医薬品等については特別に特許期間の延長が認められたことにより解決されたものであり(特許法第六七条二項、それが不十分としてもそれは立法政策の問題である)、また早期に後発医薬品が市場に提供されることは、一般国民の利益になることは否定できないのであって、先発メーカーの収益確保のみを重視するのは相当とは考えられない。」と判示する。

(二) しかしながら、昭和六二年の特許法改正により特許期間の延長登録制度(同法第六七条三項)が導入された際の経緯に鑑みれば、むしろ本件実施行為は特許権侵害と考えるべきなのである。

昭和六二年の法改正により特許期間の延長制度が設けられた理由は、医薬品等の発明については、安全性を確保する必要があることから、特許法とは別に薬事法その他個別の法令による許可がなければ製造はできないこととなっているため、特許権自体は成立しても薬事法等の許可を得るまでの期間は、特許権者といえども製造・販売できず、事実上特許期間が浸食される結果となり、発明のインセンティヴが不十分となるという点にある。

この改正のきっかけとなったのは、アメリカ合衆国において、いわゆるブランドネーム製品を製造する先発品メーカーの業界と、後発医薬品を製造する後発品メーカーの業界との政治的なかけひきの結果、五年を限度として特許権の延長を認めると同時に、製造の許可を得るための試験は侵害を構成しないとする規定、そして先発品メーカーの特許期間中には製造承認申請を行い得ないとする規定が新設されたことである(経緯については、駒井俊之「米国における簡略新薬申請法と特許期間回復法の背景とそれらの内容(1)(2)」特許管理三五巻一号四七頁、二号一五三頁参照)。このことから明らかなように、医薬品を中心とする規制産業において、どの程度特許期間の延長を認めるべきかといつ問題は、特許権の存続期間満了前に、製造承認を得るために必要な試験の実施や製造承認申請を認めるべきかという問題と密接不可分な関係にある。我が国の改正に際しても、アメリカの新制度を研究した上で、我が国の医薬品業界の技術開発の実態に即して、どの程度の期間の延長が必要であるかが検討されたのであるが、特許期間中に後発品メーカーが製造承認にかかわる行為を行い得る場合とそれが禁止された場合とでは、実質的に独占できる期間が変わってくる。我が国の薬事法による規制の実情に照らせば、先発品と同一のものについても製造承認を得るための審査に二年半はかかっているというのであり、その期間の分、独占を認めるか否かで非常に大きな違いが出るのであり、改正にあたっては当然これらの点も考慮されたと考えられるのである。

すなわち、当時、既に農薬取締法二条に基づく農薬登録を得る目的でなされた試験について、技術の進歩を目的とするものでなく専ら販売を目的とするものである場合には、特許法第六九条一項にいう「試験又は研究」にあたらない、との一般論を明確に打ち出した裁判例が存在していたのであり(後掲東京地裁除草剤事件判決)、右裁判例は多くの学説の賛同を得ていたのである。

仮に立法者に、右の特許期間延長のための改正に際し、右裁判例や学説に反して、後発品メーカーによるいわゆる後発品の製造承認を得るための特許期間中の試験を適法とする意図があったとすれば、明文の規定を置くか、少なくとも疑義の生じないような手立てが講じられたはずであろう。にもかかわらず、何ら措置は講じられなかったことからすると、右当時の判例学説を前提として特許期間の特則が定められたと解するべきである。

したがって、右の同法第六七条三項の立法過程からしても、本件実施行為は特許権侵害に該当することは明白であるというべきである。

(三) また、新薬開発の困難性から「発明の保護」については慎重に考慮すべきとの上告人の主張に対して、後発医薬品の利用による一般国民の利益を持ち出すことも特許法の理解を誤るものというべきである。

すなわち、前述のとおり特許法の目的は「発明の保護」と「発明の利用」を図ることにより発明を奨励し、産業の発達に寄与することにあるのであるから、特許法第六九条一項については、産業の発達に寄与するか否かとの観点のみから解釈がなされるべきであり、それ以外の利益を同条の解釈において考慮する理由は何ら存しない。

よって、「発明の利用」の解釈にあたっては、安価に後発医薬品が利用できるという国民の利益などという問題は、まさに立法政策の問題であり、産業の発達に寄与するか否かが問題である特許法の解釈に当たっては、かかる無関係の利益を考慮すべきではないのである。

5 まとめ

以上、原判決の特許法第六九条一項に関する解釈は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、破棄されるべきである。

第四 「試験又は研究」に関する学説及び国内外の判例について

一 学説について

第二、三において検討した「試験又は研究」に関する考察(染野啓子「試験・研究における特許発明の実施(Ⅰ)(Ⅱ)」AIPPI三三巻三号二、四号二参照)は学説においても多くの賛同を得ている。以下、そのうちのいくつかを列挙する。

(一) 「試験あるいは研究と名がつけば、全ての実施が合法となるものではなく、……あくまでも技術を更に発展させるための試験・研究のための実施のみ合法であり、販売目的や市場調査のための実施は、何ら技術を発展させるものでないから侵害となる。……染野啓子によれば、合法とされる試験・研究には、特許性調査、機能調査、改良・発展を目的とする試験を挙げているが、正当と言うべきであろう。」(中山信弘「注解特許法(第二版)上巻」株式会社青林書院)

(二) 「他人の特許発明を専らその発明の効果(技術的効果のみならず、経済的効果をも含む)の存否もしくは程度を試験するため又はこれをステップとしてよりよき発明を研究するために業として実施することが少なくない。以上のような実施は、技術の進歩に寄与することは明らかであり、また一方、特許権者の利益を特に害しないばかりか、むしろ特許権者にとって利益になることもあろう。すなわち、試験研究者が試験研究の結果、その発明の価値を認め、これを本格的に実施するため又は試験研究の過程で自己の開発した利用発明を実施するため、特許権者と実施契約を結ぶこともあるからである。以上の見地から、わが国特許法は、試験又は研究のためにする実施を特許権の効力の及ばないものの一つとしている。したがって、この試験研究は以上の趣旨に従ったものに限るべきであって、いたずらに拡張解釈をすべきではない。」(吉藤幸朔「特許法解説(第一二版)」株式会社有斐閣)

(三) 「(特許法)六九条一項の趣旨を、発明とその公開を促進するという特許法の目的から導くかぎり、同項にいう『試験又は研究のための実施』とは、特許発明の技術的内容を確認する行為に限られると解される。たとえば、(a)特許発明の技術的効果を確認するための調査は、公開された特許発明の内容を理解するために行われるのであるから、公開制度の趣旨を貫徹するためには特許権の効力外として自由になすことにすべきである。また、(b)特許の対象となっている技術が本当に特許付与に値するのか否か、新規性、進歩性等の要件を確認するために行われる調査も本条に含まれよう。過誤登録にかかる特許を発見し無効とすることにつながる調査は、産業の発展を期す特許法の趣旨にかなうからである。さらに(c)特許発明を迂回し特許権を侵害しないような技術を探索する行為であるとか、発明の改良を遂げ、より優れた技術を開発するために行われる調査も、技術の豊富化をもたらすことにつながる行為であり、特許法の趣旨からいって奨励こそすれ、抑圧してはならない行為であり、本条に該当する。」(田村善之「特許権の存続期間と特許法六九条一項の試験・研究(上)」NBLNo.六三四)。

また、特許庁編集の「工業所有権法逐条解説(第一四版)」(社団法人発明協会発行)においても、「試験又は研究のためにする特許発明の実施に特許権の効力がおよばないこととしたのは、試験又は研究がもともと特許に係る物の生産、使用、譲渡等を目的とするものではなく、技術を次の段階に進歩せしめることを目的とするものであり」と「試験又は研究」とは技術を次の段階に進歩せしめるものであることを予定していると論じている。

二 国内の裁判例について

1 右で論じた「試験又は研究」の範囲につき、これを是認する裁判例が、以下のとおり国内においては多く存在する。

(一) 「(特許法第六九条一項)の立法趣旨は、試験又は研究は本来技術を次の段階に進歩せしめることを目的としたものであって、特許に係る物の生産、譲渡等を目的としたものではないから、特許権の効力をこのような試験・研究にまで及ぼしめることは、かえって技術の進歩を阻害するということであり、同条の右立法趣旨からすれば、本件のような農薬の販売に必要な農薬の登録を得るための試験は、技術の進歩を目的とするものではなく、専ら被告除草剤の販売を目的とするものであるから、特許法六九条にいう『試験又は研究』には当たらないというべきである。」(東京地方裁判所昭和六二年三月二五日判決。昭和六〇年(ワ)第六四二八号、第七四六三号、同六一年(ワ)第六七一号。除草剤事件)

(二) 「右製造、使用は、その性質上、マリオットン錠の具体的な製造技術を確立するとともに、製造承認を得るためにマリオットン錠が債権者製品(バクシダール錠)と同等であるとのデータを取得することを目的としてなされたものと認められ、技術の進歩を目的としてなされたものとはいえないから、特許法六九条一項の『試験』のための実施には当たらないというべきである。」(名古屋地方裁判所平成八年八月二八日決定。平成七年(ヨ)第七六〇号)

(三) 「債務者の右行為は、右のとおり専ら債務者製剤について製造承認を得るための必要からなされたものであり、技術の進歩を目的としたものとはいえないから、特許法六九条一項所定の『試験又は研究のためにする特許発明の実施』ということもできないものというほかない。」(大阪地方裁判所平成九年二月七日決定。平成七年(ヨ)第二八一二号)

(四) 「法六九条一項は、『特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には及ばない。』旨規定するが、その立法趣旨は、特許法の目的が、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することにあることからすると、試験又は研究のためにする特許発明の実施にまで特許権の効力を及ぼすことは、かえって技術の進歩を阻害し、産業の発達を損なう結果になるためである。右立法趣旨からすると、当該実施が『試験又は研究』に当たるためには、当該実施が産業の発達に資するものでなければならず、特許法にいう産業の発達とは、技術の進歩を通じて図られるものをいうから、『試験又は研究』にあたる実施とは、当該特許発明に関する技術の進歩を目的として行われるものでなければならないと解される。……被告らが行った製造承認のための各試験が、本件特許発明の有効成分又は本件特許発明の用途に用いられる医薬品技術の進歩を目的としていたとは認められない。」(名古屋地方裁判所平成九年一一月二八日判決。平成八年(ワ)第二七六八号、同年(ワ)第二九〇一号)

2 これに対して、東京地方裁判所平成九年七月一八日判決(平成八年(ワ)第七四三〇号。塩酸プロカテール事件)は以下のとおり判示する。

「特許権の存続期間経過後は何人も特許されていた発明を実施することができることは、特許制度の根幹の一つであること、薬事法が、後発品の医薬品の製造承認の申請に、実施に一定の期間を要する実験によるデータを添付することを求め、一定の期間をかけて審査する(原告の主張によれば右期間の合計は二年六月に上る。)のは、後発品が先発品と品質において同等であり、同様の有効性、安全性があることを担保するためであり、当該医薬品に関する特許権者又は先発品製造者の独占的地位を保護することを目的とするものではないこと、薬事法に基づく規制と特許制度の調整が必要なことは特許法自体が予定していること、被告は本件試験のために甲発明及び乙発明を実施したが、これによって直接収益を得たわけでもなく、甲発明及び乙発明の実施によって原告と直接競業したものでもないことを考慮すれば、薬事法に基づきいわゆる後発品の製造承認の申請に添付する目的で、必要な試験としてされた甲発明及び乙発明の実施は、それが特許権の存続期間内に後発品の製造、販売を開始するためのものでない限り、特許法六九条一項の『試験又は研究のためにする特許発明の実施』に該当し、特許権の効力は及ばないものと認めるのが相当である。」

しかしながら、右判決は特許法第六九条一項の理解を誤るものである。

まず、右判決は特許法第六九条一項の解釈にあたり、薬事法上の公益性を考慮すべきとしているが、仮に特許法において公益性を考慮する必要があるとしても、それは特許制度との関わりで論じられる公益性に限られるべきであって、それ以外の公益性を特許法の解釈で考慮する理由は何ら存しない。薬事法は、医薬品の品質、有効性及び安全性の確保を目的とするものであるのに対し、特許法は、発明の保護及び利用を図ることにより発明を奨励し、産業の発展に寄与することを目的とするものであるから、薬事法でいう公益性を特許法で考慮することは法解釈を誤るものなのである。

また、薬事法に基づく規制は、確かに先発品製造者の独占的地位を保障することを目的とするものではない。しかしながら、反面において、特許権侵害行為を正当化する制度でもなく、特許権侵害と薬事法に基づく規制とはおよそ目的を異にするものであるから、特許法第六九条一項の解釈において薬事法に基づく規制の趣旨を考慮することは、誤りというべきである。

さらに、特許権の存続期間内に直接競業せず、利益を得たものでもないという点についても、本来、特許権の保護は、特許権者と直接競業することや侵害者の利益の有無にかかわらず与えられるべきものであり、違法な特許発明の実施に対しては、競業等が存在しなくとも差止、損害賠償が認められるべきことは当然の事理である。よって、この点も何ら理由とならない。

以上、右判決は特許法第六九条一項の「試験又は研究」の解釈に際し、特許法上で問題とされる利益以外の利益を考慮する点で特許法の解釈を誤るものであり、何ら説得力を有するものではないのである。

三 外国の裁判例について

外国においても特許権侵害とならない試験・研究の範囲について以下のとおり判決が存在する。

1 オランダ王国最高裁判所一九九二年一二月一八日判決(アテノノール事件)

事案……ICIは、アテノノールという化学物質に関する特許権者であるが、ファビタ社は右特許権の存続期間満了後に販売することを目的として、存続期間中にアテノノールを含有する医薬品の登録をオランダ医薬品登録局に申請した。右申請にあたり、ファビタ社はアテノノールを含有する医薬品の試料を製造し、それを当局の審査用に提出した。ICIは右行為は特許権侵害であると主張したところ、ファビタ社はオランダ特許法第三〇条(三)の「試験研究のための実施」にあたり特許権侵害には当たらないと反論した。

判旨……オランダ特許法第三〇条(三)の「試験のための実施」として特許権侵害に当たらないのは、専ら科学的目的又は特許発明が実際に適用可能か、改良・発展はできないかどうか調べるもののように、特許法の目的に沿う目的により実施されたものに限られる。本件においてファビタ社は、特許権の存続期間満了直後に医薬品を上市する目的で、特許権の存続期間中から登録申請を行うために実施を行ったのであるから、右のような目的はなく、特許権侵害に該当する。

2 ドイツ連邦最高裁判所一九八九年二月二一日判決(エトフメザート事件)

事案……原告である上告人は、一九八七年五月二二日に権利が消滅した除草剤「エトフメザート」等の専用実施権者であるが、被告たる上告人は、一九八五年二月以来、同国内のいくつかの植物保護当局に圃場試験の実施を申請し、同試験のために外国製造業者から取り寄せた必要量の薬剤を提供し、植物保護当局はこれを用いて販売承認のための実験を行った。

判旨……特許権侵害に該当しないためには、特許発明が実施可能であるかを確認したり、特許発明の対象を技術的に完成させ、更に発展させるという目的を有することが必要である。本件の実験の目的は右のような目的を有しておらず、専ら除草剤の上市の目的であったのであるから被告の行為は特許権侵害に該当する。

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