大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成11年(受)805号 判決 2003年4月18日

上告人

田中正吉

上告人

山崎永喜男

上記両名訴訟代理人弁護士

田邊匡彦

安部千春

林健一郎

幸田雅弘

梶原恒夫

蓼沼一郎

仁比聰平

被上告人

新日本製鐵株式会社

同代表者代表取締役

千速晃

同訴訟代理人弁護士

山崎辰雄

三浦啓作

奥田邦夫

加茂善仁

岩本智弘

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人田邊匡彦、同安部千春、同林健一郎、同幸田雅弘、同梶原恒夫、同蓼沼一郎、同仁比聰平の上告受理申立て理由(同第六を除く。)について

1  原審の適法に確定した事実関係等によれば、(1)本件各出向命令は、被上告人が八幡製鐵所の構内輸送業務のうち鉄道輸送部門の一定の業務を協力会社である株式会社日鐵運輸(以下「日鐵運輸」という。)に業務委託することに伴い、委託される業務に従事していた上告人らにいわゆる在籍出向を命ずるものであること、(2)上告人らの入社時及び本件各出向命令発令時の被上告人の就業規則には、「会社は従業員に対し業務上の必要によって社外勤務をさせることがある。」という規定があること、(3)上告人らに適用される労働協約にも社外勤務条項として同旨の規定があり、労働協約である社外勤務協定において、社外勤務の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていること、という事情がある。

以上のような事情の下においては、被上告人は、上告人らに対し、その個別的同意なしに、被上告人の従業員としての地位を維持しながら出向先である日鐵運輸においてその指揮監督の下に労務を提供することを命ずる本件各出向命令を発令することができるというべきである。

本件各出向命令は、業務委託に伴う要員措置として行われ、当初から出向期間の長期化が予想されたものであるが、上記社外勤務協定は、業務委託に伴う長期化が予想される在籍出向があり得ることを前提として締結されているものであるし、在籍出向といわゆる転籍との本質的な相違は、出向元との労働契約関係が存続しているか否かという点にあるのであるから、出向元との労働契約関係の存続自体が形がい化しているとはいえない本件の場合に、出向期間の長期化をもって直ちに転籍と同視することはできず、これを前提として個別的同意を要する旨をいう論旨は、採用することができない。

2  本件各出向命令が権利の濫用に当たるかどうかについて判断する。

原審の適法に確定した事実関係等によれば、被上告人が構内輸送業務のうち鉄道輸送部門の一定の業務を日鐵運輸に委託することとした経営判断が合理性を欠くものとはいえず、これに伴い、委託される業務に従事していた被上告人の従業員につき出向措置を講ずる必要があったということができ、出向措置の対象となる者の人選基準には合理性があり、具体的な人選についてもその不当性をうかがわせるような事情はない。また、本件各出向命令によって上告人らの労務提供先は変わるものの、その従事する業務内容や勤務場所には何らの変更はなく、上記社外勤務協定による出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関する規定等を勘案すれば、上告人らがその生活関係、労働条件等において著しい不利益を受けるものとはいえない。そして、本件各出向命令の発令に至る手続に不相当な点があるともいえない。これらの事情にかんがみれば、本件各出向命令が権利の濫用に当たるということはできない。

また、上記事実関係等によれば、本件各出向延長措置がされた時点においても、鉄道輸送部門における業務委託を継続した被上告人の経営判断は合理性を欠くものではなく、既に委託された業務に従事している上告人らを対象として本件各出向延長措置を講ずることにも合理性があり、これにより上告人らが著しい不利益を受けるものとはいえないことなどからすれば、本件各出向延長措置も権利の濫用に当たるとはいえない。

3  以上のとおりであるから、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・亀山継夫、裁判官・福田博、裁判官・北川弘治、裁判官・滝井繁男)

上告受理申立て理由書

<目次>

はじめに

第一 出向命令の根拠についての解釈の誤り(その一)

一 出向が出向元会社・出向先会社・労働者の三者間の法律関係であることに由来する労働者の同意の必要性

二 出向を出向元会社・労働者間(二者間)の法律関係と捉えても労働者の同意は不可欠であること

三 少なくとも本件出向のように出向元会社に復帰が予定されていない出向の場合には転籍出向に準じて労働者の同意が不可欠であること

第二 出向命令の根拠についての解釈の誤り(その二)

一 本件における労働協約の規定が出向命令を法律上正当化する根拠となるという判断の誤り

二 労働協約と出向―労働組合法第一六条の妥当領域(協約自治の限界)

三 労働協約中の出向に関する規定は具体的でなければならないこと

四 出向に関する規定は合理的でなければならないこと

五 ユニオンショップ制においては労働協約に規範的効力は認められないこと

六 本件出向類型の特殊性

七 本件労働協約五四条の規定は労働条件の不利益変更となり上告人らに規範的効力は及ばないこと

八 本件労働協約はその締結の基礎において組合員の意思に反して締結されており個々の組合員に対する拘束力は認められないこと

九 出向に際しては個別の労働者の同意を得るという慣行の成立

一〇 まとめ

第三 本件出向命令の必要性・合理性について

一 本件出向命令の必要性について

二 本件出向の「合理性」について

第四 出向延長と出向命令の有効性

一 本件各出向延長は無効であること

二 出向延長時における合理性・必要性の不存在

第五 権利の濫用を認めなかった誤り

第六 労働者派遣法の脱法等

<本文省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例