最高裁判所第二小法廷 平成11年(受)862号 決定 2001年3月23日
申立人 佐藤フヂヱ
相手方 国 ほか1名
訴訟代理人 小沢満寿男
上記当事者間の東京高等裁判所平成10年(ネ)第981号損害賠償等、供託金還付請求権確認請求本訴、同反訴事件について、同裁判所が平成11年3月25日に言い渡した判決に対し、申立人から上告受理の申立てがあったが、申立ての理由によれば、本件は、民訴法318条1項の事件に当たらない。
よって、当裁判所は、裁判官全員一致の意見で、次のとおり決定する。
主文
本件を上告審として受理しない。
申立費用は申立人の負担とする。
(裁判官 北川弘治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷玄)
上告受理申立書
原判決の表示<省略>
上告受理申立ての趣旨
一 本件上告を受理する。
二 原判決を破棄し、さらに相当の裁判を求める。
上告受理申立ての理由
原判決は、金銭債権につき共同相続が発生した場合、相続分に応じて法律上当然に分割されて承継され、各相続人が単独で権利行使が可能であるとの、大審院以来の判例(大判大九・一二・二二民録二六・二〇六二、最判昭二九・四・八民集八・四・八一九)に対し、定額貯金は、法律上分割が禁止された債権であるから、共同相続が発生しても、相続人全員からの請求でなければ権利行使は不可能であると判示する。しかし、右趣旨の最高裁判決は存在せず、かえって本件第一審判決(東京地方裁判所平成一〇・二・一三)はこれと相反する判断を示している。また相手方菊地一介に対する請求を斥けた点にも経験則違反の誤りがある。よって、本件は法令の解釈に関する重要な事項を含む事件と言うべきであり、上告受理申し立てに及ぶ次第である。詳細は上告受理申立理由書をもってさらに陳述する。
上告受理申立理由書
頭書事件の上告受理申立理由は、以下のとおりである。
第一定額郵便貯金の払戻請求に関する原判決の判断が、「法令の解釈に関する重要な事項を含む」こと
一 原判決は、定額郵便貯金は、一定の据置期間、分割払戻を認めない契約上の条件のもとに預け入れられた郵便貯金であるから、その後これについて共同相続が生じた場合も各共同相続人は右条件の制約を受け、共同相続人が全員一致して払戻を請求しない限り払戻は認められないとして、被相続人西村マツヨの定額郵便貯金につき、共同相続人の一人たる上告受理申立人からの、法定相続分相当額の払戻請求を斥けたのである。
二 しかし、右のように、定額郵便貯金について共同相続人の一人からの法定相続分相当額の払戻請求を斥けた判例はいまだ存在しない。
むしろ逆に、本件第一審判決(東京地判平成一〇・二・一三)など、共同相続人の一人からの法定相続分相当額の払戻請求を認めた下級審判決は複数存在するのである。しかも原判決の結論を認めることは、金銭債権につき共同相続が生じた場合、各共同相続人は「法律上当然に分割」された債権を承継し、債務者に対し法定相続分相当額の請求を単独でなしうるとの、大審院以来の一貫した判例(大判大九・一二・二二民録二六・二〇六二、最判昭二九・四・八民集八・四・八一九)に対する、明らかな例外を許容することになるのである。したがって、右に関する原判決の判示が、法令(郵便貯金法七条一項三号)の解釈に関する重要な事頃を含むことは明らかである。
三 そして、右に関する原判決の判断が、郵便貯金法七条一項三号の解釈を誤ったものであることも明白である。
すなわち前述のとおり原判決は、定額郵便貯金は、据置期間中分割払戻をしない契約上の条件のもとに預け入れられた郵便貯金であり、右制約は相続によっても変化することはないとし、共同相続人一人からの相続分相当額の請求も右の「分割払戻」にあたるとしてこれが認められないというのである。
しかし郵便貯金法七条一項三号は、郵便貯金の種類の一つとして、「三 定額郵便貯金 一定の据置期間を定め、分割払戻しをしない条件で一定の金額を一時に預入れするもの」と定義を規定するだけで、預入れ後共同相続が生じた場合における法定相続分相当額の請求の許否をも想定して、これが規定されていると読み取る余地はまったくない。実質的に考えても、右の規定があるからと言って、被相続人たる預金者が、預け入れの際、後に自身に共同相続が生じた場合に共同相続人全員からの払戻請求でなければ払戻が認められないとしてもやむをえないという意思を持って貯金を預け入れたと考えることはあまりに実態に合わないであろうし、全国の郵便局の窓口で、定額郵便貯金の預け入れの際、預金者に右の点につき意思確認を行って預け入れを受けているわけでもないのである。原判決の判断はあまりに現実とかけ離れた預金者の意思を擬制するものと言わざるをえない。
原判決は、相続により、その前後で定額郵便貯金の法的性格、既に付された契約上の条件が変化するものではないと言う。これ自体はそのとおりであるとしても、原判決も認めるとおり(原判決二一頁)、金銭債権たる定額郵便貯金の払戻請求権は、共同相続が発生した時点で「法律上当然に分割」されて承継されるのである。債権債務の法的性格に変化はなくとも、分割されて別々の者に帰属した以上、その債権債務の行使方法など法律関係が、被相続人が一人で有していた時点と変化することは、何ら異とすべきではない。通常の金銭債権について共同相続が発生した場合は、相続人たる債権者から債務者に請求しうる金額が、被相続人が単独で請求する場合の金額と変わるのは当然であるし、連帯債務者の一人が死亡し共同相続が発生した場合に、各共同相続人は被相続人の債務の分割されたものを承継し、その承継した範囲で本来の債務者とともに連帯債務者となる(最判昭三四・六・一九民集一三・六・七五七)、というのもその例であろう。
さらに、上告受理申立人が、払戻請求権が「法律上当然に分割」されたとすれば、共同相続人の一人が法定相続分相当額を請求するのは「全額払戻」であって、「分割払戻」ではないと主張した点についても原判決は、「郵便貯金法七条一項三号に規定する分割払戻禁止の預貯金債権は、預け入れ当時の預貯金債権そのものを指すことはその内容から見ても明らか」と言う。しかし、郵便貯金法七条一項三号は前記のような簡単な定義規定にすぎず、右のように断定する根拠はまったくない。
さらにあえて言えば、「分割払戻」とは、これを常識的に理解する限り、払戻を請求する者が貯金額を分割して請求することにほかならない。しかし、共同相続の場合、分割は相続の効果によって当然に発生するものであり、払戻を請求する者が分割したものではない。この意味でも原判決の判示は誤りである。
要するに原判決は、郵便貯金法七条一項三号が存在する以上、定額郵便貯金の貯金者は、契約上の条件により分割払戻をできないことを当然に了承した上で貯金したものであると断定し、それは共同相続が発生し、法律上当然に分割されても同じだというに尽き、その理由は右条文上明らかであると言うにすぎない。これでは何ら実質的理由を示したものと言えず、説得力のある判示とは言えない。
四 しかも、原判決の結論を認めることは極めて不合理な結果を招来する。すなわち、原判決の結論を前提とすれば、相続により定額郵便貯金の一部を単独で承継した共同相続人と言えども、債務者たる国に対する権利行使にあたり、共同相続人全員からの請求でなければならないという一事のため、他の共同相続人と共同歩調を取らざるをえず、他の共同相続人の意思によって、自身が単独で取得したはずの権利の行使を制限されることとなってしまうのである。一審判決も指摘するように、相続をめぐり紛争を生じている共同相続人間で、貯金払戻のみについてこのような共同歩調を取ることは事実上不可能な場合が多いであろうから、これでは各相続人は預入から一〇年の据置期間を経過するまで、事実上定額郵便貯金の払戻が不可能となるとならざるをえないのである。相続が発生すれば、多くの場合、葬儀費用やその後の相続税の支払などで、貯金払戻の必要性が高いことを考えれば、前記のような解釈に不都合はないという原判決の考えは到底承服し難い。
さらに、一審判決も指摘するように、定額郵便貯金の「定額」は三〇〇万円から一〇〇〇円までの八段階となっており、ことに一〇万円以下が五段階となっていることからもわかるように、定額での管理にそもそもかなりの制約があるのは否定できないところである。これに対し法定相続分は二分の一、三分の一、四分の三といった定数で定められており、相続人の組み合わせや人数によってバリエーションがあるとはいうものの、定型化が不可能なものではない。このようなことを考えれば、上告受理申立人の請求を認めても、定額郵便貯金をめぐる実務が混乱するものとは思われない。
これらによれば原判決の結論としての不合理性はなお明らかである。
第二<省略>