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最高裁判所第二小法廷 平成11年(受)948号 判決 2003年2月21日

当事者

上告人 株式会社戸丸屋ハウジング

同代表者代表取締役 志村雪長

同訴訟代理人弁護士 永倉嘉行

阿部健二

被上告人 城戸秀夫

同訴訟代理人弁護士 長島良成

黒柳知佳子

主文

1  原判決の主文一項中、二二四五万円及びこれに対する平成四年二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払請求を棄却した部分を破棄し、同部分につき、被上告人の控訴を棄却する。

2  上告人のその余の上告を棄却する。

3  訴訟の総費用は、これを二分し、その一を上告人の、その余を被上告人の負担とする。

理由

上告代理人永倉嘉行、同阿部健二の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について

1  本件は、株式会社である上告人が、当時上告人の代表取締役であった被上告人が取締役の報酬額を定めた定款の規定、株主総会の決議又はこれに代わる全株主の同意がないのに取締役の報酬の支給を受けたことが商法二六九条に違反するなどと主張して、被上告人に対し、商法二六六条一項五号に基づき損害賠償責任を追及する事案である。原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

(1)  被上告人は、昭和六一年三月二日から平成五年六月二一日までの間、上告人の代表取締役の地位にあった。

上告人の発行済株式総数二万株のうち、被上告人は平成五年二月までに三〇〇〇株を取得したが、その余の一万七〇〇〇株は他の株主が保有していた。

(2)  被上告人は、上告人から、昭和六一年一〇月分から平成三年七月分までの取締役の報酬(以下「本件取締役の報酬」という。)として合計四二七五万円の支給を受けたが、これについては、報酬額を定めた定款の規定又は株主総会の決議がなかったし、株主総会の決議に代わる全株主の同意もなかった。

2  第一審は、上告人の本件取締役の報酬に係る請求につき、二二四五万円及びこれに対する平成四年二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容した。これに対し、原審は、同請求につき、第一審判決を変更して上告人の請求を棄却した。上告人は、同請求につき、原審が第一審判決中上告人の請求を認容した部分を変更して上告人の請求を棄却した部分について不服を申し立てた。原審の判断は、次のとおりである。

(1)  株式会社の取締役と会社との関係においては、通常の場合、有償である旨の黙示の特約があるものと解され、同特約がある以上、株主総会の決議がない場合には、取締役は会社に対し社会通念上相当な額の報酬を請求することができると解するのが相当である。このように解しても、株主総会の決議がある場合には、それに従うべきことになるし、同決議がない場合には、社会通念上相当な額に抑えられるから、取締役の報酬額について取締役ないし取締役会によるいわゆるお手盛りの弊害を防止するという商法二六九条の趣旨を損なうことはない。(2)  本件取締役の報酬の相当額は、少なくとも現実の支給額を下回ることはないと認めるのが相当である。(3)  したがって、本件取締役の報酬の支給は、商法二六九条に違反するものではなく、適法であるということができる。

3  しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

株式会社の取締役については、定款又は株主総会の決議によって報酬の金額が定められなければ、具体的な報酬請求権は発生せず、取締役が会社に対して報酬を請求することはできないというべきである。けだし、商法二六九条は、取締役の報酬額について、取締役ないし取締役会によるいわゆるお手盛りの弊害を防止するために、これを定款又は株主総会の決議で定めることとし、株主の自主的な判断にゆだねているからである。

そうすると、本件取締役の報酬については、報酬額を定めた定款の規定又は株主総会の決議がなく、株主総会の決議に代わる全株主の同意もなかったのであるから、その額が社会通念上相当な額であるか否かにかかわらず、被上告人が上告人に対し、報酬請求権を有するものということはできない。

ところで、被上告人は、報酬相当額の不当利得返還請求権等との相殺の抗弁を主張しているが、本件で上告人から不服申立てがあったのは、原審において請求を棄却された二二四五万円の損害賠償請求に関する部分についてのみであり、第一審において取締役の報酬請求権があるとして損害賠償請求を二〇三〇万円の限度で棄却している(この部分は不服申立てがない。)という経過等に照らしてみれば、この主張は、結論に影響を及ぼすものではないというべきである。

したがって、論旨は理由があり、本件取締役の報酬に係る請求につき、第一審判決中上告人の請求を認容した部分を変更して上告人の請求を棄却した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

4  以上によれば、原判決の主文一項中、本件取締役の報酬に係る請求につき、二二四五万円及びこれに対する平成四年二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払請求を棄却した部分を破棄し、同部分についての被上告人の控訴を棄却すべきである。

なお、その余の請求に関する上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 梶谷玄 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 滝井繁男)

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