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最高裁判所第二小法廷 平成11年(行ヒ)28号 判決 2002年10月11日

上告人

高知県教育委員会

同代表者委員長

宮地彌典

同訴訟代理人弁護士

氏原瑞穂

被上告人

子どもと教育を守る高知県連絡会

同代表者代表世話人

西森稔

同訴訟代理人弁護士

谷脇和仁

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人氏原瑞穂の上告受理申立て理由第二について

1  本件は、高知県内に事務所を有する権利能力なき社団である被上告人が、平成六年一〇月六日、高知県情報公開条例(平成二年高知県条例第一号。以下「本件条例」という。)に基づき、同六年七月二五日に実施された平成七年度高知県公立学校教員採用候補者選考審査のうちの教職教養筆記審査(県立学校関係)大問二(教育心理)の問題及び解答が記録された文書(以下「本件文書」という。)の開示を請求したところ、実施機関である上告人が同年一〇月一八日付けで非開示決定をしたので、その取消しを求める事案である。

2  本件条例六条は、「実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、開示をしないことができる。」とした上で、その八号において、「県の機関又は国等の機関が行う監査、検査、取締り、試験、入札、交渉、渉外、争訟その他の事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の実施の目的が失われ、又はこれらの事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずると認められるもの」と規定している。

3  原審は、本件文書は本件条例六条八号に該当する情報が記録されているものとはいえないとして、被上告人の請求を認容すべきものとした。

これに対し、論旨は、原審の上記判断には本件条例六条八号の解釈適用を誤った違法があるというのである。

4  しかしながら、原審の適法に確定した事実関係等によれば、(1)教職教養筆記審査の択一式問題の出題範囲及び傾向が予測されやすいのは、その解答形式等からある程度やむを得ないことであり、受審者の間では、従来から、過去の教職教養筆記審査の出題例を編集した市販の問題集等を用いた受審準備が行われているのであるから、教職教養筆記審査の択一式問題とその解答が開示されたからといって、受審者の受審準備状況が変わり、教員にふさわしい受審者を採用することが困難になるとはいい難いこと、(2)過去に出題された問題との重複を避け、審査にふさわしい問題を作成するという問題作成者の負担は、問題及び解答の開示の有無によって変化が生ずるものではないから、問題とその解答の開示により問題作成者の負担が増大し、問題作成者の確保が困難になるということはできないこと、(3)本件条例には公文書の開示を受けた者に対して当該公文書に記録された情報の利用を具体的に制限する規定はなく、前記(1)の受審準備の状況等に照らせば、県内受審者と県外受審者との間に本件条例に基づく公文書の開示請求権の有無に差異があるからといって、これにより教員採用選考の公正又は円滑な執行に著しい支障を生ずるということはできないことという状況にあり、これらにかんがみれば、本件文書が本件条例六条八号に該当する情報が記録されているものとはいえないとした原審の判断は、是認することができる。論旨は採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・亀山継夫、裁判官・福田博、裁判官・北川弘治、裁判官・梶谷玄、裁判官・滝井繁男)

上告受理申立理由書

第一 <省略>

第二 原判決事実及び理由第三の三乃至五の判断には、本件条例第五条・第六条第八号の解釈について、大審院はもとより最高裁判所の判例もなく、しかもその解釈に関する重要な事項を含むと認められるものがある(民事訴訟法第三一八条第一項・民事訴訟規則第一九九条第一項)。

一 原判決はその事実及び理由第三の三において第一審判決の事実及び理由第三の一2及び3を引用した上、「そもそも、控訴人(註・被上告人。以下同じ)が開示を求めている本件文書は、本件選考審査の一次審査中の教職教養筆記審査問題及び解答が記載されている文書のうち、基礎的かつ基本的な教職教養分野の択一式問題及びその解答記載部分中の一大問にすぎず、それだけを開示することにより被控訴人の行う教職教養筆記審査問題の全体はもちろん、そのうちの教職教養分野の択一式問題等の出題範囲や問題の内容ないし傾向等をも容易に予想させるものとは到底いいがたく、したがって、これを開示することによって受審対策のみをしていた受審者に有利となり、教員として適当な受審生を採用できなくなるなど、審査の目的を達することができなくなるといえないことは明らかである。なお、被控訴人は、当初は一部の開示であっても、続けて一部ずつ開示請求がされれば、本件選考審査全問題について開示せざるを得ず、結局のところ右支障を生ずる旨主張するが、本件文書を非開示とした行政処分である本件処分の当否については、開示を求められている本件文書それ自体が本件条例六条八号所定の非開示事由に該当するかどうかを問題にすべきことはいうまでもないところであり、いまだ開示を求められていない文書が開示されることを前提にそのことによる支障を生ずるか否かを論ずることは失当というべきであるから、被控訴人の右主張は採用できない(仮に、その後本件選考審査の審査問題の全部又は一部の開示請求がされたとすれば、すでに他の一部が開示されていることを前提に、当該開示を求められた個々の文書について、その時点で個別的に本件条例六条八号所定の非開示事由に該当するかどうかを認定、判断すれば足りるのであって、その場合に、同文書を非開示とすることが是認されることもあり得るわけである。)」と付加した判断をしている。

(1) しかしながら、原判決において引用する第一審判決一七頁冒頭から一〇行目以下一八頁冒頭から九行目によれば、「受審生(註・受審者というべきであろう)は、開示されなくても、審査の趣旨、解答形式等を検討することで、出題範囲、傾向を予想することが可能である。加えて、……によれば、従来から、業者及び各種任意団体が、受審生等から収集した過去の教職教養筆記審査問題を編集、販売していること、その収集された問題は、正確ではないが出題範囲、傾向を推測できる程度には再現されていること、受審生はそれを基に受審対策を行っていたことが認められ、……受審生は、従前から、出題範囲等を予測しており、択一式問題等を開示したことで、受審生の受審準備状況にあまり変化はない」旨判断しているけれども、この点の判断において看過されていることは、各種任意団体の作成販売する教職教養問題集なるものが審査実施機関において発表・認容されたものではなく、加うるに審査実施機関において審査問題を開示しなくとも、毎年採用予定必要数を満たす程度の合格者が得られているということであり、従って現実に審査実施機関が審査問題を開示したか否かということと受審者が出題範囲等を予想することが可能であったかどうかということとの間には何らの因果関係も存在しないところであって、原判決・第一審判決がいうような断定には何らの合理的理由もなくそのように断定すること自体不可能であるばかりか、審査実施機関の手によって審査問題が開示されていない状況の下において、各種任意団体の作成販売する右問題集なるものが「正確ではないが出題範囲、傾向を推測できる程度には再現されている」と断定することにも何らの合理的理由もなくそのような断定自体不可能というべきであり、これを前提とした「受審生は、従前から、出題範囲等を予測しており、択一式問題等を開示したことで、受審生の受審準備状況にあまり変化はない」とする判断は、単に論理の飛躍にとどまらず、ただ只ら開示させんがためにする牽強附会の論理といわざるをえず、判決に影響を及ぼすに足りる本件条例第六条第八号の解釈適用を誤った違法がある(このような論法に従うならば、卑近な例では車輌の速度違反の交通取り締りにおいていわゆるレーダー受信機が市販されているとの理由をもってその検挙場所の公開を肯定するのと同様の結論を導くことさえ、可能となると極言せざるをえず、結果においても極めて不当なものというべきである)。

(2) しかも原判決において引用する第一審判決一八頁冒頭から一〇行目以下二〇頁冒頭から三行目によれば、本件選考審査は、本件択一式問題だけでなく、面接審査、筆記論文審査等、一次審査及び二次審査を経て受審生の総合的な能力を問うものであって、このことは、受審者も了知しており、本件択一式問題等を公開することによって直ちに適切な受審者を採用することが困難になるとは考えられない旨判断しているけれども、この判断には教員採用選考審査が択一式以外にも各種審査が行われ、それらによって総合的に判断されるのであるから、択一式問題のみが公開されたからといって、審査の大勢には影響がないものと結論しようとする態度を窺いうるものというべきところ、この択一式問題は、上告人第一審答弁書第三の五の末尾から四行目以下にも述べたように、司法試験管理委員会が司法試験法にもとづいて実施する第二次試験筆記試験が、すでに受験者の累増により昭和三一年度からは論文式試験の前日に短答式試験を運用実施した上、昭和三六年度以降は右同法第五条一項・第六条第一項を設けて本件選考審査の第一次審査における択一式と同様の問題を非開示とすることを含めた形式を、短答式試験として独立させてきたのと同様に、第一次審査において多人数の受審者をある程度の人数に絞る等のためには極めて有効な試験形式として全都道府県教育委員会において採用されているものである。殊に教員採用選考審査は、限られた期間内に、適切な教員候補者を選考する必要があり、多数の応募があった場合には、まず、第一段階として一定レベル以上の受審者を選考し、それらの者に対して面接審査等の時間を充実させることが、より適切な選考に繋がるものであって、審査実施機関において、試験問題の公開により、択一式の試験を全く無意味にすることは、一定期間内に、適切な教員候補者を選考すべき採用試験の実施において、まさに自殺行為に等しいものといわざるをえず、本件条例第六条第八号の解釈につき、全都道府県教育委員会の実施する本件のような教員採用選考審査に重大な影響を及ぼす事項を含むと認められるものがあるといわざるをえないところである。

(3) 更に原判決において引用する第一審判決二〇頁冒頭から四行目以降二一頁冒頭から八行目の判断においても、上告人が右(1)において主張したのと同様に、受審者が今までも択一式問題を予測し、受審対策を施して本件選考審査を受診していたとの、全く合理的な根拠もない断定を前提とした判断を繰り返したものにすぎず、しかもその事実上の根拠としているのは、一受審者であった第一審証人岡村真由紀の証言のみであるが、択一式問題が公開されていない以上、同証人がどの程度正確に択一式問題の出題範囲等を予測していたかについては何らの検討もなされておらず、この点においても右(2)同様の法令の解釈につき重要な事項を含むと認められるものがあるというべきである。

(4) また、原判決はその一〇頁冒頭から九行目以降一二頁冒頭から九行目において、被上告人が開示を求めているのは、択一式問題の中の一大問に過ぎず、上告人の主張するように、いまだ開示を求められていない文書が開示されることを前提に支障が生ずるか否かを論ずることは失当である旨判示している。

しかしながら各種任意団体が作成販売する右問題集が存在するという事実は、試験問題開示の需要が高いという傾向を示しており、万一、一問の開示が認められれば、続けて他の問題の開示請求が行われる蓋然性が極めて高いといわざるをえないことは、被上告人申請第一審証人土屋基規も、裁判官の補充尋問の「一問一問で、結局全部を開示しろと、結論的にはそうなってしまうという主張があるが」との問に対し、「性質としてはそこは連動すると思います。継続していく問題になると思います。……」(同証人調書二九丁表裏。なお三四丁裏三五丁表)と述べていることからも明白であり、そうなれば毎年度試験問題の開示請求が殺到することは火を見るよりも明らかであるばかりか、結局は全部開示に等しい結果を招来するであろうことは必定というべきであるのみならず、原判決のいうようにそのような場合すでに開示された一部を前提にその時点で個別的に判断すれば足りるといってみても、特定の試験問題において、開示の割合がどの程度になれば支障が生じるかを検証すること自体、実際問題として不可能であり、更にこの点を巡る法律上の紛争を頻発させざるをえない結果を招来するであろうこともこれまた必定というべきであり、仮りに原判決のいうように一定以上の問題の非開示を是認しうるとしても、そのことから早い者勝ちの開示が行われることとなり、受審者間の不公平(有利・不利)が生じるばかりか、次年度以降の公正なるべき教員採用審査は不安定極まりないものとなり、その実施には著しい支障を生じ、そもそも一定の審査実施機関にその実施と合否の判断の全権を委任して行われる本件のような選考審査に対してその審査の公平という見地から、監督権を発動させたり、その問題を開示させること自体、本件選考審査制度の趣旨を没却させるものといわざるをえず、原判決のこの点の判断も本件条例第六条第八号の解釈につき、重要な事項を含むと認められるものがあるというべきである。

二 更に原判決は同じく第三の四において(一)乃至(四)の事実を認定した上、「右認定のとおり、問題作成者は、被控訴人事務局高校教育課職員又は高知県立高等学校教諭としての本来の職務を行いつつ、約二か月間という短期間のうちに、もともと出題の種類・範囲が限定されている基礎的・基本的教養分野について、過去の問題との重複を極力避ける配慮を行いつつ、教員選考審査問題に相応しい適正かつ的確な択一式問題等を作成しなければならないのであるから、個々の問題作成者の物理的、精神的負担は相当重いものであると推認できるし、本件文書を開示すれば、その問題の内容等が直接高知県民等の批判に曝されることになって、問題作成者の精神的負担をより増大させるであろうことも容易に推測できる」と判断しながらも、「しかしながら、翻って考えてみるのに、問題作成者が右のような重い物理的、精神的負担を負わされているのは、右のような限られた条件の下で、将来の公教育の担い手となるべき教職員の選考に当たるという重大かつ重要な職務を遂行しているからにほかならず、その作成した問題が公開されるか否かによって、その職務遂行に対する負担が加重され、又は軽減されるという性質のものではないというべきである。また、控訴人が開示を求めている本件文書は、前記のとおり、本件選考審査の一次審査中の教職教養筆記審査問題及び解答が記載されている文書のうち、基礎的かつ基本的な教職教養分野の択一式問題及びその解答記載部分中の一大問であるところ、これを開示することにより、右出題にミスがあるのではないかとの疑問が提起されていることもあり、これを出題したことについて被控訴人ないし問題作成者に対し種々の批判がされることは予想されるものの、それ以上に、一般的に審査問題の作成が困難になり、問題作成者の人材確保が困難になるなどという被控訴人の主張するような事態が生ずると考えることは飛躍にすぎるというほかない(前認定のとおり、問題作成者は、外部の人材に委嘱されることはなく、その大半に被控訴人内部の職員が充てられているというのであるから、審査問題が開示されたからといって問題作成者の人材確保が困難になるとはにわかに考えがたい。また、被控訴人は、当初は一部の開示であっても、続けて一部ずつ開示請求がされれば、本件選考審査全問題について開示せざるを得ず、結局のところ右支障を生ずる旨主張するが、右主張に理由がないことは、前記三に説示のとおりである。)。

また、被控訴人は、本件文書の開示は、他の四七都道府県・一二政令指定都市の審査問題が開示される結果を招来しかねないところ、このことを前提に作問するとすれば、問題作成者はこれら五九団体の審査問題をもチェックする必要に迫られることとなって、その事務量は更に膨大なものとなり、また、いわゆる難問・奇問の類の出題をせざるを得なくなるという状況も懸念されるなどと主張するが、右主張は、本件文書が開示されることにより、他の都道府県等における審査問題がすべて開示されるという事態になることを前提としているところ、本件文書を開示することにより当然にそのような事態になる可能性が高いということはできないから、被控訴人の右主張は、前提を欠く上、仮にそのような事態になったとしても、当然に他の五九団体の過去の審査問題をもチェックする必要に迫られるとも断定できず、失当というべきである。」旨判断している。

(1) 右二個の原判決の判断相互間には可成りの矛盾があるといわざるをえないところであるが、原判決の一六頁冒頭から七行目以下一八頁冒頭から二行目までの判断については、問題作成者が限られた条件下で、将来の公教育の担い手となるべき教職員の選考に当たるという重大かつ枢要な職務を遂行しているため、重い物理的、精神的負担を負わされているという論旨は論をまたないが、すでに根本的にそのような重い負担を負っているのであるから、その作成した問題が公開されるか否かによって、それ以上にその職務遂行に対する負担が加重され(又は軽減され)るという性質のものではないとの主張は、何ら具体的な根拠も示さず、却って経験則からしても極めて不当な判示といわざるを得ない。

すなわち、原判決がいみじくも認定するように、問題作成者は「……、約二か月という短期間のうちに、……過去の問題との重複を極力避ける配慮を行いつつ」問題を作成しなければならないのである(原判決一五頁末尾から二行目以下一六頁一行目)。短期間に過去の問題との重複を考慮しつつ、新たに良質の問題を作成することはそれだけで相当な負担であるが、万一、他の都道府県の審査実施機関の審査問題が開示されることとなれば、それに対する配慮も不可欠のものとならざるをえず、負担が増大するであろうことは容易に推測が可能というべきである。

そして仮りに本件判決が確定し、審査問題の開示が認容されるとすれば、現実的喫緊の問題として他の都道府県の審査実施機関作成の審査問題の開示・非開示の判断・決定に及ぼす影響に甚大なものがあるばかりか、すでに審査問題の開示請求は、上告人のみならず例えば、三重県・名古屋市・愛知県など他の公共団体においても行われてきており(乙第六・七・八号証の各一)、同旨により、採用審査問題が全国的に開示を余儀なくされざるをえなくなることは確実に予測されうる事柄であって、重複問題のチェックの範囲およびその量は膨大なものとならざるをえず、問題作成者に対する負担の増大は容易に推測されうるものというべきである。

(2) また問題作成者については、第一審証人川崎希夫が証言するように、なるべく高校教育課の職員の範囲から選任しようとする傾向が強く(同証人調書一四丁裏)、平成七年度の数学作問を担当した指導主事は一人であったこと(同証人調書四八丁表)、また同じく証人濱田治が証言するように、問題作成委員というものは、教育関係者あるいは高知県の教育行政に関心の高い者とか、そういう者はうすうす感じてるかもしれない(同証人調書一〇丁裏)程度のものではあるが、その公開されていない現在の状況下においても教科(英語・国語・数学等)及び領域(生徒指導・同和教育等)の指導主事は、各一名程度しか存在しておらず、当初から人員が限定されているため、その特定が可能といわざるをえない状況のもとにある。

従ってこのような現状のもとにおいて、仮りに問題作成者の特定が可能であったとしても、問題が公開されていない以上、形式上は問題作成者自体を批判することは不可能であるとはいえるが、このような状況下においても、事実上は今回のような不適切な問題が出題されたとする指摘批判がされた場合には、問題作成者が間接的ながら精神的負担を負うこととならざるをえないのであり、況してや審査問題が公開されると、教育関係者あるいは高知県の教育行政に関心の高い者らによって、一つの問題が捉えられ、問題作成者が特定された上で教員採用審査問題としての適否や質を含めた直接的な批判に曝されることとなるのであって、しかもその批判は、当然に問題作成者にも向けられることとなり、特に不合格者からは問題作成者に対して、職場のみならず問題作成者の家庭までをも巻き込んだ批判が向けられる恐れのあることは容易に予測が可能な実状にあり、このような精神的負担の増大は、原判決のいうように教員採用審査問題作成に本質的に内在するものではなく、明らかに問題が公開されることによって初めて惹き起されるものなのである。

しかも実際には指摘批判がされなくとも、このような批判等を想定しつつ、既出問題との重複チェックを行い、短期間に問題作成を行わなければならないことによる精神的負担には到底余人をもってしては計り知れないものがあるといわざるをえないところである。

(3) 従って、審査問題を公開すると、右(1)・(2)に述べたとおり、問題作成者の精神的・物理的負担が増大し「問題作成者は、……本来の業務を行いつつ、約二か月間という短期間のうちに、もともと出題の種類・範囲が限定されている基礎的・基本的教養分野について、過去の問題との重複を極力避ける配慮を行いつつ、教員選考審査問題に相応しい適正かつ的確な択一式問題を作成」(原判決一五頁冒頭から九行目乃至一六頁冒頭から三行目)することは、事実上不可能に帰するといわざるをえず、本件審査問題を公開することは、本件条例第六条第八号にいう「事務事業の実施の目的が失われ、又はこれらの事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障を生ずると認められる」場合に該当するものといわざるをえない。

(4) しかも現状の人員体制(教科・領域の担当指導主事は各一名程度)のまま審査問題を公開すると、問題作成者に右(1)・(2)に述べた物理的・精神的負担を負わせ、過酷な職務を遂行させることとなるのであり、如何に職務とはいえ、このような状況を放置することは、職員の健康管理上の問題からも任命権者として到底許されないことであるばかりか、仮りに審査問題を公開するとすれば、現状の人員体制を改め、各教科・領域の担当指導主事すべてを少なくとも二名以上の複数体制とするとか、あるいは外部の人に委嘱するほかないこととなるが、そのためには新たな人材の確保のほかに、予算の問題、秘密保持等の課題を克服する必要があり、直ちに体制を整えることは困難である(次項第三項・(2)参照)。

加うるに外部の人を委嘱しようとしても、能力的観点から、例えば地元大学の教授らが考えられるが、当該大学の学生が教員採用審査を受審している現状からは、秘密保持あるいは他の受審者との公平の観点から、検討解決されなければならない問題点が多く、現実的には委嘱自体が極めて困難であり、教育委員会内部の職員に問題作成をさせることとならざるを得ない状況にある。

(5) 原判決は、その一七頁冒頭から一〇行目乃至一八頁冒頭から二行目において、問題作成者に物理的・精神的な負担が生じ、それが増大したとしても、上告人内部の職員を充てればよいのだから人材確保上の困難性は生じない旨判示しているが、人材の確保とは、「人材」を確保することであり、単に「人数」を確保することではない。

確かに、「確保」という観点のみに着目すれば、外部の人を委嘱をする場合には強制的な選任はできず、当人の同意を得なければならないから、例えば職務命令を発して命ずることのできる教育委員会内部の者を選任する方が人員の「確保」としては容易であろう。

しかしながら、ここで確保しなければならないのは人数ではなく問題作成者に相応しい「人材」なのである。本件において「人材」とは、精神的重圧にも挫けず良質の審査問題を短期間に作成することのできる能力を有する者のことであり、この点でいえば、教育委員会内部の限られた人員から選任するよりも、むしろ、広く外部から選任する方が「人材」の確保のためには容易といわざるをえないこととなるのであり(但し、その困難性については右(4)参照)、右原判決の判断は明らかに失当であるといわざるをえない。

(6) 原判決が第一審判決の一八頁冒頭から二行目以降七行目における認定を引用するのであれば、各種任意団体が右問題集を作成販売しており、受審者がそれを基に受審対策を行なっていることを前提とすることとなるのであるから、それは審査問題の開示に対する需要が高いことを肯認していることにほかならず、従って全国的に開示請求の行われる可能性も極めて高いということにならざるをえないであろうし、そのような論理に従うならば、むしろ当然の帰結として続けて一問ずつ結果的には全部の問題の開示が請求され、ひいては他の都道府県、政令指定都市の審査問題をも開示される結果が招来し兼ねないとの上告人の主張は、当然に認容されるべき論理的帰結とならざるをえないというべきであって、原判決のこの点についての判断もまさに開示させんがための論理のすぎないものというべきである。

(7) 以上のとおりであるから、原判決のこの点についての判断もこれまた本件条例第六条第八号の解釈につき、重大な事項を含むと認められるものがあるといわざるをえないところである。

三 最後に原判決は同じく第三の五において「本件文書が控訴人に開示された場合、控訴人は当然本件文書の内容を知り得ることになるし、高知県内に居住する個人等も本件条例に基づき本件文書の開示請求をすることにより、その内容を知り得ることになるが、県外居住者その他本件条例による開示請求権を有しない者は、本件条例に基づいては本件文書の開示を受けることができないため、教職員選考審査問題が記録されているという本件文書の性質上、結果的に、いわゆる県内受審者と県外受審者との間で不公平が生ずることは否定できない。」と判断しながらも、「しかしながら、かかる不公平を生ずることは、もともと本件条例の予定するところといえなくもなく、このことを本件文書の非開示事由とすることは、高知県の管理する公文書を一般的に開示すべきものとした本件条例の趣旨に反することになることが明らかである。かかる不公平な状態を回避するためには、本件文書を非開示とするという方法ではなく、これが開示されることを前提に、被控訴人において、これを県内のみならず県外に対しても一般的に本件文書を公表するなど、他の適切な方法を講ずることによって解決されるべきである。したがって、被控訴人の右主張は採用できない」旨判断した上、上告人の主張のいずれをも排除している。

(1) しかしながら上告人は、一般的に県内在住者及び県外在住者間の不公平が生じることをもって、非開示とすべきものと主張しているわけではない。本件条例にもとづく情報公開制度により教員採用審査問題を開示した場合、本件条例第五条により、県内に在住する受審者には開示されるが、県外に在住する受審者には開示されないこととなり、受審者間に不公平が生じ、公正・中立なる実施を確保すべき教員採用選考審査事務にとっては、このことが重大な支障となり得るため、本件条例第六条第八号の非開示事由に該当すると主張しているのであり(上告人原審準備書面(一)第一の三)、このような本件条例の人的適用範囲に制約の存在すること自体、右審査問題の開示自体を予想してなされた立法とは到底いい難いものといわざるをえず、この点についての右判断も本件条例第五条の解釈につき、重要な事項を含むと認められるものがあるといわざるをえないところである。

(2) しかも原判決は、本件条例第五条により生ずる不公平に対する同条の解釈論としていう、試験問題を一般的に公表すべきであるとする旨の判断に至っては、本件選考審査の本旨を無視し、解釈論の域を甚しく逸脱した独自の見解に立脚した立法論もしくは政策論というべきであり(憲法第二一条の解釈上も情報公開には限度があることにつき、前記第一・四参照)、本来行政庁である上告人が主体的に判断すべき領域を侵犯する以外の何物でもないものであって、司法的判断に馴染まない論理といわざるをえないものである(三権分立の本旨からみても、原処分取消判決が確定したからといって、判決の効力はあくまで原処分の取消までを拘束するにとどまり、それ以上に行政庁に向けて何らかの義務を課するものではないという正当な論理が忘却されているといわざるをえないところである)。審査問題を公開する前提条件として、被上告人申請第一審証人土屋基規は裁判官の補充尋問に対し、問題作成に係る職員等の体制の整備が不可欠であるが、公務員の定員や予算等の制約によって、現在どこの県でも当該体制は取られていない旨証言しているところであり(同証人調書二七丁裏九行目以降同二九丁表三行目)、本件審査問題の開示・非開示の判断は、当時の問題作成体制等の状況を前提条件として、本件条例解釈適用上の判断が行われるべきものというべきであって、この点についての右判断も本件条例第五条・第六条第八号の解釈につき、重要な事項を含むと認められるものがあるというべきである。

第三 以上のとおりであるから、原判決の右各判断はいずれの点からみても失当といわざるをえず、本件には本件条例第五条・第六条第八号を含む法令の解釈に関する重大な事項を含むと認められるものがあるから、本件受理申立自体直ちに受理され、御審究の上原判決自体速やかに破毀され、被上告人の請求自体失当として棄却されるべきものと確信する次第である。

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