最高裁判所第二小法廷 平成12年(行ツ)250号 判決 2002年2月22日
上告人
A
同訴訟代理人弁護士
三重利典
同
久米弘子
同
村松いづみ
同
吉田眞佐子
同
小山千蔭
同
湯file_8.jpg麻里子
被上告人
京都府知事
荒巻禎一
同訴訟代理人弁護士
前堀克彦
同指定代理人
都築弘
外一三名
主文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人三重利典、同久米弘子、同村松いづみ、同吉田眞佐子、同小山千蔭の上告受理申立て理由について
1 児童扶養手当(以下「法」という。)四条一項一号ないし四号は、児童扶養手当の支給対象となる児童として、父母が婚姻を解消した児童、父が死亡した児童、父が政令で定める程度の障害の状態にある児童及び父の生死が明らかでない児童を規定し、同項五号は「その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの」を規定している(ここに規定する場合を含め、法にいう「婚姻」には、婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含むものとされている(法三条三項)。以下本判決においても同じ。)。児童扶養手当法施行令(平成一〇年政令第二二四号による改正前のもの。以下「施行令」という。)一条の二第三号は、法四条一項五号に規定する政令で定める児童の一つとして、「母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童(父から認知された児童を除く。)」を規定している。
2 原審の適法に確定したところによれば、上告人は、婚姻によらないで子を懐胎、出産して、これを監護しており、被上告人から、施行令一条の二第三号に該当する児童を監護する母として、平成三年二月分から児童扶養手当の支給を受けていたが、同六年一月二六日、子がその父から認知されたため、児童扶養手当の受給資格が消滅したとして、被上告人から同七年四月五日付けで児童扶養手当受給資格喪失処分(以下「本件処分」という。)を受けたというのである。
本件は、上告人が、施行令一条の二第三号において「(父から認知された児童を除く。)」との括弧書(以下「本件括弧書」という。)を設けたことは違憲、違法であるとして、本件処分の取消しを求めている事案である。
3 上記事実関係の下で、原審は、概要、(1)母が婚姻によらずに懐胎、出産した児童(以下「婚姻外懐胎児童」という。)は、認知によって法律上の父がいない状態から脱却し、父に扶養請求をすることができるようになり、生活環境の好転があったと評価することができるから、本件括弧書を設けて認知の有無によって支給対象児童を区別することが、憲法一四条に違反しているとか、法の委任の範囲内で政令を制定する内閣の裁量の逸脱、濫用に当たるとすることはできない、(2)本件括弧書は、市民的及び政治的権利に関する国際規約、児童の権利に関する条約並びに女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約に違反するものではない、(3)本件括弧書が認知請求権を侵害するものとはいえないと判断して、上告人の請求を認容した第一審判決を取り消して、上告人の請求を棄却した。
4 しかしながら、本件括弧書を設けたことが法の委任の範囲内にあるものとした原審の上記判断は、是認することができない。その理由は次のとおりである。
法四条一項五号による委任の範囲については、その文言はもとより、法の趣旨及び目的、同項が支給対象児童として一定の類型の児童を掲げた趣旨並びにそれら児童との均衡等をも考慮して解釈すべきところ、法四条一項各号は、類型的にみて世帯の生計維持者としての父による現実の扶養を期待することができないと考えられる児童、すなわち、児童の母と婚姻関係にあるような父が存在しない状態、あるいは児童の扶養の観点からこれと同視することができる状態にある児童を支給対象児童として定めているものと解される。
婚姻外懐胎児童は、世帯の生計維持者としての父がいない児童であって、父による現実の扶養を期待することができない類型の児童に当たり、施行令一条の二第三号が本件括弧書を除いた本文において婚姻外懐胎児童を法四条一項一号ないし四号に準ずる児童として取り上げていることは、法の委任の趣旨に合致するところである。一方で、施行令一条の二第三号は、本件括弧書を設けて、父から認知された婚姻外懐胎児童を支給対象児童から除外することとしている。確かに、認知によって婚姻外懐胎児童は法律上の父が存在する状態になるのであるが、法四条一項一号ないし四号が法律上の父の存否のみによって支給対象児童の類型化をする趣旨でないことは明らかであるし、認知により、当然に母との婚姻関係が形成されるなどして、世帯の生計維持者としての父が存在する状態になるわけでもない。また、父から認知されれば、通常、父による現実の扶養を期待することができるともいえない。したがって、婚姻外懐胎児童が認知により法律上の父がいる状態になったとしても、類型的にみて、法四条一項一号ないし四号に準ずる状態が続いていることを否定することはできないというべきである。そうすると、施行令一条の二第三号が本件括弧書を除いた本文において、法四条一項一号ないし四号に準ずる状態にある婚姻外懐胎児童を支給対象児童としながら、本件括弧書により、父から認知された婚姻外懐胎児童を除外することは、法の委任の趣旨に反するものといわざるを得ない。
5 以上のとおりであるから、父から認知された婚姻外懐胎児童を児童扶養手当の支給対象となる児童の範囲から除外した本件括弧書は、法の委任の範囲を逸脱した違法な規定として、無効と解すべきものである。そうすると、その余の点についての検討を経るまでもなく、本件括弧書を根拠としてされた本件処分は違法といわざるを得ず、原審の前記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。したがって、上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・梶谷玄、裁判官・河合伸一、裁判官・福田博、裁判官・北川弘治、裁判官・亀山継夫)