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最高裁判所第二小法廷 平成12年(行ヒ)53号 判決 2004年4月16日

上告人

同訴訟代理人弁護士

浅野正久

伊藤みさ子

久保田治盈

中村順英

細沼早希子

三宅弘

同訴訟復代理人弁護士

福田知子

牧野友香子

被上告人

静岡県知事 石川嘉延

同訴訟代理人弁護士

石津廣司

同指定代理人

杉田勇三

浅田伸明

村松由隆

市川克次

主文

1  原判決中別紙文書目録1の1の文書等に関する部分を破棄し、同部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

2  原判決中別紙文書目録1の2の文書等に関する部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消し、被上告人が上告人に対し平成元年10月12日付けでした公文書一部非開示決定中同部分に係る部分を取り消す。

3  原判決中別紙文書目録1の3の文書等に関する部分を破棄し、同部分につき被上告人の控訴を棄却する。

4  上告人のその余の上告を棄却する。

5  第2項に関する訴訟の総費用並びに第3項に関する控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とし、前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

第1  事案の概要

1  本件は、静岡県(以下「県」という。)内に住所を有する上告人が、静岡県公文書の開示に関する条例(平成元年静岡県条例第15号。以下「本件条例」という。)に基づき、被上告人に対し、昭和63年度の静岡県知事、同副知事及び同出納長(以下、3者を併せて「知事等」という。)の交際費に関する公文書(別紙文書目録1の1の(1)にいう前渡資金出納簿、同(2)にいう支出証拠書等)の開示を請求したところ、被上告人から、本件条例9条2号、3号又は8号所定の非開示情報が記録されていることを理由として、対象となる公文書の一部を非開示とする決定(以下「本件決定」という。)を受けたため、その取消しを求めている事案である。

2  原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

(1)  本件条例9条柱書きは、「実施機関は、開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている場合は、当該公文書の開示をしないことができる。」と規定し、その2号は「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの。ただし、次に掲げる情報を除く。ア 法令又は条例(以下「法令等」という。)の定めるところにより、何人でも閲覧することができる情報 イ 公表を目的として実施機関が作成し、又は取得した情報 ウ 法令等の規定に基づく許可、免許、届出等の際に実施機関が作成し、又は取得した情報で、開示することが公益上必要であると認められるもの」と規定している。その3号本文は「法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、開示することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれると認められるもの」と規定している。その8号は「監査、検査、取締り、徴税等の計画及び実施要領、渉外、争訟、交渉の方針、契約の予定価格、試験の問題及び採点基準、職員の身分取扱い、用地買収計画その他の実施機関が行う事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあるもの、関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの又は県の行政の公正若しくは円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなもの」と規定している。

(2)  本件決定によって非開示とされたのは、昭和63年度の知事等の交際費に関する前渡資金出納簿(以下「本件前渡資金出納簿」という。)の摘要欄のうち支出項目及び行為者が記載された部分以外の部分(以下「本件摘要欄非開示部分」という。)並びに上記交際費に関する前渡資金支払計算書添付の支出証拠書(以下「本件支出証拠書」といい、本件摘要欄非開示部分と併せて「本件非開示文書等」という。)である。

本件前渡資金出納簿は、知事等の交際費に関する前渡資金の出納状況について、年月日、摘要、現金及び預金の受払とその残額とに分けて記録されている文書である。そのうち摘要欄には、各交際費の支出ごとに支出項目及び行為者が記載されているほか、本件摘要欄非開示部分には、支出項目の別に応じ、交際の相手方、交際費の支出事由、贈呈品の購入先等の債権者の名称などが記載されている。

本件支出証拠書は、各交際費の支出につき、その支出先の作成した請求書、領収書又は支出の性質上これらを徴することができない場合に県の担当職員が作成した支払証明書から成り、それぞれ、請求、領収又は支出の年月日及び金額が記載されている。そのほか、支出項目、行為者、債権者の名称、購入品名、単価、債権者の取引銀行口座の記載や債権者の取扱者の押印又はサインがあるものがあり、また、余白に交際の相手方、交際費の支出事由等がメモ書きされているものもある。

(3)  県においては交際費に係る個別の支払を儀礼的経費、贈呈品、接待、賛助、その他に区分して整理している。これらの区分に係る具体的な支出項目等は、次のとおりである。

ア 儀礼的経費

儀礼的経費に区分される交際費のうち、慶祝の目的でされる支出は「御祝」、「御祝儀」及び「御祝生花」の各支出項目に、弔慰の目的でされる支出は「生花」、「供物生花」、「御供物」、「玉串料」、「御香料」及び「会費(不祝儀)」の各支出項目に、せん別の目的でされる支出は「御餞別」及び「御餞別(退職者)」の各支出項目に、見舞いの目的でされる支出は「御見舞」、「御見舞生花」及び「御見舞果物」の各支出項目に分類されている。本件非開示文書等に記録されている「御祝」、「御祝儀」及び「御祝生花」に分類される支出は、県政に関連する個人あるいは団体等が主催する懇談会、御祝いの会合等に知事等が出席する際に金員や生花を贈ったものである。

イ 贈呈品

贈呈品に区分される交際費は、上京時や来訪者への土産、死亡叙勲者への供物、外国からの賓客への記念品等の購入のための支出であり、「贈呈品」、「その他贈呈品」、「贈答品」及び「その他贈答品」の各支出項目に分類されている。

ウ 接待

接待に区分される交際費は、懇談あるいは接遇のための支出であり、「接待経費」及び「懇談経費」の各支出項目に分類されている。

エ 賛助

賛助に区分される交際費は、各種団体の行う行事に対する賛助、知事賞の贈呈のための支出であり、「賛助」及び「知事賞」の各支出項目に分類されている。交際費が支出される知事賞は、県政に関連する団体が内輪の催しをする際に提供されるものである。

オ その他

その他に区分される交際費は、「その他」及び「その他(負担金)」の各支出項目に分類されている。本件非開示文書等に記録されている「その他」に分類される支出のうち第1審判決別表第二の番号94及び492のもの及び「その他(負担金)」に分類される支出は、県政に関連する団体等が内輪の催し等をする際に、賛助の趣旨で支出されたものである。

(4)  本件非開示文書等には557件の交際費の支出に係る情報が記録されており、その支出年月日、支出項目及び行為者は、第1審判決別表第二のとおりである。

本件非開示文書等のうち、別紙文書目録1の1の(1)、(2)のア及びイ、2並びに別紙文書目録2の2の文書等(以下「本件相手方識別文書等」という。)は交際の相手方が識別され得るものであるが、別紙文書目録1の1の(2)のウ及び3の文書等は交際の相手方が識別され得るものとは認められないものである。本件相手方識別文書等のうち、第1審判決別表第二の「前渡資金出納簿・交際の相手方・個人名」欄、同「法人名」欄及び「支出証拠書・交際の相手方・個人名」欄、同「法人名」欄に「識別」又は「識別可能」と記載されているものは、交際の相手方である特定の個人又は法人等が識別され得るものである。

第2  上告代理人浅野正久、同伊藤みさ子、同久保田治盈、同中村順英、同細沼早希子、同三宅弘の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について

1  原審は、前記事実関係等の下において、本件非開示文書等のうち別紙文書目録1の文書等及び別紙文書目録2の2の文書等には、本件条例9条8号所定の非開示情報が記録されているから、本件決定は相当であると判断した。

2  しかしながら、原審の上記判断のうち、本件非開示文書等のうち別紙文書目録2の2の文書等に本件条例9条8号所定の非開示情報が記録されているとした部分は是認することができるが、別紙文書目録1の文書等に同号所定の非開示情報が記録されているとした部分は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1)  知事等の交際事務は、その目的、性質に照らして考えると、相手方が識別され得るような文書の開示によって相手方の氏名等が明らかにされることになれば、交際の相手方との間の信頼関係あるいは友好関係を損ない、交際それ自体の目的に反し、ひいては交際事務の目的が達成できなくなるおそれがあり、また、知事等の交際事務の公正又は円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるというべきであるから、知事等の交際に関する情報で相手方が識別され得るものは、原則として、本件条例9条8号所定の非開示情報に該当するというべきである。しかしながら、知事等の交際に関する情報で交際の相手方が識別され得るものであっても、相手方の氏名等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているもの、すなわち、交際の相手方及び内容が不特定の者に知られ得る状態でされる交際に関するものなど、相手方の氏名等を公表することによって交際の相手方との信頼関係あるいは友好関係を損ない、ひいては交際事務の目的が損なわれたり、知事等の交際事務の公正又は円滑な執行に支障が生じたりするおそれがあるとは認められないようなものは、例外として同号所定の非開示情報に該当しないと解するのが相当である。

(2)  前記事実関係等によれば、別紙文書目録1の1の(2)のウ及び3の文書等は交際の相手方が識別され得るものとは認められないものであるから、これらを開示しても、相手方に不満、不快の念を抱かせるような事態は考え難く、当該交際の目的が損なわれるおそれや交際事務の公正又は円滑な執行に支障が生ずるおそれなどはないというべきである。したがって、上記文書等には、本件条例9条8号所定の非開示情報が記録されているということはできない。

(3)  次に、本件相手方識別文書等について、支出項目ごとに本件条例9条8号所定の非開示情報が記録されているかどうかを検討する。

ア 「生花」

前記事実関係等によれば、「生花」に分類される支出は、弔慰の目的でされるものであるが、このような弔慰の目的での生花は、葬儀等に際し知事等の名を付して一般参列者の目に触れる場所に飾られるのが通例であり、これを見ればそのおおよその価格を知ることができるものである。そうであるとすると、このような生花の贈呈は、交際の相手方及びその内容が不特定の者に知られ得る状態でされる交際に該当するというべきであるから、本件相手方識別文書等に記録されている「生花」に分類される支出に係る情報は、本件条例9条8号所定の非開示情報に該当しないと解するのが相当である。

イ 「供物生花」及び「御供物」

前記事実関係等によれば、「供物生花」及び「御供物」に分類される支出は、「生花」と同様に弔慰の目的でされるものである。ところで、記録によれば、本件非開示文書等に記録されている「供物生花」及び「御供物」に分類される支出は、県政に関連する者やその親族等の法事に際して知事等が生花や供物を贈ったものであることがうかがわれる。仮にこのような事実が認められるとすると、法事は親族等の限られた者のみが参加するのが通例であり、不特定の者が参加し得る葬儀等の場合とは異なるので、法事に生花や供物を贈ったことが、交際の相手方及びその内容が不特定の者に知られ得る状態でされる交際に該当するということには疑問が生ずるところである。したがって、本件相手方識別文書等に記録されている「供物生花」及び「御供物」に分類される支出については、これらの支出がどのような機会にされたものであるのかにつき事実を確定しなければ、これらの支出に係る情報が本件条例9条8号所定の非開示情報に該当するかどうかを判断することはできないというべきである。

ウ 「御祝生花」

前記事実関係等によれば、本件非開示文書等に記録されている「御祝生花」に分類される支出は、県政に関連する個人あるいは団体等が主催する懇談会、御祝いの会合等に知事等が出席する際に生花を贈ったものである。この会合等が一部の限られた者のみが参加する会合等であったのか、あるいは不特定の者が参加し得る会合等であったのかは原審において確定されていないが、後者の会合等であった蓋然性を否定することはできない。仮に後者の会合等であったとすれば、このような生花の贈呈は、交際の相手方及びその内容が不特定の者に知られ得る状態でされる交際に該当するというべきである。したがって、本件相手方識別文書等に記録されている「御祝生花」に分類される支出については、上記の点を確定しなければ、その支出に係る情報が本件条例9条8号所定の非開示情報に該当するかどうかを判断することはできないというべきである。

エ 「接待経費」及び「懇談経費」

前記事実関係等によれば、「接待経費」及び「懇談経費」に分類される支出は、懇談あるいは接遇のための支出である。これらの懇談あるいは接遇には、様々な趣旨、内容のものが含まれるものと考えられるところ、その多くは、その性質上、支出の要否や金額等が県と相手方とのかかわり等をしんしゃくして個別に決定されるものであり、支出金額等、交際の内容が不特定の者に知られ得る状態でされるものとは通常考えられないから、本件相手方識別文書等に記録されている「接待経費」及び「懇談経費」に分類される支出に係る情報が本件条例9条8号所定の非開示情報に該当する可能性は高いというべきである。もっとも、例えば、知事が他の地方公共団体の長等との間で公式に開催する定例の会合、県政に対して功労のあった者等を知事が公に表彰するに際して行う祝宴等は、その相手方及び内容が明らかにされても、通常、これによって相手方が不快な感情を抱き、当該交際の目的に反するような事態を招くことがあるとはいえないから、本件相手方識別文書等に記録されている「接待経費」及び「懇談経費」に分類される支出に係る情報の中には同号所定の非開示情報に該当しない例外的な場合に当たるものが含まれている可能性がある。そうすると、本件相手方識別文書等に記録されている「接待経費」及び「懇談経費」に分類される支出に係る情報については、その具体的な類型を明らかにしなければ、同号所定の非開示情報に該当するかどうかを判断することはできないというべきである。

オ その余の支出項目

前記事実関係等によれば、上記アからエまでに記載したもの以外の支出項目に分類される支出については、その性質上、その支出の要否や金額等が相手方とのかかわり方等をしんしゃくして個別に決定されるものであり、金品の贈呈等の事実はともかく、具体的な金額等が不特定の者に知られ得る状態でされるものとは通常考えられないものである。したがって、本件相手方識別文書等に記録されているこれらの支出に係る情報は、本件条例9条8号所定の非開示情報に該当すると解するのが相当である。

(4)  そうすると、本件相手方識別文書等のうち上記その余の支出項目に分類される支出に係るものである別紙文書目録2の2の文書等には、本件条例9条8号所定の非開示情報が記録されているというべきである。しかしながら、交際の相手方が識別され得るものとは認められないものである別紙文書目録1の1の(2)のウ及び3の文書等並びに本件相手方識別文書等のうち「生花」に分類される支出に係るものである別紙文書目録1の1の(2)のイ及び2の文書等には、同号所定の非開示情報が記録されているということはできない。また、本件相手方識別文書等のうち「供物生花」、「御供物」、「御祝生花」、「接待経費」及び「懇談経費」に分類される支出に係るものである別紙文書目録の1の1の(1)及び(2)のアの文書等は、更に審理を尽くさなければ、同号所定の非開示情報が記録されているかどうかを判断することはできないというべきである。

3(1)  被上告人は、「生花」に分類される支出に係る文書等につき、交際の相手方である特定の個人が識別され得るものであるとして、本件条例9条2号所定の非開示情報が記録されている旨主張している。

しかしながら、本件条例9条2号ただし書イの「公表を目的として実施機関が作成し、又は取得した情報」には、公表することを直接の目的として実施機関が作成し、又は取得した情報だけでなく、公表することがもともと予定されているものをも含むものと解するのが相当であるから、その交際の性質、内容等からして交際内容等が一般に公表、披露されることがもともと予定されているもの、すなわち、交際の相手方及び内容が不特定の者に知られ得る状態でされる交際に関するものは、同号所定の非開示情報には該当しないというべきである(最高裁平成13年(行ヒ)第83号、第84号同15年10月28日第三小法廷判決・裁判集民事211号287頁登載予定参照)。前記のとおり、「生花」に分類される支出に係る情報は、交際の相手方及び内容が不特定の者に知られ得る状態でされる交際に関するものであるから、同条2号ただし書イの情報に当たり、同号所定の非開示情報には該当しないというべきである。

(2)  また、被上告人は、債権者が識別され得る文書等につき本件条例9条3号所定の非開示情報が記録されている旨主張している。

しかしながら、債権者の名称など本件摘要欄非開示部分に記載されている事項が明らかになったからといって当該債権者の競争上又は事業運営上の地位等が損なわれる事情は、原審において認定されていないから、本件摘要欄非開示部分に本件条例9条3号所定の非開示情報が記録されているということはできない。

他方、本件支出証拠書のうち被上告人において債権者が識別され得るものであると主張しているものについては、原審が確定した事実のみでは、本件条例9条3号所定の非開示情報が記録されているかどうかを判断することはできないから、この点について更に審理を尽くす必要がある。

4  以上によれば、原審の前記1の判断中、別紙文書目録2の2の文書等に本件条例9条8号所定の非開示情報が記録されているとした部分は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。この部分については、論旨は採用することができず、本件上告は棄却すべきである。しかしながら、原審の前記1の判断中、別紙文書目録1の文書等に関する部分には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中上記判断に係る部分は破棄を免れない。そして、別紙文書目録1の2の文書等については、第1審判決中、本件決定のうち同文書等を非開示とした部分に係る上告人の請求を棄却した部分を取り消して、本件決定のうち上記部分を取り消し、別紙文書目録1の3の文書等については、第1審判決中、本件決定のうち同文書等を非開示とした部分を取り消した部分に対する被上告人の控訴を棄却すべきである。また、別紙文書目録1の1の文書等については、本件条例9条2号、3号又は8号所定の非開示情報が記録されているかどうかにつき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滝井繁男 裁判官 福田博 北川弘治)

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