最高裁判所第二小法廷 平成13年(受)505号 判決 2003年4月11日
上告人
甲野太郎
同訴訟代理人弁護士
白澤恒一
被上告人
乙山次郎
同訴訟代理人弁護士
山下俊之
主文
1 原判決を破棄する。
2 被上告人の請求を棄却する。
3 訴訟の総費用は、被上告人の負担とする。
理由
上告代理人白澤恒一の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 第一審判決別紙物件目録一及び二記載の各土地(以下「本件入会地」という。)は、秋田県由利郡象潟町大砂川部落に居住する三三名の者ら(以下「本件権利者ら」という。)の入会権の対象地であり、本件権利者らは、本件入会地を含む入会地の管理のために大砂川財産管理会(以下「本件管理会」という。)を結成していた。被上告人は、本件権利者らの一人である。
本件入会地の地盤は、下記(2)の売却前、本件権利者らの総有に属し、本件管理会の会計担当者名義への所有権移転登記がされていた。
なお、本件管理会の規約は、その目的を「土地を有効適切に管理運営し、共有権者の経済的地位の向上をはかる」こと等とし(二条)、その会員資格を大砂川部落に居住する者に限り(四条)、その事業を「土地の貸付け、又は処分をして共有財産の堅実なる効率的運営を行う」こと等とし(七条)、また、「土地又は分収金、その他配分一切に関する件については権利者会議に於いて協議の上、決定する」との規定を置いていた(一七条)。また、本件管理会は、団体としての組織を備え、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定しており、権利能力のない社団に当たる。
(2) 本件管理会は、平成七年九月三日、臨時総会を開催し、本件権利者ら全員の賛成により、本件入会地を象潟町に特別養護老人ホームの敷地として売却することを決議した。
本件入会地は、平成八年六月四日、象潟町に対し、上記老人ホームの敷地として売却され、同月一〇日、本件入会地について、同町への所有権移転登記が経由された。これにより、本件入会地の入会権は消滅した。
(3) 上告人は、本件管理会代表として、同月一〇日、上記売却代金二九八八万三八九五円の交付を受け、同月二九日、そのうち二七〇九万九六二二円を本件権利者らのうち二三名に分配し、その残金を保管し、被上告人ら一〇名に対しては代金の分配をしなかった。
(4) 本件権利者らは、上記売却後も他に入会地を有しており、本件管理会も、その管理運営等のため存続している。
2 本件は、被上告人が、①本件入会地の入会権は、本件入会地を上記老人ホームの敷地として売却する旨の総会決議がされた時点で消滅し、これにより本件入会地は通常の共有関係に転化した、②被上告人は、本件入会地の売却代金について共有持分に応じた権利を取得した、③被上告人は、上告人の上記1(3)の行為によって上記②の権利を侵害されたなどと主張し、上告人に対し、不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
なお、被上告人は、上告人に対し不当利得返還請求訴訟を提起したが、第一審で請求棄却の判決を受け、控訴の上、原審において、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟に、訴えを交換的に変更したものである。
3 原審は、前記事実関係の下で、次のとおり判断して、被上告人の請求を認容した。
(1) 本件入会地の入会権がその売却により消滅したことに照らせば、売却前に入会権の放棄があり、本件入会地に対する権利は通常の共有権に変質し、その売却代金債権について被上告人が持分に応じた分割債権を取得したものと認めるのが相当である。仮に売却により象潟町に所有権が移転した時に入会権の放棄があったと認めるべきであるとしても、入会権の対象でなくなった土地の処分代金について総有を観念すべきものとは思われないから、本件入会地の売却代金債権について被上告人が持分に応じた分割債権を取得したというべきである。
(2) そうすると、本件入会地の売却代金は被上告人にも分配されるべきであるのに、上告人は、同代金の大部分を本件権利者らのうち二三名のみに分配し、一部を保留して被上告人に分配の必要はないとしているのであるから、被上告人の権利を侵害したことが明らかである。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記事実関係によれば、本件入会地は、上記老人ホームの敷地として売却されたというのであるから、その目的達成のために、本件入会地について、本件権利者らが入会権の放棄をしたものと認めるのが相当である。しかしながら、本件入会地が従前から本件権利者らの総有に属し、本件権利者らが本件入会地を含む入会地の管理運営等のために本件管理会を結成し、その規約において入会地の処分等をも本件管理会の事業とし(七条)、本件入会地の売却が本件管理会の決議に基づいて行われ、売却後も本件権利者らの有する他の入会地が残存し、本件管理会も存続しているという前記事実関係の下においては、本件管理会の事業として行われた本件入会地の売却を前提として、上記の趣旨で行われた上記入会権の放棄によって本件管理会の本件入会地に対する管理が失われたということはできないから、放棄によって本件入会地に対する本件権利者らの権利関係が総有から通常の共有に変化したものと解する根拠はない。そして、本件管理会の規約七条は、入会地の売却代金の管理運営を本件管理会の事業とする旨を定めており、本件管理会においては、規約上、入会地の売却代金が本件権利者らの総有に属することを当然の前提としていたということができる。そうすると、本件入会地の売却代金債権は、本件権利者らに総有的に帰属するものと解すべきであり、被上告人が同代金債権について持分に応じた分割債権を取得したということはできない。
したがって、被上告人が上記売却代金債権について持分に応じた分割債権を取得したことを前提とする本件損害賠償請求は、理由のないことが明らかである。
5 以上によれば、論旨は、上記の趣旨をいうものとして理由があり、原審の前記判断には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反がある。原判決は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、被上告人の請求を棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・梶谷玄、裁判官・福田博、裁判官・北川弘治、裁判官・亀山継夫、裁判官・滝井繁男)
上告受理申立書
第1 第二審判決の表示
被控訴人は、控訴人に対し、九〇万五五七二円及びこれに対する平成一〇年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は一、二審を通じて被控訴人の負担とする。
第2 上告受理申立ての趣旨
原判決を破棄し、さらに相当の裁判を求める。
第3 上告受理申立ての理由
1 原判決は入会団体に属する財産につき法(民法第二六三条)の解釈を誤っている。
入会団体に属する本件土地は団体構成員の総有に属するものであり、それを売却した代金(現金)も入会団体に属する財産であることは当然の理論的帰結であり、代金(現金)は構成員の総有に属するものであることに疑問の余地はない。原判決はこの至極当然の解釈をとらず、総有の土地を売却すれば代金は通常の共有に変化するとしている。しかしながらこのような解釈はまったく法的根拠を欠くものであり、論理的説明もつかない。このような解釈は、民法の入会権を非近代的権利であるとして否定的にとらえ、これをなるべく近代的な個人的権利に移行させようとする思想につながる。しかしながら民法は入会権について決して否定的な態度をとっておらず、入会団体の財産は団体の法理で運用することを認めている。原判決は入会権を否定的にとらえているものと思われ、民法第二六三条(共有の性質を有する入会権)につき、その立法趣旨に反する解釈をしている。
2 また、原判決は共有物分割に関する民法第二五六条、同第二五八条の規定についても誤った解釈をしている。
仮に原判決の言うように、本件売買代金(現金)が通常の共有に変化するとしても、これが共有物分割の手続なしに直ちに共有者の個人財産に転化するとする原判決の法解釈は間違っている。原判決は共有物が可分物の場合、共有物の分割手続を経なくとも自動的に共有者の個人財産として分割されると解釈しているようである。しかしながらこのような解釈では、理論的に可分物には共有ということはありえないこととなる(共有になったと同時に自動的に分割されてしまうことになるからである。)。民法第二五六条以下の共有物分割規定は不可分な物体にのみ適用されるのではなく、当然のことながら現金のような可分物の場合にも適用がある。本件の売買代金(現金)を個人的権利として相手方が取得するためには、入会団体の構成員全体が参加した共有物分割の手続がとられる必要がある。共有物分割手続の行われていない本件のばあい(争いがない。)、仮に原判決のように総有の土地の売却によって代金が通常の共有に変化するものと解するとしても、代金は依然として未分割の共有財産のままのはずである。よって相手方が個人的財産として代金の一部(九〇万五五七二円)を取得したことを前提にそれを被侵害利益として不法行為の成立を認めたことは違法である。
本件代金は入会団体構成員の合意が成立しない限り、入会団体(部落)の総有もしくは共有財産として管理されるべきものである。申立人が相手方に個人的に損害賠償をするという筋合いのものではなく、代金はあくまでも団体の財産として団体の法理にもとづいて処理がなされるべきである。
3 まとめ
原判決は、「総有」が「共有」に、また「共有」が「個人的権利」に自動的に変化していくと断じているが、もともと入会団体の財産であったものが、何の法的根拠もなく、また何の手続(構成員の全員の参加が必要)もとられていないのに、自動的に個人財産に変化してしまうというのは、論理の飛躍があり、また法解釈として間違っているものといわざるをえない。
以上のとおり、原判決には重大な法解釈の誤りがある以上、原判決は破棄されるべきである。
上告受理申立て理由補充書
第1 追加理由
1 民法第七〇九条の解釈の誤りの主張
原判決は実質上、民法第七〇九条が過失責任であることを否定し、結果責任を認めている。原判決は「少なくとも過失は認められる。」と述べているが、上告受理申立人に一体全体どのような注意義務違反があったのかまったく説明していない。
注意義務違反があったとするためには、予見可能性がなければならない。しかしながら、入会団体の財産が総有なのか、共有なのか、また入会団体に属する売買代金が個人財産に自動的に転化してしまうのか、持分は平等であるとするのが正しいのか、などという問題は、法律の専門家の間でもまったく未解決の問題であり、素人の上告受理申立人に判断できるはずはない(現に第一審と第二審の判断も別れている。)。
また、現実問題として、本件部落にかつて属していた土地(中学校用地)を売却した代金が平等に分配されていないことは、証拠により明白である(相手方申請の横山正直証人の証言等)。
よって平等に代金を分配すべきであるとの認識を持ちもしくはそれを予見することは、上告受理申立人にとって不可能なことである。認識(予見)しえない事実について過失責任を認めた原判決は正に結果責任を認めたものと評しうる。
本来、結果責任は不法行為ではなく、不当利得で処理すべきである。相手方は第一審の最初から一貫して不当利得の返還請求という理論構成をしてきたが、どういうわけか原審裁判所は積極的釈明権を行使して相手方を説得したうえ、相手方をして不当利得の主張をわざわざ認定困難な不法行為に変更せしめているのである。相手方の代理人も裁判所の釈明にはなかなか理解を示さなかったが、最終的には認定が困難な不法行為構成への変更を促す釈明に応じてしまった。当代理人も過失責任の認定は困難との見方をしていたが、どういうわけか原裁判所は過失ありとしてしまった。このような積極的釈明を行うことが民事訴訟法上許容されるか否かの問題はしばらくおくとして、原審裁判所がこのような積極的釈明を行った以上、過失に該当する事実につきそれを具体的に指摘したうえで、過失の認定をするに足りる理由を明示する義務があったはずである。それを「少なくとも過失があった。」と抽象的に述べるにとどまり、何ら過失に該当するという具体的理由を示していないのは誠に不可解といわなければならない。これは「結果として被害が発生したから過失が推定される」と述べているのと同じことであり、民法第七〇九条の過失責任の原則に反する認定といわなければならない。
第2 従来の理由の確認と補充
1 原判決は入会団体に属する財産につき法(民法第二六三条)の解釈を誤っている。
本件の入会団体部落は権利能力なき社団であり、入会団体に属する本件土地は団体構成員の総有に属するものであり、それを売却した代金(現金)も権利能力なき社団である入会団体に属する財産であることは当然の理論的帰結であり、代金(現金)は構成員の総有に属するものであることに疑問の余地はない。原判決はこの至極当然の解釈をとらず、権利能力なき社団の法主体性を認めようとはせず、権利能力なき社団である部落の土地を売却すれば代金は自動的に部落の所有から離れ、構成員全員による通常の共有に変化するとしている。しかしながらこのような解釈はまったく法的根拠を欠くものであり、論理的説明もつかない。このような解釈は、民法の入会権を非近代的権利であるして否定的にとらえ、これをなるべく近代的な個人的権利に移行させようとする思想につながる。しかしながら民法は入会権について決して否定的な態度をとっておらず、入会団体の財産は団体の法理で運用することを認めている。原判決は入会権を否定的にとらえているものと思われ、民法第二六三条(共有の性質を有する入会権)につき、その立法趣旨に反する解釈をしている。
2 また、原判決は共有物分割に関する民法第二五六条、同第二五八条の規定についても誤った解釈をしている。
仮に原判決の言うように、本件売買代金(現金)が自動的に権利能力なき社団の所有を離れ、構成員全員の通常の共有に変化するとしても、これが共有物分割の手続なしに直ちに共有者の個人財産に転化するとする原判決の法解釈は間違っている。原判決は共有物が可分物の場合、共有物の分割手続を経なくとも自動的に共有者の個人財産として分割されると解釈しているようである。しかしながらこのような解釈では、理論的に可分物には共有ということはありえないこととなる(共有になったと同時に自動的に分割されてしまうことになるからである。)。民法第二五六条以下の共有物分割規定は不可分な物体にのみ適用されるのではなく、当然のことながら現金のような可分物の場合にも適用がある。本件の売買代金(現金)を個人的権利として相手方が取得するためには、入会団体の構成員全員が参加した共有物分割の手続がとられる必要がある。共有物分割手続の行われていない本件のばあい(争いがない。)、仮に原判決のように総有の土地の売却によって代金が通常の共有に変化するものと解するとしても、代金は依然として未分割の共有財産のままのはずである。よって相手方が個人的財産として代金の一部(九〇万五五七二円)を取得したことを前提にそれを被侵害利益として不法行為の成立を認めたことは明らかに誤りであるといわなければならない。
3 まとめ
本件代金は入会団体構成員全員の合意が成立しない限り、権利能力なき社団である入会団体(部落)の所有財産として使用・管理されるべきものである。申立人が相手方に個人的に損害賠償をするという筋合いのものではなく、代金はあくまでも団体の財産として団体の法理にもとづいて処理がなされるべきである。
殊に原判決のように、相手方一人の主張のみを採用し、団体の財産を自動的に個人財産に分割すると決めつけることは、他の三二名の構成員の意思がまったく反映されないまま、権利能力なき社団の財産が裁判所によって強制的に分割されてしまうことになる。相手方及び相手方申請証人の横山政直氏の二名を除くその余の三一名の部落構成員は、全員、本件代金を平等の割合で分割することに反対している(証拠のうえで明白である。)。よって部落の所有に属する本件売買代金は、全員の合意が成立しないことは明白なのであるから、権利能力なき社団である部落の財産として部落において使用管理がなされるべきであり、相手方個人に分配すべきものではない。
原判決は、「総有」すなわち「権利能力なき社団の所有」が「共有」に自動的に変化し、さらに「共有」が「個人的権利」に自動的に変化していくと断じているが、もともと入会団体の財産であったものが、何の法的根拠もなく、また何の手続(構成員の全員の参加が必要)もとられていないのに、自動的に個人財産に変化してしまうというのは、論理の飛躍があり、また法解釈として間違っているものといわざるをえない。他の三一名の構成員が手続に参加していないのに、裁判所がこのような分割をしてしまうのは、司法の権限を逸脱するものといわなければならない。
以上のとおり、原判決には重大な法解釈の誤りがある以上、原判決は破棄されるべきである。