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最高裁判所第二小法廷 平成14年(オ)25号 決定 2002年5月31日

上告人兼申立人(被告)

横谷義雄

被上告人兼相手方

甲野一郎

ほか一名(原告)

主文

本件上告を棄却する。

本件を上告審として受理しない。

上告費用及び申立費用は上告人兼申立人の負担とする。

理由

一  上告について

民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは、民訴法三一二条一項又は二項所定の場合に限られるところ、本件上告理由は、違憲及び理由の不備をいうが、その実質は単なる法令違反を主張するものであって、明らかに上記各項に規定する事由に該当しない。

二  上告受理申立てについて

本件申立ての理由によれば、本件は、民訴法三一八条一項により受理すべきものとは認められない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判官 亀山継夫 河合伸一 福田博 北川弘治 梶谷玄)

上告理由

一 総論

本件は交通事故で死亡した被上告人らの子である亡甲野春子(当時一四才)(以下「春子」という。)の逸失利益の算定方法が争点になっている事件であり、この点について原判決は女子労働者の全年令平均賃金ではなく全労働者の全年令平均賃金を採用した。

しかしながら原判決は年少者の逸失利益の算定につき被害者側にとって控えめな算定方法を採用すべきとした最高裁昭和三九年六月二四日判決(民集一八巻五号八七四ページ、判例時報三七六号一一ページ)(以下「最判昭和三九年」という。)や、女子(幼女)の逸失利益の算定について全労働者の平均賃金を採用すべきことを主張する上告理由を退け、原審が採用した女子労働者の平均賃金を基準とすることは不合理ではないとした最高裁昭和六一年一一月四日判決(交民集一九巻六号一五三一ページ、判例時報一二一六号七四ページ)(以下「最判昭和六一年」という。)をはじめとする多数の先例と相反する判断をしているものである。しかるに原判決はその点について合理的な理由を示しておらず理由に不備があるから、民訴法三一二条二項六号所定の上告理由に該当する。

また原判決は判決理由で明言はしていないものの合理的な差別を考慮に入れず画一的な男女平等を説く被上告人らの主張に明らかに影響されており、その結果憲法一四条一項の解釈を誤ったものと解されるから、民訴法三一二条一項所定の上告理由に該当する。

後述する計算のとおり亡春子の逸失利益は女子労働者の全年令平均賃金を基礎として生活費控除率を四五%として算定すべきであり、そうすれば上告人の被上告人らに対する賠償額は上告の趣旨記載の金額となる。

以下上告理由を具体的に論ずる。

二 原審の判断

1 争点及び当事者の主張

本件事故によって死亡した亡春子は事故当時一四才の未就労の女子であったから、逸失利益の算定につき基礎収入及び生活費控除率を如何に定めるかが問題となった。

このような未就労の被害者の逸失利益の算定に関しては、従来の判例ないし裁判例は基礎収入につき男子又は女子労働者の平均賃金を採用し、生活費控除率につき男子の場合は五〇%とし、女子の場合は五〇%若しくはそれよりも若干低く定めるものが大多数であった。

本件に関して上告人は従来の判例ないし裁判例を踏襲する立場から基礎収入につき女子労働者の全年令平均賃金を採用すべきであると主張した。これに対して被上告人らは男女に潜在的稼働能力に差異がないこと、賃金センサスの不合理性、諸々の政策によって女性の就業状況が変化しつつあること等を根拠として、全労働者の全年令平均賃金を基礎とすることが法の下の平等、男女の本質的平等という憲法理念に合致すると主張し、生活費控除率は四〇%とすべきであるとした。

2 原判決の骨子

上記争点について原判決は、わが国において男女の平均賃金に格差があること、その格差が今後容易に解消される見込みがないことを認めつつ、未就労年少者は現に労働に従事している者とは異なり、就労という面においても不確定な要素があり多くの可能性を有するので、現在就労する労働者の労働の結果でもある男女間の賃金格差の将来の逸失利益の算定に直接反映させることは算定方法としては控えめに過ぎ、可能な限り蓋然性のある額を算出したことになるのか疑問であるとし、女性も男性並みに働き、男性と同等に扱われる社会的基盤が形成されつつあるとした上で、未就労年少女子にとって労働者全体の就労を基礎とする全労働者の平均賃金の方が可能な限り蓋然性のある額を算出しうる、より合理的な算定方法であると判示して、基礎収入として全労働者の全年令平均賃金を採用した。

尚原判決は生活費控除率については四五%としている。

三 原判決の理由不備(判例違背)

1 はじめに

原判決は可能な限り蓋然性のある損害額の算出という点を強調して前記の判断をしており、最判昭和三九年に依拠して理由付けをした趣旨であると受け取れる。

しかしながら原判決は最判昭和三九年の基本的な考え方である「控えめな算定方法」を変容させて本件に当てはめており、最判昭和三九年の趣旨と相反する判断をしていると言える。

また原判決は最判昭和六一年との関係については特に言及していないが、原判決が女子年少者の逸失利益の算定に女子労働者の平均賃金を採用した最判昭和六一年に違背していることは明らかである。

それ以外にも多くの判例ないし裁判例は女子年少者の逸失利益の算定について女子労働者の平均賃金を採用しているところ、原判決はこれらの先例と相反する判断をしており、著しく法的安定性を損なう結果を招いている。

原判決はこれらの先例と相反する判断をしたことについて合理的な理由を示しておらず、理由不備の違法がある。

2 最判昭和三九年との関係

(1) 最判昭和三九年の概要

最判昭和三九年の事例は交通事故で死亡した八才の男子の逸失利益の算定が問題となった事例であるが、まず当該事件の原判決である名古屋高裁昭和三六年一月三〇日判決は、収入額について当時の男子労働者の全年令平均賃金を基礎として算出し、支出額については当時の勤労者の平均世帯の実支出額をもとにこれを均分して一人当たりの生活費としてこれを収入額から控除する方法により逸失利益を算出した。

これに対して加害者(被告)側は上告し、上告理由として八才の少年の場合には将来得べかりし収入も将来失うべかりし支出も予想できないから得べかりし利益は算定不可能であるとして逸失利益を否定すべき旨の主張をした(一審判決では逸失利益を否定している。)。

これを受けた最判昭和三九年は、年少者が将来得べかりし利益を喪失したことによる損害額の算定が困難であるからといってその賠償請求を否定し去るべきではなく、あらゆる証拠資料に基づき経験則とその良識を十分に活用して「できうる限り蓋然性のある額を算出する」ように務めるべきであるとし、逸失利益を否定すべきとの当該事件上告人の主位的な主張を排斥した。

もっともその一方で最判昭和三九年は「蓋然性に疑がもたれるときは被害者側にとって控え目な算定方法」によるべきとし、収入額の算定につき収入も一応安定した者につき将来の昇給を度外視した控え目な計算方法を採用する場合とは異なり、年少者の場合には初任給は全年令平均賃金よりも低い反面次第に昇給するものであることを考えれば、稼働可能期間を通じてその年収額を全年令平均賃金と同額として算出することは、これを肯認する別段の理由が明らかにされない限り不合理であるとして、この点について理由不備の違法を認めた。また支出額の算定につき、稼働可能期間を通じて被害者の生活費が当時の勤労者の平均世帯の生活費と同額であるとしていること、世帯の支出額を世帯員数で均分したものが被害者の生活費であるとしていることについて首肯するに足る理由が示されていないとして理由不備の違法を認めた(破棄差戻)。

(2) 最判昭和三九年の趣旨

一言で言えば最判昭和三九年の判断は、年少者の逸失利益を否定すべきとの主張は極論として排斥するが、立証が困難な場合には逸失利益を抑制的に算定すべきであるとするものである。

最判昭和三九年が用いた「できうる限り蓋然性のある額を算出」すべきとの表現は逸失利益をゼロとする考え方に対義させる趣旨の表現に止まるのであって、立証が不十分な場合にも被害者に相当程度の保護を与えるべきとの趣旨までは含んでいない。あくまでも最高昭和三九年は逸失利益を減額させる趣旨で破棄差戻しているのであり、「蓋然性に疑がもたれるときは被害者側にとって控え目な算定方法」によるべきとの点に力点が置かれているわけである。そして最高昭和三九年は控え目な算定方法の具体化として「収入額につき疑があるときはその額を少な目に、支出額につき疑があるときはその額を多めに計算し、また遠い将来の収支の額に懸念があるときは算出の基礎たる期間を短縮する等の方法」と論じた上で、「原審は~わが国における通常男子の一ヵ月の平均労働賃金~を基準としてホフマン式計算方法による一時払いの損害額を算出しているのであるが、被害者らがいかなる職業につくか予測しえない本件のごとき場合においては、通常男子の平均労賃を算定の基準とすることは、将来の賃金ベースが現在より下らないということを前提にすれば、一応これを肯認しえないではないが、収入も一応安定した者につき、将来の昇給を度外視した控え目な計算方法を採用する場合とは異なり、本件のごとき年少者の場合においては、初任給は平均労賃よりも低い反面、次第に昇給するものであることを考えれば、三五年間を通じてその年収額を右平均労賃と同額とし、これを基準にホフマン式計算方法により一時払いの額を求めている原審の算出方法は、これを肯認するに足る別段の理由が明らかにされないかぎり、不合理というほかはない」としており、最判昭和三九年が蓋然性に疑いのある逸失利益は制限的に認定するという立場をとっていることが明らかである。

最判昭和三九年が「控え目な算定方法」というメルクマールを提示しているのは、「慰謝料制度に依存する場合に比較してより客観性のある額を算出する」ことにより「被害者側の救済に資する反面、不法行為者に過当な責任を負わせることともならず、損失の公平な分担を窮極の目的とする損害賠償制度の理念にも副う」からである。

要するに最判昭和三九年の基本姿勢は被害者側にとって控え目な算定方法という方向で鮮明に示されており、それは損失の公平な分担、客観性のある損害額の算出という不法行為制度の基本理念からは当然の帰結なのである。最判昭和三九年は被害者の救済をうたっているが、それは逸失利益ゼロというような極論を排斥する趣旨であって、損害額についての被害者側の立証責任を軽減するような趣旨ではないことは明らかである。

(3) 原判決の判例違背

ところで原判決は「逸失利益(基礎収入)の算定に当たっては、当事者の提出する証拠資料に基づき、可能な限り蓋然性のある損害額を算出するよう務めるべきところ、その蓋然性に疑いがもたれるときは、控え目な算定方法を採用して客観性のある額を算出すべきであろう。」として最判昭和三九年に準拠する基本姿勢を示している。

しかも原判決は「わが国においても男女の平均賃金に格差があることは歴然とした事実であり、その格差が今後容易に解消される見込みはない」「男女の賃金格差が完全に解消される蓋然性はない」「上記のような社会状況の変化が認められるとしても、その変化は賃金格差の解消ないし縮小とは結びついておらず、したがって、全労働者の平均賃金の採用は、その算定額の蓋然性に疑いが残るとする控訴人の主張は誤りとはいえない」等としており、男女の賃金格差が解消される蓋然性がないことを認めている。

ところが原判決は結論的には全労働者の全年令平均賃金を採用しているのである。

原判決の理由付けを簡潔にまとめることは困難である(論理矛盾があるとしか思えない。)が、<1>未就労年少者は現に労働に従事している者とは異なり不確定な要素があり多くの可能性を有すること、<2>法制度や社会環境の変化により就労形態にも変化を生じ、女性も男性並みに働き男性と同等に扱われる社会的基盤が形成されつつあることの二点になると思われる。

しかしながらこのような理由付けは不備であり、原判決は最判昭和三九年に違背しているというべきである。まず<1>の点については、未就労者が現に労働に従事している者に比べて不確定な要素があり多くの可能性を有することは確かであるが、これは未就労者の方が現に就労している者よりも損害の算定が困難であることを意味するのであって、蓋然性に疑いがもたれるときは控え目な算定方法によるべきとする最判昭和三九年の立場に照らせば、未就労の女子が現に就労する女子よりも厚く保護されることはなく、男女の賃金格差が現存する中で未就労の女子についてだけ全労働者の全年令平均賃金を採用することは論理的に帰結できないはずである。また<2>の点についてはそのような社会基盤の形成が男女の賃金格差の解消ないし縮小とは結びついていないとする上告人の主張を原判決自身が肯定している以上、原判決の結論を導く理由にはならないはずである。

以上のように原判決が控え目な算定方法を採用すべきとした最判昭和三九年に違背していることは明らかであり、それを合理化するような理由は示されていないから、原判決には理由不備の違法がある。

原判決が上記のように論理的に無理のある理由付けで全労働者の全年令平均賃金の方が蓋然性のある額を算出しうる、より合理的な算定方法であるとしているのは、男女差別の問題を前面に押し出している相手方の主張に事実上依拠しているからであると推測される。しかし、そのような観点で原判決の行なった判断は次に述べる最判昭和六一年と相反する。

3 最判昭和六一年との関係

(1) 最判昭和六一年の概要

最判昭和六一年の事例は交通事故で死亡した一才九ヵ月の女子の逸失利益の算定が問題となった事例であるが、まず当該事件の原判決である東京高裁昭和五九年一月二三日判決は、逸失利益の算定において女子労働者の平均賃金を採用すべきであって、被害者側が主張する男子を含む全労働者の平均賃金を採用するのは相当ではないとした。

これに対して被害者側は上告し、上告理由として、男子と女子とで労働能力にそれほどの差はなく、逸失利益の計算が潜在的労働能力の算定である以上男子と女子とで差を設けるべき理由がないこと、男女雇傭平等法が制定されつつあり、雇傭機会及び昇進・昇格上の差別も解消に向かうことは確実であること等を主張した。

これを受けた最判昭和六一年は、逸失利益の算定につき女子労働者の平均賃金を採用することは不合理なものではなく、当該事件上告人の主張は独自の見解に過ぎないとして排斥した(上告棄却)。

(2) 最判昭和六一年の趣旨

最判昭和六一年は一才女子の死亡による逸失利益の算定について、男子と女子とで労働能力に差がなく逸失利益に差を設けるべきではないこと、雇傭機会及び昇進・昇格上の差別も解消に向かうことが確実であること等を指摘した当該事件上告人の主張(本件における被上告人らの原審での主張や原判決と概ね同旨である。)を独自の見解に過ぎないとして排斥したのであるから、これを素直に解釈すれば年少者女子の逸失利益の算定について全労働者の全年令平均賃金を採用するのを否定する趣旨であると見るべきである。

年少者女子の逸失利益の算定について当事者(被害者側)が全労働者の平均賃金を採用すべきと主張した事例は下級審においては多数存在すると思われるが、これまでの判例ないし裁判例の大多数においてそのような当事者の主張が排斥され、女子労働者の平均賃金が採用されてきたのは、それぞれの事件において裁判所が最判昭和六一年は年少者女子の逸失利益の算定について全労働者の平均賃金を採用するのを否定する趣旨と理解したためであると考えられる。

尚最判昭和六一年には伊藤正已裁判官の補足意見が付けられており、少なくとも就学年令に達しないような幼児については、所論がいうように、男女を含む全産業常用労働者の平均賃金を基礎とする手法もまた、必ずしも不合理なものということはできず、むしろ積極的に評価してよい視点が含まれていると論じられている。

しかしながら伊藤裁判官の補足意見はあくまでも法廷意見ではなく、同裁判官自身も女子労働者の全年令平均賃金額を基礎としたことは幼児の逸失利益の算定として不合理なものとはいえないとする法廷意見の結論に異論がなく、これに同調するとしている。しかも当該事件では就学年令に達しない一才九ヵ月の女子が被害者となっているところ、同裁判官は賃金センサスが裁判実務上有力な証拠資料として機能していること、賃金センサスは事実として存在する男女間の賃金格差を反映したものであること、これに依拠して逸失利益を算定する限り男児の場合と女児の場合とで算定結果に格差の生ずることは免れないことを認めているから、同裁判官も就学年令に達した女子についてまで補足意見が妥当すると考えているものとは読み取れない。

従って同裁判官の補足意見を含めて考えても本件のような一四才(中学生)の女子の死亡による逸失利益の算定については全労働者の平均賃金を採用するのを否定するのが最判昭和六一年の趣旨と言うべきである。

(3) 原判決の判例違背

原判決は、一審判決が最判昭和六一年に言及し、上告人が原審において全労働者の平均賃金を採用するのは最判昭和六一年に違背する旨主張したにも関わらず、最判昭和六一年に正面から言及することを避けている。

しかし最判昭和六一年が年少者女子の逸失利益の算定について全労働者の平均賃金を採用するのを否定する趣旨と解される以上、原判決が最判昭和六一年に違背していることは明らかであり、また原判決が「わが国においても男女の平均賃金に格差があることは歴然とした事実であり、その格差が今後容易に解消される見込みはない」と判示しながら、結局全労働者の平均賃金を採用したことは後記昭和六二年一月一九日判決(以下「最判昭和六二年」という。)の「賃金センサスに示されている男女間の平均賃金の格差は現実の労働市場における実態を反映していると解されるところ、女子の将来の得べかりし利益を算定するに当たって、予測困難な右格差の解消ないし縮小という事態が確実に生じるものとして現時点において損害賠償額に反映させ、これを不法行為者に負担させることは、損害賠償額の算定方法として必ずしも合理的なものであるとはいえない。」との判断に抵触するものであって、そのことを合理化するような理由が何ら示されていないのであるから、原判決には理由不備の違法がある。

前述したように原判決は明らかに男女差別の問題を前面に押し出している被上告人らの主張に事実上依拠しているものと解されるが、最判昭和六一年はその補足意見からも明らかなように男女差別の問題まで酌んだ上で出された結論であり、事実として存在する男女の賃金格差を反映した賃金センサスに依拠して算出された逸失利益が男女で格差を生じても不合理とは言えないのであって、逆に最判昭和六一年及び最判昭和六二年と異なる結論を導きだすことは男女差別の問題を含めて考えても正当化されない。

4 近時の判例等

(1) 最高裁昭和五四年六月二六日判決(判例時報九三三号五九ページ)

当該事件の原審が一八才ないし一九才の女子労働者の平均給与額を基準として収入額を算定したのに対して、当該事件上告人(被害者側)が女子労働者の全年令平均賃金を採用すべきと主張し、その中で男女差別にも言及したが、上告審は一八才ないし一九才の女子労働者の平均給与額を基準として収入額を算定するのは不合理ではないとして、上告を棄却した。

(2) 最高裁昭和五六年一〇月八日判決(判例時報一〇二三号四七ページ)

交通事故により死亡した八才の女子の逸失利益の算定について女子労働者の各年令階級の平均給与額を基準として収入額を算定したこと、同平均給与額の五割相当の生活費を控除したことは不合理ではないとした。

(3) 最高裁昭和六二年一月一九日判決(民集四一巻一号一ページ)(最判昭和六二年)

一四才の女子の逸失利益の算定について、当該事件の一審判決が女子労働者の高卒の平均給与額に家事労働分を加算した金額を基礎として算定したところ、当該事件原判決は家事労働分を控除して認容した。

これに対して当該事件上告人(被害者側)は女予労働者の平均賃金と男子労働者の平均賃金との間には著しい格差があるので、これを是正するため、女子労働者の平均賃金を基準として算定された収入額に家事労働分を加算すべきであると主張した。

これを受けた上告審は、就労前の年少女子の場合は将来につき不確定な要因が多いところ、逸失利益の算定につき女子労働者の高卒の平均給与額を基準として算定したことは不合理ではなく、専業として職業に就いて受けるべき給与額を基準として逸失利益を算定するときは家事労働分を加算すると将来取得しうる利益を二重に評価計算することになるから相当でないとした上で、「賃金センサスに示されている男女間の平均賃金の格差は現実の労働市場における実態を反映していると解されるところ、女子の将来の得べかりし利益を算定するに当たって、予測困難な右格差の解消ないし縮小という事態が確実に生じるものとして現時点において損害賠償額に反映させ、これを不法行為者に負担させることは、損害賠償額の算定方法として必ずしも合理的なものであるとはいえない。」として、上告を棄却した。

男女間格差の是正が叫ばれて久しいが、現在も格差の解消ないし縮小が確実に生じるとは言えない状況は変わっていない。因みに、全年令平均の男子労働者、女子労働者、全労働者の平均賃金は昭和六二年でそれぞれ四四二万五八〇〇円、二四七万七三〇〇円、三八二万一九〇〇円であり、平成一一年でそれぞれ五六七万三四〇〇円、三四五万八五〇〇円、四九六万七一〇〇円である(末尾添付資料一、二御参照)。

(4) 福岡高裁平成一三年三月七日判決(判例時報一七六〇号一〇三ページ)

二才女子の死亡による逸失利益の算定について同判決は、「本件で問題とされているのは、職場における男女間の賃金格差の是正をいかにして図るかということではなく、交通事故で死亡した女子に係る逸失利益の算定に当たり、その基礎収入をいかなる基準により求めるのかということである。例えば、職に就き、定収入を得ている女子についての逸失利益を算定する場合には、原則として、その者が現に得ている収入を基礎収入として算定することとなるのであり、その収入が賃金センサスによる女子平均賃金に見合う額ないしそれを下回る額の場合であっても、それが男女格差によるものであるとして、男子平均賃金をもって基礎収入とすることは、到底合理性を有するものとはいえないことは明らかである。このように、有職者の逸失利益を算定する場合には、現実の収入額を前提とするのであって、あるべき収入額を前提とするものではないことと対比しても、前記のように不確定要因の多い女児の逸失利益の算定に際し、その者が将来の稼働によって得たであろう収入額を算定する場合に、現時点において我が国の現実の労働市場における実体を反映する賃金センサスにおける女子の平均賃金を基礎収入とすることが合理性を欠くものとはいえない。」として、女子労働者の全年令平均賃金を採用した。

(5) 最高裁平成一三年九月一一日決定(自動車保険ジャーナル一四一四号)

上記(4)の事件の上告審は、当該事件の原判決が女子労働者の全年令平均賃金を採用したことに対して、当該事件上告人(被害者側)は憲法違反、判例違背等の主張をしたが、裁判所は上告を棄却し、上告審として受理しないとの決定を下した。

(6) 横浜地裁平成一二年五月一一日判決(判例時報一七五七号一一五ページ)

九才女子の死亡による逸失利益の算定につき、裁判所は女子労働者の全年令平均賃金を採用した。

(7) 東京高裁平成一三年一月三一日判決(自動車保険ジャーナル一三八九号)

上記(6)の事件の控訴審は、逸失利益の算定につき全労働者の全年令平均賃金を採用すべきとした被害者側の主張を失当とし、女子労働者の全年令平均賃金を相当とした。

(8) 東京高裁平成一三年一〇月一六日判決(自動車保険ジャーナル一四一九号金融・商事判例一一二七号一一ページ)

一一才女子の死亡による逸失利益の算定につき、同判決は、賃金センサスに示されている男女間の賃金格差は現実の賃金の実態を反映したものでありこの格差が近い将来に解消するとは認められず、上記格差が解消することを前提に女子年少者について賃金センサスによる全労働者の平均賃金を基礎収入として逸失利益の額を算定し不法行為者にその損害賠償をさせることは、現段階においてはできる限り蓋然性のある額を算定することにより不法行為者と被害者の双方にとって公平な結果を実現するという観点から見て、必ずしも合理的な損害賠償額の算定方法ではないと言わざるを得ない旨判示し、女子労働者の平均賃金を採用した一審千葉地裁佐倉支部平成一三年五月一七日判決(自動車保険ジャーナル一四一九号)を支持した。

四 逸失利益算定のあり方

1 予測不可能な事情を盛り込むことの不当性

最判昭和三九年が示した考え方のとおり、年少者の逸失利益の算定は就労者の逸失利益の算定と異なり的確な数額の立証が困難であるところ、立証がないとして請求を棄却するのは不合理であるが、反対に逸失利益として将来それを得られる蓋然性が認められない収入・利益についてその賠償を命じることも不合理であるから、裁判所は当事者が提出するすべての証拠資料に基づき、経験則と良識を用いてできる限り蓋然性のある逸失利益の額を算定するべく努めることになるが、蓋然性に疑いがもたれるときは被害者にとって控え目な算定方法を採用することにより、不法行為者に過当な責任を負わせる結果を避けつつ被害者の救済を実現するべきである。

賃金センサスの数値は現実の労働市場における賃金の実態を反映していると解され、実態を反映する統計的数値に基づく推認は蓋然性の証明において通常用いられる方法であるから、他により正確で利用可能な統計的数値等の資料がない場合には従来の算定方法は逸失利益の算定方法として合理的なものということができる。

年少者の逸失利益の算定にあたり賃金センサスの男女別平均賃金を基礎収入とすることに対して、原判決は女子も男子と同様の業務に従事しうるという年少者の将来における可能性を無視する結果になるとの疑問を抱いたものと思われる。

しかし逸失利益の算定において考慮すべきことは単なる可能性ではなく蓋然性であって、仮に将来の就労可能性という点において男女差が解消しつつあるとしても、一般的に女子が男子と同じ収入を得られる蓋然性があるということにはならない。賃金センサスに示されている男女間の平均賃金の格差は現実の労働市場における実態を反映しているのであるが、この男女間の賃金格差が将来解消ないし縮小するかは予測不可能である。このような予測不可能な事情を盛り込んで現時点において損害賠償額に反映させてこれを不法行為者に負担させることは、控え目な算定方法を妥当とした最判昭和三九年の指針に反するものであり、損害賠償額の算定方法として合理的なものとは言えない。

本書面において引用した判例等は明示的かどうかはともかくとして全てこのような考え方に立脚しているものと推察され、このような考え方は判例として確立しているものである。

2 法的安定性確保の必要性

これまでの最高裁判例は、将来的な男女間の賃金格差の解消という予測不可能な事情を逸失利益の算定に盛り込むことは妥当ではないとの考え方に立脚していると考えられ、事実下級審において女子の逸失利益の算定につき全労働者の全年令平均賃金を採用したのに対して、最高裁がこれを変更(破棄)した例は公刊された範囲においては一例も見当らない。

しかしながらもし本件において、女子年少者の逸失利益の算定につき女子労働者の全年令平均賃金を採用する従来の算定方法は不合理ではないが、全労働者の全年令平均賃金を採用する算定方法もまた不合理ではないとして原判決を支持することは妥当ではないと考える。

けだしそのような判決が下されれば、今後の別件の訴訟において裁判所はいずれの算定方法を用いてもよいことになり、以後の裁判実務ひいては訴外の損害賠償の実務に大きな混乱をもたらすからである。

論点は異なるが、かつて最高裁は逸失利益の算定方法としてライプニッツ方式若しくは新ホフマン方式のいずれも不合理ではないとの判断を下したことがあるが、算定方法の地域間格差が社会問題化するまでに至ったことから、被害者相互間の公平及び損害額の予測可能性による紛争の予防などの観点から、平成一一年一一月二二日に束京地裁判事らによる共同提言(判例タイムズ一〇一四号六二ページ)が出されて運用の統一化が図られたことは顕著な事実である。

このような事実に照らせば、年少者女子の逸失利益の算定方法について法的安定性を確保する必要から、女子労働者の平均賃金を採用することも全労働者の平均賃金を採用することも不合理ではないとの見解を最高裁として示すことは避けることが望ましいと言える。前記最判昭和六一年、最判昭和六二年、「近時の判例等」記載のその他の判例(いずれも女子労働者の平均賃金を採用)とは異なり、最近、本件第一審判決、原判決並びに東京地裁平成一三年三月八日判決(判例時報一七三九号二一ページ)及びその控訴審判決である東京高裁平成一三年八月二〇日判決(判例時報一七五七号三八ページ)が相次いで全労働者の平均賃金を採用したため、判例実務等が混乱しており、最高裁の「有権的な判断」(判例時報一七六〇号一〇四ページ解説御参照)が期待されているからである。

そうだとすれば一般的にも先例が尊重されるべきである上、原判決が従来の判例ないし裁判例の誤りを合理的に説明していないのであるから、原判決は変更されるべきである。

3 理論的整合性

なお、もし女子年少者の逸失利益について女子労働者ではなく、全労働者の平均賃金を採用するならば、理論的にみて男子年少者についても男子労働者ではなく全労働者の平均賃金を採用しなければ公平とはいえず、現に前記東京高裁平成一三年八月二〇日判決はこのことを提言している(同判決「事実及び理由」第三 二(2)の未尾御参照)。

しかしながら、男子年少者について全労働者の平均賃金を採用することは従来認められていた逸失利益の額の減少をもたらすこととなり、この点について女子年少者について全労働者の平均賃金を採用すべきことを提唱した論者(渡邊和義「未就労年少者の逸失利益の算定における男女間格差」・判例タイムズ一〇二四号二四ページ)も又前記東京地裁平成一三年三月八日判決の裁判長も実際には「やや躊躇を感じ」(交民集三一巻索引・解説号四一〇ページ御参照)、「実務では採りにくい方法」(河邊義典「講演・民事交通訴訟の現状と課題」東京三弁護士会交通事故処理委員会外共編「損害賠償額算定基準二〇〇一」二八六ページ御参照)と認めており、かくては男女間格差の公平完全な解消は実現せず、格差は「依然として存在する」(河邊・前掲同ページ御参照)こととなる。

このような理論的整合性を欠く「全労働者説」は損害賠償の基礎的理論である「公平の原則」に反するもので、かえって不合理というべきであり、従来確固たる判例法として認められてきた「女子労働者説」にとって代わるに足りないと考えられる。

五 憲法一四条一項の解釈の誤り

1 原判決の判断

原判決は年少者女子の逸失利益の算定において女子労働者の全年令平均賃金を採用することが性別による差別として憲法一四条一項に違反するとの理由付けはしていない。

しかしながら一審判決は「年少者の逸失利益の算定結果に男女間で差異が生じることは、まさに、性別で年少者の未知の発展可能性に差異を設けて、一方的に差別することを意味するものであり、妥当とは言えない。」とし、被上告人らも原審において「性別を理由とする不合理な差別にあたり、不合理な差別を禁じた憲法一四条一項の趣旨に反し許されない。」と主張している。そして原判決はこれを受けて最判昭和六一年及び最判昭和六二年と相反する結論を導きだしているのであるから、原判決は憲法一四条一項違反を指摘する被上告人らの主張に事実上依拠したものと言える。

しかし、原判決の判断は憲法一四条一項の解釈を誤ったものである。

2 合理的差別

憲法一四条一項が絶対的平等を要求したものではなく、合理的差別を許容する相対的平等を保障したものであることは言うまでもない。

原判決が男女の平均賃金に格差があることは厳然とした事実であると認めているところ、この賃金格差を反映した賃金センサスに基づいて逸失利益を算定した場合に男女間に格差を生じるのは紛れもなく男女の事実的差異に基づくものである。

そして、蓋然性のある損害額の算定という最判昭和三九年の示した指針が合理的なものであり、賃金センサスが現実の労働市場における実態を反映したものであり、最判昭和六二年に関して述べたように現時点で存在する男女間の賃金格差が将来解消ないし縮小される蓋然性は認められないことからすれば、結果として逸失利益の算定において男女間で格差を生じるのは当然である。

仮にそれを差別と表現するとしても、それは事実的差異に基づく合理的差別であって、憲法一四条一項の禁止する「差別」ではない。

被上告人らの主張に事実上依拠した原判決は憲法一四条一項の解釈を誤ったものである。

六 上告の趣旨の計算根拠

1 亡春子の損害残額

亡春子の基礎収入としては賃金センサスによる産業計・企業規模計・女子労働者の平成八年度の学歴計・全年令平均賃金である三三五万一五〇〇円を採用すべきである。

ここから生活費として原判決通り四五%を控除し、該当のライプニッツ係数一四・九四七五を乗ずると亡春子の逸失利益は二七五五万三一〇〇円となる。

亡春子のその他の損害額は原判決認定通りで不服はないので、亡春子の損害額は五〇五〇万八四八七円とされるべきである。

亡春子の関係での損害填補額は三二一五万八三八七円であるので、亡春子の関係での損害残額は一八三五万〇一〇〇円となる。

2 被上告人甲野一郎に対する賠償額

葬儀費用一二〇万円の認定には不服はなく、これに亡春子から相続した損害額の九一七万五〇五〇円を加えると一〇三七万五〇五〇円となる。

この場合弁護士費用は一〇〇万円に止められるべきであるから、上告人が被上告人甲野一郎に対して賠償すべき額は一一三七万五〇五〇円(元本)ということになる。

3 被上告人甲野花子に対する賠償額

被上告人甲野花子固有の損害残額(損益相殺後)は原判決の認定した一六四四万八九九五円で不服はなく、これに亡春子から相続した損害額の九一七万五〇五〇円を加えると二五六二万四〇四五円となる。

この場合弁護士費用は二五〇万円に止められるべきであるから、上告人が被上告人甲野花子に対して賠償すべき額は二八一二万四〇四五円(元本)ということになる。

附属書類

一 鑑定意見書(追って提出する。)

(以上)

上告受理申立理由

一 総論

本件は交通事故で死亡した相手方らの子である亡甲野春子(当時一四才)(以下「春子」という。)の逸失利益の算定方法が争点になっている事件であり、この点について原判決は女子労働者の全年令平均賃金ではなく全労働者の全年令平均賃金を採用した。

しかしながら原判決は年少者の逸失利益の算定につき被害者側にとって控えめな算定方法を採用すべきとした最高裁昭和三九年六月二四日判決(民集一八巻五号八七四ページ、判例時報三七六号一一ページ)(以下「最判昭和三九年」という。)や、女子(幼女)の逸失利益の算定について全労働者の平均賃金を採用すべきとする上告理由を退け、原審が採用した女子労働者の平均賃金を基準とすることは不合理ではないとした最高裁昭和六一年一一月四日判決(交民集一九巻六号一五三一ページ、判例時報時報一二一六号七四ページ)(以下「最判昭和六一年」という。)をはじめとする多数の先例と相反する判断をしているのである。当該事項は民法七〇九条の解釈に関する重要な事項を含むものであり、民訴法三一八条一項所定の上告受理の申立理由に該当する。

後述する計算のとおり亡春子の逸失利益は女子労働者の全年令平均賃金を基礎として生活費控除率を四五%として算定すべきであり、そうすれば上告受理申立人の相手方らに対する賠償額は上告受理申立の趣旨記載の金額となる。

以下上告受理申立理由を具体的に論ずる。

二 原審の判断

1 争点及び当事者の主張

本件事故によって死亡した亡春子は事故当時一四才の未就労の女子であったから、逸失利益の算定につき基礎収入及び生活費控除率を如何に定めるかが問題となった。

このような未就労の被害者の逸失利益の算定に関しては、従来の判例ないし裁判例は基礎収入につき男子又は女子労働者の平均賃金を採用し、生活費控除率につき男子の場合は五〇%とし、女子の場合は五〇%若しくはそれよりも若干低く定めるものが大多数であった。

本件に関して上告受理申立人は従来の判例ないし裁判例を踏襲する立場から基礎収入につき女子労働者の全年令平均賃金を採用すべきであると主張した。これに対して相手方らは男女に潜在的稼働能力に差異がないこと、賃金センサスの不合理性、諸々の政策によって女性の就業状況が変化しつつあること等を根拠として、全労働者の全年令平均賃金を基礎とすることが法の下の平等、男女の本質的平等という憲法理念に合致すると主張し、生活費控除率は四〇%とすべきであるとした。

2 原判決の骨子

上記争点について原判決は、わが国において男女の平均賃金に格差があること、その格差が今後容易に解消される見込みがないことを認めつつ、未就労年少者は現に労働に従事している者とは異なり、就労という面においても不確定な要素があり多くの可能性を有するので、現在就労する労働者の労働の結果でもある男女間の賃金格差の将来の逸失利益の算定に直接反映させることは算定方法としては控えめに過ぎ、可能な限り蓋然性のある額を算出したことになるのか疑問であるとし、女性も男性並みに働き、男性と同等に扱われる社会的基盤が形成されつつあるとした上で、未就労年少女子にとって労働者全体の就労を基礎とする全労働者の平均賃金の方が可能な限り蓋然性のある額を算出しうる、より合理的な算定方法であると判示して、基礎収入として全労働者の全年令平均賃金を採用した。

尚原判決は生活費控除率については四五%としている。

三 原判決の判例違背

1 はじめに

原判決は可能な限り蓋然性のある損害額の算出という点を強調して前記の判断をしており、最判昭和三九年に依拠して理由付けをした趣旨であると受け取れる。

しかしながら原判決は最判昭和三九年の基本的な考え方である「控えめな算定方法」を変容させて本件に当てはめており、最判昭和三九年の趣旨と相反する判断をしていると言える。

また原判決は最判昭和六一年との関係については特に言及していないが、原判決が女子年少者の逸失利益の算定に女子労働者の平均賃金を採用した最判昭和六一年に違背していることは明らかである。

それ以外にも多くの判例ないし裁判例は女子年少者の逸失利益の算定について女子労働者の平均賃金を採用しているところ、原判決はこれらの先例と相反する判断をしており、著しく法的安定性を損なう結果を招いている。

2 最判昭和三九年との関係

(1) 最判昭和三九年の概要

最判昭和三九年の事例は交通事故で死亡した八才の男子の逸失利益の算定が問題となった事例であるが、まず当該事件の原判決である名古屋高裁昭和三六年一月三〇日判決は、収入額について当時の男子労働者の全年令平均賃金を基礎として算出し、支出額については当時の勤労者の平均世帯の実支出額をもとにこれを均分して一人当たりの生活費としてこれを収入額から控除する方法により逸失利益を算出した。

これに対して加害者(被告)側は上告し、上告理由として八才の少年の場合には将来得べかりし収入も将来失うべかりし支出も予想できないから得べかりし利益は算定不可能であるとして逸失利益を否定すべき旨の主張をした(一審判決では逸失利益を否定している。)。

これを受けた最判昭和三九年は、年少者が将来得べかりし利益を喪失したことによる損害額の算定が困難であるからといってその賠償請求を否定し去るべきではなく、あらゆる証拠資料に基づき経験則とその良識を十分に活用して「できうる限り蓋然性のある額を算出する」ように務めるべきであるとして、逸失利益を否定すべきとの上告人の主位的な主張を排斥した。

もっともその一方で最判昭和三九年は「蓋然性に疑がもたれるときは被害者側にとって控え目な算定方法」によるべきとし、収入額の算定につき収入も一応安定した者につき将来の昇給を度外視した控え目な計算方法を採用する場合とは異なり、年少者の場合には初任給は全年令平均賃金よりも低い反面次第に昇給するものであることを考えれば、稼働可能期間を通じてその年収額を全年令平均賃金と同額として算出することは、これを肯認する別段の理由が明らかにされない限り不合理であるとして、この点について理由不備の違法を認めた。また支出額の算定につき、稼働可能期間を通じて被害者の生活費が当時の勤労者の平均世帯の生活費と同額であるとしていること、世帯の支出額を世帯員数で均分したものが被害者の生活費であるとしていることついて首肯するに足る理由が示されていないとして理由不備の違法を認めた(破棄差戻)。

(2) 最判昭和三九年の趣旨

一言で言えば最判昭和三九年の判断は、年少者の逸失利益を否定すべきとの主張は極論として排斥するが、立証が困難な場合には逸失利益を抑制的に算定すべきであるとするものである。

最判昭和三九年が用いた「できうる限り蓋然性のある額を算出」すべきとの表現は逸失利益をゼロとする考え方に対義させる趣旨の表現に止まるのであって、立証が不十分な場合にも被害者に相当程度の保護を与えるべきとの趣旨までは含んでいない。あくまでも最高昭和三九年は逸失利益を減額させる趣旨で破棄差戻しているのであり、「蓋然性に疑がもたれるときは被害者側にとって控え目な算定方法」によるべきとの点に力点が置かれているわけである。そして最判昭和三九年は控え目な算定方法の具体化として「収入額につき疑があるときはその額を少な目に、支出額につき疑があるときはその額を多めに計算し、また遠い将来の収支の額に懸念があるときは算出の基礎たる期間を短縮する等の方法」と論じた上で、「原審は~わが国における通常男子の一ヵ月の平均労働賃金~を基準としてホフマン式計算方法による一時払いの損害額を算出しているのであるが、被害者らがいかなる職業につくか予測しえない本件のごとき場合においては、通常男子の平均労賃を算定の基準とすることは、将来の賃金ベースが現在より下らないということを前提にすれば、一応これを肯認しえないではないが、収入も一応安定した者につき、将来の昇給を度外視した控え目な計算方法を採用する場合とは異なり、本件のごとき年少者の場合においては、初任給は平均労賃よりも低い反面、次第に昇給するものであることを考えれば、三五年間を通じてその年収額を右平均労賃と同額とし、これを基準にホフマン式計算方法により一時払いの額を求めている原審の算出方法は、これを肯認するに足る別段の理由が明らかにされないかぎり、不合理というほかはない」としており、最判昭和三九年が蓋然性に疑いのある逸失利益は制限的に認定するという立場をとっていることが明らかである。

最判昭和三九年が「控え目な算定方法」というメルクマールを提示しているのは、「慰謝料制度に依存する場合に比較してより客観性のある額を算出する」ことにより「被害者側の救済に資する反面、不法行為者に過当な責任を負わせることともならず、損失の公平な分担を窮極の目的とする損害賠償制度の理念にも副う」からである。

要するに最判昭和三九年の基本姿勢は被害者側にとって控え目な算定方法という方向で鮮明に示されており、それは損失の公平な分担、客観性のある損害額の算出という不法行為制度の基本理念からは当然の帰結なのである。最判昭和三九年は被害者の救済をうたっているが、それは逸失利益ゼロというような極論を排斥する趣旨であって、損害額についての被害者側の立証責任を軽減するような趣旨ではないことは明らかである。

(3) 原判決の判例違背

ところで原判決は「逸失利益(基礎収入)の算定に当たっては、当事者の提出する証拠資料に基づき、可能な限り蓋然性のある損害額を算出するよう務めるべきところ、その蓋然性に疑いがもたれるときは、控え目な算定方法を採用して客観性のある額を算出すべきであろう。」として最判昭和三九年に準拠する基本姿勢を示している。

しかも原判決は「わが国においても男女の平均賃金に格差があることは歴然とした事実であり、その格差が今後容易に解消される見込みはない」「男女の賃金格差が完全に解消される蓋然性はない」「上記のような社会状況の変化が認められるとしても、その変化は賃金格差の解消ないし縮小とは結びついておらず、したがって、全労働者の平均賃金の採用は、その算定額の蓋然性に疑いが残るとする控訴人の主張は誤りとはいえない」等としており、男女の賃金格差が解消される蓋然性がないことを認めている。

ところが原判決は結論的には全労働者の全年令平均賃金を採用しているのである。

原判決の理由付けを簡潔にまとめることは困難である(論理矛盾があるとしか思えない。)が、<1>未就労年少者は現に労働に従事している者とは異なり不確定な要素があり多くの可能性を有すること、<2>法制度や社会環境の変化により就労形態にも変化を生じ、女性も男性並みに働き男性と同等に扱われる社会的基盤が形成されつつあることの二点になると思われる。

しかしながらこのような理由付けは不当であり、原判決は最判昭和三九年に違背しているというべきである。まず<1>の点については、未就労者が現に労働に従事している者に比べて不確定な要素があり多くの可能性を有することは確かであるが、これは未就労者の方が現に就労している者よりも損害の算定が困難であることを意味するのであって、蓋然性に疑いがもたれるときは控え目な算定方法によるべきとする最判昭和三九年の立場に照らせば、未就労の女子が現に就労する女子よりも厚く保護されることはなく、男女の賃金格差が現存する中で未就労の女子についてだけ全労働者の全年令平均賃金を採用することは論理的に帰結できないはずである。また<2>の点についてはそのような社会基盤の形成が男女の賃金格差の解消ないし縮小とは結びついていないとする上告受理申立人の主張を原判決自身が肯定している以上、原判決の結論を導く理由にはならないはずである。

以上のように原判決が控え目な算定方法を採用すべきとした最判昭和三九年に違背していることは明らかである。

原判決が上記のように論理的に無理のある理由付けで全労働者の全年令平均賃金の方が蓋然性のある額を算出しうる、より合理的な算定方法であるとしているのは、男女差別の問題を前面に押し出している相手方の主張に事実上依拠しているからであると推測される。しかし、そのような観点で原判決の行なった判断は次に述べる最判昭和六一年と相反する。

3 最判昭和六一年との関係

(1) 最判昭和六一年の概要

最判昭和六一年の事例は交通事故で死亡した一才九ヵ月の女子の逸失利益の算定が問題となった事例であるが、まず当該事件の原判決である東京高裁昭和五九年一月二三日判決は、逸失利益の算定において女子労働者の平均賃金を採用すべきであって、被害者側が主張する男子を含む全労働者の平均賃金を採用するのは相当ではないとした。

これに対して被害者側は上告し、上告理由として、男子と女子とで労働能力にそれほどの差はなく、逸失利益の計算が潜在的労働能力の算定である以上男子と女子とで差を設けるべき理由がないこと、男女雇傭平等法が制定されつつあり、雇傭機会及び昇進・昇格上の差別も解消に向かうことは確実であること等を主張した。

これを受けた最判昭和六一年は、逸失利益の算定につき女子労働者の平均賃金を採用することは不合理なものではなく、上告人の主張は独自の見解に過ぎないとして排斥した(上告棄却)。

(2) 最判昭和六一年の趣旨

最判昭和六一年は一才女子の死亡による逸失利益の算定について、男子と女子とで労働能力に差がなく逸失利益に差を設けるべきではないこと、雇傭機会及び昇進・昇格上の差別も解消に向かうことが確実であること等を指摘した上告人の主張(本件における相手方らの原審での主張や原判決と概ね同旨である。)を独自の見解に過ぎないとして排斥したのであるから、これを素直に解釈すれば年少者女子の逸失利益の算定について全労働者の全年令平均賃金を採用するのを否定する趣旨であると見るべきである。

年少者女子の逸失利益の算定について当事者(被害者側)が全労働者の平均賃金を採用すべきと主張した事例は下級審においては多数存在すると思われるが、これまでの判例ないし裁判例の大多数においてそのような当事者の主張が排斥され、女子労働者の平均賃金が採用されてきたのは、それぞれの事件において裁判所が最判昭和六一年は年少者女子の逸失利益の算定について全労働者の平均賃金を採用するのを否定する趣旨と理解したためであると考えられる。

尚最判昭和六一年には伊藤正己裁判官の補足意見が付けられており、少なくとも就学年令に達しないような幼児については、所論がいうように、男女を含む全産業常用労働者の平均賃金を基礎とする手法もまた、必ずしも不合理なものということはできず、むしろ積極的に評価してよい視点が含まれていると論じられている。

しかしながら伊藤裁判官の補足意見はあくまでも法廷意見ではなく、同裁判官自身も女子労働者の全年令平均賃金額を基礎としたことは幼児の逸失利益の算定として不合理なものとはいえないとする法廷意見の結論に異論がなく、これに同調するとしている。しかも当該事件では就学年令に達しない一才九ヵ月の女子が被害者となっているところ、同裁判官は賃金センサスが裁判実務上有力な証拠資料として機能していること、賃金センサスは事実として存在する男女間の賃金格差を反映したものであること、これに依拠して逸失利益を算定する限り男児の場合と女児の場合とで算定結果に格差の生ずることは免れないことを認めているから、同裁判官も就学年令に達した女子についてまで補足意見が妥当すると考えているものとは読み取れない。

従って同裁判官の補足意見を含めて考えても本件のような一四才の女子(中学生)の死亡による逸失利益の算定については全労働者の平均賃金を採用するのを否定するのが最判昭和六一年の趣旨と言うべきである。

(3) 原判決の判例違背

原判決は、一審判決が最判昭和六一年に言及し、上告受理申立人が原審において全労働者の平均賃金を採用するのは最判昭和六一年に違背する旨主張したにも関わらず、最判昭和六一年に正面から言及することを避けている。

しかし最判昭和六一年が年少者女子の逸失利益の算定について全労働者の平均賃金を採用するのを否定する趣旨と解される以上、原判決が最判昭和六一年に違背していることは明らかである。また原判決が「わが国においても男女の平均賃金に格差があることは歴然とした事実であり、その格差が今後容易に解消される見込みはない」と判示しながら、結局全労働者の平均賃金を採用したことは、後記最高裁昭和六二年一月一九日判決(以下「最判昭和六二年」という。)の「賃金センサスに示されている男女間の平均賃金の格差は現実の労働市場における実態を反映していると解されるところ、女子の将来の得べかりし利益を算定するに当たって、予測困難な右格差の解消ないし縮小という事態が確実に生じるものとして現時点において損害賠償額に反映させ、これを不法行為者に負担させることは、損害賠償額の算定方法として必ずしも合理的なものであるとはいえない。」との判断に抵触するものである。

前述したように原判決は明らかに、男女差別の問題を前面に押し出している相手方らの主張に事実上依拠しているものと解されるが、最判昭和六一年はその補足意見からも明らかなように男女差別の問題まで酌んだ上で出された結論であり、事実として存在する男女の賃金格差を反映した賃金センサスに依拠して算出された逸失利益が男女で格差を生じても不合理とは言えないのであって、逆に最判昭和六一年及び最判昭和六二年と異なる結論を導きだすことは男女差別の問題を含めて考えても正当化されない。

4 近時の判例等

(1) 最高裁昭和五四年六月二六日判決(判例時報九三三号五九ページ)

当該事件の原審が一八才ないし一九才の女子労働者の平均給与額を基準として収入額を算定したのに対して、上告人(被害者側)が女子労働者の全年令平均賃金を採用すべきと主張し、その中で男女差別に言及したが、上告審は一八才ないし一九才の女子労働者の平均給与額を基準として収入額を算定するのは不合理ではないとして、上告を棄却した。

(2) 最高裁昭和五六年一〇月八日判決(判例時報一〇二三号四七ページ)

交通事故により死亡した八才の女子の逸失利益の算定について女子労働者の各年令階級の平均給与額を基準として収入額を算定したこと、同平均給与額の五割相当の生活費を控除したことは不合理ではないとした。

(3) 最高裁昭和六二年一月一九日判決(民集四一巻一号一ページ)(最判昭和六二年)

一四才の女子の逸失利益の算定について、当該事件の一審判決が女子労働者の高卒の平均給与額に家事労働分を加算した金額を基礎として算定したところ、原判決は家事労働分を控除して認容した。

これに対して上告人(被害者側)は女子労働者の平均賃金と男子労働者の平均賃金との間には著しい格差があるので、これを是正するため、女子労働者の平均賃金を基準として算定された収入額に家事労働分を加算すべきであると主張した。

これを受けた上告審は、就労前の年少女子の場合は将来につき不確定な要因が多いところ、逸失利益の算定につき女子労働者の高卒の平均給与額を基準として算定したことは不合理ではなく、専業として職業に就いて受けるべき給与額を基準として逸失利益を算定するときは家事労働分を加算すると将来取得しうる利益を二重に評価計算することになるから相当でないとした上で、「賃金センサスに示されている男女間の平均賃金の格差は現実の労働市場における実態を反映していると解されるところ、女子の将来の得べかりし利益を算定するに当たって、予測困難な右格差の解消ないし縮小という事態が確実に生じるものとして現時点において損害賠償額に反映させ、これを不法行為者に負担させることは、損害賠償額の算定方法として必ずしも合理的なものであるとはいえない。」として、上告を棄却した。

男女間格差の是正が叫ばれて久しいが、現在も格差の解消ないし縮小が確実に生じるとは言えない状況は変わっていない。因みに、全年令平均の男子労働者、女子労働者、全労働者の平均賃金は昭和六二年でそれぞれ四四二万五八〇〇円、二四七万七三〇〇円、三八二万一九〇〇円であり、平成一一年でそれぞれ五六七万三四〇〇円、三四五万八五〇〇円、四九六万七一〇〇円である(末尾添付資料一、二御参照)。

(4) 福岡高裁平成一三年三月七日判決(判例時報一七六〇号一〇三ページ)

二才女子の死亡による逸失利益の算定について同判決は、「本件で問題とされているのは、職場における男女間の賃金格差の是正をいかにして図るかということではなく、交通事故で死亡した女子に係る逸失利益の算定に当たり、その基礎収入をいかなる基準により求めるのかということである。例えば、職に就き、定収入を得ている女子についての逸失利益を算定する場合には、原則として、その者が現に得ている収入を基礎収入として算定することとなるのであり、その収入が賃金センサスによる女子平均賃金に見合う額ないしそれを下回る額の場合であっても、それが男女格差によるものであるとして、男子平均賃金をもって基礎収入とすることは、到底合理性を有するものとはいえないことは明らかである。このように、有職者の逸失利益を算定する場合には、現実の収入額を前提とするのであって、あるべき収入額を前提とするものではないことと対比しても、前記のように不確定要因の多い女児の逸失利益の算定に際し、その者が将来の稼働によって得たであろう収入額を算定する場合に、現時点において我が国の現実の労働市場における実体を反映する賃金センサスにおける女子の平均賃金を基礎収入とすることが合理性を欠くものとはいえない。」として、女子労働者の全年令平均賃金を採用した。

(5) 最高裁平成一三年九月一一日決定(自動車保険ジャーナル一四一四号)

上記(4)の事件の上告審は、当該事件の原判決が女子労働者の全年令平均賃金を採用したことに対して、上告人(被害者側)は憲法違反、判例違背等の主張をしたが、裁判所は上告を棄却し、上告審として受理しないとの決定を下した。

(6) 横浜地裁平成一二年五月一一日判決(判例時報一七五七号一一五ページ)

九才女子の死亡による逸失利益の算定につき、同判決は女子労働者の全年令平均賃金を採用した。

(7) 東京高裁平成一三年一月三一日判決(自動車保険ジャーナル一三八九号)

上記(6)の事件の控訴審は、逸失利益の算定につき全労働者の全年令平均賃金を採用すべきとした被害者側の主張を失当とし、女子労働者の全年令平均賃金を相当とした。

(8) 東京高裁平成一三年一〇月一六日判決(自動車保険ジャーナル一四一九号金融・商事判例一一二七号一一ページ)

一一才女子の死亡による逸失利益の算定につき、同判決は、賃金センサスに示されている男女間の賃金格差は現実の賃金の実態を反映したものでありこの格差が近い将来に解消するとは認められず、上記格差が解消することを前提に女子年少者について賃金センサスによる全労働者の平均賃金を基礎収入として逸失利益の額を算定し不法行為者にその損害賠償をさせることは、現段階においてはできる限り蓋然性のある額を算定することにより不法行為者と被害者の双方にとって公平な結果を実現するという観点から見て、必ずしも合理的な損害賠償額の算定方法ではないと言わざるを得ない旨判示し、女子労働者の平均賃金を採用した一審千葉地裁佐倉支部平成一三年五月一七日判決(自動車保険ジャーナル一四一九号)を支持した。

四 逸失利益算定のあり方

1 予測不可能な事情を盛り込むことの不当性

最判昭和三九年が示した考え方のとおり、年少者の逸失利益の算定は就労者の逸失利益の算定と異なり的確な数額の立証が困難であるところ、立証がないとして請求を棄却するのは不合理であるが、反対に逸失利益として将来それを得られる蓋然性が認められない収入・利益についてその賠償を命じることも不合理であるから、裁判所は当事者が提出するすべての証拠資料に基づき、経験則と良識を用いてできる限り蓋然性のある逸失利益の額を算定するべく努めることになるが、蓋然性に疑いがもたれるときは被害者にとって控え目な算定方法を採用することにより、不法行為者に過当な責任を負わせる結果を避けつつ被害者の救済を実現するべきである。

賃金センサスの数値は現実の労働市場における賃金の実態を反映していると解され、実態を反映する統計的数値に基づく推認は蓋然性の証明において通常用いられる方法であるから、他により正確で利用可能な統計的数値等の資料がない場合には従来の算定方法は逸失利益の算定方法として合理的なものということができる。

年少者の逸失利益の算定にあたり賃金センサスの男女別平均賃金を基礎収入とすることに対して、原判決は女子も男子と同様の業務に従事しうるという年少者の将来における可能性を無視する結果になるとの疑問を抱いたものと思われる。

しかし逸失利益の算定において考慮すべきことは単なる可能性ではなく蓋然性であって、仮に将来の就労可能性という点において男女差が解消しつつあるとしても、一般的に女子が男子と同じ収入を得られる蓋然性があるということにはならない。賃金センサスに示されている男女間の平均賃金の格差は現実の労働市場における実態を反映しているのであるが、この男女間の賃金格差が将来解消ないし縮小するかは予測不可能である。このような予測不可能な事情を盛り込んで現時点において損害賠償額に反映させてこれを不法行為者に負担させることは、控え目な算定方法を妥当とした最判昭和三九年の指針に反するものであり、損害賠償額の算定方法として合理的なものとは言えない。

本書面において引用した判例等は明示的かどうかはともかくとして全てこのような考え方に立脚しているものと推察され、このような考え方は判例として確立しているものである。

2 法的安定性確保の必要性

これまでの最高裁判例は、将来的な男女間の賃金格差の解消という予測不可能な事情を逸失利益の算定に盛り込むことは妥当ではないとの考え方に立脚していると考えられ、事実下級審において女子の逸失利益の算定につき全労働者の全年令平均賃金を採用したのに対して、最高裁がこれを変更(破棄)した例は公刊された範囲においては一例も見当らない。

しかしながらもし本件において、女子年少者の逸失利益の算定につき女子労働者の全年令平均賃金を採用する従来の算定方法は不合理ではないが、全労働者の全年令平均賃金を採用する算定方法もまた不合理ではないとして原判決を支持することは妥当ではないと考える。

けだしそのような判決が下されれば、今後の別件の訴訟において裁判所はいずれの算定方法を用いてもよいことになり、以後の裁判実務ひいては訴外の損害賠償の実務に大きな混乱をもたらすからである。

論点は異なるが、かつて最高裁は逸失利益の算定方法としてライプニッツ方式若しくは新ホフマン方式のいずれも不合理ではないとの判断を下したことがあるが、算定方法の地域間格差が社会問題化するまでに至ったことから、被害者相互間の公平及び損害額の予測可能性による紛争の予防などの観点から、平成一一年一一月二二日に東京地裁判事らによる共同提言(判例タイムズ一〇一四号六二ページ)が出されて運用の統一化が図られたのは顕著な事実である。

このような事実に照らせば、年少者女子の逸失利益の算定方法について法的安定性を確保する必要から、女子労働者の平均賃金を採用することも全労働者の全年令平均賃金を採用することも不合理ではないとの見解を最高裁として示すことは避けることが望ましいと言える。前記最判昭和六一年、最判昭和六二年、「近時の判例等」記載のその他の判例(いずれも女子労働者の平均賃金を採用)とは異なり、最近、本件第一審判決、原判決並びに東京地裁平成一三年三月八日判決(判例時報一七三九号二一ページ)及びその控訴審判決である東京高裁平成一三年八月二〇日判決(判例時報一七五七号三八ページ)が相次いで全労働者の平均賃金を採用したため、判例実務等が混乱しており、最高裁の「有権的な判断」(判例時報一七六〇号一〇四ページ解説御参照)が期待されているからである。

そうだとすれば一般的にも先例が尊重されるべきである上、原判決が従来の判例ないし裁判例の誤りを合理的に説明していないのであるから、原判決は変更されるべきである。

3 理論的整合性

なお、もし女子年少者の逸失利益について女子労働者ではなく、全労働者の平均賃金を採用するならば、理論的にみて男子年少者についても男子労働者ではなく全労働者の平均賃金を採用しなければ公平とはいえず、現に前記東京高裁平成一三年八月二〇日判決はこのことを提言している(同判決「事実及び理由」第三、二(2)の末尾御参照)。

しかしながら、男子年少者について全労働者の平均賃金を採用することは従来認められていた逸失利益の額の減少をもたらすこととなり、この点について女子年少者について全労働者の平均賃金を採用すべきことを提唱した論者(渡邊和義「未就労年少者の逸失利益の算定における男女間格差」・判例タイムズ一〇二四号二四ページ)も又前記東京地裁平成一三年三月八日判決の裁判長も実際には「やや躊躇を感じ」(交民集三一巻索引・解説号四一〇ページ御参照)、「実務では採りにくい方法」(河邊義典「講演・民事交通訴訟の現状と課題」東京三弁護士会交通事故処理委員会外共編「損害賠償額算定基準二〇〇一」二八六ページ御参照)と認めており、かくては男女間格差の公平完全な解消は実現せず、格差は「依然として存在する」(河邊・前掲同ページ御参照)こととなる。

このような理論的整合性を欠く「全労働者説」は損害賠償の基礎的理論である「公平の原則」に反するもので、かえって不合理というべきであり、従来確固たる判例法として認められてきた「女子労働者説」にとって代わるに足りないと考えられる。

五 上告受理申立の趣旨の計算根拠

1 亡春子の損害残額

亡春子の基礎収入としては賃金センサスによる産業計・企業規模計・女子労働者の平成八年度の学歴計・全年令平均賃金である三三五万一五〇〇円を採用すべきである。

ここから生活費として原判決通り四五%を控除し、該当のライプニッツ係数一四・九四七五を乗ずると亡春子の逸失利益は二七五五万三一〇〇円となる。

亡春子のその他の損害額は原判決認定通りで不服はないので、亡春子の損害額は五〇五〇万八四八七円とされるべきである。

亡春子の関係での損害填補額は三二一五万八三八七円であるので、亡春子の関係での損害残額は一八三五万〇一〇〇円となる。

2 相手方甲野一郎に対する賠償額

葬儀費用一二〇万円の認定には不服はなく、これに亡春子から相続した損害額の九一七万五〇五〇円を加えると一〇三七万五〇五〇円となる。

この場合弁護士費用は一〇〇万円に止められるべきであるから、上告受理申立人が相手方甲野一郎に対して賠償すべき額は一一三七万五〇五〇円(元本)ということになる。

3 相手方甲野花子に対する賠償額

相手方甲野花子固有の損害残額(損益相殺後)は原判決の認定した一六四四万八九九五円で不服はなく、これに亡春子から相続した損害額の九一七万五〇五〇円を加えると二五六二万四〇四五円となる。

この場合弁護士費用は二五〇万円に止められるべきであるから、上告受理申立人が相手方甲野花子に対して賠償すべき額は二八一二万四〇四五円(元本)ということになる。

附属書類

一 鑑定意見書(追って提出する。)

(以上)

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