最高裁判所第二小法廷 平成14年(受)1008号 判決 2003年6月13日
上告人
甲野太郎
同訴訟代理人弁護士
辰田昌弘組織変更前の商号有限会社オツノ総合企画
被上告人
株式会社オツノ総合企画
同代表者代表取締役
乙野次郎
同訴訟代理人弁護士
臼山正人
被上告人
有限会社○○
同代表者代表取締役
丁野四郎
同訴訟代理人弁護士
富阪毅
同
松本研三
同
出水順
同
東畠敏明
同
井上計雄
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人辰田昌弘の上告受理申立て理由1ないし3について
1 本件は、第一審判決別紙物件目録記載一ないし四の土地(以下「本件土地」という。)及び同物件目録記載五の建物(以下、本件土地と併せて「本件土地建物」という。)を所有している上告人が、被上告人らに対し、本件土地建物の所有権に基づき、本件土地建物についての被上告人らの所有権移転登記の各抹消登記手続を求めている事案である。
原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、平成一一年二月二八日(以下、月日のみを記載する。)、訴外株式会社××(以下「××」という。)との間で、五月三一日を期限として、上告人所有の本件土地建物の所有権移転及び所有権移転登記手続と売買代金八二〇〇万円の支払とを引換えとするとの約定で、本件土地建物の売買契約を締結した。
その際、××の代表者である丙野三郎が、本件土地の地目を田から宅地に変更し、道路の範囲の明示や測量をし、近隣者から承諾を得るために委任状が必要であるというので、上告人は、委任事項が白紙の委任状二通(以下「本件各委任状」という。)を作成して、これを丙野に交付した。この際、丙野は、上告人に対し、司法書士の手間、費用、時間などを考えると、五月三一日の所有権移転登記に間に合わせるために本件土地の地目の田から宅地への変更、道路の範囲の明示、測量等の所有権移転の事前準備の必要があるので、登記済証を預かりたいといって、「事前に所有権移転しますので、本日、土地、建物の権利書を預かります」との記載がされた預り証(以下「本件預り証」という。)を交付した。上告人は、その記載を見たものの、深く考えず、丙野に言われるままに、本件土地建物の登記済証を預けた。
(2) 上告人は、三月四日、道路の範囲の明示に必要であるという説明に従い、丙野に対し、更に委任事項が白紙の委任状を作成して交付したほか、同日から同月九日にかけて、自己の印鑑登録証明書を交付した。上告人の妻は、四月二日に上告人の意を受けて、丙野の求めに応じ、上告人名義の委任事項が白紙の委任状を作成して交付した。
(3) 三月九日、上告人は、丙野から本件各委任状の写しの交付を受けたところ、それらには、「事前に所有権移転をしてもらってけっこうです」、又は「上記の物件の土地、建物の売買いに関して一切の権限を委任します」との記載が書き加えられていることに気付いた。
(4) 丙野は、上告人に対し、五月三一日に売買代金の決済と同時に××に本件土地建物の所有名義を移転すると述べていたことから、上告人は、これを信じており、同日よりも前に××に対して所有権を移転させる意思はなかった。
(5) 丙野ないし××関係者は、上告人又はその妻から交付を受けた上記各書類を悪用して、上告人に対して本件土地建物の売買代金を支払うことなく、本件土地建物につき、四月五日受付で、上告人から××への第一審判決別紙登記目録一記載の所有権移転登記(以下「本件第一登記」という。)をした。
(6) ××は、四月一五日、被上告人株式会社オツノ総合企画(以下「被上告人オツノ総合企画」という。)との間で、本件土地建物を代金六五〇〇万円で売り渡す旨の契約を締結し、これに基づき、同月一六日、××から被上告人オツノ総合企画への第一審判決別紙登記目録二記載の所有権一部移転登記及び持分全部移転登記(以下、これらの各登記を併せて「本件第二登記」という。)がされた。同被上告人は、××に本件土地建物の所有権が移転していないことにつき善意、無過失であった。
(7) 被上告人オツノ総合企画は、四月二八日、被上告人有限会社○○(以下「被上告人○○」という。)との間で、本件土地建物を代金六五〇〇万円で売り渡す旨の契約を締結し、これに基づき、同日、被上告人オツノ総合企画から被上告人○○への第一審判決別紙登記目録三記載の所有権一部移転登記及び持分全部移転登記(以下、これらの各登記を併せて「本件第三登記」という。)がされた。同被上告人は、××に本件土地建物の所有権が移転していないことにつき善意、無過失であった。
2 原審は、上記事実関係に基づき、次のとおり判断して、上告人の請求を棄却すべきものとした。
(1) 上告人は、不動産取引、不動産登記手続において重要な登記済証、白紙委任状及び印鑑登録証明書等を安易に丙野に交付していること、本件第一登記がされる前の二月二八日には、上記1の(1)のとおりの本件預り証の記載を見ており、また、三月九日には、丙野から、上記1の(3)のとおりに書き加えられた本件各委任状の写しの交付を受けており、事前に××に対して本件土地建物の所有権移転登記がされる危険性があることを予測することができるとともに、丙野に対してこれを問いただすことが十分にでき、そうすることによって、上告人から××への不実の登記がされることを防止することは十分に可能であったこと、以上によれば、上告人において落ち度があったものであり、その後に取引を行った者との関係では、上告人に帰責事由があったものと評価せざるを得ない。
(2) したがって、上告人は、民法九四条二項、一一〇条の類推適用により、××に本件土地建物の所有権が移転していないことにつき善意、無過失で××から本件土地建物を買い受けた被上告人オツノ総合企画に対して、××に本件土地建物の所有権が移転していないことを対抗することができず、本件第二登記の抹消登記手続を求めることができない。また、被上告人○○は、上記の保護を受ける被上告人オツノ総合企画から本件土地建物を買い受けたものであり、かつ、××に本件土地建物の所有権が移転していないことにつき善意、無過失であったから、上告人は被上告人○○に対し、××に本件土地建物の所有権が移転していないことを対抗することができず、本件第三登記の抹消登記手続を求めることができない。
3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 前記原審の認定の事実によれば、上告人は、地目変更などのために利用するにすぎないものと信じ、丙野に白紙委任状、本件土地建物の登記済証、印鑑登録証明書等を交付したものであって、もとより本件第一登記がされることを承諾していなかったところ、上告人が丙野に印鑑登録証明書を交付した三月九日の二七日後の四月五日に本件第一登記がされ、その一〇日後の同月一五日に本件第二登記が、その一三日後の同月二八日に本件第三登記がされるというように、接着した時期に本件第一ないし第三登記がされている。
(2) また、記録によれば、上告人は、工業高校を卒業し、技術職として会社に勤務しており、これまで不動産取引の経験のない者であり、不動産売買等を業とする××の代表者である丙野からの言葉巧みな申入れを信じて、同人に上記(1)の趣旨で白紙委任状、本件土地建物の登記済証、印鑑登録証明書等を交付したものであって、上告人には、本件土地建物につき虚偽の権利の帰属を示すような外観を作出する意図は全くなかったこと、上告人が本件第一登記がされている事実を知ったのは五月二六日ころであり、被上告人らが本件土地建物の各売買契約を行った時点において、上告人が本件第一登記を承認していたものでないことはもちろん、同登記の存在を知りながらこれを放置していたものでもないこと、丙野は、白紙委任状や登記済証等を交付したことなどから不安を抱いた上告人やその妻からの度重なる問い合わせに対し、言葉巧みな説明をして言い逃れをしていたもので、上告人が××に対して本件土地建物の所有権移転登記がされる危険性について丙野に対して問いただし、そのような登記がされることを防止するのは困難な状況であったことなどの事情をうかがうことができる。
(3) 仮に上記(2)の事実等が認められる場合には、これと上記(1)の事情とを総合して考察するときは、上告人は、本件土地建物の虚偽の権利の帰属を示す外観の作出につき何ら積極的な関与をしておらず、本件第一登記を放置していたとみることもできないのであって、民法九四条二項、一一〇条の法意に照らしても、××に本件土地建物の所有権が移転していないことを被上告人らに対抗し得ないとする事情はないというべきである。そうすると、上記の点について十分に審理をすることなく、上記各条の類推適用を肯定した原審の判断には、審理不尽の結果法令の適用を誤った違法があるといわざるを得ず、論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。
したがって、原審の前記判断には、判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決は破棄を免れない。そして、上記の点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・滝井繁男、裁判官・福田博、裁判官・北川弘治、裁判官・亀山継夫、裁判官・梶谷玄)