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最高裁判所第二小法廷 平成14年(受)1244号 判決 2004年12月24日

上告人

同訴訟代理人弁護士

樋口明男

大脇久和

被上告人

医療法人Y

同代表者理事長

同訴訟代理人弁護士

椛島修

富永孝太朗

田中健太郎

角倉潔

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人樋口明男、同大脇久和の上告受理申立て理由について

1  原審の確定した事実及び記録によって認められる事実関係の概要等は、次のとおりである。

(1) 被上告人は、診療所の経営を目的として平成3年11月に設立された社団たる医療法人である。被上告人の設立時の出資者はA及び上告人の2名であるとされ、平成7年5月ころまで、上記両名以外に被上告人の社員であるとされていた者はいなかった。被上告人の定款によれば、社員は社員総会において1個の議決権を有する。なお、上告人は、平成8年5月ころには、被上告人の理事であった。

(2) 医療法の規定によれば、社団たる医療法人の定款には、その開設しようとする診療所の名称及び開設場所、役員に関する規定、社員たる資格の得喪に関する規定、定款の変更に関する規定等を定めなければならない(44条2項)。被上告人の定款4条は、被上告人の開設する診療所の名称及び開設場所を定める。被上告人の定款によれば、社員の入社の承認及び理事の選任は社員総会の決議事項であり、定款の変更は、社員の3分の2以上が出席し、その3分の2以上の同意を要する社員総会の特別議決事項である。理事は被上告人の常務を処理し、理事会が社員総会に先立ち収支予算の決定及び決算の承認を行う。また、理事の互選によって定められた理事長が被上告人の業務を総理し、被上告人を代表することとされている。

(3) 被上告人は、次の時期に開催された被上告人の社員総会において次の各決議(以下「本件入社承認決議」という。)がされたと主張している。

ア  平成7年5月22日から同8年5月25日までの間に社員1名の入社を承認する決議

イ  平成8年5月25日から同9年5月20日までの間に社員1名の入社を承認する決議

ウ  平成10年5月21日から同11年5月26日までの間に社員3名の入社を承認する決議

(4) 被上告人は、次の時期に開催された被上告人の社員総会において次の各決議(以下「本件理事選任決議」という。)がされたと主張している。

ア  平成7年5月22日から同8年5月25日までの間にA及びBを理事に選任する決議

イ  平成8年5月25日から同9年5月20日までの間にC及びDを理事に選任する決議

ウ  平成9年5月20日から同10年5月21日までの間にA及びBを理事に選任する決議

エ  平成10年5月21日から同11年5月26日までの間にD、E、F及びGを理事に選任する決議

(5) 被上告人は、平成9年5月20日から同10年5月21日までの間に、被上告人の社員総会において、定款4条に規定する被上告人の開設する診療所の名称及び開設場所として、福岡県八女郡<以下省略>a1歯科医院(以下「a分院」という。)を加える旨の定款を変更する決議(以下「本件定款変更決議」という。)がされたと主張している。

(6) 被上告人の社員総会議事録には、本件入社承認決議及び本件理事選任決議がされたことを前提とした記載があり、被上告人の登記の目的及び業務欄には、a分院の開設に関する記載がある。

2  本件は、上告人が、被上告人の本件入社承認決議、本件理事選任決議及び本件定款変更決議(以下、これらの決議を併せて「本件各決議」という。)がいずれも存在しないことの確認を求める事案である。被上告人は、上告人は、形式上の出資者ではあるが、実質的には出資をしていないから、被上告人の社員ではないし、本件訴えには確認の利益がないから、本件訴えは不適法であると主張している。

3  原審は、次のとおり判示して、本件訴えを却下した。

医療法人において、社員及び理事の各氏名、人数等は、登記事項ではなく、本件入社承認決議及び本件理事選任決議については、関係者に拘束力を持つかのような外見自体が存在しないし、かつ、本件においては、上記各決議の有効を前提として現在具体的な法律上の紛争が生じているとの主張も立証もない。また、a分院の開設は、被上告人の医療法人登記簿に記載があるが、その開設自体をめぐって、現在具体的な法律上の紛争が生じているとの主張も立証もない。したがって、本件訴えは、いずれも確認の利益を欠くものである。

4  しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1) 被上告人は本件入社承認決議及び本件理事選任決議が存在すると主張しており、被上告人の社員総会議事録にはこれらの決議がされたことを前提とした記載があるから、理事及び社員に関する事項が社団たる医療法人の登記事項ではないとしても、上記各決議について決議が存在するとの外形があるというべきである。

(2) 確認の利益は、判決をもって法律関係等の存否を確定することが、その法律関係等に関する法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位ないし利益が害される危険を除去するために必要、適切である場合に認められる。法人の意思決定機関である会議体の決議は、法人における諸般の法律関係の基礎となるものであるから、その決議の存否に関して疑義があり、これが前提となって、決議から派生した法律上の紛争が現に存在するときに、決議の存否を判決をもって確定することが、紛争の解決のために必要、適切な手段である場合があり得る(最高裁昭和44年(オ)第719号同47年11月9日第一小法廷判決・民集26巻9号1513頁参照)。したがって、社団たる医療法人の社員総会の決議が存在しないことの確認を求める訴えは、決議の存否を確定することが、当該決議から派生した現在の法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位ないし利益が害される危険を除去するために必要、適切であるときは、許容されると解するのが相当である。

このような見地に立って本件をみると、次のようにいうことができる。

① 上告人が被上告人の社員であるとすると、被上告人の社員は、当初、Aと上告人の2名であったものが、本件入社承認決議が存在する場合には、平成7年5月以降新たに5名が入社したことになり、これに応じて上告人の議決権の割合が低下することになる。上告人はこれらの社員の入社を否定しているから、現時点における社員の確定等について決議から派生した法律上の紛争が存在しており、本件入社承認決議の存否を確定することが、上告人の社員としての法律上の地位ないし利益が害される危険を除去するために必要、適切であるというべきである。

② 被上告人の理事は、理事会の構成員であり、被上告人の常務を処理する権限を有し、理事長は理事のうちから選出されることに照らすと、理事の選任は被上告人の運営に係る基本的な事項であり、被上告人の社員は、理事が適正に選任されることについて法律上の利益を有するというべきである。そして、被上告人は平成7年5月以降本件理事選任決議に基づき理事が選任されたと主張しているのに、上告人はこれを否定しているから、現時点における理事の確定等について決議から派生した法律上の紛争が存在しており、上告人が被上告人の社員であるとすると、本件理事選任決議の存否を確定することが、上告人の上記利益が害される危険を除去するために必要、適切であるというべきである。

③ 医療法は、社団たる医療法人において、開設しようとする診療所の名称及び場所を定款で定めるべき事項とし(44条2項3号)、その定款の変更は、都道府県知事の認可を受けなければ効力を生じない(50条1項)としている。これは、新たに診療所を開設するかどうかが当該法人の経営の根幹にかかわる重要な事項だからであり、社団たる医療法人の社員は、診療所の開設、運営が法令及び定款に従い適正に行われることについて法律上の利益を有するというべきである。被上告人は、本件定款変更決議に基づき、a分院を開設し、同所における診療行為等を現に継続しているのに、上告人は決議の存在を否定し、その運営の適法性を争っているから、a分院の開設、運営について決議から派生する法律上の紛争が現に存在しており、上告人が被上告人の社員であるとすると、本件定款変更決議の存否を確定することが、上告人の上記利益が害される危険を除去するために必要、適切であるというべきである。

(3)  そうすると、本件各決議について、いずれもそれが存在しないことの確認を求める本件訴えの確認の利益を否定することはできないというべきである。

5  以上と異なり、本件訴えの確認の利益を否定した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は、この趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上告人が社員であるかどうか、本件各決議が存在するかどうか等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 津野修 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷玄 裁判官 滝井繁男)

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