大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成14年(受)1355号 判決 2004年12月24日

上告人

同訴訟代理人弁護士

芝康司

山本寅之助

藤井勲

山本彼一郎

泉薫

阿部清司

出口みどり

奥田直之

安田正俊

渋谷元宏

藤澤佳代

被上告人

同訴訟代理人弁護士

中松村夫

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人芝康司ほかの上告受理申立て理由について

1  原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1)  被上告人は,平成8年10月14日,上告人の過失によって生じた交通事故により,加療約6か月間を要する右膝蓋骨骨折の傷害を負い,右膝痛等の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)が残ったが,平成9年5月22日に症状固定という診断を受けた。

(2)  被上告人は,本件後遺障害につき,上告人が加入していたJA共済を通じ,自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)に対し,自動車損害賠償保障法施行令別表第2(以下「後遺障害等級表」という。)所定の後遺障害等級の事前認定を申請したところ,平成9年6月9日,非該当との認定を受けた。

(3)  被上告人は,平成11年7月30日,自算会の上記事前認定について異議の申立てをしたところ,自算会より,後遺障害等級表12級12号の認定を受けた。被上告人は,これに対し更に異議の申立てをしたが,退けられた。

(4)  被上告人は,平成13年5月2日,上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償として,本件後遺障害に基づく逸失利益,慰謝料等の合計2424万8485円及び遅延損害金の支払を求める本件訴訟を提起した。上告人は,これに対し,損害賠償請求権が民法724条所定の3年の時効により消滅した旨の主張をし,消滅時効を援用した。

2  原審は,本件後遺障害が後遺障害等級表12級12号に相当すると認定した上,次のとおり判断して,上告人の消滅時効の抗弁を排斥し,被上告人の請求を764万0060円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものとした。

被上告人は,後遺障害等級表12級12号の認定を受けるまでは,本件後遺障害に基づく損害賠償請求権を行使することが事実上可能な状況の下にその可能な程度にこれを知っていたということはできないから,被上告人の本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点は,上記認定がされた時以降であると解すべきである。

3  しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1)  民法724条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは,被害者において,加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味し(最高裁昭和45年(オ)第628号同48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照),同条にいう被害者が損害を知った時とは,被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうと解するのが相当である(最高裁平成8年(オ)第2607号同14年1月29日第三小法廷判決・民集56巻1号218頁参照)。

(2) 前記の事実関係によれば,被上告人は,本件後遺障害につき,平成9年5月22日に症状固定という診断を受け,これに基づき後遺障害等級の事前認定を申請したというのであるから,被上告人は,遅くとも上記症状固定の診断を受けた時には,本件後遺障害の存在を現実に認識し,加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害の発生を知ったものというべきである。自算会による等級認定は,自動車損害賠償責任保険の保険金額を算定することを目的とする損害の査定にすぎず,被害者の加害者に対する損害賠償請求権の行使を何ら制約するものではないから,上記事前認定の結果が非該当であり,その後の異議申立てによって等級認定がされたという事情は,上記の結論を左右するものではない。そうすると,被上告人の本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の消滅時効は,遅くとも平成9年5月22日から進行すると解されるから,本件訴訟提起時には,上記損害賠償請求権について3年の消滅時効期間が経過していることが明らかである。

4  以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上告人による消滅時効の援用が権利の濫用に当たるとの再抗弁について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滝井繁男 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷玄 裁判官 津野修)

上告受理申立理由書

上記当事者間の損害賠償請求上告事件の上告受理申立ての理由は以下のとおりである。

第1 判例違反

1 原判決は,自動車事故により受傷した被害者の後遺障害に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点について,自賠責保険への被害者請求としての異議申立てにより後遺障害等級が12級12号に該当すると認定された以降であるというべきであると判断して,申立人の消滅時効の抗弁を排斥した。

2 しかし,本件のような不法行為によって受傷し,後遺障害が発生した損害賠償請求権の消滅時効の起算点については,昭和49年9月26日最高裁判所第1小法廷判決(交通事故民事裁判例集第7巻第5号1233頁,事件番号昭和48年(オ)第1214号)がある。原判決は同最高裁判所判例に反する見解に基づくものであり,破棄されるべきである。

3 前記最高裁判所判例は次のように判示する。

「不法行為の被害者につきその不法行為によって受傷した時から相当の期間経過後に右受傷に基因する後遺症が現れた場合には,右後遺症が顕在化した時が民法724条にいう損害を知った時にあたり,後遺症に基づく損害であって,その当時において発生を予見することが社会通念上可能であったものについては,すべて被害者においてその認識があったものとして,当該損害の賠償請求権の消滅時効はその時から進行を始めると解するのが相当である(最高裁昭和40年(オ)第1232号,同42年7月18日第3小法廷判決・民集21巻6号1559頁参照)。」

原判決の判断と対比する。原判決は自賠責において後遺障害等級に該当すると認定されたときが消滅時効の起算点とし,そのときまでは消滅時効は進行しないと判断している。

自賠責の等級認定がなされたときと後遺障害が顕在化したときとは一致しない。後遺障害が顕在化しない間は後遺障害診断書が作成されることはない。顕在化しているから医師は後遺障害診断書を作成する。そして被害者はこれに基づいて自賠責請求(異議申立を含む)をするのである。

従って,自賠責が後遺障害等級を認定するよりも前に後遺障害は顕在化していなければならない。顕在化しているから認定できるのである。

最高裁判所前記判決に従えば消滅時効の起算点は通過しているのに,原判決の見解では起算点は未到来である。

原判決の見解は前記最高裁判所判例に反することは明らかである。

4 本件事故による受傷,治療経過,損害賠償請求などの経過は次のようである。

平成8年10月14日    本自動車事故発生

相手方右膝蓋骨々折を受傷

平成8年10月14日から同9年3月18日  相手方入通院して治療を受けた。

平成9年3月18日    治療終了

平成9年5月22日    後遺障害診断書作成

平成9年6月9日    自賠責非該当の認定

平成9年10月2日    示談成立

平成11年7月30日頃 申立人自賠責異議申立

その後         後遺障害等級12級の認定を受けた。

平成13年5月2日    申立人本訴提起

5 相手方の受傷は膝蓋骨々折であり,治療中からすでに医師は膝に障害が残ると申立人に告げていたと申立人は供述する。肯けることである。

そして,平成9年5月22日には医師が申立人の右膝の後遺障害を認め後遺障害診断書が作成された(甲5)。

申立人の後遺障害は疑いようもなくこの時期に顕在化していたこと,それを申立人も知っていた。

後遺障害による損害賠償請求権は遅くとも平成9年5月22日から消滅時効が進行を開始したのである。

本訴提起時の平成13年5月2日には3年の消滅時効は完成している。

6 原判決は,前述のとおり,申立人の後遺障害が自賠責において12級と認定された以降に,消滅時効の起算点が来るとし,それまでは消滅時効は開始しないとする。

しかし,自賠責の認定(非該当との認定も含む)は,それは自賠責における認定というだけで,それが非該当とされようと,該当とされようと,後遺障害の存在及びその内容が決定されるものではない。

自賠責の認定が仮に非該当であっても等級認定であっても,加害者及び被害者を拘束しない。

被害者の本訴提起を妨げる何の理由にもならない。

また,もし自賠責が等級認定をしない間は,後遺障害による損害賠償請求権はいつまでも消滅時効が開始しないとの結果をもたらす。

更にまた自動車事故でない事故による後遺障害の損害賠償請求権には,自賠責がないから等級認定がない。そのような場合にまで原判決の見解は統一的に解釈されるのであろうか。

7 原判決は最高裁判決に違反しているのは明らかである。

第2 法令の解釈に関する重要な事項を含む

1 本件は不法行為による後遺障害の損害賠償請求権の消滅時効の起算点という重要な事項を含む案件である。

民法第724条は,「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」を消滅時効の起算点とする。

2 後遺障害の損害賠償請求権の消滅時効の起算点も,損害即ち後遺障害の発生及び存在を知りたる時と解される。前記最高裁判所判決の後遺症の顕在化とは,同旨を示すものと考えられる。

3 原判決は,後遺障害が自賠責で認定されるまでは被害者は損害を知ったことにならず,これが認定されてはじめて損害を知ったことになると解釈するのである。

しかし,被害者は後遺障害の存在を知っているから後遺障害診断書の作成を医師に依頼するのであり,自賠責に被害者請求し,異議申立てをするのである。

原判決の論理は逆である。

4 世上,受傷の結果,後遺障害を残す被害者は少なくない。その意味において後遺障害損害賠償請求権の起算点は重要な事項である。

本件判決は民法第724条の解釈に関する重要な事項を含んでいる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例