最高裁判所第二小法廷 平成14年(行フ)10号 決定 2003年3月14日
抗告人
総務省人事・恩給局長
久山慎一
同指定代理人
齊木敏文
外七名
相手方
住岡義一
同代理人弁護士
南出喜久治
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告代理人齊木敏文、同加島康宏、同伊藤大輔、同吉田栄美、同真狩誠、同桑山二三雄、同青柳良仁、同吉川泰司の抗告理由について
1 本件の本案訴訟(京都地方裁判所平成一三年(行ウ)第一五号旧軍人普通恩給改定請求却下処分取消請求事件)は、総務庁恩給局長が相手方に対して旧軍人普通恩給の改定請求を却下する旨の処分(以下「本件処分」という。)をしたため、相手方が同局長の事務承継者である抗告人に対しその取消しを求めるものである。本件は、抗告人が、管轄違いを理由に本案訴訟を東京地方裁判所に移送することを申し立てたのに対し、京都地方裁判所が、京都府知事は本件処分に関し行政事件訴訟法一二条三項にいう「事案の処理に当たった下級行政機関」に当たるとして、申立てを却下したことの当否が争われている事案である。
2 原審が認定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 相手方は、当時の中華民国において旧陸軍軍人として軍務に服し、昭和二一年三月一五日、同国山西省において現地召集解除となった。相手方は、同日に軍人を退職したものとして旧軍人普通恩給を給する旨の裁定を受けていたが、平成一〇年二月一八日付けの旧軍人普通恩給改定請求書(以下「本件請求書」という。)により、総務庁恩給局長に対し、昭和二一年三月一六日から同三四年七月二六日までいわゆる山西省残留将兵として軍務に服したのであるから、この期間も旧軍人普通恩給算定上在職年に算入すべきであると主張して、旧軍人普通恩給の改定請求をした。
(2) 旧軍人に給する普通恩給の年額は、実在職年の年数に応じ、所定の率を恩給の金額の計算の基礎となるべき俸給年額に乗じたものとされている(恩給法の一部を改正する法律(昭和二八年法律第一五五号)附則一四条、二四条以下)。そして、旧陸軍の軍人の恩給の請求、裁定等に関する手続としては、請求者の退職当時における本籍地を管轄する都道府県知事及び厚生大臣を経由して裁定庁である総務庁恩給局長に恩給請求書類を差し出すことを要する(恩給給与細則(平成一二年総理府令第九〇号による改正前のもの)二条ただし書。これは、各都道府県が、軍人軍属であった者の身上の取扱いに関する事務等を処理している(地方自治法附則一〇条一項)からである。都道府県知事は、恩給請求書類を受け付けてこれを調査し、誤りがなければ恩給金額計算書を作成し、履歴書、証明書その他の添付書類につき証明すべきものは証明しなければならない(恩給給与規則二二条一項)。
(3) 本件請求書及び添付書類は、相手方の旧軍人退職当時の本籍地である京都府の保健福祉部地域福祉・援護課に提出され、受け付けられた。本件請求書に添付されていた相手方の履歴書には、同課の職員の指示により、相手方の押印だけがされており、履歴内容は記載されていなかった。
(4) 厚生省は、山西軍参加残留者の恩給請求の取扱いについて、「山西軍残留者から恩給請求の申立てがあった場合は、現段階では退職年月日(現地召集解除)の訂正はできないこと、現地召集解除以後の残留期間は恩給基礎在職年に通算されないことを説明すること。なお、それでも総務庁恩給局の裁定を希望する者については、現地召集解除までの履歴書を作成し、都道府県の意見書を添えて進達すること。また、本人から恩給局長宛の嘆願する旨の申立書の提出があった場合は請求書類に添付すること。」という処理方針を示していた(同省社会・援護局業務第一課長発各都道府県民生主管部(局)長あて平成一〇年一月二七日付け通知)。
(5) 京都府保健福祉部地域福祉・援護課の担当者は、上記の処理方針に従い、退職年月日の訂正をすることはできず、現地召集解除以後の残留期間は恩給基礎在職年に通算されないとの判断をし、その結果を相手方に告げたが、相手方がこれに納得しなかったので、同課保管の旧陸軍連隊区司令部から引き継いだ身上に関する資料、陸軍兵籍、陸軍戦時名簿等と照合しながら、履歴書の履歴内容欄を浄書し、相手方の軍人退職年月日を現地召集解除日の昭和二一年三月一五日と記載し、その内容に相違ない旨の証明書を作成して添付し、上記の経過を記載した意見書を添え、厚生省を経由して総務庁恩給局長に進達した。
(6) 総務庁恩給局長は、本件請求書に添付された履歴書に記載されている履歴の内容が、従前の請求時に添付された履歴書の内容と同一であるとして、本件処分をした。
3 以上の事実関係等の下で、京都府知事が本件処分につき事案の処理に当たった下級行政機関ということができるかどうかを検討する。
行政事件訴訟法一二条三項にいう当該処分又は裁決に関し事案の処理に当たった下級行政機関とは、当該処分等に関し事案の処理そのものに実質的に関与した下級行政機関をいうものと解すべきところ(最高裁平成一二年(行フ)第二号同一三年二月二七日第三小法廷決定・民集五五巻一号一四九頁参照)、この下級行政機関に当たるものは、当該処分等を行った行政庁の指揮監督下にある行政機関に限られないと解するのが相当である。
本件において、改定請求の可否の判断は、相手方が昭和二一年三月一六日から同三四年七月二六日までの間も軍務に服したということができるかどうかに係るところ、前記事実関係によれば、京都府保健福祉部地域福祉・援護課の担当者は、相手方の履歴について、履歴書の原本と照合してその審査をし、前記通知の処理方針に従って、本件請求は認められないとの実質的な判断をし、相手方の軍人退職年月日を現地召集解除日の昭和二一年三月一五日と記載した履歴書を作成して証明書を添付し、上記の経過を記載した意見書を添え、厚生省を経由して裁定庁である総務庁恩給局長に送付したのであり、本件処分は、専ら同課の調査結果及び意見に基づいてされたものとみることができる。そうすると、京都府知事は、本件処分につき、事案の処理そのものに実質的に関与したものということができ、行政事件訴訟法一二条三項にいう事案の処理に当たった下級行政機関に当たるというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官・梶谷玄、裁判官・福田博、裁判官・北川弘治、裁判官・亀山継夫、裁判官・滝井繁男)