大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成15年(オ)1895号 判決 2004年11月29日

上告人

X1

外34名

上記35名訴訟代理人弁護士

高木健一

弊原廣

福島瑞穂

梁文洙

山本宜成

小沢弘子

渡邉彰悟

古田典子

森川真好

林和男

被上告人

同代表者法務大臣

南野知惠子

同指定代理人

前田武志

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

1  上告代理人高木健一ほかの上告理由第1の2のうち憲法29条3項に基づく補償請求に係る部分について

(1)  軍人軍属関係の上告人らが被った損失は,第二次世界大戦及びその敗戦によって生じた戦争犠牲ないし戦争損害に属するものであって,これに対する補償は,憲法の全く予想しないところというべきであり,このような戦争犠牲ないし戦争損害に対しては,単に政策的見地からの配慮をするかどうかが考えられるにすぎないとするのが,当裁判所の判例の趣旨とするところである(最高裁昭和40年(オ)第417号同43年11月27日大法廷判決・民集22巻12号2808頁)。したがって,軍人軍属関係の上告人らの論旨は採用することができない(最高裁平成12年(行ツ)第106号同13年11月16日第二小法廷判決・裁判集民事203号479頁参照)。

(2)  いわゆる軍隊慰安婦関係の上告人らが被った損失は,憲法の施行前の行為によって生じたものであるから,憲法29条3項が適用されないことは明らかである。したがって,軍隊慰安婦関係の上告人らの論旨は,その前提を欠き,採用することができない。

2  同第1の2のうち憲法の平等原則に基づく補償請求に係る部分について

財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和40年条約第27号)の締結後,旧日本軍の軍人軍属又はその遺族であったが日本国との平和条約により日本国籍を喪失した大韓民国に在住する韓国人に対して何らかの措置を講ずることなく戦傷病者戦没者遺族等援護法附則2項,恩給法9条1項3号の各規定を存置したことが憲法14条1項に違反するということができないことは,当裁判所の大法廷判決(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最高裁昭和37年(あ)第927号同39年11月18日大法廷判決・刑集18巻9号579頁等)の趣旨に徴して明らかである(最高裁平成10年(行ツ)第313号同13年4月5日第一小法廷判決・裁判集民事202号1頁,前掲平成13年11月16日第二小法廷判決,最高裁平成12年(行ツ)第191号同14年7月18日第一小法廷判決・裁判集民事206号833頁参照)。したがって,論旨は採用することができない。

3  同第1の2のうち,財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律(昭和40年法律第144号)の憲法17条,29条2項,3項違反をいう部分について

第二次世界大戦の敗戦に伴う国家間の財産処理といった事項は,本来憲法の予定しないところであり,そのための処理に関して損害が生じたとしても,その損害に対する補償は,戦争損害と同様に憲法の予想しないものというべきであるとするのが,当裁判所の判例の趣旨とするところである(前掲昭和43年11月27日大法廷判決)。したがって,上記法律が憲法の上記各条項に違反するということはできず,論旨は採用することができない(最高裁平成12年(オ)第1434号平成13年11月22日第一小法廷判決・裁判集民事203号613頁参照)。

4  その余の上告理由について

その余の上告理由は,違憲及び理由の不備・食違いをいうが,その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって,民訴法312条1項又は2項に規定する事由に該当しない。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・津野修,裁判官・北川弘治,裁判官・滝井繁男)

上告理由書

第1 憲法の解釈適用の誤り

1 <省略>

2 国内法に基づく請求について

(1) 憲法29条3項に基づく補償請求について

原判決は,①軍人軍属関係の控訴人らの損害については,「軍人軍属として戦地等において過酷ないし危険な勤務に服させられ,あるいは状況に置かれたことにより生命,身体,その自由に生じた戦争犠牲ないし戦争損害であり,戦争犠牲ないし戦争損害は国の存亡に係わる非常事態の下では,国民の等しく受忍しなければならないものとして補償の対象としないものとするか,仮に補償,援護等救済を考慮するとしても,このような戦争犠牲ないし戦争損害に対する救済の要否,範囲及びその在り方については,旧植民地の帰属住民と日本国民との間で同列の扱いをするのが相当であるか否かの外交政策上の考慮も含めて国家財政,社会経済,損害の内容,程度等に関する資料を基礎とする立法府の裁量的判断に委ねられたものと解される」との判例(最大判S43.11.27民集22-12-2808,最三小判H4.4.28裁判集民事164-295)を引用して排斥し,②軍隊慰安婦の損害については,「軍隊慰安婦として戦地等に連行されて,常時旧日本軍の管理下に置かれて多数の軍人軍属と性行為を強要されることにより生命,身体,その自由,殊に性的自由を侵害されたことによる損失であって,憲法29条3項が正当な補償の下に公共のために用いることができるとして保護する私有財産が侵害されたことにより生じた損害とは異なるものである。また,日本国憲法は,昭和21年11月3日に公布され,その施行を公布の日から起算して6箇月を経過した日からと定め(同法100条),昭和22年5月3日から施行されたものであるところ,軍隊慰安婦関係の控訴人らが本件において主張している被控訴人の行為により生じた損失は,日本国憲法施行前のものであることが明らかである。そうすると,軍隊慰安婦関係の控訴人らの主張する損失につき直接日本国憲法29条3項の適用があったと解することはできない上,同条項による補償の対象とするか否かは立法を待って処理されるべき問題にしかなり得ないというべきである。」とした(原判決書56〜57頁)。

しかし,かかる原判決には,憲法29条3項の解釈適用を誤った違法があるというべきである。

(a) 上告人らの特別犠牲

原判決は,上告人らが被った犠牲が戦争損害であり,戦争損害は通常国民全体に等しく及ぶもので,特別の犠牲ではないという。

しかし,もし上告人らが被った犠牲が通常国民全体に等しく及んだ犠牲で,受忍すべき犠牲であり,特別犠牲ではないというのであれば,日本人軍人軍属及びその遺族らに恩給法,援護法によって補償をすることは,特別の犠牲でもないのに同じ戦争犠牲を被った国民のうち一部の国民のみを優遇して補償することになり,法の下の平等に反することを自認していると言わなければならない。

被上告人が恩給法,援護法によって軍人軍属らについて補償措置をとったのは,軍人軍属が被った犠牲は戦地等において過酷ないし危険な勤務に服させられ,あるいは状況に置かれたことにより生命,身体,その自由に生じた犠牲であるという点で,日本国内で戦災にあった国民とは異なる特別の犠牲であると考えたからにほかならない。そして被上告人は戦争を開始した国家起因性に鑑みて国家補償として補償措置を講じたのである。

この点につき,被爆者健康手帳交付申請却下処分取消請求事件に関する最高裁第一小法廷昭和53年3月30日判決(民集32巻2号435頁)は,原爆医療法は,社会保障法としての性格をもつとしながらも,原子爆弾の被爆による健康上の「障害が遡れば戦争という国の行為によつてもたらされたものであり,しかも,被爆者の多くが今なお生活上一般の戦争被害者よりも不安定な状態に置かれているという事実を見逃すことはできない。原爆医療法は,このような特殊の戦争被害について戦争遂行主体であつた国が自らの責任によりその救済をはかるという一面をも有するものであり,その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあることは,これを否定することができないのである。」として,原爆医療法による補償の性格が,被上告人の戦争開始にあるという国家起因性を肯定して,原爆被爆による障害すなわち特別の犠牲を補償するものであることを認めた。

この原爆医療法による補償は,被上告人の戦争開始行為についての国家起因性の面では,恩給法,援護法が被上告人の使用者としての責任の性格を持つことと比較するとより間接的である(宇賀克也「法律学大系・国家補償法」(有斐閣,1997)513〜514頁)。なぜなら,原爆被害をもたらした原爆投下自体は被上告人の行為ではないのに対し,軍人軍属の場合は,被上告人が犠牲者を戦地等に赴かせてその生命,身体の自由を直接的に危険にさらして犠牲を被らせたからである。そうだとすれば,被上告人がより直接的に損失を被らせた軍人軍属の犠牲の特別性は明らかであると言わなければならない。

まして,上告人らが被った犠牲は,前述のように朝鮮半島の植民地支配のもと朝鮮人民が「奴隷状態」に置かれた状況(カイロ宣言)において,強制連行により軍人軍属,あるいは軍隊慰安婦に狩り出された特別の身分関係に基づく犠牲であり,決して単なる一般的な戦争犠牲ではない。むしろ原告ら朝鮮半島出身者が日本人軍人軍属等として戦争に狩り出されたことによって,いわゆる血統的日本人は戦争に狩り出される犠牲から免れたのであって,いわば血統的日本人の身代わりに犠牲になった原告らの損失を日本国において負担すべきことは至極当然である。

上告人らは,自分自身あるいはその夫や父を日本の強制連行により故郷から強制的に戦場へと狩り出され,日本の軍人軍属として生命,身体の自由を侵害され,あるいは原判決も慰安婦が被った「損失は極めて非人道的で精神的肉体的痛みの深い深刻なものである」として,醜業条約違反に該当すべき性的自由の侵害を認めているのであって,上告人らが被った犠牲の特別性は日本人軍人軍属のそれよりも際だっていると言わなければならない。

そして,戦争損害を全ての国民が等しく受忍すべきものとはせず,命をも一般犠牲として正当化することには強い批判があり,救済の必要を認める見解が有力である(前掲宇賀克也「国家補償法」497頁,506頁,阿部泰隆「法学教室全書・国家補償法」(有斐閣,1988)329頁)。

したがって,上告人らが被った犠牲は,憲法29条3項の類推適用により,直接同条項に基づいて補償を請求することができるというべきである。

(b) 慰安婦とされた上告人の犠牲についての補償の必要性

原判決は,慰安婦である上告人らが被った犠牲は,生命,身体,自由特に性的自由を奪われたものであるから,憲法29条3項が保護する私有財産の侵害とは異なる損失であるとしてその適用を否定する。

しかし,憲法29条3項は直接には財産権の補償について規定したものであるが,憲法の個人の尊厳原理(13条)等に鑑みるならば,個人の生命,身体,自由の保障を財産権の保障よりも不利に扱うのは不合理であるから,個人の生命,身体,自由が社会生活上一般に受忍すべきものとされる限度を越えて制限され,特別の犠牲を強いられた場合には,憲法29条3項を類推適用して,右犠牲を強いられた者は,直接憲法29条3項に基づいて国に対して正当な補償を請求することができるものと解すべきである(同旨,予防接種ワクチン禍事件についての東京地裁昭和59年5月18日判決・判例時報1118号28頁,大阪地裁昭和62年9月30日判決・判例時報1255号45頁,福岡地裁平成元年4月18日判決・判例時報1313号17頁)。

これに対して,被上告人は,生命・身体の犠牲について憲法29条3項の適用を認めると,国が補償措置の下に生命・身体の犠牲を強いることを認めることになると主張したが,それがおよそ人権感覚をまったく欠如した非人道的な独自の見解であることは明白である。生命・身体の犠牲について同条項の適用ないし類推適用があるとするのは,財産権は国の適法行為による損失についても補償されるのに,財産権よりも重要である生命・身体の自由が国の適法行為によって損失を被った場合にその損失ついて補償がされないのは不合理であるとの理由によるものである(同旨,前掲阿部泰隆「国家補償法」261頁)。生命・身体の自由については,補償措置を講じたとしても犠牲を強いることが許されないのは当然であり,ただ適法行為といえどもそれによって個人の生命・身体に犠牲を強いる結果となった場合にはその損失を補償すべきである。

したがって,慰安婦とされた上告人らが,慰安婦とされ戦地等において性行為を強要され,性的自由について被った損失もまた憲法29条3項の類推適用により補償の対象となるというべきである。

(c) 上告人らの損失発生時期について

確かに憲法には29条3項を遡及的に適用する旨の文言はない。しかし,刑罰不遡及の原則と異なり,そのことが同条項の遡及的適用を直ちに否定したり禁止することにはならない。現行憲法の制定,施行の前後で日本国という国家の同一性が失われていないこと,旧憲法時代にも恩給法等により軍人軍属に対して補償措置がとられていたこと(訴状の請求原因第三項6(1)),援護法が「国家補償の精神」に基づいて憲法施行前に被った戦争犠牲ないし戦争損害に対する補償措置を講じていること,戦後復活した恩給法が憲法施行前の旧軍人軍属にかかる戦争犠牲について補償措置がなされていることから,憲法は憲法施行前の事項に対する補償措置をとることを認めていると解される。

一方,上告人らが生命,身体,自由を奪われたことによる損失,例えば身体の完全を害されたことによる経済的損失,精神的苦痛は,憲法施行後も日々継続して発生しているということができるが,そのことは被上告人が主張するように請求手続が将来給付の訴えにのみ限定されることにはならない。死傷等の損失についてその発生時に請求することができるというのは,死傷等の発生時に逸失利益を中間利息等の控除によって死傷等の発生時の現在価額に算定して請求することができるというにすぎず,損失が将来にわたって発生することを否定するものではないからである。

したがって,憲法29条3項は,憲法施行前に生じた生命,身体の自由,性的自由の侵害に起因する損失についても補償の対象としているというべきである。

以上から,原判決には,憲法29条3項の解釈適用を誤った違法がある。

(2) 憲法の平等原則に基づく補償請求について

原判決は,上告人らの憲法上の平等原則(憲法14条1項)に基づく補償請求について,1952年のサン・フランシスコ平和条約により,朝鮮人は日本国籍を失い,朝鮮住民の日本国及び日本国民に対する請求権の処理は,日本国と朝鮮の施政当局との特別取極の主題とされ,両政府間の外交交渉によって解決されることが予定されたので,援護法,恩給法の国籍条項には十分に合理性があり,憲法14条1項に違反しないという最高裁判例(最一小判H13.4.5裁判集民事202-1,最二小判H13.11.16裁判集民事203-479,最一小判H14.7.18裁判集民事206-833)を引用して,平等原則に反しないとして否定した(原判決書59頁)。

そして1965年締結の「日韓請求権協定によって,サン・フランシスコ平和条約により日本国籍を喪失した旧軍人軍属の請求権については,大韓民国がいかなる主張もすることができないものとされたことを受けて,日本国が,上記旧軍人軍属を援護法の適用から除外し,また,恩給法9条1項3号を存置することとしたことには,平和条約で予定された特別取極に基づくものとして合理的な根拠があるというべきである。」とし,援護法,恩給法の国籍条項を存置してきたことが,「立法府の裁量の範囲を著しく逸脱したものとはいえず,前述の区別が合理的な根拠を欠くに至ったものということはできない」とした(原判決書60〜61頁)。

しかし,かかる原判決には,憲法14条1項の解釈適用を誤った違法があるというべきである。

(a) 援護法,恩給法の国籍条項の平等原則違反

援護法や恩給法による補償は,国(旧日本軍)と一定の雇用関係ないし雇用類似の関係にあった軍人軍属等を対象に,一般国民が受けた戦争被害とは別に,これらの者の公務上の負傷,死亡等の戦争犠牲に対して補償を行うものであるから,その本質は,戦争被害を受けた軍人軍属等に対する国家補償にあると考えられる。したがって,その立法趣旨からいえば,補償がなされるか否かは過去において国(旧日本軍)に対する軍務等を提供したかどうかという客観的基準によって決せられるべきものであって,日本国籍を有しないというだけで,その対象から除外することは,憲法14条の禁止する合理的な理由のない差別に該当するというべきである(同旨大阪地裁平成7年10月11日判決・判例タイムズ901号84頁,大阪高裁平成11年10月15日判決・判例時報1718号30頁,横田洋三・菅充行「人権の国際的保障と憲法」(自由と正義48巻5号,1997)41頁,なお前述のセネガル・ケースの理由参照)。

この点,原判決が引用する最高裁平成13年4月5日判決も,援護法の国籍条項の結果,「日本人の軍人軍属と在日韓国人の軍人軍属との間に公務上の負傷又は疾病等に対する補償につき差別状態が生じていたことは否めない。」としている。

したがって,援護法附則2項及び恩給法9条1項3号の国籍条項それ自体は,端的に日本人軍人軍属と韓国人軍人軍属らとの間に差別状態をもたらしていたことは明らかである。ただ,援護法制定当時,日本と韓国との間で旧日本軍軍人軍属等の補償について外交交渉によって解決されることが予定されていたために,国籍条項はかろうじて違憲と判断されるのを免れたにすぎない。

しかし,そうであれば,台湾人元軍人軍属の補償請求に関する最高裁判所平成4年4月28日判決において,園部裁判官の少数意見が指摘するように,援護法制定当時かろうじて違憲を免れたとしても,その後,国際的諸事情により両国間の特別「取極についての協議ができないこととなった時点から,右国籍条項適用の結果生じている状態が法の下の平等の原則に反する差別となっていることは素直に認めなければならない。」というべきである。そして,この園部裁判官の少数意見はその後下級審において支持され,前記のように大阪地裁,大阪高裁判決へと受け継がれた。

原判決が引用した前記最高裁平成13年4月5日判決における深澤武久裁判官も,1965年終結の日韓請求権協定によって,被上告人が韓国人軍人軍属の補償問題は最終的に解決したとの立場から援護法の国籍条項が補償の対象とされなかったことについて,「援護法による支援を受けている日本人の軍人軍属との間に大きな差別が生ずるに至っている。このような状態は,ほとんど法の下の平等に反するものといってもいいようなものである」と指摘している。

そして学説においても,このような園部裁判官の少数意見の立場を支持し,政府間の特別取極によって「当初予定していた外交交渉のルートを通じた救済が不可能となった時点では,平等原則違反の状態が生じているとみるべき」であるとする見解が今や極めて有力である(野中俊彦「憲法訴訟の原理と技術」(有斐閣,1995)263頁以下,前掲宇賀克也「国家補償法」505〜506頁,前掲阿部浩己他「テキストブック国際人権法【第2版】」140頁以下,同「援護法の国籍条項は国際人権規約に違反する」(日本評論社・法学セミナー452号,1992)48頁以下,田中宏「日本の援護政策と外国人差別の構造」(日本評論社・法学セミナー452号,1992)38頁以下など)。

(b) 異常な差別状態

上告人らの第1審における1996年10月 日付準備書面において既に指摘したが,被上告人は,援護法の制定以降,日本人の軍人軍属等に対する補償を拡大し,毎年2兆円もの予算を投入して手厚い補償を行ってきた。その結果,もし上告人らに援護法が適用されたとした場合,次のようになる。

上告人X20は,海軍軍属として徴用され,作業中に空爆を受けて左腕に重傷を負い,左腕を肩先から切断するの已むなきに至ったのであるから,第二項症の六にいう「一上腕又ハ一下肢ヲ全ク失ヒタルモノ」(援護法七条一項,恩給法別表第一号表ノ二)に該当し,これまでに少なくとも約8260万円の障害年金,特別加給金を受けることができる。

上告人X13は,陸軍軍属として徴用され,航行中に米軍機の爆撃を受けて右前膊開放性挫滅粉砕骨折の傷害を負い,右前腕主関節下切断の已むなきに至ったのであるから,第三項症の七にいう「肘関節以上ニテ一上肢ヲ失ヒタルモノ」に該当し,約6400万円の補償を受けることができる。

上告人X21は,海軍軍属として徴用され,作業中に製材鋸に手を引き込まれて左手第三,第四指欠如,右手第三,第四及び第五指の用廃を来したのであるから,少なくとも第四款症の二にいう「一側中指ヲ全ク失ヒタルモノ」(援護法七条一項,恩給法別表第一号表ノ三)に該当し,約1650万円の補償を受けることができた。

遺族についてみても,例えば上告人X9,同X16など軍人軍属戦死者の配偶者は,公務死亡の先順位者としてそれぞれ遺族年金だけで少なくとも約3020万円を受け得たことになる。

国籍の有無によって,このような差異が生じているというのは,もはや見逃せない異常な差別状態である。

被上告人や判例は,これまで戦後「補償の範囲,程度は国の立法政策に委ねられており,給付の原資が全額国庫負担,国民の税負担によることを考えると,補償措置は当該個人の所属する国家の責任においてなされるのが国際間の基本原理である」としてきた。しかし,それは平時において妥当するのであり,戦争によって被害を被った国やその個人に対して加害国がいうべきものではない。けだし,戦争によって損失を与えた加害国が,被害を受けた国の個人に対する補償については被害国自身の責任で対処すべきであるというのはあまりに不合理きわまりないからである。したがって,本件のように被上告人による植民地政策によって被害を被った韓国の人民について,その補償責任は被害国である韓国にあるというのは責任転嫁も甚だしいと言わなければならない。

前掲平成4年4月28日の最高裁判決以降,下級審の裁判例も含めて多数の判例,裁判例がこのような差別状態の解消を行政府及び立法府に対して要求してきた。しかし,行政府は1965年の日韓請求権協定により韓国人軍人軍属らの補償問題は最終的に解決済みであるとの立場に固執し,また国会も2000(平成12)年に在日韓国人の軍人軍属らに死亡弔慰金260万円などの支給を認める法律を制定しただけで,韓国人の軍人軍属等に対する補償措置については議論する気配さえ見られない。このような違憲の差別状態を解消するためにはもはや行政府,立法府の判断に委ねていては,永久に解決を期待できない状況にある。したがって,最高裁判所においては,このような行政府,立法府の態度に鑑み,今や援護法,恩給法の国籍条項が違憲な差別状態になっていることを明確にすべきである。

よって,原判決には,憲法14条1項の解釈適用を誤った違法がある。

(3) <省略>

(4) 「措置法」の憲法29条2,3項違反について(措置法の違憲無効)

原判決には,憲法29条2,3項の解釈適用を誤った違法がある。

原判決は,上告人らの損害賠償債権等及び未払給与債権等は,財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和40年条約第27号,署名日は同年6月22日。以下「日韓請求権協定」という。)2条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律(昭和40年法律第144号。以下「措置法」という。)1条により消滅したとして(原判決89〜93頁),上告人X34を除く上告人らの控訴を棄却している。そして,原判決は,第4,4,(一),(4)及び同(5)(原判決93〜94頁)において,措置法を合憲と判断する理由を,大略次のように述べている。

すなわち,

(a) 日韓請求権協定は,サン・フランシスコ平和条約に規定された財産及び請求権の処理として,締結されたものであり,措置法は日韓請求権協定に基づいて制定されたものであるから,措置法1条において韓国国民の一定の財産権を消滅された措置も,サン・フランシスコ平和条約,そして日韓請求権協定に基づくものにほかならない。

(b) このような敗戦に伴う国家間の財産処理といった事項は,本来憲法の予定していないところである。

(c) そのための処理に関し生じた損害も,戦争損害と同様にやむを得ない損害であり,その補償は憲法29条2,3項の予想しないものである。

(d) したがって,措置法1条が相当の補償をすることなく財産権を消滅させることにしたことをもって,憲法29条2,3項に違反するということはできない。

というのである。

しかし,措置法1条に対する原判決の合憲判断は,憲法29条2項の解釈適用を誤ったものであり,原判決は破棄を免れない。

ア 原判決は,措置法1条の措置は,サン・フランシスコ平和条約と日韓請求権協定に基づくものであるとしているが,失当である。措置法が,直接サン・フランシスコ平和条約に基づいて制定されたと考える根拠はない。

イ サン・フランシスコ平和条約との関係は,同条約4条において,朝鮮地域の施政当局と住民の請求権の処理等は,日本国と同当局との間の特別取極の主題とするものとされたに止まる(同条約2条において,日本国が,朝鮮に対するすべての権利,権原及び請求権を放棄している点は,日韓請求権協定と同様であって,国が国有財産権及び外交保護権を放棄したに止まり,それ自体は,日本国民個人の権利の消長をもたらすものではない)(原判決86〜87頁)。そして,特別取極交渉における「韓国の対日請求要項」の処理を含む趣旨で,日韓請求権協定が締結され,同協定に基づいて措置法が制定されたというのである(原判決87頁)。

したがって,サン・フランシスコ平和条約と措置法との関係は間接的であり,サン・フランシスコ平和条約において,韓国人の財産権を消滅させる措置が決定されたわけではないことはもとより,そのような措置が予定されたわけでもなかった。同条約は,日本国家の権利・権原等については,日本国が放棄することを定めているけれども(これは,植民地の独立を認めることに伴う措置であった),韓国及び韓国民の請求権については,放棄するものとされたわけではなく,放棄する方向で交渉することが予定されたわけでもない。単に,独立した韓国が,旧宗主国である日本と交渉して,韓国の国家と国民の請求権の処理について決めることとし,処理の内容を,全く二国間の自由交渉に委ねているのである。

ウ そして,日韓請求権協定においては,両国が相互に国有財産権と外交保護権を放棄して,請求権問題を,国家間の問題としては,最終的に解決したものとし,以後,国家間の外交交渉においては争わないことを合意している。ここでも,協定の合意は,両国民個人の財産・権利等を消滅させることを合意したわけではなく,両国がそれぞれの国内で消滅させる措置をとることを合意したわけでもなく,単に国家間においては今後は問題としない,争わないことを約したに止まるのである。

原判決も,「日韓請求権協定2条1,3の趣旨は,日韓両国は,両国とその国民の……『財産,権利及び利益』……『請求権』について外交保護権を行使しないこととするとともに,それぞれ相手国がこれについてどのような国内法的措置を採るかを全面的にゆだねることを合意したものであり」(89頁)と述べて,この理を認めている。

したがって,措置法は,日韓請求権協定「を受けて日本国が国内法的措置として制定した」(同頁)ものであるとしても,日韓請求権協定によって,財産・権利等を消滅させる措置を選択することが予定されていたわけではなく,どのような措置をとるかは,日本国の国内的措置に「全面的にゆだねること」とされていたのである。

エ もっとも,各国が国内法的措置によって行なうことのできる処理は,それぞれの国内法秩序の許容する範囲の措置に限られることは明らかであって,日本国に関して言えば,憲法を頂点とする国内法秩序の範囲内の措置のみが予定されていたものと言わなければならない。

日韓請求権協定において,日本国が,憲法を頂点とする国内法秩序を超える超法規的措置を行なうことを予定し,もしくは合意したと見なすことは,失当であって,仮にそのように解されるとすれば,請求権協定は,憲法の許容しない内容の条約であることになる。憲法に違反する条約は,少なくとも国内法上その効力を認めることはできないのであって,かかる条約に基づくからといって,法律の制定によって,憲法の許容しない国内法的措置を定めることはできないというべきである。

オ しかし,日韓請求権協定は,韓国国民の請求権について,日本国がどのような国内法的措置をとるかを何ら定めていたわけではなく,むしろこれを全面的に日本の国内法秩序に委ねていたのである(原判決も,第4,4,(一),(2),89頁においてこの点を認めている。)

したがって,サン・フランシスコ平和条約以来の経過によって日韓請求権協定が締結され,同協定に基づいて措置法が制定されたからといって,同平和条約も同協定も,措置法のとった消滅措置を,何ら要請していたわけではない。同協定に基づくとの一事によって,措置法の合憲性が認められるわけではないことは,明らかである。

そして,憲法を頂点とする日本の国内法秩序においては,当該立法が基本権・人権を制約することとなる場合には,目的達成の手段としての必要性・合理性あることが求められるのである(その必要性・合理性を裁判所が審査する際の基準としていかなるものを用いるかにかかわらず,立法に必要性・合理性が要求されることには変わりがない)。この限度で,日韓請求権協定との関連性が求められるのであって(請求権協定が措置を委ねた趣旨から著しく乖離する立法であれば,やはり違憲の問題を生ずるであろう。例えば,日韓請求権協定の合意目的である両国の国交回復・善隣友好の趣旨に著しく反することが明らかな立法であれば,問題が生ずる),同協定あるがゆえに,措置法は憲法秩序の枠外になるとか,消滅させる措置の必要性・合理性が当然に認められるということはない。

カ 原判決は,「サン・フランシスコ平和条約は,当時,連合国の完全な支配下にあった日本国がその主権の回復を図るため,国の存亡をかけて不可避的に承認せざるを得なかった条約であ」ること,「日韓請求権協定は,サン・フランシスコ平和条約において規定された朝鮮の分離独立に伴う財産及び請求権の処理として,日韓両国の国交正常化と友好関係の確立という極めて高度の外交的政治的判断によって,両国間の障害を取り除くために不可欠なものであるとして締結されたものであ」ることを認定し強調する。

しかし,サン・フランシスコ平和条約についていえば,措置法との関係が間接的であることは,すでに述べたとおりであるし,その内容においても,サン・フランシスコ平和条約が,わが国にとって,「主権の回復を図るため,国の存亡をかけて不可避的に承認せざるを得なかった」とされるのは,もっぱらそこにおいて,日本が連合国に対して,対外・国有財産権を放棄し,日本国民の対外財産権に対する外交保護権を放棄したからにほかならない(もちろん,そのことによって,直ちに国民の対外財産権が失われたわけではない)。決して,韓国民あるいは連合国民の財産権を消滅させる措置を命ぜられたからではないのである。(もし,同平和条約が日本に対して,そのようなことを命ずる内容であったとしたら,日本国は,「国の存亡をかけて不可避的に承認」するどころか,むしろ『笑う敗戦国』の僥倖に酔いしれたに違いない)。結局,サン・フランシスコ平和条約が,「国の存亡をかけて不可避的に承認せざるを得なかった条約」であることは,措置法の措置内容(韓国民の財産権を消滅させること)とは,何ら関連性がないのである。

また,日韓請求権協定については,「分離独立に伴う財産及び請求権の処理」であるから,韓国民の財産権を消滅させることが予定されたとは言えないし,「両国間の障害を取り除くために不可欠なものであるとして締結された」からといって,財産権の消滅が要請されたわけではなく,日本の国内法秩序における問題が免責されるわけでもない。むしろ,措置法の措置が,その後の日韓国民間の関係において,「両国間の障害を取り除くために」役だったかというと,著しく疑問である。韓国民の財産権を消滅させる措置によって,韓国民との友好関係を確立しようとすること自体,著しく背理である。(消滅させる措置は,それが仮に正当な目的を持つとしても,公正さに著しく欠ける措置と見られやすく,敵対関係を助長する恐れがあるし,現に助長している。)

「日韓両国の国交正常化と友好関係の確立という極めて高度の外交的政治的判断によって」締結されたとする点についても,外交的政治的判断がなされたのは,もっぱら国家間の問題を早急に解決するため,これを不問とし,国家間においては,もはや争わないことを合意する点にあったことは,協定の文言から,明らかである。同協定2条は,財産・権利等に関する問題が「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」としつつ,具体的な解決の方法としては,日本が韓国に有償・無償の経済援助を行なうこと(同協定1条),及び一定の財産・権利等については,「いかなる主張もすることができないものとする。」と相互に合意しているのみである。明らかに,国家間のいわば円満示談として,相互に主張しない,争わないことだけを合意したものである。

その政治的当否は,ここでは問わないこととしたい。その政治的当否こそが,「高度の外交的政治的判断」と言われるゆえんであるからである。しかし,「高度の外交的政治的判断」は,日本国が,「消滅させる措置をとる」ことを含むものではない。同協定における合意は,日本国がどんな措置をとるかを,日本国の国内法秩序に委ねたのであり,日本国の法秩序の公正さと理性とを信頼して委ねているものとしか,読むことができない。日本国が「消滅させる」措置をとることに,韓国政府が同意を与えた,というようなことではなく,そのような趣旨は,協定からは何ら読みとれないのである。

したがって,サン・フランシスコ平和条約について述べられた内容も,日韓請求権協定について述べられた内容も,措置法が「消滅させる」措置をとったこととは,何ら関連性がない。

キ ところで,最高裁大法廷昭和43年11月27日判決・昭和40年(オ)第417号〔甲第96号証〕は,日本国民の在外財産について日本国が外交保護権を行使しないことを約したサン・フランシスコ平和条約14条(a)項が問題となった事案であるが,その中で,同条約は,「わが国の主権が回復されるかどうかが正に同条約の成否にかかっていたという特殊異例の状態のもとに締結された」とし,「右のような敗戦国の立場上,平和条約の締結にあたってやむを得ない場合には憲法の枠外で問題の解決を図ることも避けがたいところであった」としている。そして,「戦争中から戦後占領時代にかけての国の存亡にかかわる非常事態にあっては,国民のすべてが,多かれ少なかれ,その生命・身体・財産の犠牲を堪え忍ぶべく余儀なくされていたのであって,これらの犠牲は,いずれも,戦争犠牲または戦争損害として,国民のひとしく受忍しなければならなかったところであり,右の在外資産の賠償への充当〔正確には,連合国による在外資産の接収――上告人ら〕のごときも,一種の戦争損害として,これに対する補償は,憲法の全く予想しないところというべきである。」としている。

すなわち,ここでは,戦争損害としての受忍義務論が展開されているのであるが,注意しなければならないのは,ここでは,主権回復の成否・国の存亡という状態にあって,国民の在外財産の接収(財産権の剥奪)という憲法29条の保障に反する事態を,政府が容認しなければならなかったことを述べている点である。政府が,連合国民または旧植民地国民の財産権を強権的に剥奪ないし消滅させる措置の正当性を述べているわけではないことである。

たしかに,憲法の保障する理想的な人権秩序が,外圧によって歪められる場合のあることは,憲法史上決して珍しくないことである。そのような事態に対しては,「やむを得ない場合には憲法の枠外で問題の解決を図る」,「国民のすべてが,……犠牲を堪え忍ぶべく余儀なくされていた」という上記判例の言葉も,一定の説得力を持つ。

しかし,旧植民地住民のうち,特定の国の住民に対して,日本国が,誰からも強制されない自由意思によって,その財産権を剥奪ないし消滅させる強権的措置を行なうにあたって,あたかも外圧によって「やむをえない場合」のように仮構し,「国民のすべてが,……犠牲を堪え忍ぶべく余儀なくされ」ているのだから受忍すべきであると述べることは,まったく説得力を欠くばかりでなく,憲法の適用を拒否する理由としてあまりにも不合理である。

原判決は,上記判例に現れた上記の判旨を,上記判例とは全く場面の異なる事態に適用しているのであって,不合理というほかはないのである。

いかなる外圧もなく,むしろ「韓国の対日請求要綱」のような「外圧」に打ち克って締結された日韓請求権協定に基づく措置法の立法においては,憲法秩序の枠外を論ずるいかなる必要性・合理性も認められない。

ク 原判決は,敗戦に伴う国家間の財産処理といった事項は,本来憲法の予定していないところであるとし,その処理に関し生じた損害も,戦争損害と同様にやむを得ない損害であり,その補償は憲法29条2,3項の予想しないものであるとして,合憲判断の理由としている。

このような,憲法の枠外との議論をしなければならない必要性は,何ら認められない。

裁判所は,憲法29条の趣旨に立ち返って,措置法の憲法適合性の審査を行なうべきである。

ケ 措置法の憲法適合性の吟味

(a) 憲法の財産権保障(29条)は,単なる財産権制度の制度的保障にとどまるものではなく,各人が現にもっている個別的な財産上の権利に対しても憲法上の保障を及ぼす趣旨である。なぜなら,各人の個別的財産権が保障されてはじめて,各人は安心してそれぞれの経済活動に従事することができるのであり,自由な経済活動によって自己の生存の自立的確保を保持させようとする制度的保障の趣旨もまた全うされるからである。

すなわち,各人が個別の財産を所有し行使しうる主観的権利もまた,憲法上の保障内容なのである。(最高裁大法廷昭和62年4月21日判決・民集41巻3号408頁参照)

(b) しかるに,個別的な財産権は多種多様であり,種類・性質・態様がそれぞれ異なっており,公共の福祉による規制(29条2項)になじむ程度も万別である。財産権に対する公共の福祉による制約は,制約の目的が合理的で,制約の手段も目的達成のため必要かつ合理的なものでなければならないが(最高裁大法廷昭和62年4月22日判決・民集41巻3号408頁〔共有林分割禁止規定違憲判決〕),許される制約の程度・態様は,制約される財産権の性質・態様に応じてさまざまであると言わなければならない。

例えば,土地所有権は,対世的権利であり,人の生存の社会的基礎として重要な意味を持つが,それだけに,社会的影響も大きく,政策的制約になじむ権利であると言えよう(農地改革による強制買い上げなども合憲と判断されるゆえんである。)これに対し,対人的権利である債権などは,もっぱら当該相手方との関係でのみ問題になる権利であることから,社会的影響は必ずしも大きいものではなく,とくに国に対する債権は,他の国民の負う負担という見地で言えば,負担は国庫を通じた間接的なものであって,直接の社会的影響はない。むしろ,国に対し債権を持つ者と,担税者である国民一般との,公平の見地がもっぱら問題になる。

ところが,措置法は,敗戦以後1年以上の居住者,及び「通常の取引の過程」による場合を除くすべての韓国人の財産権について,これを一律に消滅させる措置を定めている。これは,種類・性質・態様の異なるさまざまな財産権に対して,それぞれの許されるべき制約の程度を考慮することなく,消滅させる措置を定めているものであって,財産権の著しく不合理な制約であると言わなければならない。

とりわけ,上告人らの未払給与請求権,損害賠償請求権のように,国に対する債権であって,これを存続させることによる社会的損失の認められないものまでも,制約目的との関連を考慮することなく一律に消滅させることは,著しく不合理である。

(c) 原判決によれば,措置法の立法目的は,日韓両国が財産権の処理を相互に相手国の措置に委ねた日韓請求権協定に基づく措置を行なうことにある。とすれば,韓国人の財産権を一律に消滅させることが要請されていたわけではなく,そのまま存続させる措置もあり得たのであり(現に,措置法は,在日韓国人の財産権については,存続させる措置をとっている),補償のもとに消滅させる措置もあり得たところである。

国に対する債権までも,一律に補償無く消滅させる措置をとった場合には,措置によって国に対する債権を失う者(韓国人)と,失わない者(他の外国人及び日本国民)との間で正当化することのできない不公平が生ずることとなり,著しく不合理である。また,失う者と,担税者たる国民との間の公平にも問題を生ずる。

したがって,措置法による消滅措置は,(対象となる財産権の性質・態様によっては,合理的な場合も認める余地があるかもしれないが,財産権の内容・性質を問わず一律に消滅させる措置としては)立法目的との関連性が認められず,財産権の著しく不合理な制約措置として違憲無効である。

(d) また,措置法による消滅措置は,法的安定性を害する点でも不合理な措置であった。韓国人の財産権は,他の外国人の財産権,及び在外日本国民の財産権と同様に,敗戦以後も1965年までは存在していたのであり,これを自由に使用・収益・処分することができた。敗戦から約20年経過した1965年の時点で,これを,事情の如何を問わず一律に消滅させてしまうならば,財産権秩序の法的安定性を害することは明らかである。

(e) 国が,事前に債務履行の措置を何らとることなく,国に対する財産権を消滅させる措置は,公正さに欠ける点でも,著しく不合理である。

例えば,軍人軍属の未払給与等債権は,弁済供託の措置がとられたものの,国は各債権者の住所を知悉していながら,「債権者不確知」を理由として供託した民法上無効の供託であった。「債権者不確知」を供託原因とした結果,債権者への供託通知はなされず,還付請求の機会が与えられなかった。したがって,債務を履行するための措置ではなかったと言わなければならない。その他の国に対する債権についても,国が債権者たる韓国人に対し,1965年以前に履行を目的とする措置をとったことはない。

何ら債務履行を目的とする措置をすることもなく,端的に消滅させる措置によって解決しようとすることは,不当に債務を免れるための措置であったと見られてもしかたのないものである。

コ 1年以上居住した在日韓国人以外の韓国国民の財産権(敗戦以後の取引の通常の過程によるものを除く)を一律に消滅させた措置法1項の措置は,著しく不合理なものであり,敗戦を原因とする財産処理としても合理性を認め得ない。

なかんずく,国を債務者とする韓国国民の財産権をも,これによって消滅させたことは,著しい不合理を免れない。国を債務者とする財産権については,その根拠については国が資料を所持している場合が多く,財産権の有無,金額等については,国が資料を開示することによって明らかとなる場合が多いはずである。未払給与等のような確定債権については,ことさらにそうである。

軍人軍属・慰安婦等の損害賠償債権についても,国が事実関係を調査することによって,個々の損害の有無,金額に関する資料を確保できる場合が多いだけでなく,政策的な補償措置も可能であるはずである。そもそも,原判決も明らかにしているように,韓国人軍人軍属慰安婦に対し国による違法な行為・措置のあったことは事実であり,これによって広範な損害が発生していることも明らかなのであるから(措置法制定当時までに,国はこれを知ることができた),国が事実関係を調査し,諸損害の内容と国の責任の内容を明らかにすることは,当時においても合理的な措置である。調査が可能であり,調査すべき資料を国の各機関が保管しており(それらの一部が,最近になって少しずつ公開されてきたことは,公知の事柄である。例えば,女性のためのアジア平和基金は,慰安婦に関する各官庁公表資料を資料集として公刊している),国の所持していない資料も,民間に対する調査によって容易に取得できる状況に当時もあったにもかかわらず(日本国内の民間の資料も,最近の戦後補償運動の中で,その一部が公表されている),いっさいの調査を不要とする措置,すなわち財産権を消滅させる措置をとったことは,著しく不合理な選択であったと言わざるを得ないのである。

サ 上告人らの未払給与等債権,及び(慰安婦に対する重大な人権侵害行為によるもの,国際法違反の残虐職務の強制によるもの〔上告人X11,X6〕を含む)損害賠償請求権など,国を債務者とする財産権をも一律に消滅させた措置法の措置は,単なる敗戦に伴う財産処理を超えるものであり,国が,自己の債務を不当に逸脱するための措置と言われてもしかたのないものである。そこには,外国国民(措置法制定時には,債権者らは外国国民であったという厳粛な事実が想起されるべきである。)に対する信義も正当性も窺うことができない。

本件訴訟において国側は,措置法制定までの日韓会談における紛糾に言及し(なお,同会談では,慰安婦らの損害は,まったく触れられなかった。),また,原判決は,「高度の外交的政治的判断によって政治的な妥協を図」り解決することとなったと述べるが,かかる政治的妥協によって,国を債務者とする韓国国民の上記財産権を消滅させることが合意されたわけではない。財産権を消滅させる措置は,措置法の制定によってなされたのであり,国が国内法の制定によってなしたのである。

「高度の外交的政治的判断」であったとの理由は,請求権協定の締結自体については妥当するかもしれないが,憲法を頂点とする国内法秩序のもとにある措置法の制定には妥当しないものである。

シ 原判決は,「戦争損害と同様にやむを得ない損害であ」るからその補償は憲法・財産権規定の予想しないところであると述べるが,措置法が消滅させた債務の債権者らは,当時,歴とした外国国民であった事実が軽視されてはならない。

戦争損害は,国民の等しく受忍しなければならない損害であって,その補償は憲法の予想しないところである旨の議論があるが,その当否はさておいても,措置法に関して,これを理由とすることは失当である。

措置法は,損害発生当時国民として甘受すべきであったとされる損害も,そうではなく損害発生当時に日本国民であったとしても損害賠償債権の発生が認められるような損害(原判決も,上告人X11,同X10,及び慰安婦関係の上告人らについては,かかる損害賠償債権の発生を認めている。)も,一律に消滅させる法律なのである。かかる法律の合理性・合憲性を判断するにおいて,「戦争損害と同様にやむを得ない損害であ」ることを判断の要素とすることは,理由の齟齬と言わなければならない。

結局,措置法に関して判断の要素とすべきは,措置法制定当時,債権者らに,財産権消滅という措置を合理的とする事情があったかどうかである。

そうすると,外国国民である債権者らに対して,(国際法違反の残虐職務の強制〔上告人X11,同X10〕による損害も,強制して慰安婦の労務に服させたことによる損害も含め)国に対する損害賠償債権の消滅ないし放棄を甘受させるに足る合理的理由が存したか否かが問題となるはずである。

しかし,そのような合理的理由は,見いだせないと言わなければならない。かえって,民事上の債権を一律に消滅させるような措置は,法秩序に対する信頼を失わせることとなる結果が憂慮されるのであり,債権者が外国国民である関係では,さらに,日本国の法秩序に対する信頼が失われる危険が高いのである。

現に,本件訴訟の経過は,上告人らに対し,日本国の法秩序の正当性に対する信頼を損なってきたのではないかと思わざるを得ない点がある。

戦後補償関係訴訟において,原告側からしばしば主張される「国際信義」――国の責任を認めて賠償を命じてこそ国際信義にそうなど――ということも,煎じ詰めれば我が国の法秩序に対する信頼であり,憲法を頂点とする法治国家に対する外国国民からの信頼なのである。

ス 措置法の制定において,韓国国民の財産権に対しいかなる措置をとるべきかの問題(なかんずく,韓国国民の国に対する債権)は,少なくとも,次のような諸点を考慮して決せられるべきであった。

①民事債権,国賠債権,未払給与等の公務員関係による債権,契約上の債権などが含まれていること(原判決は,軍人軍属関係の上告人らのうちには,公務員関係にある者と,国との契約関係にある者とがいることを認定している)。

②財産権の存続を認めた場合に,どのような不合理があるか。消滅させることを必要とする,どのような理由があるか。

③単に財産権の存続を認めるのでなく,補償等の代替措置を実施して消滅させる措置をとることを必要とする理由があるか。

④財産権を消滅させる措置をとった場合に,どんな問題があるか。

などである。

しかし,財産権の存続を認めた場合には不都合があったと解することはできない。なぜなら,措置法は,1年以上居住の在日韓国人の財産権については,何らの措置もとることなく,単に,従前の法律関係のまま,権利の存続を認めているからである。

かえって財産権を消滅させる措置をとった場合には,他の外国国民,例えば,(事実上大部分が台湾住民である)中華民国国民,(樺太・南千島住民を含む)ソ連国民などに対しては,財産権を消滅させる国内的措置をとらないこととの不均衡が生ずることは明らかであった。

したがって,措置法の立法には,合理性・相当性は認めえない。

セ 上述のとおり,措置法は,韓国国民の場合にのみ,(在日韓国人などの特殊な例外を除けば)一律に財産権を消滅させる措置により,他の外国国民との間に著しい不均衡・取扱いの不平等をもたらしている。

韓国国民と同様に,かつて大部分が日本の植民地住民であった台湾,樺太・南千島の住民との間に著しい不均衡が生ずるだけでなく,第二次大戦における日本との交戦国(米国,英国,等々)の国民との間にも不均衡が生ずることとなる。(なお,本件訴訟において,国側は,サン・フランシスコ平和条約及び日韓請求権協定は,外国国民の財産・権利等を消滅させるものではないことを主張し,原判決もこの主張を採用している。サン・フランシスコ平和条約は,米・英等連合国国民の財産・権利等を消滅させる効力を有するものではない。)

この点でも,措置法の措置は,著しく不合理である。

ソ 以上から,措置法は違憲無効であり,原判決がこれを合憲と判断したのは,憲法の解釈適用を誤ったものである。

原判決には,憲法29条2,3項の解釈適用を誤った違法がある。

(5) 「措置法」の憲法17条違反

ア 原判決には,憲法17条の解釈適用を誤った違法がある。

イ 原判決は,上告人らの損害賠償債権等及び未払給与債権等は,財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和40年条約第27号,署名日は同年6月22日。以下「日韓請求権協定」という。)2条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律(昭和40年法律第144号。以下「措置法」という。)1条により消滅したと述べ,上告人ら(上告人X34を除く)の控訴を棄却している。

しかし,措置法は,上告人らの国に対する請求のうち,国の不法行為に基づく損害賠償請求権(原判決は,上告人X10,同X11,及び慰安婦関係上告人らの国に対する不法行為損害賠償請求権の発生を認めている。)に適用される限度で,憲法17条に違反し違憲無効である。

ウ 最高裁平成14年9月11日大法廷判決〔郵便法違憲判決〕判例時報1801号28頁は,公務員の不法行為による損害賠償責任の免除又は制限規定の憲法17条適合性の審査基準について,「当該行為の態様,これによって侵害される法的利益の種類及び侵害の程度,免責又は責任制限の範囲及び程度等に応じ,当該規定の目的の正当性並びにその目的達成の手段として免責又は責任制限を認めることの合理性及び必要性を総合的に考慮して判断すべきである。」との基準を設定し,この基準を用いて,郵便法68条及び73条のうち書留郵便物等について郵便従事者に故意又は重過失,軽過失がある場合にも不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除・制限している部分は違憲無効であると判示している。

エ 措置法1条は,韓国人の有する財産・権利等を,権利の種類を問わず一律に消滅させる規定であり,上告人らの国に対する損害賠償請求権をも消滅させるものであって,国の不法行為責任を免除するものであるから,17条適合性の問題を生ずる。

そして,措置法の目的は,日韓国交回復と善隣友好,及び日韓請求権協定に基づく財産・権利等に対する措置であり,同協定は特定の措置を予定するものではなく,措置の内容を国内法秩序に委ねているから,かかる目的を達成する手段として,国の不法行為責任を一律に消滅させることの合理性・必要性が審査されなければならない。

そうすると,すでに29条2,3項適合性に関して述べた不合理性が認められるだけでなく,軍人軍属に対し,故意又は重過失によって国際法違反の残虐行為を職務命令した公務員(上官)の行為を免責すること,あるいは,年齢10代の少女を含む韓国人女性らを欺岡的または強制的方法で集め,その意に反して慰安婦の奴隷的労務に従事させることとなる慰安婦「募集」・慰安所設置を国家機関として計画・決定し,慰安所経営者らとの共同事業的立場にある者または監督的立場にある者として個々の慰安婦らに対し実施し,その中で,公務員(軍人)の故意又は過失により慰安婦らをして性病等に罹患させ,過重な奴隷的労務により心身を傷つけるなどの行為を免責することは,上記目的の達成手段として,とうてい合理的なものとは言えない。

措置法が在日韓国人の権利等については消滅を規定していないことから考えても,上記目的達成の手段として,権利等を消滅させる必要性が認められるかは極めて疑問であり,少なくとも,上述の免責によって生ずる不公平さ,不均衡,法的不安定を上回る必要性が認められるとは考えられない。

オ よって,措置法1条は,上告人らの損害賠償請求権に適用される限度で違憲無効であって,措置法1条を適用して上告人らの控訴を棄却した原判決は破棄されなければならない。

原判決には,憲法17条の解釈適用を誤った違法がある。

(なお,原判決は,国家賠償法施行前における国の不法行為について,国家無答責の法理により民法の適用を否定した第一審の判断を覆し,国家無答責法理の適用を排除し,上告人X10,同X11,及び慰安婦関係上告人らは国に対し不法行為に基づく損害賠償請求権を取得したことがあると解しうる(そして,いったん取得された損害賠償請求権は,措置法の適用または除斥期間の経過により消滅した)旨述べており,上告人らは国家無答責の適用を否定した原判決の判断に対しては何ら不服がないのであるが,上告人らに国家無答責の法理を適用し得ないことは,上記上告理由の前提となる事項であるので,追って補充書において,この点を論ずる予定である。)

第2,3<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例