大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成15年(行ヒ)250号 判決 2005年7月15日

上告人

名古屋市長

松原武久

同訴訟代理人弁護士

鈴木和明

鈴木典行

同指定代理人

名和浩一

外4名

被上告人

近藤奎治

同訴訟代理人弁護士

佐久間信司

森田茂

新海聡

西野昭雄

滝田誠一

杉浦英樹

高森裕司

平井宏和

海道宏実

森弘典

主文

1  原判決のうち別紙目録1の記載部分に関する部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消し、同部分に関する被上告人の請求を棄却する。

2  上告人のその余の上告を棄却する。

3  訴訟の総費用は、これを4分し、その3を上告人の負担とし、その余を被上告人の負担とする。

理由

上告代理人鈴木和明、同鈴木典行の上告受理申立て理由(3を除く。)について

1  本件は、名古屋市(以下「市」という。)の住民である被上告人が、名古屋市公文書公開条例(昭和61年名古屋市条例第29号。以下「本件条例」という。)に基づき、上告人に対し、名古屋市土地開発公社(以下「公社」という。)が市の委託により将来市に譲渡することを予定して先行取得を行い保有している土地に関する一覧表である「保有土地一覧表(平成11年3月31日現在)」(以下「本件文書」という。)の公開を請求したところ、平成11年9月17日付けで一部非公開決定(以下「本件決定」という。)がされたので、その一部の取消しを求める事案である。

2  原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

(1) 本件条例9条1項は、「実施機関は、第6条の規定による公開の請求があった公文書に次の各号の一に該当する情報(以下「非公開情報」という。)が記録されているときは、当該公文書の公開をしないことができる。」と定め、その1号において、「個人の意識、信条、身体的特徴、健康状態、職業、経歴、成績、家庭状況、所得、財産、社会活動等に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され得るもののうち通常他人に知られたくないと認められるもの」と規定している。

(2) 本件文書は、公社が市の委託により将来市に譲渡することを予定して先行取得を行って保有している土地に関する平成11年3月31日現在の状況を取りまとめた一覧表であり、「保有土地一覧表」と題する頁及び「保有土地(補償)一覧表」と題する頁から成る。

「保有土地一覧表」と題する頁には、公社が保有する土地ごとに、用に供する事業の名称、所在地、地目、面積及び公社が個人又は法人その他の団体から当該土地を取得した契約の年月日が記載されているほか、「取得」欄に公社が土地を取得した際の取得価格及び補償金の額並びにそれらの単価が、「積上」欄に市が同土地を取得する際に公社に支払うこととなる積上価格(上記取得価格等に、土地の取得後に生じた利息及び事務経費を上積みした額)及びその単価が、それぞれ記載されている。

「保有土地(補償)一覧表」と題する頁には、補償金支払の案件ごとに、該当する事業の名称、補償の対象の所在地、補償の種別及び補償金支払に係る契約の年月日が記載されているほか、「取得」欄に公社が支払った補償金の額及びその前払額が、「積上額」欄に同補償金に対応する上記の積上価格が、それぞれ記載されている。

別紙目録1の記載部分については、本件文書における補償の対象の所在地、契約年月日等の記載により、公社が補償金を支払った個人を識別することができる。

同目録2の記載部分については、本件文書における土地の所在地、契約年月日等の記載により、公社が土地を買収した個人を識別することができる。

(3) 上記の土地の取得価格は、公有地の拡大の推進に関する法律(平成16年法律第66号による改正前のもの。以下同じ。)7条の適用があるものとされ、地価公示法(平成11年法律第160号による改正前のもの。以下同じ。)6条の規定による公示価格を規準として算定されたものであった。

上記の補償金は、建物本体に対する補償、建物に付随している工作物の補償、庭木の移植等に係る立木補償、動産移転補償(居住用家財、商品等の屋内動産及び庭石、据付けをしていない機械器具等の一般動産の移転料)、移転雑費補償(移転先を選定するのに要した経費、移転先における建築確認、登記等の官公署に対する法令上の手続に要した経費等)、祭祀料補償(仏壇等を移転させるために要する経費)、借家人補償等である。

(4) 上告人は、本件決定において、本件文書のうち「保有土地一覧表」と題する頁の「取得」及び「積上」の各欄並びに「保有土地(補償)一覧表」と題する頁の「取得」及び「積上額」の各欄の記載部分を非公開とし、その余の記載部分を公開すべきものとした。本件決定においては、別紙目録1の記載部分に係る情報(以下「1の情報」という。)及び同目録2の記載部分に係る情報(以下「2の情報」という。)が本件条例9条1項1号所定の非公開情報に該当すると判断された。

3  原審は、被上告人の請求を認容した第1審判決に対する上告人の控訴を棄却したが、1及び2の情報が本件条例9条1項1号所定の非公開情報に該当するかどうかについて、次のとおり判断した。

(1) 公社が個人から取得した土地の取得価格は、公示価格を規準として算出された公正な価格であり、プライバシーとしての要保護性に乏しい。したがって、2の情報は、本件条例9条1項1号所定の非公開情報に該当しない。

(2) 公社が個人に対して支払った補償金の額は、個別性が強いとみられるが、その対象に応じて客観的に公正な金額となっているはずであり、それによって上記個人の全体的な経済状況を推認することができるものとは考えられない。したがって、1の情報は、本件条例9条1項1号所定の非公開情報に該当しない。

4  しかしながら、原審の上記判断のうち、(1)は是認することができるが、(2)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1) 本件条例9条1項1号は、私事に関する情報のうち性質上公開に親しまないような個人情報が記録されている公文書の公開をしないことができるとしているものと解される(最高裁平成9年(行ツ)第55号同14年2月28日第一小法廷判決・裁判集民事205号671頁参照)。

前記事実関係等によれば、2の情報は、公社が個人から取得した土地の取得価格に関する情報であり、当該個人が識別され得るというのであるから、個人の所得又は財産に関する情報であって、特定の個人が識別され得るものであるということができる。

前記事実関係等によれば、上記取得価格は、公有地の拡大の推進に関する法律7条の適用があるものとされ、当該土地と地価公示法2条1項の標準地との位置、地積、環境等の土地の客観的価値に作用する諸要因について比較して、標準地の公示価格と当該土地の取得価格との間に均衡を保たせるように算定されたというのであるから、売買の当事者間の自由な交渉の結果が上記取得価格に反映することは比較的少ないものというべきである。そして、当該土地が公社に買い取られた事実については不動産登記簿に登記されて公示される性質のものである上、当該土地の取得価格に影響する諸要因、例えば、駅や商店街への接近の程度、周辺の環境、前面道路の状況、公法上の規制、当該土地の形状、地積等については、一般に周知されている事項か、容易に調査することができる事項であるから、これらの価格要因に基づいて公示価格を規準として算定した価格は、一般人であればおおよその見当をつけることができる一定の範囲内の客観的な価格であるということができる。

そうすると、上記取得価格をもって公社に土地を買収されたことは、個人地権者にとって、私事としての性質が強いものではなく、2の情報は、性質上公開に親しまないような個人情報であるということはできないから、本件条例9条1項1号所定の非公開情報に該当しないというべきである。

(2)  前記事実関係等によれば、1の情報は、公社が土地を買収した際に個人に対して支払った建物、工作物、立木、動産等に係る補償金の額に関する情報であり、当該個人が識別され得るというのであるから、個人の所得又は財産に関する情報であって、特定の個人が識別され得るものであるということができる。

上記補償金の額は、一定の算定方式にのっとって算定されるべき適正な価格であるとしても、上記個人がどのような工作物、立木、動産等を有するかについては、公示されるものではなく、また、必ずしも外部に明らかになっているものではない。そして、建物については、所有状況が不動産登記簿に登記されて公示されるものの、その価格要因のすべてが公示されるものではなく、建物の内部の構造、使用資材、施工態様、損耗の状況等の詳細まで外部に明らかになっているとはいえない。そうすると、上記補償金の額は、一般人であればおおよその見当をつけることができるものではなく、上記個人としては、通常他人に知られたくないと望むものであり、そのことは正当であるということができる。

したがって、1の情報は、本件条例9条1項1号所定の非公開情報に該当するというべきである。

5  以上によれば、原審の前記判断のうち1の情報が本件条例9条1項1号所定の非公開情報に該当しないとした部分には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は理由があり、原判決のうち上記判断に係る部分は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、本件決定のうち別紙目録1の記載部分を非公開とした部分に違法はないから、同部分については、第1審判決を取り消して被上告人の請求を棄却するのが相当である。

また、原審の前記判断のうち2の情報が本件条例9条1項1号所定の非公開情報に該当しないとした部分に関する論旨は理由がないから、本件決定のうち同目録2の記載部分を非公開とした部分の取消請求に関する上告は棄却すべきである。

なお、本件決定のうち同目録1及び2の記載部分以外の記載部分(第1審判決別紙一覧表の事後公開部分に該当するものを除く。)を非公開とした部分の取消請求に関する上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・今井 功、裁判官・福田 博、裁判官・滝井繁男、裁判官・津野 修、裁判官・中川了滋)

別紙目録

1 「保有土地一覧表(平成11年3月31日現在)」の「保有土地一覧表」と題する頁における補償金、その積上価格及びそれらの各単価の記載部分並びに「保有土地(補償)一覧表」と題する頁における「取得」及び「積上金」の各欄の記載部分のうち、補償金が個人に対して支払われた場合(補償の対象が事業を営む個人の当該事業に専らかかわる場合を除く。)に係るもの(第1審判決別紙一覧表の事後公開部分に該当するものを除く。)

2 「保有土地一覧表(平成11年3月31日現在)」の「保有土地一覧表」と題する頁における土地の取得価格、その積上価格及びそれらの各単価の記載部分のうち、取得価格が個人に対して支払われた場合(土地が事業を営む個人の当該事業に専らかかわる場合を除く。)に係るもの(第1審判決別紙一覧表の事後公開部分に該当するものを除く。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例