最高裁判所第二小法廷 平成16年(受)1787号 判決 2007年2月02日
主文
1 原判決中上告人の敗訴部分を破棄する。
2 第1審判決主文第1項及び第2項に関する被上告人Y1の控訴並びに同第3項に関する被上告人Y2の控訴を棄却する。
3 被上告人Y1は、上告人に対し、2万8590円及びこれに対する平成15年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人岡部玲子の上告受理申立て理由1(1)、2について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人の雇用契約及び被上告人Y1への加入
上告人は、平成元年4月1日、電気機械器具製造等を目的とする被上告人Y2(以下「被上告人Y2」という。)に雇用され、A工場第一製造部の業務に従事していた。被上告人Y1(以下「被上告人Y1」という。)は、同工場の業務に従事する従業員で構成されている労働組合である。上告人は、同年7月1日、被上告人Y1に加入した。被上告人Y2と被上告人Y1とが締結した労働協約には、いわゆるユニオン・ショップ協定及びチェック・オフ協定の条項がある。これに基づき、被上告人Y2は、被上告人Y1の組合費のチェック・オフをしている。
(2) 上告人の被上告人Y1からの脱退及びC地連への加入
上告人は、割増賃金についての運用等に不平があり、それに関する被上告人Y1の対応にも不満を持ったところから、平成7年9月末ころ、B全国一般労働組合C地連(以下「C地連」という。)に加入した上で、同年10月3日被上告人Y1に対し脱退届を送付したが、同被上告人は、その受理を留保し、脱退を思いとどまるよう上告人の説得に努めた。
(3) 上告人及びC地連の救済申立て
上告人及びC地連は、被上告人Y2に対し、平成7年10月3日、上告人がC地連に加入したことを通知するとともに、団体交渉を申し入れたが、被上告人Y2は、被上告人Y1が脱退届の受理を留保していることを理由に団体交渉に応じなかった。
上告人及びC地連は、これが不当労働行為に当たるとして、同年11月7日、神奈川県地方労働委員会(以下「神奈川県地労委」という。)に対し、救済を申し立て(以下、この申立てを「本件救済申立て」という。)、さらに、同月24日付けで、川崎南労働基準監督署に対し、前記工場において割増賃金の未払等の労働基準法違反の事実があるとの申告をした。
(4) 本件和解及び本件付随合意
ア 被上告人Y2と上告人及びC地連とは、平成8年1月ころ神奈川県地労委の委員の了解の下に和解に向けて協議を開始し、同年5月24日、神奈川県地労委において、本件救済申立て及び労働基準監督署に対する前記申告に関し、要旨次のとおりの和解(以下「本件和解」という。)をした。
(ア)被上告人Y2は、本件救済申立て及び前記申告に関連して、また、上告人のこれまでの言動等を理由に、上告人に対し、処分又は不利益な取扱い等を行わず、今後も上告人を一般の従業員と同様に公平に取り扱う。
(イ)被上告人Y2は、C地連に対し、本件救済申立てに関してC地連が要した費用を、和解金として支払う。
(ウ)上告人及びC地連は、本件救済申立てを取り下げるとともに、前記申告に係る事項についても解消したものとして、今後、賃金請求等の再申告をしない。
イ 被上告人Y2とC地連とは、本件和解をするのと同時に、要旨次のとおり合意し、覚書(以下「本件覚書」という。)を取り交わした。
(ア)被上告人Y2は、C地連に対し、平成8年5月末日を目途に、和解金として250万円を支払う。
(イ)C地連は、和解金が支払われたことを確認した後速やかに本件救済申立てを取り下げる。
(ウ)被上告人Y2とC地連との間には他に何らの債権債務がないことを確認する。
ウ 本件和解及び本件覚書の作成に当たり、被上告人Y2と上告人及びC地連との間において、<1>上告人は、被上告人Y1に復帰するが、C地連の籍もそのままにする、<2>上告人にC地連の籍が残ることは、内密とし、被上告人Y1にも明らかにしないが、被上告人Y2が上告人を不当に扱うなど、特段の事情があれば、C地連は上告人がその組合員であることを主張することができるようになるという合意(以下「本件付随合意」という。)が成立した。これは、被上告人Y1に所属し続けることを上告人に義務付けることをもその内容とするものである。
エ 被上告人Y2は、C地連に対し、本件和解及び本件覚書に従い、250万円を支払った。C地連は、このうち200万円を上告人に交付した。上告人は、平成8年5月29日ころ、被上告人Y1から脱退する旨の意思表示を撤回した。
(5) 上告人の他組合への加入
C地連から脱退した者らによってD全国一般労働組合Cが平成10年9月に結成され、上告人も、C地連を脱退し、結成された上記組合に加入した。
(6) 本件脱退
その後も、上告人は、工場内での配置転換等について不満を抱き、被上告人Y1に支援を求めても不十分な対応しかされなかったとして、再び同被上告人にも不満を持ち、平成12年9月12日脱退届を同被上告人に送付したが、この時も受理を留保された。被上告人Y1は、上記配置転換等について被上告人Y2と交渉をしたが、その措置には問題がないとの結論に達した。このことを告げられた上告人は、一層不信感を募らせ、同13年5月15日、被上告人Y1に対し脱退の意思表示をし(以下、これによる同被上告人からの脱退を「本件脱退」という。)、また、被上告人Y2に対しチェック・オフの中止を申し入れた。
2 本件は、上告人が、本件脱退により被上告人Y1の組合員としての地位を有しないこととなったことを前提として、被上告人らに対し、次の請求をする事案である。
(1) 被上告人Y1に対する請求
上告人が同被上告人の組合員としての地位を有しないことの確認、チェック・オフにより組合費として納付された金額に相当する不当利得の返還及び同被上告人の規約である罷業資金規程に基づき納付した個人積立金の返還を求める。
(2) 被上告人Y2に対する請求
同被上告人が被上告人Y1の組合費を控除しない金額の賃金を上告人に支払う義務を負うことの確認を求める(第1審判決主文第3項に係る請求は、この趣旨のものであると解される。)。
3 原審は、前記事実関係の下において次のとおり判示し、本件脱退はその効力を生じないとして、上告人の上記各請求をいずれも棄却すべきものとした。
(1) 上告人は、被上告人Y1に所属することを本件付随合意によって義務付けられており、本件脱退の意思表示は、これに反するものであるから、その効力を生じないというべきである。
(2) もっとも、被上告人Y1が客観的にみて上告人との信頼関係を著しく損ねるような行為をしたような場合には、本件付随合意の効力は及ばないこととなり、上告人は同被上告人を脱退することができるに至るとの考え方も成り立ち得ないではない。しかしながら、被上告人Y1が、上告人の種々の要求に対し、労働組合として本来すべき対応をしなかったとは認め難く、上告人を他の組合員と差別して取り扱うなど、客観的にみて上告人との信頼関係を損ねるような行為に及んだとはいえない。したがって、上記の考え方によっても、本件脱退の効力は生じない。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
(1) 一般に、労働組合の組合員は、脱退の自由、すなわち、その意思により組合員としての地位を離れる自由を有するものと解される(最高裁昭和48年(オ)第498号同50年11月28日第三小法廷判決・民集29巻10号1634頁、最高裁昭和62年(オ)第515号平成元年12月21日第一小法廷判決・裁判集民事158号659頁参照)。そうすると、前記事実関係によれば、本件付随合意は、上記の脱退の自由を制限し、上告人が被上告人Y1から脱退する権利をおよそ行使しないことを、被上告人Y2に対して約したものであることとなる。
(2) 本件付随合意は、上告人と被上告人Y2との間で成立したものであるから、その効力は、原則として、上告人と合意の相手方である被上告人Y2との間において発生するものであり、上告人が本件付随合意に違反して被上告人Y1から脱退する権利を行使しても、被上告人Y2との間で債務不履行の責任等の問題を生ずるにとどまる。前記事実関係の下においては、合意の相手方でない被上告人Y1との間でもそのような問題を生ずると解すべき特別の根拠となる事由は認められない。
(3) また、労働組合は、組合員に対する統制権の保持を法律上認められ、組合員はこれに服し、組合の決定した活動に加わり、組合費を納付するなどの義務を免れない立場に置かれるものであるが、それは、組合からの脱退の自由を前提として初めて容認されることである。そうすると、本件付随合意のうち、被上告人Y1から脱退する権利をおよそ行使しないことを上告人に義務付けて、脱退の効力そのものを生じさせないとする部分は、脱退の自由という重要な権利を奪い、組合の統制への永続的な服従を強いるものであるから、公序良俗に反し、無効であるというべきである。
(4) 以上のとおりであるから、いずれにしても、本件付随合意に違反することを理由に、本件脱退がその効力を生じないということはできない。
そして、前記事実関係の下においては、被上告人Y1の主張するその余の理由により本件脱退が無効であるとすることはできず、また、被上告人Y2の主張するその余の理由により、上告人がチェック・オフの中止を求めることは許されないとすることもできない。
5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決中上告人の敗訴部分は、その余の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。
そして、上告人は、本件脱退により、被上告人Y1の組合員としての地位を有しないこととなったものであるから、同被上告人との間でそのことの確認を求める請求は理由がある。また、前記事実関係及び原審の確定するその余の事実関係並びに当事者間に争いのない事実によれば、被上告人Y1に対するその余の請求も、原審において追加された平成15年4月分から同年9月分までの組合費に係る2万8590円の不当利得の返還及び遅延損害金の支払を求めるものを含め、理由がある。
次に、以上説示したところによれば、被上告人Y2との間で、同被上告人が被上告人Y1の組合費を控除しない金額の賃金を上告人に支払う義務を負うことの確認を求める請求は理由がある。
これらの請求(原審において追加された上記不当利得返還請求を除く。)を認容すべきものとした第1審判決は相当であるから、第1審判決主文第1項及び第2項に関する被上告人Y1の控訴並びに同第3項に関する被上告人Y2の控訴を棄却し、併せて、原審において追加された上記不当利得返還請求を認容すべきこととなる。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)