最高裁判所第二小法廷 平成16年(受)2134号 判決 2005年7月11日
上告人
株式会社札幌銀行
同代表者代表取締役
平山成信
同訴訟代理人弁護士
矢吹幸太郎
矢吹徹雄
佐々木麻希子
被上告人
Y1
被上告人
Y2
主文
1 原判決主文第3項を次のとおり変更する。
第1審判決主文第2項を次のとおり変更する。
(1) 被上告人らは、上告人に対し、それぞれ739万4976円及びこれに対する平成15年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 上告人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟の総費用は、これを10分し、その1を上告人の負担とし、その余を被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人矢吹幸太郎、同矢吹徹雄、同佐々木麻希子の上告受理申立て理由について
1 原審の適法に確定した事実関係等及び本件訴訟の経過の概要は、次のとおりである。
(1) Aは、上告人に対し、定期預金債権等合計4436万9856円の預金債権(以下、これらの預金債権を「本件預金債権」といい、これらの預金を「本件預金」という。)を有していたところ、平成10年3月28日に死亡した。
(2) Aの相続人は、Aとその前夫であるBとの間の子であるCと、Aとその後夫であるDとの間の子である被上告人らの計3人であり、その法定相続分はそれぞれ3分の1である。
Aの遺産には、本件預金債権の外に、札幌市a区甲b丁目c番所在の土地(以下「本件土地」という。)及びその地上建物(経済的価値はない。)があった。
(3) 被上告人Y2は、平成10年6月10日ころ、行政書士のEに対し、Aの遺産分割において本件預金債権を取得する意向があるかをCに聞くように依頼した。Eは、上記依頼を受けて、Cの意向を確認したところ、同人は、金銭はいらない旨の発言をするとともに、本件土地の時価についての調査結果を告げるなどして本件土地の取得に強い意欲を示した。
そのため、Eは、被上告人Y2に対し、Cが、金銭はいらない旨の発言をし、本件土地のみに関心を示していることから、被上告人らだけで本件預金の全額の払戻しを受けても問題は生じないと助言した。そこで、被上告人らは、平成10年6月24日、上告人の北郷支店において、本件預金の全額の払戻しを受けた(以下、この払戻しを「本件払戻し」という。)。
(4) Cは、本件預金債権の3分の1を相続により取得したとして、上告人に対し、本件預金の3分の1に当たる1478万9952円及び遅延損害金の支払を求める訴えを提起した(以下、この訴えに係る事件を「甲事件」という。)。これに対し、上告人は、Cと被上告人らとが、本件払戻し前に、Cが本件預金債権を取得しないという内容の遺産の一部分割の合意(以下「本件合意」という。)をしたなどと主張し、Cの甲事件請求を争った。
また、上告人は、被上告人らは、被上告人らだけがAの相続人であるかのように装って、本件払戻しを受けたことにより、本件預金のうちCの法定相続分に相当する金員1478万9952円を不当に利得したと主張して、不当利得返還請求権に基づき、被上告人らに対し、上記の金員1478万9952円の各2分の1である739万4976円及びこれに対する本件払戻しの日以降の年5分の割合による利息金の支払を求める訴えを提起した(以下、この訴えに係る事件を「乙事件」という。)。これに対し、被上告人らは、本件合意の存在を主張するなどして、上告人の乙事件請求を争った。なお、乙事件の訴状は、被上告人らに対し、いずれも平成15年4月5日に送達された。
甲事件と乙事件の口頭弁論は併合して審理された。
(5) Cと被上告人らとの間で本件合意が成立したとまでは認められず、被上告人らは、本件払戻しのうちCの法定相続分相当額の預金の払戻しを受ける正当な権限を有していない。また、この払戻しが債権の準占有者に対する弁済に当たるということもできない。
2 原審は、甲事件について、上告人に対し、1478万9952円及び遅延損害金をCに支払うことを命ずるとともに、乙事件について、次のとおり判断し、上告人の被上告人らに対する請求を棄却すべきものとした。
(1) 上告人の被上告人らに対する不当利得返還請求が認められるためには、上告人に「損失」が生じていることが必要である。
(2) そこで検討すると、上告人は、甲事件において、Cの請求を争っており、甲事件に係る判決が確定し、同人に対して現実に弁済した後でなければ、上告人に「損失」は生じていないことになる。そうすると、上告人の被上告人らに対する乙事件請求は、不当利得返還請求権の成立要件を欠くものであり、主張自体失当である。
3 しかしながら、原審の上記2(2)の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記事実関係等によれば、被上告人らは、本件預金のうちCの法定相続分相当額の預金については、これを受領する権限がなかったにもかかわらず、払戻しを受けたものであり、また、この払戻しが債権の準占有者に対する弁済に当たるということもできないというのである。そうすると、本件払戻しのうちCの法定相続分相当額の預金の払戻しは弁済としての効力がなく、Cは、本件預金債権のうち自己の法定相続分に相当する預金債権を失わないことになる。したがって、上告人は、本件払戻しをしたことにより、本件預金のうちCの法定相続分に相当する金員の損失を被ったことは明らかである。そして、本件払戻しにより被上告人らがCの法定相続分に相当する金員を利得したこと、被上告人らの利得については法律上の原因が存在しないこともまた明らかである。したがって、上告人は、被上告人らに対し、本件払戻しをした時点において、本件預金のうちCの法定相続分に相当する金員について、被上告人らに対する不当利得返還請求権を取得したものというべきである。
なお、前記事実関係によれば、被上告人らは、本件払戻しを受けた時点においては、本件預金のうちCの法定相続分相当額の預金の受領権限を有しないことにつき悪意であったとまでは認められないものの、乙事件に係る訴状の送達を受けた日である平成15年4月5日から悪意となったものと認めるのが相当である。
以上説示したところによれば、被上告人らは、上告人に対し、それぞれ739万4976円及びこれに対する平成15年4月5日から支払済みまで年5分の割合による利息金の支払義務を負うが、平成10年6月24日から平成15年4月4日までの利息金の支払義務は負わないこととなる。
そうすると、論旨は、この限度で理由があり、これと異なる原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
4 以上によれば、上告人の乙事件請求は、被上告人らに対し、それぞれ739万4976円及びこれに対する平成15年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余は棄却すべきである。したがって、これと異なる原判決主文第3項を主文第1項のとおり変更することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・中川了滋、裁判官・福田 博、裁判官・滝井繁男、裁判官・津野 修、裁判官・今井 功)