最高裁判所第二小法廷 平成16年(受)443号 判決 2005年7月22日
上告人
Y
同訴訟代理人弁護士
神垣守
髙木義明
平山芳明
山田庸男
平山忠
李義
中世古裕之
二宮誠行
西村勇作
増田広充
安江由里
西原和彦
三好吉安
被上告人
X1
外7名
上記8名訴訟代理人弁護士
池上徹
宮野皓次
主文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人平山芳明ほかの上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 原審が確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) Aは、兄であるCとその妻D(以下、この夫婦を「C夫婦」という。)の間に出生した上告人について、Aとその妻B(以下、この夫婦を「A夫婦」という。)の嫡出子として出生の届出をし、Aを筆頭者とする戸籍には、上告人はAの長男として記載されている。
(2) Bは、昭和○年○月○日に死亡し、Aは、昭和×年×月×日に死亡した。Aの相続人は、Aの兄弟であるC、E及び被上告人X1の3人であった。その後、Eが死亡し、被上告人X2、同X3、同X4、同X5、同X6及び同X7がEの遺産を相続し、次いで、Cが死亡し、その配偶者及び子(上告人を含む。)がCの遺産を相続した。
(3) Aは、昭和57年5月11日付けの自筆の遺言書(以下「本件遺言書」という。)を作成していた。本件遺言書は4項目から成るものであり、1項から3項までには、特定の財産について特定人を指定して贈与等する旨記載されており、4項には、「遺言者は法的に定められたる相續人を以って相續を与へる。」と記載されている。
2 本件は、① 被上告人X8を除く被上告人ら(以下「個人被上告人ら」という。)が、被上告人X1についてはAの死亡に伴う相続により、同被上告人を除く個人被上告人らについてはA及びEの各死亡に伴う順次の相続により、第1審判決別紙相続財産目録記載のAの遺産(以下「本件遺産」という。)をそれぞれの法定相続分に応じて取得したと主張して、上告人に対し、個人被上告人らが本件遺産について各法定相続分の割合による持分を有することの確認等を求め、② 上告人が、本件遺言書によるAの遺言に基づき本件遺産を遺贈されたなどと主張して、被上告人らに対し、上告人が本件遺産のうちの不動産について所有権を有することの確認等を求めた事案である。
3 原判決は、次のとおり判断して、個人被上告人らの上記①の請求についてはその全部を、上告人の上記②の請求については、上告人が本件遺産のうちの不動産についてAの相続人であるCの相続人として有する相続分に相当する持分36分の1を有することの確認を求める限度で、それぞれ認容すべきものとした。
本件遺言書は、1項から3項までには、特定人を指定して遺贈等をする旨の記載がされているが、4項には「法的に定められたる相續人」とのみ記載されている。仮にAが本件遺言書1項から3項までに記載された遺産を除く同人の遺産を上告人に遺贈する意思を有していたのであれば、同4項においても、同1項から3項までと同様に、上告人を具体的に指定すれば足りるのにこれをしていない。以上のことからすると、同4項の「法的に定められたる相續人」は、上告人を指すものでも上告人を積極的に排斥するものでもなく、単に法定相続人を指すものと解するのが相当である。また、同1項及び3項では「贈与」の文言が用いられているが、同4項では同文言が用いられていないことからすると、同項の「相續を与へる」を遺贈の趣旨であると解することはできない。以上のような本件遺言書の記載に照らすと、本件遺言書4項は、同1項から3項までに記載された遺産を除くAの遺産を同人の法定相続人に相続させる趣旨のものであることが明らかである。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
遺言を解釈するに当たっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく、遺言者の真意を探究すべきであり、遺言書が複数の条項から成る場合に、そのうちの特定の条項を解釈するに当たっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出し、その文言を形式的に解釈するだけでは十分でなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して、遺言者の真意を探究し、当該条項の趣旨を確定すべきである(最高裁昭和55年(オ)第973号同58年3月18日第二小法廷判決・裁判集民事138号277頁参照)。
原審は、本件遺言書の記載のみに依拠して、本件遺言書4項の趣旨を上記のとおり解釈しているが、記録によれば、Aは、Bとの間に子がなかったため、C夫婦の間に出生した上告人をA夫婦の実子として養育する意図で、上告人につきA夫婦の嫡出子として出生の届出をしたこと、上告人は、昭和△年△月△日に出生してから学齢期に達するまで、九州在住のC夫婦の下で養育され、その後、神戸市在住のA夫婦に引き取られたが、上告人が上記の間C夫婦の下で養育されたのは、戦中戦後の食糧難の時期であったためであり、上告人は、A夫婦に引き取られた後Aが死亡するまでの約39年間、A夫婦とは実の親子と同様の生活をしていたことがうかがわれる。そして、Aが死亡するまで、本件遺言書が作成されたころも含め、Aと上告人との間の上記生活状態に変化が生じたことはうかがわれない。以上の諸点に加えて、本件遺言書が作成された当時、上告人は、戸籍上、Aの唯一の相続人であったことにかんがみると、法律の専門家でなかったAとしては、同人の相続人は上告人のみであるとの認識で、Aの遺産のうち本件遺言書1項から3項までに記載のもの以外はすべて上告人に取得させるとの意図の下に本件遺言書を作成したものであり、同4項の「法的に定められたる相續人」は上告人を指し、「相續を与へる」は客観的には遺贈の趣旨と解する余地が十分にあるというべきである。原審としては、本件遺言書の記載だけでなく、上記の点等をも考慮して、同項の趣旨を明らかにすべきであったといわなければならない。ところが、原審は、上記の点等についての審理を尽くすことなく、同項の文言を形式的に解釈したものであって、原審の判断には、審理不尽の結果、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、更に審理を尽くさせるため、同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・滝井繁男、裁判官・福田 博、裁判官・津野 修、裁判官・中川了滋)
上告受理申立理由
第1 原判決は、本件遺言書の「法的に定められたる相続人」が誰を指すかの最高裁判所の判例の解釈基準に違反し、また、経験則違反があり、それは判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反であるから破棄を免れない。
1 原判決は、『亡Aは、本件遺言書において、第1項ないし第3項では特定人を名指しして記載しているのに対し、第4項では、特定人を名指しせず、あえて「法的に定められたる相続人」という表現を用いていること等に鑑みると、「法的に定められたる相続人」とは、法定相続人を指すものと解すべきことは、引用に係る原判決のとおりであり、控訴人の前記主張を考慮しても上記結論が覆ることはないというべきである。よって、控訴人の前記主張(注・「法的に定められたる相続人」が控訴人を指すとの主張)を採用することはできない。』と判断した。
2 ところで、最高裁判所判例では、
「遺言の解釈に当たっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく、遺言者の真意を探求すべきものであり、遺言書が多数の条項から成る場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探求し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である。」(最判s58.3.18.判時1075.115)とされているので、この判例の解釈基準に基づき「法的に定められたる相続人」、を解釈で特定しなければならない。
(1) 亡Aは、申立人に相続権があると認識していた。
まず、亡Aが遺言書を作成した昭和57年5月11日当時、同人の妻は既に死亡しており、子は「藁の上からの養子」である申立人一人であった。
通常、妻子のある者が自分の相続人と考えるのは妻と子である。
亡Aは、妻を亡くしており、子は嫡出子の出生届をしている申立人一人であったため、相続人は申立人と認識するのは当然である。
ところで、判例上、「藁の上からの養子」には相続権を認めていない。そのことを法律家は知悉しているが、一般人にはその認識はない。
亡Aも、「藁の上からの養子」である申立人に相続権があると認識していたことは、亡Aが昭和58年冬に発病したとき、※※株式会社の定款と株主名簿をYに手渡すとき、
「……俺の持ち株は八百だ、もし俺が死んだらお前の物になる、……」(乙9・36頁、41頁)
等と説明していることからも明らかである。
また、第1審判決も、
「X1としては、当初は、亡Aの遺産はYが相続するものと思っていたが、……弁護士に相談する中で、法的にはYが亡Aの相続人とはいえないということを知り、……」
と認定している。この認定は、事情を知悉している被申立人X1も「藁の上からの養子」にも相続権があると認識していることを前提としているものであり、然りとすれば、AがYに相続権があると認識していても不自然ではない。
(2) 「法的に定められたる相続人」は、申立人である。
亡Aは、申立人に相続権があると認識していた。
その上、亡Aと申立人は、亡Aが遺言書を作成した昭和57年5月11日まで約39年4ケ月もの間戸籍上嫡出子であり、その内約34年間は同居するか全く同じ敷地内の建物に住み、また、申立人は大学卒業後3年間は別会社等に就職していたが、昭和43年3月以降は亡Aが経営する会社を手伝うなどし、実親子同様の円満な関係を維持してきた。(このような関係は、Aの死亡まで続いている。)
このような円満な家庭関係が築かれていたのであるから、亡Aが遺言をするとき、申立人に遺言を残さないような遺言をするとは到底考えられないことである。
しかも、亡Aは、申立人に対し、
① 「遺言書には自分の財産は殆どお前達のものになる様に書いてある。」(乙9・38頁)
② 「俺は嬉しい、※※は無借金でお前がやって行ける様に残せるし、まあまあ、お前が相続税を払うだけの財産も貯めておいた。後の事は遺言書にちゃんと書いておいたので心配するな。」(乙9・44頁)
等と説明している。
この説明からしても、亡Aは、「法的に定められたる相続人」は申立人を示す文言として記載したことは明白である。
従って、遺言書4項の「法的に定められたる相続人」は、申立人と解するのが、遺言者の真意に合致する。
なお、遺言書は、1項で被申立人X1に対し土地を遺贈し、3項で甲野花子に有価証券等を遺贈し、2項で土地売却代金を1項の租税等に当てた残金を兄弟三人と上告人の四人で平等分割するよう定め、残余の遺産を相続人が取得するよう定めている。
亡Aの認識では、申立人を除く四名は何れも相続権がないため遺贈したと解するのが合理的である。
(3) 以上のとおり、遺言書4項の「法的に定められたる相続人」は、申立人と解するのが、遺言者の真意にも合致する合理的な解釈である。
3 ところが、前述のとおり、原判決は、「法的に定められたる相続人」は法定相続人と解した。
原判決は、4項の文言を形式的に解釈しただけで、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情などを考慮して遺言者の真意を探求して当該条項の趣旨を確定しておらず、原判決の解釈には上記最高裁判所の判例の解釈基準に違反し、また、経験則違反があり、それは判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反であるから破棄をされるべきである。
第2<省略>