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最高裁判所第二小法廷 平成16年(行ヒ)37号 判決 2004年12月20日

上告人

渡邉林産株式会社

同代表者代表取締役

渡邉尚

同訴訟代理人弁護士

岡村共栄

被上告人

富士税務署長

山本正一

同指定代理人

東出定幸

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡村共栄の上告受理申立て理由(排除された部分を除く。)について

1  消費税法(平成9年3月31日以前の課税期間については平成6年法律第109号による改正前のもの、平成9年4月1日以降の課税期間については平成12年法律第26号による改正前のもの。以下「法」という。)が採る申告納税制度の趣旨及び仕組み並びに法30条7項の趣旨に照らせば、事業者は、同条1項の適用を受けるには、消費税法施行令(平成9年3月31日以前の課税期間については平成7年政令第341号による改正前のもの、平成9年4月1日以降の課税期間については平成12年政令第307号による改正前のもの)50条1項の定めるとおり、法30条7項に規定する帳簿又は請求書等(同日以降の課税期間については帳簿及び請求書等。以下「帳簿等」という。)を整理し、これらを所定の期間及び場所において、法62条に基づく税務職員による検査に当たって適時に提示することが可能なように態勢を整えて保存することを要するのであり、事業者がこれを行っていなかった場合には、法30条7項により、事業者が災害その他やむを得ない事情によりこれをすることができなかったことを証明しない限り(同項ただし書)、同条1項の規定は適用されないものというべきである(最高裁平成13年(行ヒ)第116号同16年12月16日第一小法廷判決・裁判所時報1378号登載予定参照)。

2  原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人は、被上告人の職員が上告人に対する税務調査において適法に帳簿等の提示を求め、これに応じ難いとする理由も格別なかったにもかかわらず、上記職員に対して帳簿等の提示を拒み続けたというのである。そうすると、上告人が、上記調査が行われた時点で帳簿等を保管していたとしても、法62条に基づく税務職員による帳簿等の検査に当たって適時にこれを提示することが可能なように態勢を整えて帳簿等を保存していたということはできず、本件は法30条7項にいう帳簿等を保存しない場合に当たるから、被上告人が上告人に対して同条1項の適用がないとした別紙処分目録記載の各処分に違法はないというべきである。

これと同旨の原審の判断は是認することができる。論旨は採用することができない。なお、その余の請求に関する上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。

よって、裁判官滝井繁男の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官滝井繁男の反対意見は、次のとおりである。

1  私は、税務調査において、帳簿等の提示を求められた事業者が、これに応じ難いとする理由がないとはいえ、帳簿等の提示を拒み続けたというだけの理由で、法30条7項所定の帳簿等を保管していたのに、同項にいう「帳簿(中略)等を保存しない場合」に当たるとして、同条1項による課税仕入れに係る消費税額の控除を受けることができないと解するのは相当でないと考える。多数意見は結局そのような解釈を採るに帰着するものであるから、これに賛成することはできない。その理由は次のとおりである。

2(1) 我が国消費税は、税制改革法(昭和63年法律第107号)の制定を受けて消費に広く薄く負担を課することを目的とし、事業者による商品の販売、役務の提供等の各段階において課税することとしたものであるが、同法は課税の累積を排除する方式によることを明らかにし(同法4条、10条、11条)、これを受けて、法30条1項は、事業者が国内において課税仕入れを行ったときは、当該課税期間中に国内で行った課税仕入れに係る消費税額を控除することを規定しているのである。この仕入税額控除は、消費税の制度の骨格をなすものであって、消費税額を算定する上での実体上の課税要件にも匹敵する本質的な要素とみるべきものである。ただ、法は、この仕入税額控除要件の証明は一定の要件を備えた帳簿等によることとし、その保存がないときは控除をしないものとしているのである(同条7項)。しかしながら、法が仕入税額の控除にこのような限定を設けたのは、あくまで消費税を円滑かつ適正に転嫁するために(税制改革法11条1項)、一定の要件を備えた帳簿等という確実な証拠を確保する必要があると判断したためであって、法30条7項の規定も、課税資産の譲渡等の対価に着実に課税が行われると同時に、課税仕入れに係る税額もまた確実に控除されるという制度の理念に即して解釈されなければならないのである。

(2) しかしながら、法58条、62条にかんがみれば、法30条7項は、事業者が税務職員による検査に当たって帳簿等を提示することが可能なようにこれを整理して保存しなければならないと定めていると解し得るとしても、そのことから、多数意見のように、事業者がそのように態勢を整えて保存することをしていなかった場合には、やむを得ない事情によりこれをすることができなかったことを証明した場合を除き、仕入税額の控除を認めないものと解することは、結局、事業者が検査に対して帳簿等を正当な理由なく提示しなかったことをもって、これを保存しなかったものと同視するに帰着するといわざるを得ないのであり、そのような理由により消費税額算定の重要な要素である仕入税額控除の規定を適用しないという解釈は、申告納税制度の趣旨及び仕組み、並びに法30条7項の趣旨をどのように強調しても採り得ないものと考える。

(3) 事業者が法の要求している帳簿等を保存しているにもかかわらず、正当な理由なくその提示を拒否するこということは通常あり得ることではなく、その意味で正当な理由のない帳簿等の提示の拒否は、帳簿等を保存していないことを推認させる有力な事情である。しかし、それはあくまで提示の拒否という事実からの推認にとどまるのであって、保存がないことを理由に仕入税額控除を認めないでなされた課税処分に対し、所定の帳簿等を保存していたことを主張・立証することを許さないとする法文上の根拠はない(消費税法施行令66条は還付等一定の場合にのみ帳簿等の提示を求めているにすぎない。)。また、大量反復性を有する消費税の申告及び課税処分において迅速かつ正確に課税仕入れの存否を確認し、課税仕入れに係る適正な消費税額を把握する必要性など制度の趣旨を強調しても、法30条7項における「保存」の規定に、現状維持のまま保管するという通常その言葉の持っている意味を超えて、税務調査における提示の求めに応ずることまで含ませなければならない根拠を見出すことはできない。そのように解することは、法解釈の限界を超えるばかりか、課税売上げへの課税の必要性を強調するあまり本来確実に控除されなければならないものまで控除しないという結果をもたらすことになる点において、制度の趣旨にも反するものといわなければならない。

(4) 保存の意味を本来の客観的な状態での保管という用語の持つ一般的な意味を超えて解釈することが、制度の趣旨から是認されるという場合がないわけではない。例えば、青色申告の承認を受けた者は所定の帳簿書類の備付け、記録及び保存が義務付けられ、それが行われていないことは青色申告承認の取消事由となるものと定められているところ、納税者が正当な理由なく税務職員による帳簿書類の提示の要求に応じないときは、帳簿書類の備付け、記録及び保存の義務を履行していないものとして青色承認の取消事由になるものと解されている。しかしながら、青色申告制度は、納税義務者の自主的かつ公正な申告による租税義務の確定及び課税の実現を確保するため、一定の信頼性ある記帳を約した納税義務者に対してのみ、特別な申告手続を行い得るという特典を与え、制度の趣旨に反する事由が生じたときはその承認を取り消しその資格を奪うこととしているものである。そして、青色申告の承認を受けた者は、帳簿書類に基づくことなしには申告に対して更正を受けないという制度上の特典を与えられているのであるから、税務調査に際して帳簿等の提示を拒否する者に対してもその特典を維持するというのは背理である。したがって、その制度の趣旨や仕組みから、税務職員から検査のため求められた書類等の提示を拒否した者がその特典を奪われることは当然のこととして、このような解釈も是認されるのである。

これに対し、法における仕入税額控除の規定は、前記のとおり課税要件を定めているといっても過言ではなく、青色申告承認のような単なる申告手続上の特典ではないと解すべきものである。そして、法は、消費税額の算定に当たり、仕入税額を控除すべきものとした上で、帳簿等の保存をしていないとき控除の適用を受け得ないとしているにとどまるのである。法30条7項も、消費税を円滑かつ適正に転嫁するために帳簿の保存が確実に行われなければならないことを定めたものであり、着実に課税が行われるよう、課税売上げの額を正しく把握すると同時に控除されるべき税額は確実に控除されなければならないという消費税制度の趣旨を考えれば、同項にいう「保存」に、その通常の意味するところを超えて税務調査における提示をも含ませるような解釈をしなければならない理由は見いだすことはできず、そのように解することは、本来控除すべきものを控除しない結果を招来することになって、かえって消費税制度の本来の趣旨に反するものと考えるのである。

(5) 事業者が帳簿等を保存すべきものと定められ、これに対する検査権限が法定されているにもかかわらず、正当な理由なくこれに応じないという調査への非協力は、申告内容の確認の妨げになり、適正な税収確保の障害にもなることは容易に想像し得るところであるが、法は、提示を拒否する行為については罰則を用意しているのであって(法68条)、制度の趣旨を強調し、調査への協力が円滑適正な徴税確保のために必要であることから、税額の計算に係る実体的な規定をその本来の意味を超えて広げて解することは、租税法律主義の見地から慎重でなければならないものである。

3  以上のような理由で、私は法30条7項についての多数意見には賛成することができないのである。

同項につき上述したところと異なる解釈を採った原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。そして、同項にいう帳簿等の「保存」の有無につき更に審理を尽くさせる必要があるから、本件は原審に差し戻すべきものであると考える。

(裁判長裁判官・梶谷 玄、裁判官・福田 博、裁判官・北川弘治、裁判官・滝井繁男、裁判官・津野 修)

上告受理申立理由書

第1 本件控訴審判決の消費税法30条7項の帳簿等の「保存」の意義の解釈は、租税法律主義に反し、憲法84条に違反する。よって控訴審判決は、破棄されなければ、著しく正義に反する。

1 本件控訴審判決は、「消費税法30条7項所定の保存の意味内容は、納税義務者が、税務職員から帳簿等の提示を求められた場合に、当該職員において帳簿等の保存の有無及びその記載内容について確認することができるような状態に置くことをも含むものというべきである。」(10頁)として、保存の意義を広く認めた。このような解釈をする前提として、同判決は、その前段において「消費税法が仕入税額控除の要件として帳簿等の保存を要求したのは、税務職員が、質問検査権に基づく税務調査において、帳簿等の記載内容を確認することにより、課税仕入れ等に係る適正な消費税額を把握するためであると解される。」(10頁)と判示している。すなわち控訴審判決は、消費税法30条7項の「保存」が質問検査の便宜のための規定と解釈しているのである。

2 しかし、消費税法30条7項は、消費税額の算定のための、課税要件を定めた規定である。わが国の消費税は多段階型、非累積型付加価値税である。非累積型付加価値税は、各事業者が当該段階の前段階において課税された税額相当分を自己の段階の税額計算において控除することを建前とするものであって全取引過程における二重課税、三重課税等を排除するものである。現行の消費税法と同時に制定された税制改革法(昭和63年法律107号)10条2項は、「消費税は、事業者による商品の販売、役務の提供等の各段階において課税し、経済に対する中立性を確保するため、課税の累積を排除する方式によるものとし、その税率は、100分の3とする。この場合において、その仕組みについては、わが国における取引慣行及び納税者の事務負担に極力配慮したものとする」と定め、累積排除を前提とすることを明示し、いわゆる売上税とは異なる付加価値税であることを確認しているのである。その累積排除を定めた規定が消費税法30条7項なのである。かりに30条7項によって仕入税額控除が否認された場合には、消費税法の付加価値税としての性格を失することになり、その本来の性格を逸脱することになってしまう。この意味では、30条7項は、わが国消費税の基本をなす、多段階型、累積排除型、付加価値税としての基本要件を規定したものである。

3 憲法30条及び84条は、租税法律主義の原則を定めたものであると解される。租税法律主義の概念は、これを大きく分けて2つのものに区別して観念することができる。その1つは、租税要件法定主義の原則と呼ばれるものである。課税団体、納税義務者、課税物件、課税標準、課税物件の帰属、税率等の租税要件はもとより、納付、徴税の手続きについても、国民の代表機関である国会の制定した法律において、できるだけ詳細に明確に規定されなければならないとする原則である。その2つは、税務行政の合法律性の原則とも呼ばれるものである。課税庁は、租税法律の規定するところに従って厳格に租税の賦課・徴収をしなければならないとする原則である。租税法律主義は、もともと法規を法律において厳格詳細に規定することにより、課税庁の恣意的な税法の解釈・適用を阻止しようという狙いを持つ。このため、税法の領域においては、不確定概念または概括条項、自由裁量規定の導入が禁止される。また、租税法律主義のもとでは、とりわけ税法規の厳格な解釈・適用が要請される。いわゆる法規の類推的、拡張的な解釈は禁止される。

4 控訴審判決の「納税義務者が、税務職員から帳簿等の提示を求められた場合に、当該職員において帳簿等の保存の有無及びその記載内容について確認することができるような状態に置くこと」という解釈は、第一義的には、帳簿等の「提示」が問題にされているのであり、保存そのものより提示の有無が前提として問題にされることになる。「提示」と「保存」とは、言語的にことなるものであり、法律的にも概念がことなることは、言うまでもないことである。法の「保存」という規定を、事実上「提示」と読み替えて、提示されない場合は、保存要件を欠くとして、仕入税額控除を否認する解釈は、まさに租税法律主義の禁止する拡張解釈であり、許されないところである。

また、控訴審判決は、このように解釈することを通じて、事後的に行われる税務調査の成り行きにより、「保存」要件の有無を判断し、仕入税額控除の適用の可否を判断しうることとしているが、そもそも税務調査には、多様な形態があり、税務職員の主観的な対応により、仕入税額控除の適用の可否が決まるということになれば、納税者は税額を事前に算定することは、不可能となる。「保存」要件に事後の税務調査を関連づけること自体に、課税要件明確性の原則に反するものがあると言わざるを得ない。この面でも租税法律主義に反するのである。

大阪地裁平成10年8月10日判決は、「保存という文言の通常の意味からしても、また、法全体の解釈からしても、税務調査の際に事業者が帳簿又は請求書等の提示を拒否したことを、法30条7項の保存がない場合に該当する、あるいはそれと同視した結果に結びつける解釈は、もはや法解釈の域を超えるものと言わざるを得ない」と判示しているが、控訴審判決は、租税法律主義を逸脱した法解釈をしたものとして、その違憲性は明白である。また、法30条7項が控訴審判決の判示した内容の条項であるとするならば、法30条7項自体が租税法律主義に反する違憲な法律である。

5 よって、控訴審といわざるを得ない。判決は、取り消されるべきである。

第2 いわゆる「帳簿等の後出し」を許さない控訴審判決は、憲法32条の裁判を受ける権利を侵害するものであり、かつまた審理不尽であって、取り消されなければ、著しく正義に反する。

1 控訴審判決は、「仕入税額控除が否認され消費税の更正処分がされた場合に、その後の不服申立て又は訴訟において帳簿等が保存されていたことを主張立証したところで、更正処分の効力に影響を及ぼすものではない」と判示した。

2 かかる判断は、これまでの下級審の判例にも反するものである。この点につき大阪地裁平成10年8月10日判決は、つぎのように述べている。

「法30条7項…が帳簿又は請求書等の保存を事業者に要求したのは、課税仕入れに係る消費税額の確認を行うためであるが、その確認の主体は、法でこの点に関する規定がおかれていない以上、課税庁のみに限られると解すべき根拠はなく、裁決庁もあり得るし、最終的には、取消訴訟等が継続する裁判所も当然に予定されているといわなければならない。」「そして右の各手続きにおいて右の帳簿又は請求書等であるとする書証が提出されて処分当時にそれらを事業者が所持・保管していたことを証明した場合には、異議庁、裁決庁それに裁判所は、提示を拒否したとの一事をもって仕入税額控除を否定するのではなく、提出された請求書等に該当するとされる書面を慎重に検討し、果たして法30条8項、9項所定の事項が記載されているのか、それを事業者が保存期間の始期から継続的に所持・保管していたのかどうか、そもそも、課税仕入れの事実があったのかどうかについて審理し、そのいずれもが肯定される場合には、仕入税額控除を認め、これを認めなかった更正処分を取り消す判断をすることになる」

このような立場にたった判決は、これ以外にも、東京地裁平成10年9月30日判決、東京地裁平成11年3月30日判決、高松高裁平成11年4月26日判決、名古屋高裁平成12年3月24日判決などがある。また、本件第1審の判決も同様の立場に立っている。

3 しかるに控訴審判決は、これらの下級審判例を全く無視し、上記のごとき判断を示した。そもそも税務調査において納税者が帳簿提示を「拒否」するに至った事例というのは、税務署の担当職員の態度に問題がある場合が多い(例えば、本件のごとく関与税理士の都合を尊重せず、職権的に調査を強行したりする事例、特定団体の職員が同席するもとでは、税務調査をしないなどと言って税務署職員が調査を中断し、帳簿等を提示してもそれを検査しようとしない事例など)のである。このような事例において更正処分後において帳簿等を提出して「保存」を争うことが許されないとするならば、法30条7項の「保存」を認定させることは、不可能となり、不服申立や処分取消を求める訴訟はできないことになってしまう。憲法32条は、国民の裁判を受ける権利を保障しているが、この権利を根本から奪うことになるのである。また、このような解釈のもとに、帳簿等の「保存」の立証を無視することは、十分な審理をしたことにならない。審理不尽の非難は免れないところである。

第3 <省略>

第4 以上の諸点において上告する次第である。なお、追って上告受理申立理由補充書を提出し、諸論点について補充する予定である。

別紙処分目録

1 被上告人が、上告人に対し、平成10年4月14日付けでした同7年5月1日から同8年4月30日までの課税期間の消費税の更正処分のうち、納付すべき税額868万1600円を超える部分及びこれに係る過少申告加算税の賦課決定処分

2 被上告人が、上告人に対し、平成10年4月14日付けでした同8年5月1日から同9年4月30日までの課税期間の消費税の更正処分のうち、納付すべき税額1713万3400円を超える部分及びこれに係る過少申告加算税の賦課決定処分

3 被上告人が、上告人に対し、平成10年4月14日付けでした地方消費税の更正処分のうち、納付譲渡割額58万2500円を超える部分及びこれに係る過少申告加算税の賦課決定処分

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